作:固めて放置
「これでよし」
鏡の前で日課の髭剃りを終えネクタイを締めた俺は鏡に向かって頷くと通勤鞄を掴むと
玄関から家の外へ出る。
勿論毎日のように会社に行く為である。俺はごく普通の20代のサラリーマンだ。
家から駅に行くまでの途中の道は近くの中学校の通学路と重なっている。
今日も通学途中の制服姿の中学生たちとすれ違う。
ちょうど今の季節は冬服から夏服に入れ替わるころだ。
女子たちの背中から透けて見えるブラはこの年になっても良いものである。
まあ彼女たちとすれ違い方向に歩いている俺は、会話をしながら後ろを向きながら歩いている子の背中が目に入るくらいだが。
正面から彼女たちの胸をマジマジと見つめるほど俺は図々しくない。
性に興味を覚え始めた男子たちは同級生の女子の背中から浮き出る白やピンクのラインが気にかかる様である。
今のうちに目いっぱい脳裏に焼き付けておけよ、と後輩とも言える彼らに心でエールを送る。
いつもと変わらない中学生たちの通学風景。そしていつもの様に「彼女」はいた。
通学途中にその身を水晶像に変えられた1人の少女。
本来横にいたであろう友人と話しながらその身を異質のモノに変えられた彼女は、
歩きながら腰を横に捻り、上体を僅かに前に倒して笑顔を見せたまま固まっている。
着ていた制服の夏服ごと水晶に変えられた彼女の服と体の間には隙間が出来ており、光の屈折で制服の下の体の線が露わにされている。
彼女の胸はかがんだ状態でもほんの僅かな膨らみしか主張しておらず、その小さい胸を包む水晶のブラジャーがばっちりと透けて見える。
更によく見ればブラの下の、小さい胸が故に主張されるサクランボを見つける事が出来るだろう。
スカートの下の腰のラインや細く可愛らしい太腿やその付け根も露わにされている。
この原理で言うと、体の中の内臓器官なども透けて見えるはずであるが、体の内部は水晶で埋め尽くされているのか、
浮き出て見えるのはボディのラインだけである。
髪の毛も一本一本が再現されるわけではなくある程度の束になって固まっている。
それでも生身の時のポニーテールとそよ風を受けて微かにたなびく様子が忠実に表現されていた。
実に都合よくできている。
一度この場から動かそうと抱えてみた事があるが、その重さにぎょっとした事があった。
ごく普通の制服姿の中学生の少女と、露わにされた肢体のミスマッチ。
もし真っ当な女性が透明の服を差し出され、こんな恰好をしてくださいと言われたのなら、即拒むか、
羞恥と怒りに顔を真っ赤に染める事であろうが、
水晶像の少女は拒絶の意思を示す事も無く、屈託のない笑顔を見せたまま動く事なくこの場にあり続けるのである。
俺は立ち止まる事なく歩きながら水晶像に視線を送り、通り過ぎるまでの間にこれだけの事を考えると、駅へと向かうのであった。
駅に着き、間もなくホームに飛び込んできた快速電車に乗る。
俺はいつもの様にドアの付近に立たされる。
数駅ほど通過し、都心へ向かうとある駅への途上、目に飛び込んでくるのは林立するビルの間に聳える巨大な人為的な山である。
本来そこにもビルが建っていた筈の空間にある地面が盛り上がって出来たその人工物は、
とある奇怪な集団によって受けた最初の襲撃の爪痕であり、その時犠牲になった女性たちの『棺桶』でもある。
偶然その場に居合わせた俺は、その時の光景を鮮明に記憶している。そしてこの山を見る度にその日の出来事を思い返すのである。
事の起こりは一年と少し前の4月に遡る。
その日は休日でたまたま買う物のあった俺は、その駅の繁華街を訪れていた。
街は駅ビルのデパートや若者向けの服飾店に来た人たちでなどで賑わっていた。どちらかというと10代から20代と云った若者の割合が多いのが特徴的である。
駅の通りの向こう側にある電化量販店へ向かう俺は、駅の出口前の立体交差点を歩いていた。
目の前を歩くのは俺より2,3歳位年下位の女の子で、白地に柄の付いた半袖のTシャツにカーディガンを羽織り、
ボトムスカートから黒いタイツで覆われた両足を伸ばしている。肩からは小物のお洒落な鞄が下げられていた。
ちょうど衣替えの季節という事もあってか、上半身と下半身の露出にギャップが生じていた。
4月とはいえミニを履いていては夕暮れになると日陰で肌寒さを感じる事もあるんだろう、と俺は勝手に納得するとともに、
夏が近づけば蒸れるタイツなどを履く女性はいなくなるだろう、これが見納めだ、と前を歩く彼女のおみ足を眺めていた。
そんな俺の観賞も、間の抜けた叫び声によって打ち切られる。
「何だあれは」
おおよそ個性のないセリフに頭上を指さすメガネの男性。
それに釣られて上空を見上げるとそこには直径百メートル程の巨大な円盤が浮かんでいた。
自分たちの真上はちょうど円盤の中央部分の辺りである。
さっきまでの青い空は完全に見えなくなり、太陽光が遮られ、真昼にも拘らず日暮れ前のように辺りが暗くなる。
人智のモノとは思えないその現象に、頭上を見上げた皆が立ち止まり口をぽかんと開け放心状態に陥っていた。
円盤は高度を下げ、百メートル程の高さまで来ると動きを止めた。円盤の中央から黄色い光線が照射された。
光線の直撃を受けたのは偶然にも俺の目の前にいた黒タイツの女の子だ。
「えっ何よこれ。ちょっと待って」
光の回廊の中をまるで子供が手を離した風船の様に彼女の体が浮かび上がる。肩の鞄が地面に転がり落ちた。
俺は浮上する彼女を助けよう、何とか地上に留めようと反射的に動いていた。
だが直前まで放心していた事もあり動作が遅れ、彼女の足をつかもうとした右手が、彼女のふくらはぎをタイツ越しに撫でるに留まる。
浮かび上がった彼女の体は5メートル程の高さで停止した。さすがにこの高度では俺もどうする事も出来ない。
ただ彼女の姿を見つめるのみである。
無理やり宙に浮かびあげられている状態であっても、ある程度の動きの自由はある様である。
悲鳴を上げながら手足をばたつかせている。しかしその動きも次の瞬間彼女の周りに出現し、彼女自身を包む青色透明の覆いによって封じられる事になった。
西洋の棺桶を縦起きしたかのような形状のそれに閉じ込められた彼女の体は、手を体の横に伸ばした直立の状態で身動きが取れずにいた。
恐怖に染まった顔から何か悲鳴が発せられているようだが、覆いに閉ざされている為か聞き取ることはできなかった。
そしてさらに次の瞬間、棺桶の中からビシっという音が聞こえ(彼女の悲鳴が聞こえなかったのにその音は聞こえたのはおかしい話だが、実際そうであったのだから仕方がない)、
棺桶の内部が青色透明の物体で包まれた。
というのも先ほどまでは向こう側の円盤が鮮明に見えた青色透明の棺桶が、より濃くなって向こう側が見えずらくなっているからだ。
中にいた女の子は先ほどの姿勢で、目を大きく見開いたまま一切の動きを停止していた。
彼女の履いていた黒タイツは、先ほどあれだけ暴れていたにも拘らず伝線をしておらず、彼女の足を覆っていた。
かつて彼女の下半身は黒いタイツによって覆われていたが、今となってはその黒タイツと青い水晶の2重の拘束を受ける事になったわけだ。
後日になってからそんな事を考えたりもした。
青く囚われた彼女の体を円盤が吸い寄せる。俺たちはそれを成す術もなく見送った。
彼女こそが一連の襲撃によってもたらされた被害の最初の犠牲者であり、
彼女を封じ込めた棺桶は、今も山の頂上に屹立している。
円盤からは更に幾本もの光線が照射され、何かを封入しているらしいカプセルが大量に地面に投下される。
カプセルは空中で分解し、中からはテレビで見たショッカーの戦闘員の様な全身黒の怪人が現われた。
ここに至って円盤が人間に危害を加える存在だとようやく気づいた俺達群衆は円盤の範囲内から逃れようと慌てて駆け出した。
しかし俺たちをただで見逃してくれるほど甘くはないようであった。
俺たちのいる道路に光線が当たる。すると道路が怪しく振動を始めた。
ニョキっとばかりに道路から次々と先ほど目の前にいた女の子を封じ込めたのと同じ青い水晶が生えてきた。
2メートル程の高さの六角錐状のそれに阻まれ、俺たちは蛇行しながらの走行を余儀なくされた。
「きゃっ」
短い途中で途切れるような悲鳴のした方向に目を向けると、そこには下から生えてきた水晶の中に取り込まれる女性の姿があった。
ジーンズ姿の彼女は、信じられないとばかりに地面に目をやり、腰をかがめ両膝を合わせ足を内股でハの字に可愛らしく開いた状態で水晶に封じこまれた。
見ての通りこの水晶は中に人を閉じ込める性質を持つようだ。
下から生えた水晶に取り込まれた者は、各々がその時ののけ反った状態を水晶の中で表し、
間が悪く目の前に生えた水晶に飛び込んだ者は、駆け出した姿のままその中に封じ込まれた。
ただ男やある程度以上の年齢の女性は中に取り込まれる事なく弾き飛ばされる様であった。
次々と水晶に取り込まれる女性たちを横目に、それでも俺たちはパニック状態で走り続けた。
俺の目の前を走るのはお揃いのリボンを頭に付けた小学生の姉妹だ。
手を繋いで走る彼女たちの姉の方は10歳を超えた高学年くらいで、妹の方は10に満たないくらいの3,4年生位の年ごろの様である。
幼いながらも懸命に走る彼女たちを無情にも水晶錐が襲う。
最初に取り込まれたのは前を走っていた姉の方である。姉の身体は上に伸びる水晶によって持ち上げられ、
そして彼女と手を繋いでいた妹が続いて水晶の中に引き込まれる。
もし妹が手を離していたら彼女だけは助かっていたのかもしれないが、彼女は絶望的な状況に1人で投げ出されるよりは、
姉と運命を共にする事を選んだのだ。
大人たちも我を忘れて逃げ惑うこの現状下、誰が幼い妹の行為を責められるだろう。
二人は同じ水晶錐の内部に手を繋いだまま封じ込められた。
六角の錐の上部には先に取り込まれた姉が、目を閉じ、身体を力なく投げ出した状態で封じ込まれていた。
それでも妹を握る手は力強く握り締められている。
その表情はこの極限的状況下から解放されたかのように安らかなものであった。
妹はまるで空を飛ぶピーター・パンの手を掴むティンカーベルの様に、
持ちあがる姉に引き釣られる格好で、真っすぐ姉を見つめたままその動きを止めていた。
この青い水晶に襲われた通りを抜けても逃走劇は終わった訳ではなかった。
その先の通り。若者向けのファッションショップが立ち並ぶこの街路で、
流行りのニットやワンピースに身を包んだハイ・ティーンの女の子の集団に襲いかかるのは、
全身黒タイツに、岩の様な張りぼてを付けた怪人たちだ。
怪人の1人が集団の端の身長の高いスラリとした女の子に駆け寄ると、「ヒョイ」っとばかりに抱きつく。
両手両足を女の子の体に絡みつかせた滑稽な姿。それを見た者が驚きに目を見張り、
当の絡みつかれた女の子が悲鳴を上げようとしたその刹那。
ビキビキビキッ
そんな音を立て抱きつかれた女の子の体が、抱きついた怪人ごと黄土色の岩石に変わっていた。
1人目に続くように怪人たちは女の子たちに駆け寄り抱きついた。
ある者は驚きに強張った状態で、またある者はとっさに逃げようと後ろを振り向き駆け出そうとした状態で
怪人に抱きつかれ、その身を岩に変えられた。
今時のファッションに身を包み、直前まで華やかな若者の生活を謳歌していた彼女たちは、
可哀そうな事に珍妙な怪人に取り付かれたその滑稽な姿を留めていた。
残った張りぼてを付けた怪人は逃げ惑うブティックの店員やこの辺りの店にはまだ早い筈のロウ・ティーンの女の子たちを追いかけている。
彼女たちが捕まり怪人と一緒に岩になるのも時間の問題だろう。
幸い黒づくめの怪人が狙うのは女の子ばかりの様である。
見向きもされない俺はこれ幸いとばかりにこの通りを駆け抜けた。
この時点で次々と襲いかかる非日常の出来事にすっかり感覚がマヒしており、被害にあった女の子たちを見ても、
淡々と機械的に彼女たちに同情を感じつつも、その同情から心が痛んだり、駆ける足を緩めるような事も無くなっていた。
それでも女性たちを観察することは止めなかったわけだが。
その次の通りでは頭上から大きなカプセルが降って来た。
人がすっぽりと入る大きさのそのカプセルは、中に閉じ込めたのが若い女性の場合は足元から緑色のガスを噴出し、
それ以外の場合は上から伸びるマジックハンドで中の人間を放り投げるようである。
ガスを浴びた人間は皆例外なく緑色の像にその身を変化させられた。
既に20人ほどがカプセルの餌食になり、マジックハンドによって足元にコースターの様な台座を据え付けられていた。
カプセルに閉じ込められた女性は大抵はカプセルの壁を押すなり叩くなりした姿か或いは諦観しうずくまった状態でガスを浴び固まっていたが、
足元からのガスは結構な風圧を伴っているらしく、たまたまその日スカートを履いていた女の子たちは、
風で捲くれ上がるスカートを何とか抑え付けようと努力したままその身を硬くし、そのうちの幾人かはその努力も徒労に終わり、臀部を露わにしている。
その仕草はまるで地下鉄の駅の入り口から吹きあがる突風に咄嗟にスカートを抑えているかの様である。
彼女たちを乗せた台座にプレートを付けるとしたら、どのようなタイトルがいいだろう、と俺は人ごとの様に考えていた。
ここまで見てきたいずれのトラップにも共通しているのが、奴らは若い女の子しか狙っていないという事である。
現に俺も怪人やそいつらが用いる道具に幾度となく捕まり、その度にあちこちに弾き飛ばされていた。
奴らの魔の手からいつまでも逃れる事が出来ず、これからいろいろな場所の状況を語っているのもそれが原因である。
弾き飛ばされるといってもその飛距離は通り一つ分は優にあり、本来なら大怪我でも済まない様なダメージを負う筈であるが、
不思議と軽い打撲程度の痛みですんでいる。或いは頭上に浮かぶ円盤の所為で、重力がおかしくなっていたのかもしれない。
ある通りでは地中を潜行する怪人に捕まえられた女性たちが、腰の辺りまで地面に埋め込まれ、地面に出た上半身を石に変えられていた。
石にされる前に地面に埋まった太ももやお尻を怪人に撫で回される女の子の嬌声が辺りに響く。
人間ホイホイと言わんばかりに粘着物が撒き散らされた通りでは、そこを通り抜ける女の子たち目がけて粘着液が投射され、
足元の粘着物でバランスを崩して倒れ込んだ子には、容赦なく粘着液が降り注いだ。
更に別の通りではタキシード姿の怪人にクイズを答えさせられ、負けた女の子は衣服を怪人の好みの衣装に変化させられ、
念動力で無理やりポーズを取らされた後、透明のコーティング液を吹き掛けられその身を硬直させられた。
勝った女の子は約束通り逃がすところは紳士らしい。もっともこの後も無事に逃げられるかどうかの保障はしていない訳だが。
男の俺も何故かクイズを挑まれ、敗れた俺の代わりに偶然ここを通り抜けようとした眼鏡に三つ網の大人しそうな女子高生が、
罰ゲームとしてバニーガールの恰好にさせられ、組んだ両手で胸をたくしあげ、こちらを誘うような上目遣いの困惑混じりの表情を、
怪人の念能力によって演出された状態でカチコチの人形にされてしまった。
実際本人にしてみれば何故自分がこの様な目にあわなければならないのか訳が分からず、さぞ困惑した事だろう。
怪人の罠が待ち受けているのは主に屋外と通りであったが、建物の中も安全という訳ではなかった。
ふと上空を見上げると、円盤から投射された光線によって百貨店のビルが粉々に分解され、中にいた人間が吸い出される。
円盤の目当てで無いような人間はそのままはじき出され、
買い物客の婦人や、デパートの制服姿の店員や係員たちが吸い寄せられる。その中には買い物客に連れられて来た子供も少なからず混じっていた。
円盤から巨大な大理石の様な円環が出現した。
全周が30メートル程のそれの外周の壁に吸い寄せられた彼女たちの体が壁の中に吸い込まれる。
当時はそこから先は何が起こったのかは、高度もあり分からなかったが、
後日『山』の中腹を取り囲むその完成物を見ると、身体を半ばまで埋め込まれた彼女たちは、そのまま大理石と同化し、
その円環の外周を彩るレリーフとして一つの巨大な彫刻になったようである。
その後も周囲の階層の高い建物は円盤によって次々と分解され、中にいた女性たちはその身をレリーフとして露わにさせられることになる。
階層の低い建物に潜んでいた女性たちは戦闘員風の怪人によって探し出され、連行された。
20名ほどの年齢層の様々な若い女性たち。
その中には女児を連れた婦人も混じっている。彼女は泣き叫ぶ子供をあやしているうちにその場から逃げ遅れたようであった。
怪人は相手が学生だろうが子連れであろうが一片の情けも見せる事はなく、女性たちを円盤から伸びる光の回廊へ引っ立てる。
光の回廊に入った女性たちはそのまま上空の円盤の中に吸い込まれた。
円盤に収容された彼女たちにどの様な運命が待ち受けていたのかはついぞ分からないままである。
ようやく息も絶え絶えに這いながら俺は奴らの勢力圏外に辿り着いた。
最初は円盤の中心エリアから一直線に外を目指すつもりが、気がつけば円盤の外周を反時計回りに半周している事になる。
奴らの仕掛けたトラップは他にもまだまだあったのだが、それを一つ一つ述べていては夕暮れになっても話が終わらない。
また別の機会があれば話す事にしよう。
(けれどもまるで一週間も逃げ続けていたかのように感じられた一連の逃走劇は、実時間にしてほんの60分にも満たない出来事だったのだ)
後ろを振り向くと、俺と同じく四つん這いになって進んでいた女子大生が、奴らの魔の手から逃れたと思い安堵の笑みを浮かべた瞬間、
高速で飛んできた針が尻に突き刺さり、瞬時に白い蝋人形に姿を変えるところであった。
これがあの日起きた出来事であり、直後に円盤によって地面が盛り上げられてできた山に、
一連の奇怪な罠の犠牲になった女性たちの身体が一年以上たった今もそのままの状態で並べられている。
それは円盤がこの日の成果を誇るべく作成した巨大なモニュメントの様でもあった。
これ程大規模な襲撃は以降起こることはなかったが、市内のあちこちで小規模な被害が相次いだようである。
最初に語った近所の中学生の女子が水晶像に変えられたのは最初の襲撃から2ヶ月後くらいの6月の事であった。
他にも隣町の公園では、ランニングウェア姿の女性が汗に濡れる髪を撫でつける仕草をした状態で大理石の彫刻にされ、
スパッツを履いた女の子が砂場でお尻に付いた汚れを叩こうとするところを、砂像にその身を変えられていた。
近くの工場では天井から吊り下げられたクレーンに捕まえられた女の子たちがタンクの中の溶液に浸され、
色とりどりの姿で固まり、ガレージの車と並んで陳列されていた。
彼女たちは皆溶液に沈む瞬間の恐怖の表情を浮かべたまま凍りついていた。
市内を散策すれば様々な場所で、幾重もの姿に変えられた女性たちを見出すことが出来る筈だ。
ここまで読んで来た読者は当然の如く疑問に思う事だろう。
こんな奇怪な集団に云いようにやられてこの国の警察や軍隊は何をやっているんだ。
犠牲になった女性たちがいつまでもその場所に放置されている状態にあっても、家族や友人、恋人たちは何もせず見過ごしたままなのか。
そもそも冒頭の中学生たちも通学路でその身を水晶に変えられた同じ学校の生徒を毎日見ていて何とも思わないのか。
それらの疑問には順番に答えて頂かせてもらおう。
謎の集団による一連の奇怪な襲撃は最初の駅前の大規模な襲撃から一年を境にピタリと起きなくなった。
一説によると彼らと戦うもう一つの謎の仮面の集団も存在していたらしく、そいつらに敗れた宇宙からの襲撃者は
円盤で遠い空の彼方へ帰って行ったらしい。
各地で(何故かうちの市内が多かったのは不思議だが)戦う二つの集団の目撃証言なども相次いだが、
一般市民に過ぎない俺には彼らが何であったのか、そもそも襲撃者は何の目的で地球にやって来たのか、
それを撃退した仮面の戦士たちはどこからやって来たのか、などといった事は知る由もない。
襲撃が終わった後もその身を異質のモノに変えられた女性たちは元に戻ることはなく、その場に在り続けた。
そして不思議な話だが、あれだけ俺たちを混乱させた一連の襲撃も、起こった時点では市民たちもパニックになり、
あれこれ右往左往するのだが、やがて解決(というのは仮面の戦士が怪人を倒した事を言うらしい)されると、
市民は初めから何事も無かったかのように振る舞い、引き起こされた事件も一件一件忘れられていくのであった。
あの最初の襲撃はあれ程の人数が居合わせていたにも拘らず、次の日には皆何事も無かったかのようにケロリとしており、
何より俺自身が困惑させられたものだ。
そして被害者の女性たちの存在は、初めからいなかったかのように俺を除く市民の記憶から忘れ去られた。
数で言うと一年で1000人近い被害者が出たわけであるが、いくら絶対数が多いとはいえ、
この1億人を超す人間が暮らし、毎年4万人の自殺者と1万人の行方不明者がでる国の話だ。
割合で云ってもそれは所詮市内の人口の1%にも満たないのである。
彼女たちのいなくなった事で生じた人間関係の空隙は、木材のひび割れをパテが埋めるように埋まっていった。
ひどいと云ってもそれが現実なのだから仕方ない。
そして俺を除く他の人間たちの眼には、凍りついた彼女たちが並ぶ空間も、ごく普通の街の風景が映り、
それは例えば何の変哲もないビルであったり、車の並ぶガレージであったりする。
道路や広場の中央などに置かれている像に対しては、そこに何事もないかのように振る舞い、無意識にスラリと避けて見せる。
いや、或いは本来彼らの見ている風景こそが正しい風景であり、
俺は別の空間に連れ去られた女性たちの姿を次元の狭間を超えて見ているのでは無いだろうが。
そう考えてもみるが、勿論何が正解かは俺に分かる訳がない。
果たしてこの様な出来事が起こったのはこの市区だけなのか。謎の円盤は本当は宇宙に帰ったのではなく、別の場所に移っただけだとしたら?
そして特異な過去の体験を記憶に留め、周りの人間に見えない世界を見ているのは俺だけなのだろうか。
もし貴方が俺と似たような体験をしており、誰にも話す事が出来ず悩んでいるのだとしたら是非とも教えて欲しい。