芸術の秋

作:疾風


ある女子校の美術室,そこで少女達が絵を描いている。
それぞれ何人かのグループに分かれ,石膏像や絵画を描いているようだ。
集中している者,お喋りしながら描いている者等とりたてて変わったことは無い授業風景である。

(バタン)
突然隣にある準備室のドアが開く。
少女達は手や口を止め,開いたドアに視線を移した。
準備室から,一人の老人が入ってきた。
「はい皆さん注目,ちゅうもーく」
老人はそう言いながら,黒板の前に移動した。
「誰ですか,あなた?」
「私ですが?私は芸術家です」
「ちょっと,準備室にいた先生はどうしたんですか」
「ああ,隣の部屋にいた方には眠ってもらいました」
老人の言葉が終わるないなや,数名の少女が扉に駆け寄る。
「ちょっと皆さん,ストップストップ」
老人がそう言った途端,少女達の動きが止まる。
「何これ,動けない」
「ちょっと,何したの!」
少女達は動揺しながらも話しだした。
「先程も申し上げたでしょう,私は芸術家です。美術品を作るに決まってるでしょう。では皆さん,服を脱いでください。」
老人が事も無げにそう言うと,少女達は皆制服を脱ぎ始めた。
それが少女達の意思で無いことは明らかだ。
「何これ」
「体が勝手に動く」
「ちょっと,私達に何したの!」
制服を脱いだ後,ブラジャーやショーツに手を掛けながら少女達が老人に問いただす。
「もう,何度も言わせないでください,美術品を作るんですよ。皆さん静かにして下さい」
途端に教室は静寂で包まれた。
少女達は突然喋ることが出来なくなったこと,意思とは関係なく体が服を脱いでいることに,顔色が困惑から恐怖に変わっていく。
やがて全員が全裸になると,老人は少女達一人一人の裸体を丹念にチェックし始めた。
スレンダーな体,ぽっちゃり気味な体,大きな胸を持つ体。
時に胸の先端を摘み,時に皮を剥き陰核を確認する等,それは細部に至るまで細かくチェックが入る。
静寂の中,老人のチェックが入るごとに,顔を赤らめる者,屈辱で怒りの表情になる者,涙を流す者が出てくる。

「よし この子でいいだろう」
全員のチェックが終わった後,老人は一人の少女の前に立ち言った。
選ばれた少女は一体何に選ばれたのか,これから自分が何をされるのか,答えの出ない疑問と恐怖で心が一杯になり,選ばれなかった少女達は,選ばれた少女が何をされるのか疑問に思い,何より最悪の事態は免れたと安堵した。
老人はおもむろに内ポケットから一枚の巻紙を取り出した。
「開け」
老人が唱えると,巻紙は空中に広がりながら舞い上がり,一点で固定された。
草原の大部分を占める花畑と青空,そして中央に描かれた一際大きな一輪の花。
それは花畑の絵であった。
次の瞬間,絵は突然広がり,美術室前面の壁に張り付いた。
絵が広がり終えると,今度は絵に描かれているものが膨らみ始めた。
それと共に絵は絵でなくなっていく。
花は甘い香りを発し,さわやかな風が吹き抜けていく。
正真正銘,本物の草原がそこにあった。
突然,先程選ばれた少女が歩き出す。
それが自分の意思でないことは彼女の怯えた表情を見れば明らかだ。
草原の中,中央の大きな花の前まで行くと,少女は反対,つまり老人を他の少女達がいる方向を向いた。
(やだ,一体私どうなるの,何をされるの)
そう思いながらも,少女の体は心とは裏腹に動き出す。
花の前で,少女の左手は秘部に,右手は胸に移動していく。
「ああ,そんな怯えた顔しないで,笑って笑って」
老人がそう言うと,少女の表情が怯えから微笑みに変わっていく。
「頃合ですな」
老人はそう言うと花畑に向かい
「閉じろ」
一言唱えた。
目の前に広がる花畑が先程とは逆回転をするように立体感を失い縮んでいく。
瑞々しい草花も,雲ひとつ無い青空も全て絵に戻っていく。
やがて,花畑など幻だったかのように,全てが元の絵に戻った。
ただ一つ,花畑と共に絵となった少女を除いて。
少女は微笑みを浮かべて絵の一部となった。
「花のビーナス誕生といったところですな」
少女は絵画『ビーナスの誕生』と同じポーズをしていた。

少女達は最初,目の前で起きたことが信じられなかった。
そしてクラスメイトが絵になってしまったことを理解した者から,順に驚愕と恐怖,そして選ばれなかった事に対して助かったという重いが心を占めた。
しかし
「さて,では最後の仕上げと参りましょうか」
そう言いながら老人が振り返り,自分達の体が浮き始めたとき,自分達の考えは浅はかだったことに気付く。
少女達は空中で,おもちゃのブロックのように繋がっていく。
少女達全員が繋がると,それは長方形の外枠の形となった。
『それ』はゆっくりと,絵の前に移動した。
少女達は皆,恐怖と絶望の表情を浮かべていた。
「皆さんそんな悲しい顔しないで,笑って笑って」
老人がそう言うと,先程絵となった少女のように,少女達は微笑を浮かべていく。
老人は少女達が皆微笑みを浮かべたことを確認すると,片手をかざした。
かざした手から,黄金の光が発せられる。
美術室内が黄金の輝きに包まれた。
やがて老人の片手が元の色に戻っていく。
しかし,依然黄金の輝きが美術室内を包んでいる。
黄金の光は,長方形に連なった少女達から発せられていた。
そう,少女達は黄金となったのだ。
そしてもう一つ,少女達は縮んでいた。
『それ』は絵を囲み,元から絵と一体になっていることを思わせる一品だった。
「これで額縁も完成しました」
そう,少女達は額縁となったのだ。
小さな黄金の裸婦像が幾重にも重なって出来た額縁は,どんな腕を持つ芸術家でも作れないであろう精巧さと美しさを兼ね備えていた。
「さて,そろそろ行きますか」
老人は絵を手にすると,どこかへと去って行った。

その後,失踪した少女達を捜すために大規模な捜査網が敷かれた。だが,少女達が戻ってくることは永久に無いだろう。


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