giveでtakeな吸血指導のお時間 その2

作:くーろん


 ――『魔族』が現代に現れたのは、昭和が終わり、年号が変わった直後だったという。
 突如世界に現れた『門』を超え、魔法という科学に相反する自然理論を携え、彼らはやってきた。
 くしくも、当時はどっかの大国がどっかの石油国に治安維持の名目で戦争ふっかけていたご時世。
 別世界の知的生命体の世界侵犯。
 その事実に各国は一瞬即発、世間は戦々恐々と成り行きを見守っていたそうだ。
 しかし、魔族側が極めて友好的に両者間交流を公言した事により、事態は収束した。
 当時の名言としてこんな言葉が残ってる。

 「あなた方は、我々が思っていた以上に堕落していた。ゆえに我々は互いに歩み寄れると確信している」

 ・・・・・・正直、ケンカ売ってんのかって発言だな。
 しかし、彼ら魔族にとって『堕落』って言葉は侮辱の意味ではないそうだ。よくは知らんが。 
 それで、だ・・・・・・そうそう、その後互いの技術交流が始まったんだ。
 人間は科学を。魔族は魔法を。
 技術の交流は、必然的に種族自体の交流も密にする。警戒気味だった両者間の関係も徐々に良好になり――
 かくして・・・・・・『平成』改め『並成』18年となった現在。
 世界は魔術と科学が並列して進歩する、全く新しい進歩を進めている――


 「――おしっ! 『並行歴史』、結構覚えてんじゃん!」
 放課後、滝本に別れを告げてから生徒会室へ向かう道すがら。
 なおさっきのは本日2時限目「並行歴史」の講義内容だ。睡眠学習にしちゃあ上出来だな。
 この調子なら次のテストで40点はいけるだろう。
 つまりは赤点ギリって事なんだが・・・・・・いいんだよ、俺は魔学関連さえ点がよければな。

 まあ、こんな脳内学習しながら歩いてたのには理由があるわけで、要は生徒会室が遠いんだよ。
 何だって、校舎4階奥なんてへんぴな場所にあるんだ?
 おまけに部活にも使われないような特別教室が列を成し、見事な隔離空間を作り出してやがる。
 この部屋で俺が死んだら、明日まで死体が発見されない事確定だろう。
 アリバイ工作も容易って訳だ。滝本、俺にもしもの事があったら骨は拾ってくれ。
 
 
 ――なんてな。
 
 
 さーて、馬鹿な事に頭巡らせてるうちに生徒会室に到着したわけだ、が。
 (誰もいない、か)
 俺は周囲に気を配りつつ、ドアをノックした。

 「どなたですか?」
 「伊賀者か? 合言葉を言え。山」
 「――樹君ですね。今開けますからくだらない事はお止めなさい」
 異種族の文化の隔たりを感じたね。俺は。
 「先輩、こういうときは『川』と答えるのが人間界の常識で、っておわっ!」
 静かにドアを開けたエグゼリカ先輩は俺を見つけるやいなや、強引に部屋へと引きずり込んだ。
 
 「先輩、んな強引に連れ込まなくても逃げやしないですって」
 「誰かに見られたら困るからです! ここに来るまで、目立つような行動はしてませんわよね?」
 「してませんから安心してください」
 あなたがうちの教室でご高説した以外は何も。
 俺が相手じゃなかったら絶対怪しまれたぞ、あれは。怪しまれない俺の素行については察してくれ。
 
 「・・・・・・その」
 「何か?」
 「いえ、なんでも・・・・・・それでお話とは一体何でしょうか?」
 周囲に目を泳がせる。
 ちょくちょく指導を受けてる不出来な俺にとって、見慣れた光景がそこにはあった。
 生徒会室はそれほど大きくはない。教室の半分くらいってとこか。
 普段なら、会長以下役員達が集まり会議でもするんだろうが、今はエグゼリカ先輩ただ1人。
 おまけに中央に置かれてるはずの机と椅子は、夕焼け差し込む窓際まで押しやられていた。
 一応、俺は「話がある」からとここへ呼び出されたわけで。
 なのにこの「あなたに座らせる椅子などない」って待遇はなんだろうね。

 状況はこんなところだが・・・・・・問題は、ここから何を想定するかってことだ。
 仮に、俺がこの後正座させられるとしよう。
 その後先輩はどうするか、タイトなスーツでインテリ教師プレイに走るか、
あるいは愛用のムチ(推測)片手に高笑いを響かせ女王様プレイに興じるか。
 ・・・・・・いや、これではセオリーすぎやしないだろうか。 
 あの生真面目な先輩の事だ、いきなり袈裟に着替えて俺に座禅を強いるなんて事もありえる。
 待て待て、こいつはダメだ。このシチュではちっとも萌えないじゃないか。
 いくら萌え業界が混迷極めているとはいえ、そこまで外角をえぐるスライダーな投球では誰も食いつきは――

 「お話? フフッ・・・・・・何を言っているのかしら」
 ――先輩、日本はボケとツッコミの文化です。
 そんな国においてボケ潰しは犯罪にも等しいのですよ。わが国の文化をあなたにはぜひ知ってもらいたい。
 「どうなるかも分からずにここへ来るなんて・・・・・・鈍感な人」
 まあ無理か。
 (しかし・・・・・・もうそんな時期だったか)
 まるで、季節の移り変わりをかみ締めるような心境の俺を全く無視し、思わせぶりな表情を浮かべ、彼女は語る。
 いつもの真摯な振る舞いからは想像しがたい、小悪魔的視線。
 そのギャップには正直グッと来るもんがあったね。
 そんな先輩はドアにもたれかかると、後ろ手を軽く振った。
 
 カチャリ、とドアの音。
 
 (施錠魔法か)
 これでこの部屋は密室になったってわけだ。さて事件簿にはなんて記されるんだろうか。
 振り返る先輩。その姿がふいに消えた。
 瞬間――
 
 「くっ・・・・・・」

 ――壁へと押し付けられる。
 まさに一瞬の間。俺は先輩によって壁際へと追い詰められてしまった。

 「あなたは、わたくしの家畜・・・・・・」
 悩ましげに、先輩がつぶやく。
 捕らえた家畜(俺らしい。失礼な話だ)に向けられたその目は、完全に悦に浸っていた。
 白魚のような指先で、いとおしげに俺の首筋をそっと撫でる。
 
 「血の契約に従い、あなたはわたくしに血を捧げる・・・・・・」

 首筋に顔を近づけ、囁くように先輩が語りかける。

 「光栄に思いなさい。このわたくしの糧となることを・・・・・・」

 麗しい口元を、彼女はゆっくりと開いた。
 その中に見える、真っ白な犬歯は・・・・・・


 鋭く、突き立てられそうなほどに長く、伸びていた。
 
 
 
 
 エグゼリカ先輩は・・・・・・いわゆるヴァンパイアってのらしい。
 「らしい」なんて曖昧なのは、我々人間の知ってるヴァンパイアとは少々異なるからであり、
以前、人間界のヴァンパイア代表、ドラキュラことヴラド・ツェペシュ公を紹介したところ、
 「なんて野蛮な! そんな汚らわしい存在と私達を一緒にしないでもらえるかしら!」
 と、大層お怒りになられたのでまあ、違うんだろう。
 通常は普通の食事で事足りるそうだが、定期的に血を摂取しないといけないらしく、
その中でも人間の血は魔族に比べ格段に上品で、いわく嗜好品なんだそうな。
 で、俺はなんとか黒豚や地方産ブランド牛のごとき、高級食材として抜擢されちまったって訳だ。
 
 
 
 
 さて・・・・・・まあ分かってる。皆まで言うな。
 今まさに血を吸われんとする最中に、なんでこんなに悠長に構えてられるか、だが。
 それには、大きな理由が2つほどあるからに他ならない。
 1つは、俺にとって彼女の吸血は5回目だということ。
 ということで命の心配はない。天国も三途の川もまだお目にかかった事はないんだ。
 で、あと1つなんだが・・・・・・
 いい加減、もういいよな?
 
 「先輩・・・・・・」
 「何かしら? ここは防音設備も整ってますから誰も――」
 「なんで『ラプソピュア』の格好してるんですか?」
 「っ!!」
 高級白トリュフがトマトに突然変異した・・・・・・それくらい見事な変貌だった。
 耳まで真っ赤に染まった先輩は飛びはねるように俺から離れると、
おろおろとうろたえながら、自らが纏っている「それ」を見た。


 白のブラウス。
 同じく白地に、楽譜をかたどった縦一本のストライプの入ったボレロとミニスカート。
 音符のアクセサリーがついた白のベレー帽。

 
 聖歌隊衣装と学生服を3:7でブレンドしたような、清楚なコスチュームがオタク心をくすぐる秋番組、
『ラディカル聖歌隊(クワイヤー) ラプソピュア』
 UHF系列で絶賛放送中で、俺も毎週欠かさず見ている番組であり・・・・・・はさておき。


 えーと、まあ・・・・・・コスプレ衣装だ、うん。間違っても「あれ」は我が校の制服じゃない。
 

 「こここ、これ・・・・・・は・・・・・・戯れでい、いえ違うわっ! 
決してコココスプレなどというものではなく・・・・・・そ、その・・・・・・」 
 ――エグゼリカ先輩、只今熱暴走によりブレインダウン中也。


 ああしゃあないので、ここらでブレイクタイムだ。
 ちょっとだけ、想像力を働かせて欲しい。
 いつもは気品溢れたお嬢様の体で、さっそうたる態度で生徒会長を務めている先輩が、
こんなラブリーでキュートなコスプレ衣装に「わざわざ着替えて」生徒会室で俺を待ち、
あまつさえ妖艶に俺に詰め寄ってきた(あの行動は契約の一環らしい)、という状況があるとしよう。
 この一見魅惑的、しかしてその実体は脱力レベルで気の抜ける光景に対し、人はいかに相対すべきか? 

 ――生徒会室入るなり、周囲の状況相手にしょうもない妄想働かせて場を取り繕うとした、
一青少年の複雑な心情を少しは察してもらいたい。

 
 「が、合唱、部・・・・・そうっ、合唱部! 合唱部の服を借りたのよ!」
 やっと直ったか。しかしいつから我が合唱部はそんなサービス精神旺盛になったんですか。
 先輩がその第一号になるってんなら俺は止めません。むしろ全力を挙げて応援する所存です。
 「あ、うぅぅ・・・・・・」
 俺の瞳に宿る、疑惑というか呆れの意志を感じ取ったのだろう。
 恥ずかしさのあまり言葉を失っていた先輩、だったが、
 「あ・・・・・・あなたのせいでしょうがっ!」
 ――逆ギレかよ。
 「前に血を吸ったとき、あ、あなたがこの服を着て来て欲しい、って言ったから!! 
こ、このような、ラ、ラプソピュアなどいう、恥ずかしげな服・・・・・・を、このわたくしがっ!!」
 先輩の名誉のために言っておこう。この人はコスプレイヤーじゃない。
 ついでにコスプレ衣装とファッションが分からないような世間知らずでもない。
 
 『血の契約』ってのはギブ&テイクな契約なんだそうな。
 相手の血を吸う代わり、代償として相手の要求に答える、というのがその内容。
 しかし、だ。確かにラプソピュアの衣装について触れたのは俺も覚えている。
 以下、その時の検証ワンシーン。

 『ラプソピュアってのがあるんですよ。その衣装がこれまたキュートで!
先輩着たらそりゃあもう似合うんじゃないすかねー? あはは、ってうぉ、痛っ! 待ったつ、机はしゃれならないですって!』

 以上、証言終了。
 これがさっきの『着て来て欲しいって言ったから!!』に該当すると思うか?
 もしいるなら手を挙げろ。そして共に成功の喜びを分かち合おう。
 
 コスプレとしては少々控えめな衣装だが、そんな服でも品格溢れた美しさを持つ先輩が着れば、
輝かんばかりの純白さを讃えなおかつ! ここが重要だ。
 恥ずかしさのあまり真っ赤になって身悶える姿、これを至福と言わずしてなんと言う!
 長々と語ってしまったが本心を告げよう。
 ――エグゼリカ先輩、可愛すぎです。
 
 「だいたいその服どこから手に入れたんですか? あの番組はまだ始まったばかりで――」
 「・・・・・・作ったの」
 「へ?」
 「素材を買ってきて・・・・・・ビデオを他の方から借りて・・・・・・それを参考に、手縫いで・・・・・・」
 恥ずかしそうにうつむきながら先輩は言って・・・・・・って自作かよ! 
 どおりで。素材が高級そうだと思ったんだ。とはいえなんて再現力。
 器用すぎってのも時折困りものだな。こんなアホな要望にもハイレベルで答えられちまうんだから。
 
 ・・・・・・・・・・・・
 
 『なんで・・・・・・わたくしがこんな事を・・・・・・』とかブツブツ言いつつ、
複雑な顔しながら器用に裁縫してる姿を思い浮かべてしまった。
 この人にはコスプレオーダーメイド店の存在を教えないでおこう。
 
 
 「こ・・・・・・このような辱めを受けた以上、何が何でも血を吸わせていただくわ! さあ飲ませなさい! さあさあさあっ!!」
 恥ずかしさのボルテージが振り切ったのだろうか、目を怒らせた先輩が強引な手段に打って出た。
 教室のくだりでも触れたが、この先輩の文武両道は半端じゃない。
 本気を出せば俺など、腕相撲ですら負けちまうほどだ。
 なので、無駄な抵抗などせず、素直に壁に叩き付けられる。
 
 「んながっつかなくても飲んでいただきますって。ほら、どうぞ」
 壁にぶつかった肩が少々痛かったが、なんとか苦笑でごまかし、俺は首筋を先輩に向けた。
 「・・・・・・違うでしょ」
 は?
 「ほら、ゆっくりと床に座って」

 ――急に。
 態度を、変えないで貰いたいですね、先輩。

 怒りから憂いへと変わった彼女の瞳に、つい戸惑っちまった。
 そのせいで、両の肩に置かれた先輩の手により、あっさりと地面に尻を預けてしまう。
 「取り乱してしまい、申し訳ありませんわ。肩、まだ痛みはありますか?」
 「・・・・・・いえ、もう大丈夫ですよ」
 くそ、気づかれてたのかよ。不覚。
 「それなら良いのですけど・・・・・・それと、吸血後は足元がふらつきますから、立ったままでは危険ですわ。
前のように怪我をされては、わたくしも困ります。気をつけていただかないと」
 「分かりましたって。了解です」
 この人は、お嬢様のわりにやたらと世話焼きなんだよな。
 伊達や酔狂や権力で、生徒会長してはいないって点でもそれは分かる。 
 分かるが・・・・・・心配そうな目で見つめられるのは困る。心が何故かざわざわしちまってな。
 いつもみたくツンって突っかかって欲しいんだ。俺みたいな輩に余計な配慮しないで欲しい。
 
 「どうぞ。いいですよ」
 「ええ・・・・・・」
 再び首筋を向ける。
 先輩は髪をかき上げ背に流すと、口元を俺に近づけた。
 開いた口元から犬歯が覗く。吐息が、軽く首筋にかかった。
 そして――
 
 
 (つっ・・・・・・)
 それほど痛いわけじゃない。
 インフルエンザの注射程度だ。なんか特別な力でも使ってるんだろう。

 先輩の喉が、コクンコクンと、音を鳴らす。
 心臓の鼓動が、ドクンドクンと、吸口を通し伝わる。
 喉音と鼓動が・・・・・・重なる。
 両者が共鳴する度に・・・・・・俺から力が吸い取られていく。
 血の気が引くのが、全身を襲う脱力感を伝い、感じる。
 だる、い・・・・・・
 じわじわと侵食する喪失感。それが逆に・・・・・・心地良くもあった。
 
 そっと先輩を見れば・・・・・・なんとも気持ち良さそうに、血を頂いてらっしゃるよ。 
 壁を背に座り込む俺。
 その俺の首元に、顔を預ける先輩。
 例えるなら「いけない女生徒会長に襲われるいたいけな後輩男子A」ってとこか?
 ・・・・・・面白みのないスキャンダルだ。糾弾されるのは、確実に俺だけだろうからな。割に合わない。
 
 
 ――先輩の顔が、離れた。
 
 
 「は・・・・・・ふぅ・・・・・・」
 満足げな表情。
 ケプッっ、とキュートなげっぷを1つ漏らす。
 血の気が引いて動けない俺をよそに、先輩がすっと立ち上がった。
 ゆっくりと、彼女を見上げる。

 恍惚とした瞳が、俺を見下ろしていた。
 瞳の色は赤・・・・・・契約履行開始の合図。
 口元には赤いすじ・・・・・・俺の血。
 透き通るような白地の肌に、どろりとした血の赤は、この上なく際立つ。
 線を描き流れ落ちる血を指ですくうと、先輩は舌を伝わせ・・・・・・舐め上げる。
 ぼんやりと・・・・・・俺はただぼんやりと、それを眺めていた。
 
 ――俺にとって血の味は、鉄の混じった苦みしかないが。
 あの人にとってそれは・・・・・・甘い、甘い蜜の味でもしてるのだろうか。
 いや、違うか。
 あれはたぶん、彼女にとって、もっと大人の味で・・・・・・
 
 「では・・・・・・・・・・・・契約に基づき、あなたの望みをかなえましょう」
 壁にもたれかかる俺に、夕暮れの日差しを一身に浴びた先輩が告げた。
 背後から漏れる赤い光が、少し眩しく、目を細める。
 
 「何なりと申しなさい・・・・・・・・・・・・あなたの・・・・・・欲望の赴くままに・・・・・・」
 本当に、なんて仰々しい語り口、だろうな。
 けどまあ・・・・・・今の場には、ふさわしいかもしれない。
 
 夕日の赤に、先輩の髪が輝く。
 空の色にも決して溶け込まず、赤く照り輝く髪。
 まるで、夕日のカーテンを具現化したようで・・・・・・綺麗だった。

 少し、しなだれて。
 ほんのり、頬を朱に染めて。
 輝く髪と同じ、魅惑的な赤い瞳で見下ろすその姿は・・・・・・最高に、美しいって素直に思う。
 
 そんな美しき君が言ってんだ。「欲望に赴け」と。
 普段は規律を重んじる、生真面目な女生徒会長様が、だ。
 この極上の誘いを、どう例えればいいかね。
 高級なディナー? 年代物のワイン? 
 縁がないもんばかりだな。後者なんぞ、未成年の俺にはまだ早すぎるってもんだ。
 そうだな・・・・・・今言えるのはただ一つ。
 
 ――光栄だね。
 
 これ以上の言葉はない。
 
 
 ――だがな。
 おそらく俺を、羨望と嫉妬の目で見ている者達よ。
 隙あらば俺を蹴落とし、この地位に納まろうと画策する狩人達よ。
 警告しとく・・・・・・心せよ。
 現実ってのは、多くの事例が示すように、甘かぁない。
 人間にとって、血の味が苦いようにな。
 
 
 「じゃあ・・・・・・こいつを、飲んでもらいましょう、かね」
 脱力した手で、俺は懐から小瓶を取り出す。
 「・・・・・・それは?」
 「石化薬、ですよ。俺が調合した、遅効性のね」
 恍惚とした表情のまま、先輩が見つめる。だから俺も黙って続けた。
 「あなたには、これを飲んでもらいます」


  ――世の中には、様々なフェチズムが溢れている。
 それらは同好の士にしか到底理解できず、中には犯罪まがいになりかねない、危険な趣向すら存在する。
 故にそれらは常に公言されず、常に己の中で消化され――常にくすぶり続ける。
 いやいなければ、なるまい。

  
 「そして――」
 そして、はばかりながら俺も・・・・・・そんな困ったフェチズムを持ち合わせる、1人だ。
 
 
 「石像になってもらいますよ。俺に抱かれながら、ゆっくりと・・・・・・ね」

to be continue


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