駄作と呼ばれし物語で、それでも世界は歩み続ける act.2

作:くーろん


 「パティから離れなさい!ヒースクリフ!」
 ・・・恐れていた事が現実となって、彼女の目に飛び込んできた。

 目の前で押し倒されているパティ。その身の半分は・・・石と化している。
 そして盛りのついた獣のごとき顔で、息荒々しくパティの上にまたがるヒースクリフ。
 
 アリシアから発せられた言葉は問いかけでも警告でもなく、敵対する相手に対する威嚇の言葉であった。
 
 
 「ちっ・・・お楽しみ中だ。邪魔すんじゃねえ!」
 「なん・・・・・・ですって!」
 おおよそ、彼女の知るヒースクリフから出たとは思えない、下卑た言葉。
 更に声を荒げ、威嚇するアリシア。槍を持つ手に力が入る。
 
 「離れなさいって・・・言ってるでしょう!!」
 「うるせえ!ガタガタぬかすならてめえも・・・・・・ちっ!」
 槍を突きつけられているにも関わらず、強気な態度を全く崩さない偽ヒースクリフ。
 だがパティを見て舌打ちすると、腰にかけた剣を抜き、アリシアに向けいきなり振り回した!
 
 「――くっ!」
 とっさに身を引くアリシア。
 牽制だったのだろう、その刃はアリシアには届かず、離れた先を切り裂くにとどめる。
 だがその隙に立ち上がった偽ヒースクリフは、素早く後ろへと飛びずさり、
アリシアとの間を大きく開けていた。
 

 「くそっ!台無しにしやがって・・・・・・
アリシア!てめえは最後だ・・・後で、じっくりと遊んでやるからな!!」
 ゆっくり後退しつつ、汚い捨て台詞を吐き終えた偽ヒースクリフは、
言葉最後に背を向けると、森の中へと勢いよく消えていった。
 
 「なっ!待ちなさいヒースクリフ!!」
 すぐに追いかけようとするアリシア。だが――
 
 「アリ、シア・・・」
 
 ――小さすぎて、逆に気に止めずにはいられないほどの、弱々しい声だった。
 ヒースクリフの消えた先を見ていたアリシアが、その声に恐々と振り向く。
 その姿に・・・アリシアは悲痛な表情を隠し切る事ができなかった。
 
 
 パティの体は・・・すでに胸元まで石と化していた。
 
 
 「パティ・・・」
 いつも元気で明るかったパティ。それが今は・・・
 髪を振り乱し、顔を涙で濡らし・・・
 侵食する石化への恐怖がはっきりと分かるその表情は、見るに耐えないほど憔悴しきっていた。

 本当なら偽ヒースクリフをすぐにでも追いかけなければならない。けれど・・・
 ここまで弱々しい表情を見せるパティを置いて、彼女は立ち去るなど、できなかった。
 徐々に人の身を失いつつあるパティに、アリシアは静かに寄り添う。
  
 「お願いパティ、教えて・・・あなたをこんな風にしたのは・・・あのヒースクリフなの?」
 
 自分にはどうすることも出来ない。ならば、他の仲間達のために。
 そしてこう話しかける事で、少しでも彼女の恐怖を和らげたい。
 胸を締め付けるほどの悲しみを抑え、アリシアはパティにそっと、問いかけた。
 
 「そうだよ・・・パティだけじゃない・・・チロルも、お兄様がこんな風に・・・」
 パティにもそれは分かっていたのだろう。
 残り少ない時間で、彼女が知りうる事をアリシアに伝えようとしていた。

 「お兄様は・・・ううん、あいつはお兄様なんかじゃない・・・お兄様の体を乗っ取った別の何か・・・
あいつは、聞いたことも無い魔法を使って・・・沢山の針が襲ってきて・・・
それに刺されると、こうなっちゃって・・・」
 「もういい・・・もう十分。ありがとう、ありがとう、パティ・・・」
 ――石化が首まで達していた。
 潤む瞳から零れ落ちそうな涙を必死にこらえ、穏やかな目で、静かにパティを見つめる。
 左手で、彼女の頬をそっと触れる。

 少しでも、彼女を安心させるために。
 そして、まだ生身のパティを、僅かな間でもその手で感じたいがために。

 「アリシア・・・」
 もう時間は残されていない。
 自分を看取るアリシアに瞳を向け、最後に伝えるべき言葉を、パティは震える唇で告げる。
 
 「みんな、を・・・おねが――」
 
 
 ――言葉は、最後まで続かなかった。
 
 
 伝えようと動く口が石へと変わり、動きを止める。
 涙で溢れる目が、雫と共に灰色に沈む。
 肌の柔らかな感触が、固く、失われゆく・・・
 そんな悪寒走る感触をアリシアは、ただ黙って受け止める事しかできなかった。
 そして・・・
 
 
 ・・・パティは、完全に石と化した。
 
 
 「パ・・・ティ・・・!」
 思わず漏れた乾いた声に・・・もう彼女は答えない。もうアリシアを見つめていない。
 忌まわしき魔術によって石に変えられたパティ。それも、親愛なる兄の手によって・・・
 強く握り締めたアリシアの拳は、震えていた。
 
 何もかも投げうって、ただパティにすがりつき、泣き叫びたかった。
 けれども、使命感とかすかな希望が、それを必死に押し止める。
 
 『みんなを・・・おねが――』
 最後まで綴られなかった、その願いに報いるために。そして
 
 (まだ助かる可能性がないわけじゃないわ。高位な神官なら・・・彼女、シルファならあるいは・・・)

 シルファ――シルファーナ・デュ・アルナ・トリスタン。トリスタン国第3王女。
 彼女はまた、高位な治癒術を会得した司祭でもある。
 シルファの持つ治癒術が、アリシアの最後の希望であった。
 
 「さよなら・・・は言わない。待ってて。パティ」
 最後に一言を添えると、彼女は静かに立ち上がり、森の奥へと駆け出した。
 
 
 
 
 
 
 (シルファ、お願い無事でいて・・・)
 偽ヒースクリフが逃げたしてからだいぶ時間がたっている。
 自分やレシオンが保護できれば問題は無い。けどもし彼がシルファを捕らえていたら・・・
 
 空を仰げば日が陰りを見せていた。早くしなければ捜索自体が困難となる。
 さざめく木々が立ち並ぶ森を、アリシアはひたすらに走り続けた。
 
 
 (え・・・?)
 通り過ぎる木々の隙間に、彼女の目があるものを捉えた。
 遠くでかすかにたわめく、金色の波を。
 
 「シルファ?!」
 遠目からも分かるほど綺麗な金髪を持つ少女、それは彼女の知る限りシルファしかいない。
 
 (お願い、間に合って!)
 きびすをかえしたアリシアは、シルファのいる場所へと走り出す。
 そびえ立つ木々を次々と抜け・・・激しく揺れ動く金髪が徐々に鮮明になってゆく。
 
 「シルファ!!」
 ついにその場所へとたどり着く。
 空が鮮明に見える開けた場所。
 
 そこではシルファと――1人の男が信じられない「行為」を行っていた。
 
 
 
 
 
 
 「そん・・・な・・・」
 周囲は茜色を帯びていた。
 森は薄暗くなり・・・だがその光景だけははっきりと目に広がっている。
 
 なぜ・・・悲劇がこうも立て続けに起こるのだろうか。
 それも、出会うたびにより最悪な方向へと。
 
 やっとの事で出会えたシルファは・・・
  
 
 「はぁんぅっ!んんっんーーーーー!」
 シルファは、1人の男に抱きしめられ・・・強引に唇を奪われていた。
 貪るように強く、何度も交わされる口づけ。
 身を震わせる彼女はそこから逃れる事ができず、涙を流しながらただ、受け入れる事しかできない。
 
 そして、その小さな唇を奪うその男は・・・
 ああ・・・それがヒースクリフだったなら彼女にとって、なんとまだ救われた事か。
 眼前で王女を汚すその男の名は――
 
 
 「レシ・・・オン・・・」
 信じがたい光景に、アリシアはただ呆然と立ち尽くしていた。
 
 今から遡って数刻前、取り乱す彼女を隊長として冷静に諭してくれた男。
 そのレシオンが、今・・・
 先ほどのヒースクリフと同じように、あろうことか王女の唇を・・・貪り尽くしていたのだった。
 
 
 
 ふいにレシオンが手に何かを持つ。細い小さな、針のようなものを。
 
 (針・・・まさか!)
 パティが言っていた。針のようなもので刺されてると体が石になってしまう、と。
 レシオンの持つ針が、それと同じものだとしたら――
 
 「――させないわ!絶対!!」
 迷ってなどいられなかった。
 一度身を引き跳躍すると、宙で手を引き槍を回転させると、穂先を軸に渦巻く螺旋が描かれる。
 螺旋に闇が混じり、取り込まれ、黒き穂先が生まれたとき、彼女は槍を突き出し、一気に突撃した!
  
 風を突き、間合いを突き抜け敵を貫く――槍技スパイラルランス。
 高速回転する槍が一直線に突き進み、レシオンに迫る!
 
 しかし――

 「オラァッ!!!!」

 突如、男が割って入った。
 アリシアとレシオンの間に立つは、偽ヒースクリフ。
 彼は抜き身の刃を背後に引き、
 
 「地べたを舐めな・・・シャインブラストォ!!」
 荒々しい一声とともに、大きく振り抜いた。
 孤を描く刃筋より無数の光があふれ出し、その全てがアリシアに向かって解き放たれる!
  
 (シャインブラスト!・・・だったら突っ切るまでよ!!)
 攻撃に全てを注いだアリシアは、その光の矢を避けることができない。
 ならば、自らの技で貫き通すまでと、アリシアはその進行を止めない。
 
 
 スパイラルランスとシャインブラスト、貫きの槍と無数の光が激しくぶつかり合い、弾ける。
 せめぎ合う槍と光。しかし――

  
 (そんな!強すぎ、る!!)
 偽ヒースクリフの放ったシャインブラストの威力は、彼女の知るそれより遥かに上回っていた。
 じりじりと光が迫り・・・ついにアリシアは押し切られてしまう。
 
 「しまっ・・・キャアァァァァァ!!!!!!」
 彼女に喰らいつく光の矢。
 全身で光を浴びたアリシアはその勢いに耐え切れず、大きく後方まで吹き飛ばされてしまった。
 
 「うっ!!」
 激しく全身が叩きつけられ、バウンドして地面へと倒れこむ。
 駆け巡る痛みに、アリシアは起き上がる事が出来ない。
 
 「・・・うぅ・・・シル、ファ・・・」
 痛みにもがくアリシアの目の前で、レシオンがシルファから離れた。
 そして、困惑するシルファの足に針を――
 (止めて・・・止めてぇぇぇぇ!!!)
 
 「痛っ!」
 瞬時の痛み。そして――
 「え?何をしたのです、レシオ、ン・・・あ・・・何・・・
足、が・・・え、いや・・・・・・いやあぁぁぁぁ!!!!」
 ――そこから生まれる灰色の浸食。

 アリシアの目には、徐々に石と化す身に半狂乱したシルファの姿が映っていた。
 
 「助けて・・・助けて、おねが・・・んっ!うぐっ!んんっ!んっ!んんっっっっ!!!!!」
 目の前の男にすがりつき、助けを請うシルファ。
 だがレシオンは懇願には目もくれず・・・石になる身を、さも楽しげに、見つめていた。
 そして、石化が足を覆ったのを確認するや強引にシルファを抱きしめ、
 再び唇を、見事なまでに均整の取れた体を、ひたすらに味わい続けた。
 
 「ククッ・・・あの野郎、なかなかえげつねえ事するじゃねえか」
 このおぞましき光景の何がおかしいのだろう・・・偽ヒースクリフは笑っていた。
 
 
 足から石へと変わり、徐々に消えうせてゆく人としての自分。
 強引に抱かれ、唇を合わされ、胸をもまれ・・・これまで受けた事のない激しい陵辱を受け続ける。
 絶叫したいほどの恐怖と困惑と拒絶の意志は、目の前の男の口で塞がれ・・・
 見開いた目からはとめどなく涙を流し、身じろぎ震え、美しい金髪を振り乱し・・・
 それでもシルファは屈みこむことすら許されず、ただ立ち尽くすしかなかった。
 
 純白の装束が石のドレスと化す。
 気品溢れるその姿が、身じろぎ、乱れる彫像へと変えられてゆく。
 
 
 (・・・シル、ファ?)
 人から石像へと変わりゆく直前、シルファの目がアリシアに向けられた。
 無力なアリシアを責める目ではない。助けを請う懇願の目でもない。
 
 『せめて・・・あなただけでも逃げて・・・』
 そう、訴えかける目。
 
 こんな状況でも、彼女はアリシアの身を案じていた。本来なら争うべき、ベルガードである彼女を。
 
 
 だが、その瞳も光を、失い――
 わずかな希望が、今・・・瞳に宿る光と共に、消えた。
 
 
 
 
 
 
 「シ・・・・・・シルファぁぁぁ!!!!!」
 守れなかった。助けられなかった。
 後悔の念が叫び声となり吐き出される。
 
 「セシル、ルルちゃん、チロル、パティ・・・シルファ・・・いやあぁぁぁぁぁぁ!!!」
 僅かな可能性が・・・今目の前で無残にも踏みにじられた。
 何も出来なかった己の無力さを呪う。非力さを呪う。
 そして・・・目の前の真実に気づけなかった自分を呪う。
 
 『各個撃破』、その作戦は個々を孤立させる相手の思惑だと今気づいたのだ。
 そんな事ができるのは・・・実質1人しかいない。
 
 
 「私を・・・・・・・・・騙したのね」
 震える唇で、その相手に憎悪を漏らす。漏らした声は低く、冷たい。
 「騙したぁ?・・・くくっ、嘘は言ってないぜ。ちゃあんと見てたんだからなぁ。
この針で、あの2人が震えながら石になっていく様を、じっくりと、な。ヒヒッ・・・」
 
 ・・・今の返答で確信した。
 もはや彼女にとって、目の前に立つ2人は倒すべき敵でしかないという事を。
 
 今になってやっと痛みの引いた身を起こす。
 目は憎悪の眼差しを2人に向けたまま、ゆっくりと槍を手元によせる。
 
 「うひょぉ、戦おうってか?けなげだねえアリシアちゃんは。
こりゃあどうしましょうかねえヒースクリフ団長?」
 「ばぁか。騎士たるもの、戦いに応じるのが勤めと言うものだぞ、レシオン。
たっぷりと可愛がってやれ。ククッ・・・」
 「・・・黙りなさいよ!!」
 
 これ以上、共に戦ってきた仲間の口から、下劣な言葉を吐き出されるのは耐えられなかった。
 怒りを吐き、立ち上がったアリシアは再び槍を構え、2人を低く見据える。
 
 
 (ごめん、みんな・・・手加減はできそうにないみたい・・・)
 『何者かにヒースクリフの体は乗っ取られている』、パティの言葉を思い出す。
 今の状況から察するに、おそらくレシオンにもそれは当てはまるのだろう。
 アリシアとて、出来る事ならばあの2人も救い出したい。が――
 
 2対1という数的にも不利な状況。
 加えて偽ヒースクリフの繰り出した、明らかに威力の増した技。
 ――確実にしとめる気でなければ、彼等に打ち勝つことなど到底無理であろう。
 敗北の先に待ち受けるものは・・・仲間達と同じ、石像という末路しかない。
 
 
 「やらなきゃ・・・私がやらなきゃいけない・・・」
 セシルも、パティも出来なかった事。
 騎士団長であるヒースクリフと、自分達の隊長であるレシオンを討つという事。
 仲間を、討つ事。
 
 (それが出来るのはもう、ベルガード・・・異端者である自分だけ)
 何度も何度も、自分に言い聞かせる。
 だが・・・自由なはずの己の体は、一向に動こうとしない。
 
 (何をためらっているの私は?
昔に戻るだけじゃない。ベルガードの兵としてセラードと戦っていた昔に・・・)
 それはこの世界では当然の理であり、彼女もそれに従っていたはずなのだ。
 なのに――
 
 (なのになぜ・・・・・・・・・私は泣いてるの?)
 いつの間にか彼女にとって、皆はかけがえの無い存在となっていた。
 それほどまで絆が深まっていたのだと、改めて驚かされた。

 そして――
 こんな時に、気づいてしまった。レシオンに対する信頼以上の、気持ちを。

  
 何度も戦った敵を助けに、監獄まで乗り込んでくるという、部隊を仕切る隊長としては失格な男。
 ためらう自分に笑いかけ、すんなりと部隊に引き入れてしまった、呆れるほどお人よしな大馬鹿。
 自分が孤立してないか心配してか、事ある事に声をかけてきて・・・
 本当に・・・どうしようもないほどおせっかいな人で・・・
 
 
 (止めてよ私!今のあの人は憎むべき敵なのに・・・こんな時に・・・こんな時なのにっ!!)
 あふれ出す涙が決意を揺るがせ、歪む視界は相手の本性までをも覆い隠そうとする。
 
 本来ならば、絆は心に安らぎを与え、胸に抱く気持ちは時には熱く、時には温かく心を火照らせてくれる。
 そのはずなのに・・・
 今この時において、それらは彼女の心を激しく縛り傷つける、刺々しい枷でしかない。
 
 
 ためらいの枷に身を縛られるアリシアに、2人はニタニタと下卑た笑いを浮かべる。
 苦しみ続ける心を踏みにじるかのように、1歩、また1歩と間合いをつめる。
 「ヒヒッ・・・そのまま突っ立ってろよ。あいつらと同じく、石にしてやるからよぉ・・・」
 
 
 ――その一言が、彼女の背を押した。
 
 
 「う・・・・・・あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 縛り付ける枷を決意で断ち切り、流れ落ちる涙を跳躍と共に振り切り・・・
 
 皆の無念を背負い、アリシアは眼前の2人へと突進した――

to be continue


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