作:くーろん
時の凍った世界、率直に表現すればそうなるのだろうか。
重そうに荷物を抱えて歩く少女、楽しそうに駆け出す少年。
だがそこから躍動することはない、全てが止まった世界。
静寂が等しく染み渡ったこの場所で、響くは己の足音のみ。
のどかな村の1カット、そんなフィルムの中のような光景を横目に見ながら、俺は歩いていた。
「ここか」
目的の領主屋敷を見つけ、歩を止める。
決して大きな建物とはいえないが、元々小規模なこの村。目指す先はすぐに分かる。
ノックもなしに勝手にドアを開ける。どうせ誰も出ないだろうし。
喧騒のないこの村で、ドアのきしむ音は、やたらと大きく響いた。
「ん・・・・この人・・・大きくて・・・柔らかい・・・」
屋敷奥の静かな調理場で、誰かが小さな、それでいて熱い声を漏らしていた。
そこには料理にいそしむ女性に抱きつく、1人の少女がいた。
女性は、少女に全く興味を示さず、鍋を見つめたまま動かない。
腰に剣を下げているのを見る限り、彼女は炊事担当の兵士なのだろう。
・・・下着をつけず、フリル付きのエプロン1枚という格好が、炊事担当ではあるが、兵士「だろう」と判断を止めざるを得ないが。
一方、寄り添う少女の手は、女性兵士の大きめの胸に向けられ、その形を自在に操っていた。
確かめるように、ゆっくりと、軽く・・・時には強く、指を胸の上で動かす。
エプロン1枚という障壁は、肌の質感のみを隔て、胸のやわらかさと弾力を、ストレートに指へと返す。
抱きついてるため、女性兵士の背中には、少女の見た目の幼さに見合わぬ、大きな胸が押し当てられていた。
少女の手が大きく動くたび、女性兵士の体はわずかに動き、背中を伝わり、少女の胸を揺らす。
「あ・・・」
また一つ、小さな声が漏れる。前後の胸の感触に、少女の顔のほてりが、また少し、熱さを増す。
「やっぱり・・・キッチンには裸エプロンだよねえ・・・着せ替えて、正・・・解・・・」
どうやら、女性兵士の職務あるまじき格好は少女の仕業らしい。
幼げな背格好に似合わず、どうにもマニアックな趣向を持っているようだ。
これだけの事をされているにもかかわらず、女兵士は動こうとしない。
両手は少女の行為に、拒絶することなく添える事もなく、お玉を手に、ただ黙って料理の完成を待ちわびる。
口は、鍋の味見をしようと待つかのように、わずかに開いて閉じようとせず、
わずかに細めた目は、決して出来上がることのない料理を見つめていた。
時の呪縛は、彼女に拒絶の行為を認めない。
今、彼女にできることは、炊事担当の任から離れず、少女の行為を、体全体でされるがままに、受け止め、受け入れるのみ。
しばしの間、女性兵士の胸を、ひとしきり揉んでいた少女だったが、やがて
「そろそろ・・・いこうかな・・・」
と、つぶやくと、彼女をゆっくりと床に倒した。
姿勢を崩さないよう、少女は床に仰向けに倒す。
女性兵士の目は、扉を背にして立つ少女を、じっと、見つめていた。
わずかに開いた口、少しだけ細めた目は、上から見下ろすと、やさしげに誘っているようにも見える。
・・・ゴクリ
少女の喉が鳴る。
物音一つしない世界。ほんのわずかな音が、周囲に響く。
「ここは調理場で・・・調理場っていったらつまみ食いだから・・・ちょっとくらいつまみ食いしても問題ないよね」
理由にすらなっていない言葉で自分を納得させると、少女はゆっくりと、女性兵士の上にまたがるように座る。
動作自体はゆっくりだが、少女の手はわずかに震え、呼吸は興奮を抑えきれないのか、荒く、早い。
「もう・・・我慢が・・・いい、よね。それじゃ・・・いただき――!」
ゴンッ!!!!
今まさに女性兵士を押し倒そうとした少女は、背後からの中華鍋の一撃(フルスイング)によって壁に叩きつけられた。
「まあ・・・改めて聞く必要もないとは思うがな・・・」
後頭部を押さえる優舞(ゆま)を見下ろして一言。青筋がピクピクと鳴っているのが自分でも分かる。
「い、いたたぁ・・・う!お、おにい・・・ちゃん・・・」
痛がりながらも、怯えた顔でこっちを見る優舞。後で聞いたところだと『鬼神のような顔をしてた』そうだ。
「一応聞くか。正直に答えろ、何をしてた?」
「え、ええとね・・・」
優舞はしばし考え、口を開く。
「アリアスのクレアさん、タイネープ・ファリンさん探しにここに来て・・・
お姉ちゃんに言われたお使い終わらせたんで、ここ出ようとしたんだけど。
ちょうど調理場にこのお姉さんがいて・・・なんとなーくつまみ食いしたくなっちゃって押し倒そうとしたの」
ゴツ!
今度はゲンコツを優舞の頭に叩き落とす。
「いっ!うぅぅ、痛いようぅ・・・ちゃんと正直に答えたのにぃ・・・」
黙れ。正直に答えりゃ許されると思ったら大間違いなんだよ。
かのワシントンは桜の木の枝を折ったことを正直に答えたら、親に褒められたというが。
もし「動かない女性がいたので思わず押し倒しました」とかのたまったら絶対張っ倒されてたぞ。
てか、ちったあ恥じらいって物を知ることはできないのかこいつは。
こちとらお前の暴走のせいで、上みたいなエロ文章、この報告書に書かねばならなくなったんだよ。殴られて当然ってもんだ。
へ?「お前は誰だ?」「状況がさっぱりわからない?」って?
あー・・・・・・俺は律輝(りつき)といって「電霊」という、人間とは異なる種族に属しているもので。
さっきまでエロモード爆進してたアイツは優舞といって、人様に出して恥ずかしいことこの上ない俺の妹で。
ついでに今いるのはアリアスの村という。
プレステ2の「スターオーシャン『ディレクターズカットじゃない』3(現在フリーズ状態)」にある村の一つだ。
あ、「フリーズ」とは、読み込みミス等でゲームが止まってしまうあれの事だ。凍った世界ではないのでお間違えないように。
そのフリーズ状態のこの世界を、消去するのが俺達の仕事で、そのためにここへ入り込んでるのだが。
これじゃ何言ってるんだか分からん人には分からんか・・・
うーむ、すまないが俺達についてさっぱり分からないという人は、以前ここに公開した俺の報告書を見てくれないか。
『GAME OVER後の残存世界の弊害とその事後処理』というタイトルの奴だ。
今見直すと実につたない文章なんだが・・・とりあえず今そちらが持ってる疑問は解決できると思う。
何せもう一度書くには、とんでもなく長い文章なので、大変申し訳ないが、一度お目通し願いたい。
というわけで、以下より、その辺を理解したと解釈した上で話を進めさせていただく。
「うう・・・まだ頭が痛いぃ・・・もう!なんでお兄ちゃんがここに来てるのー?」
「電脳世界管理局からお達しが来たんだよ。とっとと仕事を終わらせるようにってな」
電脳世界管理局ってのは、こういったゲーム世界に俺達みたいな奴を派遣して、踏ん反り返ってる奴らがいるところだ。
と、書くと本人達に怒られそうだな・・・まあいいか。
「えー、なんでぇ?私達が担当のお仕事なのに」
「お前らがダラダラ仕事してるから、『妹さん達、ちゃんと監督してきてくださいね』とか言われて、拒否権すら与えられず、な・・・」
「ふーん・・・そうなんだ」
納得したらしい。それはそれで悲しくなるのはなぜだろう・・・
「フリーズ世界だってGAME
OVERした世界と同じようなもんだ。消去処理なんてすぐだろう?」
「え?今回のお仕事は消去処理じゃないよ?」
「はあ!?」
電霊の、ゲーム世界内の仕事とは、GAME
OVERやフリーズといった、不具合に影響を及ぼす世界の消去がほとんどだ。
それ以外の仕事というと・・・
「もしや、さっき言ってたお使い、って奴か?」
「うん。お姉ちゃんには、各エリアにいるサブキャラや可愛い子を集めるように言われたよ」
「・・・なんだよその『集める』ってのは!?」
「さあ?よくわかんない」
いやわかんないって・・・あー、こいつあんまり考えないで行動するからな。本当にわからんのだろう、きっと。
「しゃあない、雪香(すずか)に聞くか・・・あいつは今どこに?」
雪香は、さっき優舞の話にでてきたあいつの姉。といっても2人は双子なんだが。
俺からすると妹にあたる。
しっかりした奴なのでまあ、あいつに聞けば何か分かるだろう。
人様に出して恥ずかしいという点では同レベルだが。
「えーとね、たぶんシランドのお城じゃないかな。なんかやる事あるって言ってた」
「シランドか・・・」
シランドは、ここから北東にある町だ。まあ歩いて行けない距離じゃない。
「こっちから出向くとするか。おい優舞、お前もついてこい」
「えー、わたしまだお仕事が――」
と、不満そうな優舞だったが、俺が再び中華鍋をかざし、にっこりと笑みを浮かべると
「りょ、りょうかいでーす、隊長」
と、素直に承諾してくれた。
こいつ、ほっといたらまたさっきのプレイ再開しそうだしな・・・放置するのは危険だ。
ふと、俺は床に倒れている女性兵士へ目を向ける。
これだけ大声で騒いでも、彼女は全く動きもせず、黙って俺達の事を見つめていた。
世界が止まってる今、この反応は当然といえば当然なんだが・・・なんともいたたまれない気分だ。
服引っぺがされて、裸エプロンなんて格好にされたあげく、押し倒されかけたという現実を、彼女は認識すらしていない。
分かってないなら別に、と割り切ればいいんだが、実際そんな事されたら、なあ。さすがに身内として申し訳が・・・
(いやいや、もしかしたらこの人は少女が好みで、さっきの行為も喜んで受け入れたかもしれない。そして――)
・・・はっ。いかん。
罪悪感から、とんでもない解釈をしそうになっていた・・・
(とっとと行くか・・・)
俺は優舞の腕を引っ張ると、まったく動かない女性兵士をこの場に残し、村を後にした。
フリーズとは、実にたちの悪い現象だ。
GAME
OVERした世界は多数集まることで他の世界に影響を及ぼすが、それはあくまで、不具合の起こる可能性が高まるだけだ。
しかし、元々ソフト側に不具合(フリーズ)の要因があった場合、それはゲームをプレイ中のデータ間で相互干渉する。
すなわち、フリーズ発生率が販売本数に比例するという「売れれば売れるほど不安定になる」といった皮肉な現象が起こる。
そのいい例が、今いるここなんだよな・・・なまじ結構売れたからねえ、このゲームは。
「スターオーシャン『ディレクターズカットじゃない』3(長いので以下SO3)」が発売当時、
多くの不具合発生で騒がれた事を、覚えている人もいるかもしれない。
メーカーはその対応に追われたらしいが、当然の報いだ。
ユーザーに総デバックさせた自分達が悪い。
うちらはなあ・・・お前らのせいで大量発生した何百万、何千万といったフリーズ世界の処理に何週間も明け暮れ・・・
止めよう、あの頃の事は思い出したくもない。
さて、そんなフリーズ世界だが、その中はというと、先ほどのアリアスのように時が止まった状態に近くなる。
あくまで近いのであって厳密には時は止まってない。お間違えなきように。
そういえば、優舞や雪香を始め、時間停止した世界を好む奴がいるらしいが。
そんなにいいもんかねえ・・・あんな気味の悪い世界が。
見上げる空はどこまでも青く、澄み渡っているが、決して日が沈むことはなく、明日を迎える事はない。
地を見渡せば街道が伸び、所々に木々が茂るが、葉のさざめく音も、風の揺らぐ音も聞こえることのない、静寂と不変の世界。
町の中なんて更に顕著だ。人は存在するが喧騒など全く感じられない、見た目と音のアンバランスさ。
世の中ってのはどんなに静かでも、些細な音を出してるもんだ。それがないのだから実に異質。
永続なる不変不動は、人の不安と恐怖をかきたてる。
たまに時間停止した世界でエロい事するって話を見かけるが、ま、性欲を謳歌してるうちが華だよな。
ここフリーズした世界みたいに、永遠に時間が止まってたら絶対にいつか発狂するだろうと俺は思う。
――と、このような事をシランドまでの道すがら、優舞に話して聞かせた。
あいつは終始頭を抱えていたが(小難しい話苦手なんだよこいつは)、こういう話は仕事上、必須事項だとも言える。
優しいお兄ちゃんからのささやかなプレゼントだ、しっかりと受け取るがよい。
「あー・・・うー・・・ええと、お兄ちゃん、フリーズした世界と時間停止した世界ってどう違うの?」
お、話はちゃんと聞いてたようだな。うんうん、そういう素直さは兄として嬉しいぞ。
「時間停止で問題視される『どうして自分が動けるのか』『なぜ他の物質に干渉できるのか』とかが、フリーズ世界には適用されないんだ」
いま挙げた問題というのは、
「時間が止まってるのになぜ自分の時間が止まっていない?」ってのに始まり、
「周りの空気原子が止まってるから自分は動きようがない(というか呼吸すらできず窒息する)」
「止まり続けている他の物体をなぜ動かす事ができる?」
などといったもので、
時間が動いているからこそ可能なことを、時間停止状態で無理やり行おうとするが故の弊害なんだが。
フリーズ世界ってのは、正確には「機能停止」状態なんだな。
キャラクターごとの動作ルーチン及びモーション対応、会話に対するメッセージの応対、もしあれば昼夜の概念の進行。
こういった、動作や反応、見た目の時間進行に関するものが軒並み停止してるので見かけ上、時間が止まっているように見える。
対して、空気の流れなど、データ上で扱われないものなんかは普段と変わらない。
あ、落下物なんかも空中で止まるぞ。「落下する」という動作も処理に含まれてるのでな。
ウソだと思うなら、適当なアクションゲームでも引っ張り出して(ファミコンやスーファミ辺りがベスト)、
キャラをジャンプさせ、飛んでる途中にリセットボタンを押しっぱなしにしてみるといい。フリーズ状態に近くなるから。
そのとき、画面上のキャラはきちんと地面まで落下しただろうか?
しないだろう?つまりはそういうことだ。
「このように、時間停止状態とは似たようで異なるのがフリーズ世界であって――」
「あ!シランドだぁーーーーーーーーーー」
なんだ・・・もう着いたか。
いつの間にか近くまで来ていたシランドの街へ、一目散に駆け出していく優舞。
まだ話は終わってないんだが・・・しょうがない、次の機会にするとしよう。
この星に存在する国家の1つ、シランドを首都とするシーハーツは、いわば宗教国家だ。
首都にそびえるここシランド城も、中央に作られた大聖堂、要所に設置された主神アペリスの像など、
宗教色を色濃く反映した造りをしている。
崇める神が女神だからかは知らないが、この国を治めているのは代々女王。
当然、言うまでもないが、この城の所有者はその女王様だ。
間違っても・・・・・・・・
「間違っても、お前の好き勝手していい私有地じゃねえんだよこ・こ・は・な!!」
グリグリグリグリグリグリ!
「痛!痛い痛い、止めてってば!!!!」
城内で雪香を見つけるやいなや、俺は両のこめかみへ、容赦なく拳をねじり込んでいた。
「う・・・まだ頭がクラクラする・・・ちょっと、髪が乱れちゃったじゃないのよ律輝!」
「やかましいわ!なんだこの惨状は!!」
惨状?いや間違ってないぞ。俺がこの城に入ってきた印象はこんな感じだったからな。
『入り口には、女性の石像2体が来訪者を出迎えていた。
かつては人間・・・おそらく兵士であったであろう2体は、槍を垂直に立て、直立不動のまま佇む。
グローブとブーツ以外には何も身に着けておらず、美しい裸体をさらけ出した、実に精巧な2体の石像。
警備の瞬間のまま固められたかのようなその姿は、石となった今も、来訪者に無言の警告を与えているように見える。
彼女達の警告を無視して城内に入ると・・・通路に人影は全くなかった。いや、なかったわけではない。
左右の壁より突き出る手、足、そして顔。
おそらくここの住人であったであろう・・・何人もの女性達が、壁の中に塗り込められていた。
ある者は呆然と立ち尽くし
ある者は壁よりもがき出ようと手を伸ばし
ある者は驚きの表情を壁よりこちらに向け
ある者は届かぬ祈りを天に捧げる
入り口の兵士同様、裸体をさらけ出した彼女達は全て壁と同じ材質となり、城と一体化していた。
ここは本当に聖王都なのだろうか?
神への信仰を捨てたこの城が、無言のまま我々を受け入れる。
まるで、新たな生贄を待ち構えるかのように・・・』
・・・まだ昼だからいいが、夜だったら悪魔城とか言ったほうがしっくり来ると思うぞ、今のここは。
奥に進む前に、ムチと十字架でも用意したほうがいいか、俺は?
こんな城内に、異様さを感じないのか、もしくはこいつにとって普通なのか、雪香がサラリと答える。
「惨状とは失礼ね。こんなに綺麗なのに・・・あら、優舞おかえり」
「ただいまー。すっごいねーここ。お兄ちゃんから隠れてないですぐ来ればよかったよー」
先に入ったのに来てないと思ったら優舞の奴、ずっと逃げてたのか。
まあいい。それよりも今は雪香だ。
「お前なあ・・・遊ぶのも大概にしないと、ぶん殴るだけじゃ済まねえぞ」
「遊びじゃなくて、ちゃんとしたお仕事だって・・・律輝、そっちこそ、なんでここ来てるのよ」
「お前達がだらだら仕事してるから呼び出されたんだよ。フリーズ世界は外的要因が高いんだ。とっとと処理しないと――」
「しょうがないでしょ、時間かかる作業なんだから。悪いけど仕事の邪魔になるから帰ってくれない?」
じゃ、邪魔って・・・こいつは。
「あのなあ、こんな光景見てはいそうですか、って帰れるわけないだろうが」
「そんなこといったってこれも――」
なんか・・・話が微妙に食い違ってるような。
どうも今日のこいつは、本当に「仕事で」こんなことしてるように見える。
「・・・あ!もしかしてこれ見てないの?」
というと、雪香は1枚の紙を渡してきた。それは――
「これは・・・『特例許可証』!」
『特例許可証』とは、ゲーム等異世界での特殊な作業を行う際、電脳世界管理局がその活動を認めたことを示す証書だ。
なになに
『研究者 音々羽殿
当方の申請した「フリーズ世界の研究調査」「同世界の有効活用プランのテスト」の実施を認め、
生成No20352462 SO3世界を実施活動の場として使用することを許可する。
電脳世界管理局 局長 』
な・・・
「なんじゃこりゃあぁぁぁ!!!」
フリーズ世界の研究調査?有効活用プラン?フリーズの有効利用ってなんだよ!
「分かった?今は音々羽(ののは)先生がここで実地研究してるのよ。私達はそのお手伝いってわけ」
「冗談じゃない!こんな研究テーマあるか!特に後者!なんだこの『有効活用』ってのは!」
「ああ・・・あれよ」
答えの代わりに雪香は城内の壁――女性の体が浮き出てるあれだ、を指差した。
「『フリーズ世界の研究調査』というのが、どうも長期化するらしいのよ。
その間ここをただ放置したまま、ってのも勿体ないじゃない?
だから、ここにある素材を有効利用しようってことになったの。
その名も『シランドミュージアム』!」
「し、シランド――」
ミュージアムだぁ?
あの気色悪いオブジェが?この聖王都改め悪魔城シランドがか?
「ふざけんな!この世界の住人、好き勝手に弄んだこんな――」
「ストップ!!律輝、私達の行為に不満があるようだけど」
こっちの抗議を一方的に止めると、雪香は特例許可証を俺の手から奪い取り、目の前に突きつけ言い放つ。
「私達のやってることは、この特例許可証で申請が降りた事なのよ。いわば正当な業務。
文句を言うのは勝手だけど、邪魔するようならそっちが違反者になるわよ。お分かり?」
「ぐ・・・」
勝ち誇った顔でこっち見やがって。
だが雪香の言ってることは事実だ。特例許可が下りた以上、俺にそれを止める権限はない。
「ち・・・わーったよ。ったく、こんな気色の悪いもん造りやがって。これだから固めフェチって奴は――」
「――ちょっと、聞き捨てならないわね律輝」「あー、お兄ちゃん、それへんけんー」
しまった。
ついもらした一言が、この2人のフェチ精神に触れたようだ。
「いつも思うけど・・・律輝は固めというものに偏見を持ちすぎ!」「そうそう、こっちの言い分も聞かないで、ねー」
不平をもらす優舞。
雪香はというと、ズイッ、と俺に一歩詰め寄る。
「確かに固めというものは、その過程でいろいろとあるけど・・・それは今回置いといて」
置いとくな!そこが一番の問題点だろうが――
と言いたかったが、雪香の気迫と、喋れば確実に話が悪化するとの判断から、あえて言葉を飲み込んだ。
「とりあえず、できあがったものについて、美術的価値を見出せない?」
説得にかかってきたか。とはいえ――
「美術的価値と言っても、なあ・・・」
自称美術品とされている、壁のオブジェをチラリと見て、すぐ視線を逸らす。
いやだってな・・・石とはいえ女の裸体だぞ?それも、彫刻とかだったら絶対作らない下の――部分まで忠実に再現された・・・
そんなの、じっくりと眺めるってのはどうも・・・いや、興味ないといえば嘘かもしれないが・・・いや・・しかし・・・
そんな俺の反応に気を良くしたのか、雪香がやけに優しげな表情で
「大丈夫。私だって男の人の気持ち、分からなくはないわ。別にエッチだとか白い目で見たりとか、そんな反応はしないから安心して」
と静かに語りかけると、にっこりと微笑む。
ぐ・・・見透かされている・・・不覚。
「じゃ、私達は仕事に戻るけど、せっかく来たんだし、音々羽先生が作った作品を見る時間くらいはあるでしょ?」
「ま、まあ、特に用事はない、な・・・」
うーむ・・・どうにも雪香に誘導された気がするが・・・俺は素直に石像の一つに目をむけ、鑑賞を始めた。
確かに・・・綺麗だとは、思う。
元のスタイルが良かったというのもあるのだろうが、その一番美しい瞬間を固めた石像。
体の半分は壁に埋まっているが、胸を突き出したその格好が、プロポーションの良さを一段を引き立てている。
人の体の美しさを表現したという点では、美術的価値というのも、あながちわからなくは・・・ないか。
――気づくと手、を・・・
手を石像の胸の下に伸ばしていた。そのままゆっくりと、指で胸のラインをなぞる。
石となった胸は揺れる事も指が沈む事もなく、俺の指は、正確に胸の形を伝う。
曲線を描いた指はやがて、胸の中心にある尖った・・・
「――ふふっ」
後方より僅かにこぼされた笑みを、俺の耳が聞き取った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ぬがあああぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
ガンガンッ!ガンガン!
「お、お兄ちゃん!どうしたの!?」
「哀れね・・・」
「え、お姉ちゃん?」
「理性が野性に負け、欲望に従い行動を起こしたけれどすぐ我に返り、直前までの行為を痛みで消し去ろうとする。
そんな事したって余計惨めなだけなのに・・・悲しいわね、男って」
ええい雪香!さも人の心を見透かしたような口聞くな!!
(俺は正常だ、俺は石像なんかに興味ない、俺はこんなのに心を動かされたりしないんだぁぁ!!!)
ガン!ガン!ガン!ゴキィッ!
「「あ・・・」」
あ、まずい、打ち所間違えた・・・そう思うがすでに遅し。
ずりずりと壁に崩れ落ちるのを感じながら、俺の意識は急速に遠のいていった・・・