ディードリッドの受難

作:枯木


 薄気味の悪い森の中、剣を携え歩いている1人の女性。いや、その女性の耳は通常の人間よりも大きく、何よりも尖っていた。
 そう彼女はハイエルフの少女ディードリッド。
 彼女は仲間であるパーンが特殊な毒に犯され、助けるために1人でこの不気味な森へと入ったのだ。
 「待っててね、パーン。貴方は私が必ず助けるから。」
 彼女は胸に強い気持ちをしまい、ただ1人森の奥へと進んでいく。この森は沈黙の森と呼ばれ、彼女が使う精霊魔法を含めた全ての魔法そして魔法の力を持った道具の効果が失われる。
 そのため、彼女は1人剣のみで進んでいたが、道中何度も植物型のモンスターに襲われるものの鮮やかな剣技で斬り伏せていた。
 「……確か、あの薬草はもう少しのはずね。」
 樹上からディードリッドへと落下し、襲いかかる人型の植物を視認することなく剣の一振りで3体同時に撃破すると再び奥へと向って歩きだす。
 そして、歩き出してから半刻が過ぎた頃、目の前には樹齢1000はゆうに超える大木そしてその麓には一輪の白い花が咲いていた。
 「見つけたわ。これでパーンも……はっ!?」
 目的の薬草を見つけたディードリッドだったが、自分に迫る脅威にいち早く気が付き、バックステップで後ろへと下がる。
 「……どうやら、コレを倒さないとダメかしら。」
 ディードリッドの目の前に現れたのは、大型の肉食動物を思わせる蔓でできた魔獣、だが顔の代わりに青・紫・赤の巨大な禍々しい花そして、尻尾に当たる部分には黒い花が咲いていた。
 「これは……何かしら?」
 長い時間を行き、豊富な知識を持つディードリッドだったが、今自分の目の前にいるモンスターとは出会ったこともなく、当然どう戦えばいいか分からなかった。
 あえて言うならキマイラのような植物であることは想像できるが、そうなると獣のような突進力と力そしておそらくは4種類の特殊
なブレスは容易に想像できる。もちろん植物ならではの蔓による攻撃そして高い生命力も。
 (………魔法が使えない今の私で倒せるかしら。)
 森の魔力によって使えるのは自分の剣技だけのディードリッドだが、その剣技は間違いなく達人の領域と達している。
 問題は、未知なる敵に容易に近づき攻撃するのは死を意味する。
ましてや敵の撃破が目的ではなく、目の前の薬草を入手することが目的なのだ。
 (……ここは相手の出方を伺ってから、隙を見て薬草を手に入れて逃げるのが一番かしら。)
 じりじりと後ろへと下がり警戒するディードリッド。
 だが、ディードリッドの思惑に反して植物キマイラはまるで薬草を死守するかのようにその場を一歩も動こうとはしない。
 (……動かない……そんな、こいつはひょっとしてガーディアン!?)
 距離を取ったまま動かないディードリッドに対して植物キマイラもまた動くどころか攻撃素振りがない……るまり、この植物キマイラは薬草もしくはこの大樹を守るガーディアンということになる。
 (このままじゃあパーンが……一か八か仕掛けるしかないわね。)
 相手がガーディアンであるならば、一か八か正面から攻撃して、相手が反撃したところを狙って薬草を入手し逃げる。それがディードリッドが選んだ行動だった。
 「はぁぁ!!」
 そしてディードリッドは勢いよく植物キマイラへと駆け出した。
 植物キマイラは青の花からはドロリとした粘液をまるで銃弾のように次々とディードリッドへと吐き出した。
 (やっぱり、こいつはガーディアン……でも、これくらいなら。)
 たしかに弓矢よりも早くディードリッドへと迫る粘液だが、これくらいのスピードなら今までの戦いの経験で避けることは難しくはなかった。
 (あの粘液は脚止めと毒の効果かしら。)
 地面に触れると粘液はべちょりとまるで蜘蛛の糸のように付着している。
 その間にも植物キマイラは赤い花の花びらが分離したかと思うとまるで斧のように7本の花びらがディードリッドを襲う。
 「………この程度!!」
 ディードリッドに迫りくる花びらを剣でいなしながら、花びらに融合した蔓へと剣を振り、花びらを地面へと落としていく。
 (これで左右の花の攻撃はわかったけど……きっと中央の花は…)
 ついに植物キマイラの真正面にきたディードリッドに対して植物キマイラは中央の紫の花は中央の花弁を膨らませたかと思うと、迫りくるディードリッドへと紫の花粉を飛ばした……はずだった。
 (やっぱり……花粉によるブレスね。)
 だが、その攻撃を予想していたディードリッドは全ての花びらを切り落とされた赤い花の方へと転がり、その攻撃を避けていた。
 (あとは……あの黒い花だけど……)
 そのままディードリッドは黒い花へと剣をふるい、斬り落とした。
 (これなら……)
 赤い花と黒い花を切り落とされ苦しがる植物キマイラの隙をついて、薬草を掴み取り抜こうとするディードリッドだったが……
 「これで……えっ。」
 薬草は抜けず、思わず立ち止まってしまうディードリッドそして、その背後からベチャリと何かが背中に当たった。
 「し、しま……きゃぁぁぁぁ。」
 振り返ると、そこには無傷な姿となった植物キマイラが立ちふさがり、青い花から粘液をディードリッドへと何度も吹きかけ、彼女を粘液まみれにしていた。
 「うぅ……ま、まず……えっ、うそ。」
 植物キマイラの攻撃に焦り、薬草を手放し一旦身を引こうとするディードリッドだったが、薬草を掴んだ手がじわじわと薬草と融合し植物へと変化していた。
 「……ど、どうして……はっ、こ……これはち、違う……」
 そうディードリッドが手に取ったのは薬草ではなく、植物型のモンスターそのものだったのだ。
 そして、困惑するディードリッドへと復活した赤い花はまるで恨みを晴らすかのように花びらを伸ばしてその蔓でディードリッドを巻き付けていく。
 「ぅ……あぁぁ……く、くるしい。」
 蔓は見た目以上の力でディードリッドを締め付けていき、圧迫感からカランという音をたてて思わず剣を手放すディードリッド。
 そして苦しむディードリッドへと紫の花は再び花弁を膨らませ。
 「うっ…あっ……くぅぅ。」
 (ま、まずいわ……い、今食らったら……)
 トドメといわんばかりに紫の花から再び花粉が放たれた。
 「うぅ、けほこほ……ぅ…ぁ…っ」
 蔓による圧迫で口が開いたままのディードリッドは花粉を思い切り吸いこんでしまい、ガクガクと震えたかと思うと痙攣し始めた。
 (こ、こいつの花粉は麻痺性なんて……も、もう。)
 粘液で身動きを封じられ、さらに蔓による締め付けそして花粉による麻痺で完全に身動きできないディードリッドの薬草を掴んだ左腕は衣服を残してその全てを樹木へと変えていた。
 そして、そのまま樹木とされたディードリッドの左手から蔓が延び、じわじわと身体を樹木へと変えていく。
 (わ、わたし……このまま木にされてしまうの?)
 エルフにとって樹木は神聖なものであるが、今のディードリッドにはパーンという守るべき仲間がいる、そのパーンを助けられず樹木にされるなど嫌だった。
 じわじわとディードリッドを侵食する樹木はすでにその両足も樹木と化し、太い幹へと化していた。
 (い、いや……こんなのいや……たす……誰か助けて。)
 樹木にされるという恐怖から涙を流すディードリッド、だがその間にも何重にも蔓が絡まりディードリッドの身体は美しい顔を残してその全てを樹木へと変えていた。
 (あっ……う、うそ……そ、そんなぁ)
 そしてディードリッドが最後に見た光景は、切り落とした植物キマイラの黒い花が変化し薬草である白い花へと変える光景だった。
 (パーン……ごめんなさい…わたし……もう…………)
 そしてディードリッドは完全に樹木と化した。
 その後、この沈黙の森はその最奥にカビが繁殖してもなお美しく、そしてどこか悲しげな樹木があることから、嘆きの森と呼ばれることとなる。


戻る