敗者の胸像

作:HIRO


 ワー、ワー!
『レディース・アンド・ジェントルメン〜今日は我が地下闘技場に来くださり、どうもありがとうございます〜』
『さて、今から始まりますのは本日のメインイベントとなります……』

 ワー、ワー!
『とう地下闘技場におけます新星、虎女(ワータイガー)ミシェル・フリーディア!』
『彼女のその鋭い爪は幾多の対戦相手を切り刻み、その身のこなしは目で捉えることはほぼ不可能ッ!』
『今宵も彼女の爪は対戦相手を狩れるか!?』

『対する対戦相手はッ! こちらもとう地下闘技場のアイドル、コカトリスのミケちゃんです〜』
『ともかくでかい! 一般のコカトリスより一回りも二回りも大きいその姿は対戦相手に恐怖を与えますッ!』
『その恐怖の石化ブレスは今宵も対戦相手を哀れな石くれに変えるか!?』

 スゥ、ハァー、スゥ、ハァー
 私、ミシェル・フリーディアはこれからの戦に向けて呼吸を整える
 目の前にいるコカトリス――ミケちゃんと言う見た目とは裏腹の可愛い名の――は私を睨みつけ今にも襲いかかりそうな形相をしている
 しかし私はあくまでも落ち着いて、静かにゴングの時を待つ
 ここで動揺して気持ちを乱すような状態ならそもそもここに立つような実力はなく、精々敗北して哀れなさらし者となるだけだ
 ええ、ここに――地下闘技場にいる時点で私達に待ち受けるのは勝者の栄光かあるいは敗者の屈辱か
 もちろん私が求めるのは勝者の栄光、それ以外はない
『両者位置に着きましたね? それではレディー・ゴーッ!』
 カァン!
 私は試合開始のゴングが鳴り響くとほぼ同時に対戦相手のコカトリスの足下に猛然と駆け抜けていった
 相手の方はいきなりの出来事とに少し面を食らっているらしく、視界を私に合わせているがそれ以外に行動を起こすことができない
(やはり大きいな……)
 近づくにつれ、対戦相手の大きさをまざまざと見せつけられる
 恐らく4メートル弱はあるであろうその巨体はなるほど普通なら対戦相手を絶望に陥れる
 しかし私はそれでも冷静に相手を見つめ、そして相手の足下へ
 ザン!
 爪による一撃を浴びせる
「ッチ……」
 しかしその一撃はさほど相手にダメージを与える事はできなかった
「堅いな……」
 さすがに幾多の挑戦者を葬ってきたことはあると言う訳か? しっかり鍛えられている
「なら、決めるとすれば」
 首筋、足下、眼球のどれか
 まず首筋は、羽毛があるからパス、足下も先ほどの一撃で効果が無いのでパス
「だとすれば……」
 眼球であろう、そこなら守るようなものは無く、その上深くいけば脳に達せれる
「では……っ!」
 そうこう考えている内に相手は落ち着いて来たのか、こちらを踏みつけにかかろうとする
 私をその一撃を避けつつも相手の口元を見据える
 チャンスがあるとすれば相手が必殺の一撃、すなわち石化ブレスをはく瞬間
 その時が私が攻める瞬間である
 グェェェェ!
 相手が攻めあぐねている内にとうとうしびれをきらしたか、甲高い鳴き声を発する
 そして、一瞬でケリをつけようと頬を膨らませる
 ブワァ!
 一瞬にしてコカトリスの目の前が灰色の煙で覆われる
 当の私はと言うと……
「その目、がら空きだぜ!」
 相手がブレスを吐く瞬間、高く舞い上がり
「もらったぁ!」
 私は眼球に向けて、槍の穂先の様に鋭くとがった爪を突き立て様とした
 相手としては先ほどのブレスのため今しばらくはブレスを吐くことはできず、その上巨体なため満足に動くことができない
 だからこそ私は勝利を確信した、そしてそこに隙が生まれた
 スカァ……
 眼球に突き刺さるであろう私の爪はしかし空をきり
「……ッ!?」
 爪を突き立てるような不自然な体勢のまま私は着地を余儀なくされた
「何処に……!」
 私はその不可解な出来事に動揺し、左右をを見渡す
 コカトリスは何処にもいない
「まさか……上?」
 私は不安にかられ思わず上を見上げる
 信じられないことにそこには巨体にもかかわらず優雅に飛び上がっているコカトリス・ミケちゃん
 その口元は嫌な感じで再び膨れあがっていた
「しまっ……」
 私は嫌な予感がして再び舞い上がろうと足に力を入れようとするが
 ブワァ!
 それよりも早くコカトリスからブレスの一撃が放たれる
 ブレスの煙で充満するリング
「クッ……あ……」
 数十秒もの間、その煙はリング全体を支配していた
 そして煙が晴れた瞬間、私は動けなかった
 いや動くことが出来なかった
 何故なら私の足は……石に変わっていたのだから
 ブン!
 そしてコカトリスのヤツはそんな私の足に向けて無情にも鞭のようにしなった極太の尻尾で攻撃してきた
 バキィ!
 何かが折れる音共に私は派手に吹っ飛んでしまった
(……?)
 しかしあれだけ派手にやられたのに私は痛みが無いことに疑問を抱いてしまう
 確か攻撃は足に来たはずと思い、私は思わず両脚を見てしまった
「ひぃ……」
 私の両脚は無惨にも先ほどの一撃で折れてしまった
 そして折れてしまったその両脚は……
 バリ! ボリ!
 あのどう猛なコカトリスによって無惨にも喰われていった
「いや……いやぁぁぁぁぁ!」
 自分の体の一部が喰われるという事態に私は思わず悲鳴をあげてしまう
 そして、私のその悲鳴を聞いたコカトリスは不気味な鳴き声をあげながら私に近づき
 ガシィ!
「……ッ!?」
 その強靱な爪で私の両腕を捕まえ、そして
 ブワァ!
 辺りにまたあの灰色の煙が充満する
 その煙に触れている部分、すなわち腰、両腕、そして腹の感覚が全て消えてなくなるがはっきりと理解できた
「うぐぁ……あ……」
 コカトリスのヤツは私を完全に石像にせず、首から下を残した状態のままそこに存在させられていた
 さらにコカトリスは私を捕まえていた爪に力を加え始める
 メキィ、メキィ、メキィ……バキィ!
 石になってもろくなった両腕は簡単に砕け散り、体から離れていった
「何を……ひぃぁ!?」
 まだ私で遊び足りないのか、コカトリスはその砕け散った両腕をくわえ
 バリ! ボリ!
 私の前で食べ始めた
「やめてぇ……もうやめてぇ……」
 全身をほぼ石化させられていた私はその様子最早見る事しかできなかった
 ただ涙を流し、見つめることしか私には出来なかった
 なぜなら私がこの世で最も信頼していた両腕と両脚はもう存在しないのだから……
 幾多もの戦いをくぐり抜け、何人もの人間をその手で葬り去った私の両手両脚はいとも簡単に砕け散り、おまけにコカトリスの腹の中に収まってしまっている
「嫌だ、私は負けたくなんか……無いのに……」
 戦うための武器をなくした私が最早戦う必要がない、それはすなわち私がもう敗者同然の扱いと言うことを意味している
 私は理解してしまった
 理解したが故に私は恐怖した
 ここ地下闘技場においてあるのは二つ、勝者の栄光か、敗者の屈辱か
 その屈辱がどれほどのモノか、死ぬことよりも屈辱的な出来事が私には理解できてしまった
「いやぁ……助けて……」
 私は情けない声でコカトリスに懇願してしまった
 最早私には戦う意志も、誇りも、気力すらも抜け落ちて、ただただ懇願していた
 自分でも情けないと思っている、つい数分前には私は戦士としてこのコカトリスを倒すと息巻いていてた
 それが今は情けなく相手に懇願して命乞いをしている

 敗北者として

 その様子を見たコカトリスは再度不気味な鳴き声をあげた
 ブワァ!
 心なしか笑っている様な口から離れた無情なる灰色の煙は私の視界を覆い尽くしていった
「あ……がぁ……」
 徐々に感覚が無くなってきているのが手に取るように理解できてしまう
 触覚はなにも感じなくなっいく
(嫌だ、嫌だ……)
 痛覚は痛みという信号を送らなくなっていく
(私はただ勝利したかった、勝利者としてみんなにたたえられたかった……)
 音を聞く役目を終えた耳からは聴覚がきえ
(こんなの……うそよ……絶対に……)
 最早恐怖のまま開かれた口からは味覚が消た
(残りたくない……このまま……無惨な……敗北者と……して)
 そして視界は闇に染まっていき
(いやだ……私が消えて……無くなるなんて……)
 最後に……私の意識が……闇に……染まっ……て……
(だれか……た……す……け……)
 そこ……から……私は……何……も……考……え……な……った……
 
 ……………………

 数日後、彼女の石化した姿は地下闘技場に飾られることとなった……

 敗者の屈辱の象徴として、永遠に


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