作:HAGE
「…………う………うう…ん……。」
暫くして、最初に気がついたのはエドガーであった。
未だに残る眩暈を両手でこめかみを叩いて強制的に吹き飛ばし、周囲を見遣る。
今までその場に有った激闘の緊迫感や負の圧迫感は嘘のように無くなっており、地に倒れている仲間達と共に静寂がその場を支配していた。
「………終わった……のだな…。 ……皆、大丈夫か?」
僅かに残った回復薬を節約し、エドガー自身も服薬しつつ未だ倒れている仲間達にも与えながら呼び起こす。
「もしや、命を落とした者がいるのでは…!?」と、一瞬最悪の事態を想像したが単に気絶していただけであって、又、回復薬の甲斐あって
仲間達は皆意識を取り戻しつつあるので、どうやら取り越し苦労に終わったようだ。
「うう……戦いは、どうなったんだ…?」
ふらつきながらもようやく立ち上がったロックは、何が起こったのか自身の記憶を辿ってみる。
確か、ケフカの死に際の攻撃が迫ってきて、「もう駄目か…。」と諦めかけていた時に、突然凄まじい光と風が―――
「…! そうだわ!!
ティナ!! ティナは大丈夫なの!?」
そんなロックの思考を遮ったのはセリスだった。
彼女だけは、気絶寸前にティナが自分達を庇う光景を辛うじて眼にしていた為、何が起こったのか分かっていたのだ。
セリスの言葉を皮切りに、ティナを見つけようと皆は周囲を見回す。
「ティナ! ………!!!
こ、これは………
石に……なっている………!」
ティナは皆のいる場所から十数メートル離れた所に立っていた。最初は気がつかなかったエドガーだったが、彼女の姿に一番早く
気づいたのもまた彼であった。
倒れ伏していることもなく、又、消滅してしまっていることもなく、ティナはちゃんとそこに立っていた。
…そう、「ちゃんとそこに立っていた」のだ。
仲間達を死なせまいと最後の力を出し切るべく、両手を前に突き出したままの姿で…。
絶対に吹き飛ばされまいと腰に力を入れるべく、軸脚を後ろに、利き脚を前に踏み出したままの姿で…。
肌は勿論、彼女の特徴であるエメラルドグリーンの髪も、赤を基調にした彼女の普段の装いも、全て灰色の石になっていた。
唯一灰色に変わっていなかったのは、彼女が身に付けている、亡き親の形見であるペンダントのみであった。
「ティナ…。俺達を…守ってくれたのか……。」
「ちっ…ケフカのヤロウ、最後の最後まで往生際のワリぃ奴だぜ…!」
「見事でござる…。ティナ殿こそ、まさに真(まこと)の武士と呼ぶに相応しい…!」
「フッ、ドロー必至のストレートフラッシュにロイヤルフラッシュで返すたぁ…オマエは最高だぜ、ティナ!」
皆の命の恩人と言うべきティナの気高き勇姿に、ロック、マッシュ、カイエン、セッツァーがそれぞれの思いを漏らす。
いずれにしても、彼女が死んでなくて石化しているだけだという事実に、皆は安堵した。
…その安堵が完全なる落胆に変わってしまうのは、それから、より後々の事であるのだが。
「とにかく、早く元に戻そう。」
そう言って、エドガーはティナと同様に魔石を通して修得していた「エスナ」を唱えようとした………その時。
瓦礫の塔全体が、轟音とまではいかないが音を立て、ほんの少しだが揺れが感じ取れた。
突然の塔の異変に魔法の詠唱を中断し、エドガーは新たな緊迫感を抱いた。
「これは……崩れるぞ!」
「ケフカを倒せば、若しかすればこの塔は崩れるかもしれない」と、持ち前の洞察力でこうした事態を事前に予測していたエドガーは、
さして慌てふためくこともなく冷静さを取り戻していた。この辺りが、彼が「やり手の若き名君」と呼ばれる所以である。
………だが。
『シュゥゥゥゥゥゥゥゥン!!』
突然、懐にしまっていた魔石が宙高く飛び出したかと思うと、そのまま空中で消滅していった。
「な、何が起こったのだ!?」
これには流石のエドガーも面食らってしまった。
そして、エドガーの持っていた魔石だけでなく、他の仲間が持っている魔石も、次々と宙に飛び出した。
「…そうか…。
三闘神の力を吸い取ったケフカが、彼らに代わって全ての魔法の源となっておったのじゃったな。
そのケフカを倒したが故に、幻獣達…いや、魔石は…」
「この世から魔石が……魔法が、消えていく…。」
消えていく数々の魔石を眺めながら、説明するかのように呟くストラゴスの言葉の続きを、補完するかのようにセリスも呟く。
魔大戦を始めとし、この世界に根本から深く関わってきた力の源が、この世から消えていく…。
「…という事は、人と幻獣のハーフの、ティナも…?」
魔法がこの世から消えるという、あまりに衝撃的な出来事に皆は暫し我を忘れていたが、「ティナ」という言葉を聞いてロックは誰よりも
真先に我に返った。
「そうだった! ティナを早く元に戻そう!
ティナが消えるかどうかなんて事は、この際考えないでおこうぜ!」
言うや否や、金の針を取り出すロック。「エスナ」は魔石の消滅で、唱えても意味を成さなくなったからである。
「……?
あれ…? …元に戻らないぞ!?」
金の針を何本刺しても、ティナの身体が元に戻る様子は見られなかった。
そんな望んでもいない結果にとうとう苛立ち気味になり、何度も、何本も、金の針を身体の至る箇所に刺すロック。
…だが、それが無駄な努力に過ぎないということは、ティナの身体に刺さった幾本もの金の針が石化解除をもたらさないまま、暫くして
その全てが崩れ落ちる様で理解出来た。
「…それなら、万能薬だ!」
金の針による解除を諦めたロックは、今度は万能薬を振り掛けた。
万能薬はその言葉通り、毒や盲目、沈黙といった、この世界でのあらゆる身体の異常を治癒できる薬である。
石化もまた然りで、石化の場合は、服用させるのではなく対象者の身体に振り掛けることで解除できるという、まさに優れモノと呼ぶに
相応しい薬なのである。
「………何でだ?
何でこれでも元に戻らないんだ…!」
だが、そんな優れモノの万能薬ですら、ティナを石化から解放するには至らなかった。
今までなら問題なく解除出来た筈の石化が解除出来ない…その事態は、皆を否が応にも不安に駆らせた。
…そんな、嫌な雰囲気を断ち切ったのはエドガーの言葉であった。
「…皆。 とにかく今は、早急にファルコン(セッツァーの友、ダリルの形見である飛空挺の名)に戻ろう。」
エドガーの、悪意的に見ればティナを放置しようという意味とも取れる言葉に、冷静さを失っていたロックが噛み付いた。
「エドガー!! お前、ティナの事は放っておいても良いって言うのか!!」
「今はファルコンに戻る方が先決だ! ティナを戻すのは…それからでも遅くはなかろう?」
「………。」
そう。
衝撃的な事が矢継ぎ早に起こった為に皆は忘れがちであったが、今、彼らのいる瓦礫の塔は崩れ始めているのだ。
最初の内はそれ程でもなかった雑音は轟音になり始め、揺れも徐々に増してきている。
ティナを元に戻したいのは山々ではあるが、「脱出する前に塔と心中」などという結末は御免被りたい。
そうしたエドガーの本意を汲み取ったロックは、素直に引き下がった。
「分かったよ…すまない、怒鳴ったりしてよ。」
「いいんだ。気にするな、ロック。
…さて。直面の問題は、望まない石化の呪縛を受けてしまった、この健気で可憐なレディを
如何にして慎重且つ迅速にファルコンまで運び行くか、なのだが…」
気を取り直して問題提起しつつ、このような状況に在っても軽口を交えられるエドガーに、リーダーに相応しい器や余裕を今更ながらに
密かに感じられる皆なのであった。
…それから、様々な紆余曲折を経て、彼らが無事にティナを無傷でファルコンへと運び込んだのは、その時から数十分後の事であった。
<第2話・終>