一日に時計の針は何回重なるか

作:固めて放置


カチリ・・・
時計台の短針と長針が重なり合って『XII』を差した。
ゴーンゴーンというと言う鐘の音が周囲に鳴り響くと共に時計台の前の泉の外周の噴水からシャーシャーッと水が放出される。
時計台の文字盤の真下にある扉が左右にカパッと開け放たれる。
中から出てきたのはフィギュアスケートのポーズを決めた一体の陶器人形であった。
人形を乗せた丸い台座は扉から伸びるレールに沿って進んで行く。
レールの付いた人1人が通れるくらいの太さの大理石の板が泉の底から伸びて水面に浮かび上がっており、その終点は泉の中央であった。

胸元をリボンであしらえ、肩と背中を露出した桃色の衣装に身を包んだその陶器人形は
まるで演技の途中であるかのように、前に倒した上体を反り上げ、後ろに伸びる左足を両腕と共に頭より高く差し上げるポーズを決めていた。
演技の最中でも整えられた表情は演技を成功させた満足感で軽い恍惚に染まっているかのようである。
右足一本が地面に着いた不安定なポーズであるにも関わらず、移動している間も台座に接着したスケート靴の刃に自らの質量を委ね、支えなしで自立を保っている。
台座が噴水の中央まで辿りついた。
噴水の外周からどこかで聞いた事のある様なテンポの良いメロディが鳴り響く。それに合わせて人形がくるりくるりと回転し始めた。
それは実際のフィギュアスケートの競技で選手の見せるスピンの様な目まぐるしい回転の速度だ。
大きく違うのは本物のフィギュアスケートは数回転もすれば回転を止め次のステップに進むのだが、その人形は延々と同じ恰好のまま回り続けているという事だ。
じっと眺めていると見ているこちらが目が回ってしまいそうだし、生身の人間が延々と回転する張本人になったならきっと途中で耐えきれなくなって地面に倒れてしまうだろう。
だが陶器の人形は人形であるが故にその様な素振りを御くびも見せる事なくくるりくるりと回り続ける。

時おり降りかかる噴水の飛沫は氷上で演技をする氷の妖精のスケート靴によって捲き散った氷の粒の様であった。

時が経ちまるで自らの演技に満足したかのように回転を止めると、陶器の人形は今度は後ろ向きで、自らの出てきた場所、時計台の元に戻っていく。
噴水の水は名残惜しそうにシュワーッシュワーッと見送りの霧の放水を送り、哀愁のある音楽を奏でる。
人形が時計台の中に収納され、噴水の放出が止まった時、時計の長針は『I』を指していた。

時計はカチカチと時を刻み続ける・・・

空の頂点には沈む事のないぼやけた太陽が浮かび続け、辺りを照らしていた。
雲一つ無いにも関わらず、辺りが薄暗いままなのはその創られた太陽の光量の絶対量が不足しているからだろうか。
それとも周囲を支配する陰鬱な雰囲気のせいだろうか。
















時計台の短針が『I』を差した。
ゴーンゴーンと言う鐘の音と共に扉が再び開かれる。
時計台から現われたのは前に現われたスケートをする陶器の人形ではなかった。

台座から伸びる一本の柱に括り付けられたのは紅白の装束の巫女。
腰と太ももに縄が絡みつき、両腕は柱の後ろに回されて縛りつけられていた。
観念し運命の時を待つかの様に両目を閉じ、顔を上にあげている。
ただ口から僅かに洩れた一筋の涎が、汚れなき巫女の端正な顔に拭い様のない汚点を残していた。
そして何より際立っていたのはその巫女の体が石であったという事だ。口から垂れた涎も顎の辺りで石の粒になってちょこんと乗っていた。
その無機質な灰色の体は着ている服の紅白や体に絡みついた縄の網模様に対して何だかちぐはぐとした印象を与えさせた。
埃一つ付いてない石像に対して石像の身に纏った装束や縄はどこか時の経過した古びた感じを受ける。

台座が泉の中央に着いた。
幾条もの噴水が勢いよく湧き立ち、滝の奔流の様に水流を台座の上の巫女に浴びせた。
白い巫女装束が透け、石像の肌の灰色が露わになる。
ぴんと伸ばされた背筋。薄い胸の隆起。
その膨らみの中央には本来隠されるべき胸の頂点の突起が2つ、巫女装束越しに表出していた。
(それにしてもこの石像の製作者はそこまで再現したというのであろうか)
水分を多量に含んだ紅い袴も巫女の体にピタリと貼りつき、その意外に華奢な腰回りのラインが露わになった。

噴水からは音楽が流れ続ける事はなく、ただ無言で中央に佇む石の像に水流を浴びせ続けた。
屈辱的な拘束を強いられ、更には容赦のない放水を浴びながらも、
その巫女の石像は石像であるが故にただ静寂の中周囲にか細い肢体を晒し続けた。

それは巫女の犯した罪に対する咎だとでも言うのだろうか?それとも自らに降りかかった受難を甘受し続けているだけなのだろうか?
石像は黙して語る事はない。











短針が『II』を差した時に現われたのはゴシックなドレスの少女剥製。
全身黒を基調としたエレガンスな装いにそれとは対照的な袖口や襟周りのふんだんに付けられた白いフリル。腰から下を包むスカートはパニエで大きく膨らんでいる。
真っ黒な厚底のパンプスとは対照的に白と黒の縞模様のミニのソックスが少女の膝から下を覆っていた。
年端もない少女のロリータな風貌と時おり覗く妖艶さのアンバランスさが悩ましい。
前面が透明なガラス貼りで他の面は鈍い銀色をしたケースの中に納まった少女は、両手でスカートの裾を摘み、
右足は左足の後ろで交差させ爪先を地面に付けた状態で顔を心持ち左に傾け、会釈するかの様な姿で動きを停止していた。
穏やかな笑みの反面そのガラスの眼球は見る者に今にもこちらに飛びかかって来そうな挑発的な視線を送っていた。

白粉の塗された顔やドレスから僅かに露出している手足の肌の色こそ生気が無いが、
いつ動き出し、鈴を鳴らすような声で自らに仕える下僕に身の回りの世話を命じてもおかしくない様な雰囲気を放っているのは何故だろうか。
まるで剥製の中にかつての人間の魂その物を閉じ込めたかのような・・・
それに答える者はどこにもいなかった。


時計の針は依然コツコツと時を刻み続ける。

『III』を示した時現われたのはお菓子細工の小さな家。チョコレートで出来た煙突から白い飴細工製の煙が浮かんでいた。
今までと同様にレールに沿って進むこの造形物が万が一泉の中に落ちようものならたちまちお菓子の家は水に溶けてしまうだろう。
この時ばかりは噴水も時報代わりの放水をストップしていた。
泉の中央でお菓子の家がカパッと左右に割れた。
中から現われた舞台の上にいるのは皆さんもご存じ『ヘンゼルとグレーテル』の登場人物、2人の仲の良い兄妹に意地の悪そうな魔女。
となるとこの甘いお菓子で出来た家は魔女の住処と言う事か。
ただひとつ違うのが舞台上の登場人物までもがお菓子で出来ていたという事だ。
デコレートケーキにサンドイッチされた砂糖菓子のヘンゼルとグレーテル。
チョコ板の壁の表面に浮かび上がったヘンゼルとグレーテル。プリンに封入されたヘンゼルとグレーテルに飴細工のヘンゼルとグレーテル・・・ 
幾人もの外見の異なるヘンゼルとグレーテルがお菓子の誘惑に囚われ、自らもお菓子に取り込まれていた。
一つの救いは幕で仕切られた舞台上の一角では飴細工のグレーテルの1人が暖炉の前で彼女に背を向けて立った悪い魔女を力一杯突き飛ばしていたと言う情景が映し出されていたという事だ。
黒砂糖細工の魔女は驚いた表情のまま前につんのめりスポンジに刺さった赤ロウソクで出来た(蝋燭に火が点いているのではない。蝋燭それ自体が炎を表しているのだ)
火に焼かれる直前でその動きを止めていた。


更にざっと述べてていくと―

『IV』・・・制服姿の女子高生。何かを仰ぎ見るような姿勢をした彼女は生身の肉体のまま時が止まったかのように台座の上で
      そのポーズのままピタリと硬直していた。

『V』 ・・・時計台から直径が2メートル程の回転木馬が現われ、泉の中央でオルゴールの音に合わせて回り始めた。
      幾体もの木馬にはミニチュア大の人形が1人、或いは2人で跨り、又は横向きに腰かけ、
      これらいたいけな少女人形たちは音楽に合わせて木馬と共に上下に揺籃していた。

『VI』・・・ブーケを掲げ決して来る事のない花婿を待ち続ける青磁のウェディングドレスの花嫁。
      噴水が孤独な彼女の為に結婚行進曲を奏でた。

『VII』・・・ごつごつとした岩の塊であるにも関わらず分かるほど克明な驚きと恐怖の入り混じった表情を浮かべたカーディガンを着た少女。
      肝試しでもしていたのか右手に持っていた懐中電灯は彼女が見ていた『何か』のいたであろう方向に向けられたままである。
      遊園地のショーに出てくるような可笑しな怪物の着ぐるみが彼女の背後に纏わりついていた。   

『VIII』・・・大きな氷塊の中に力なく目を閉じて浮かぶ色とりどり水着を着けた若い女性たちが順番に現われてはその肢体を惜しみなく晒していった。

『IX』・・・スパッツを履いた少女の躍動する肢体をそのまま模ったかのような大理石の像。

『X』・・・キャンバスの中でほほ笑みを浮かべる貴婦人の絵画。
     噴水の飛沫で水性の絵の具が溶け落ちると現われたのは先ほどの貴婦人がここから出してくれと懇願するかのような表情を浮かべ、
キャンバス前面に近寄りアップした姿で、キャンバスの中から出ようとするかのように画面の中の見えない壁に手の平を押しつけた姿であった。
噴水が止まると先ほど流れ落ちた絵の具がテープを巻き戻しするかのように戻り、キャンバスは元の笑みを浮かべた貴婦人像に戻った。

『XI』・・・透明なクリスタルのナースの像。本来は純白のナース服がここでは透明に変質し、おぼろげに差した太陽の光を乱反射させていた。






そして一回り。

時計の短針は再び真上に戻る。
ゴーンゴーンと鐘が12回鳴り響き、辺りに12『月』の到来を告げた。
時計台からは依然と同じ陶器人形が現われ前の周期と変わらぬ演目の上演が始まる。

相変わらず時を刻み続けるその針の中・・・
長針と短針。2本の銀色の細い柱の内部にはかつてこの歪みの主に敗れた2人の魔法少女がその敗北の報いとして生きたまま埋め込まれていた。
長針に埋め込まれた金髪の黒いジャケットの少女は目を閉じて手を真っすぐ力なく降ろした恰好で、
一方短針の側では桃色の髪の白いブラウスの少女が、怯えた表情で手で頭を庇う様な体勢のまま柱の内部に埋め込まれていた。
彼女たちは死んでいる訳ではなく、針の中で一切の生命活動を停止させられた状態にある。
自らは停止した空間の中に囚われたまま、ただ一つ外側に向けて出来る事は時計の文字盤上で粛々と時を刻み続ける事のみ。
何とも滑稽だとは思わないだろうか。


上位の爵位に昇爵し、手に入れた能力で別の世界に次元転位した主に放棄された後もこの歪みの空間は存在し続ける。
かつて親友同士であった針の中の2人の魔法少女。
時が来ると時計台から現われる魔人の手で装飾された者たち。
噴水の周囲に配置された石像に変わった公園の住人たち。
―例えば母親の元に駆け寄る娘とそれを両手で抱きかかえようと待ち構える母親。
石のベンチに腰かけて読書をする眼鏡の少女。少女のかけた眼鏡のフレームや読んでいた本も石になっていて、
開かれた本のページにかつて何が書かれていたのか読み取ることはできない。―


そして『観客』として選ばれ歪みの主の魔人によって囚われ、魔法陣の上に浮かんだ水晶の中で触手に弄ばれながら夢見心地で時の経つのを忘れたまま淫靡なダンスを踊り続け、
時間がやって来ると始まる噴水の上の演目を見届ける





























『貴女』を残して。


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