作:くーろん
真っ先に目についたのは・・・等間隔に並べられた台座。
室内を照らすは、申し訳程度に配置されたシャンデリア。
それは、この場を支配する暗闇に対してあまりに弱く、その光のほとんどを闇に喰われていた。
しかしながら、俺はこのだだっ広い大広間のほとんどを見通す事が出来た。
おかしいだろう?でもな、答えは実に簡単だ。
なぜなら・・・照明以外の「明かり」が、そこにはあったのだから。
「それら」は台座の上に配置され、淡い桜色の光を放っていた。おそらく魔力でも使ってるのだろう。
玄関より階段へ、まっすぐ伸びる赤絨毯に沿い、来場者を導く灯篭のように、それらのほとんどは左右等間隔に並べられ、残りは1階の要所に置かれていた。
淡い光はそれほど強い光ではなく、それゆえにそれらははっきりと、輪郭まで見て取れた。
それら・・・いや、いい加減「彼女達」と言おうか。
彼女達は、そのほとんどが同じ学校の制服を着ていた。
俺は彼女達と面識はない。しかし俺は彼女達の名を全員知っている。
柚原 このみ
向坂 環
小牧 愛佳
ルーシー・マリア・ミソラ etc
言うまでもない・・・ここ「トゥーハート2」世界のヒロイン達。
彼女達を模した石像、なんて考えは・・・無理だろう。
そう考えるにはあまりに精巧で――凝り過ぎている。
きょとんとしたとまどい、恥じらいから生まれる狼狽、不意をつかれた驚き、控えめな怒り・・・・・・
十人十色の表情を浮かべながら、彼女達はショールームの人形達のように、その場に飾られていた。
部屋に満ちた闇は、彼女達を外部にさらさぬため下ろされた、漆黒のヴェール。
対する桜色の光は、さながら彼女達を着飾るドレスといったところか。
屋敷という舞台に立つ彼女達は、まるで自らの美しさを競い合うかのように光を放ち――
いや・・・すまん。
もっともらしく、雰囲気出して大広間の様子を表現してはみたんだが・・・
俺もこんな仕事してる身だ。「大広間に飾られる石に変えられた人間達」なんて状況は、さして驚く程のものじゃない。
先ほど、玄関が開いたとき言った「語ることすら恐ろしい光景」とはこの石像達に対してじゃないんだ。
じゃあ何かと言うと・・・
語るの怖いからやっぱ止め・・・とはいかないよなあ、やっぱり。
はぁ・・・・・・・・・
・・・大広間の中央、ちょうど台座の真ん中辺りの地べたに視点を落とす。
そこで・・・ござ敷いて酒ビン並べて食い物並べて豪快に酒をかっくらい――
「「「かんぱーーーーーーーーーーーーーい!!」」」
――揃い揃って宴会ぶちかましている こ い つ ら 3 人 に だ よ こんちくしょうがぁ!!!!!!!!!
いいか!よーく考えてみてくれ・・・不気味な洋館の中で宴会だぞ宴会!
このうっそうとしてジメジメとした日も落ちかけて薄気味悪い林の中に建った、それより更に暗くてどんよりとして不気味な石像立ち並ぶこの悪趣味極まりない建物の中でだ!
薄暗い屋敷の中に腰を下ろし、食事をつまみながら酒を酌み交わす・・・
はっきりいってそれは宴会じゃねえ!サバトだサバト!
ってか俺ぁマジでサバトだと思ったよ!!
日本酒をジョッキで飲み干してる奴が、俺の見知った奴等だって気づくまではな!!
ついでに言えばそのうち2人は・・・ああそうさ、俺の妹達だよ!悪かったな!!
「あー!律輝ー、キャハハハハハ!!!」
「やっっほーお兄ちゃーん、こっちこっちー!いっしょに飲もうよー」
「あらあらぁ、お兄さんじゃあ、ないですかぁ。
お久しぶりぃ、ですねぇ。
そんなぁ、ところにぃ、立ってるとぉ、風が入ってぇ、寒いぃ、ですからぁ、早くぅ、中にぃ――」
「てぇめえるぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
空気が震える。振動を受けた窓ガラスがその身を揺るがす。
怒りに唇が震えたせいで少々ろれつが回らなかったが、この際んなことはどうでもいい!
バカ陽気に誘いをかける奴等を完全に突っぱね、部屋全体を振るわさんばかりの怒鳴り声を飲んだくれどもに浴びせかけた!!
「毎度毎度毎度貴様等はなぁ・・・今度は何だ!一体何してやがる!!」
「「石見ーーーー!!!」」
「い――」(石見・・・だと?)
打っては返ってきた聞きなれない言葉に、思わず言葉が止まってしまう。
「なん――」
なんだその石見ってのは――そう改めて聞き返そうとして・・・ふと考える。
石見・・・ねえ・・・詳しい意味は分からんが・・・
固めフェチという、世間一般では絶対に理解されないであろう趣向を持つ、いつもいつもお恥ずかしい限りの失態を見せる我が双子の妹、雪香と優舞。
そしてこの2人の恩師であり、状態変化対応学の権威で治癒術に長けた音々羽先生。
だが、俺も含めて一部の者には、この先生が固める事が趣味で治すのはそのついででなんとなく・・・という事実を知っている。
こんな3人がそろった中で「石・氷・凍結・ガラス・金銀銅等金属・その他固体物全般」を含んだ言葉が出た場合、99.9999・・・9%ろくでもないことに決まっているだろう。
・・・ああそうさ、聞きたくねえ。聞きたくねえさ、「石見」なんて言葉の意味なんざ。
このまま背を向け立ち去り家でふて寝して、今日1日を夢で終わらせたい気分だよ。
だがなあ・・・
そんな事して電界に帰った日にゃあ、あっちで待ち構えているあのフレイラに、胃に穴が開くまでネチネチとイヤミ言われるなんてのは容易に推測できるってもんだ。
前には狂道、後ろは鬼道。その僅かな隙間に立つ俺は、一体どちらに進めばいいのやら・・・
(はぁ・・・しゃあない・・・聞くか・・・)
ここは職務を全うしよう。
・・・なんで仕事に忠実な事に気が滅入らなきゃならないんだよ俺は。
「なんだ、その・・・『石見』ってのは」
ぞんざいに、だが距離は離れているので比較的大きな声で、俺はあいつ等に尋ねてみた。
「桜咲くこの季節にー」
「桜色の石像を眺めてー」
「春のぉ、風情を楽しむぅ、日本古来のぉ、伝統行事ぃ、なんですよぉ。古くはぁ――」
「オイコラちょっと待ちやがれ!特に最後!!
あんた仮にも先生だろうが!
日本古来の伝統汚すような、無責任な言動ほざいてんじゃねえよ!!!」
予想通り・・・いや違う。
俺の想像以上に理解できねえ内容だった。
もう訳わかんねえ・・・こいつらの趣味趣向以前に、感性とか常識とか、そういったレベルで。
さきほど、俺はここの状況を大したことないみたいに言ったが・・・それはあくまで俺だからこその話であり、そもそも
「人里離れた林に建つ怪しげな洋館」
「その中に置かれた生々しいまでに精巧な石像達」
というシチュエーションは本来、恐怖をかき立てる情景なのだから、そこいらの奴等がこんな場所に迷い込んだ日には――
『タマお姉ちゃぁん(仮)・・・怖いよぉ・・・もう帰ろうよぉ』
『もう、このみ(仮)ったらホント、怖がりなんだから。
もうちょっと我慢してちょうだい。タカ坊がこの建物の中へ入るのを見たのよ。全く、どこ行ったんだか・・・』
『タカくーーーーーん!どこーーーーー!
・・・・・・ううっ、早く帰りたいよぅ。ここ、女の子の石像ばかり並んでて気味が悪いよぉ・・・』
『確かに、不気味ね・・・しかもみんなうちの制服着てるし。
それにこんな・・・生々しいくらいリアルで・・・これじゃまるで、生きてるみたい・・・』
『タ、タマお姉ちゃぁぁん・・・』
『じょ、冗談に決まってるでしょ!もう、そんなに怖がらないの!』
『ううぅー・・・あ、あれ・・・・?』
『ん?どうしたのこのみ!?』
『これ・・・これ・・・ちゃるによっち!』
『ちゃる?よっち?・・・確かこのみのお友達よね?
言われてみればあの子達にそっくりだけど、それが――』
『こ・・・これ・・・石像、じゃないよ!』
『な・・・なにバカな事言ってるの!そんな事――』
『だって!よっちが持ってる携帯のストラップ!あれおとといよっちが買ってたのだよ!』
『え・・・・・・』
『このみ、その時よっちといっしょにいたから間違いないもん!
おかしいよ・・・この石像作った人がその事知ってるなんて思えないよ?!なのにどうして――』
『このみ・・・・・・・
それじゃあ・・・ここにある石像って・・・・・・・・・・・・』
・
・
・
・
『『・・・い・・・・・・・イヤァァァァァ!!!!!!!!!』』
――とまあ、こんな反応を示すのが普通というものだ。
「それがなんだお前らは!ここの様子に驚くどころか、地べたにござ敷いて、あろうことか酒かっくらってどんちゃん騒ぎだと?!
今さらお前らに一般常識求める気なんてないがな・・・常識から外れるにも限度ってもんがあるだろうが!」
無駄に怪しさ漂う洋館にドカドカと踏み入り、宴会してる3人のそばまで近づきまた怒鳴りつける。
だがコイツ等ときたら・・・
「もぅー、律輝ったらぁー。ほらほらぁ、そんな事気にしてないで、みんなで、飲・み・ま・しょうよぉー」
「おにいちゃーん、うるさーい・・・お酒がまずくなる・・・」
「律輝さんはぁ、細かい事をぉ、気にしすぎぃ、ですねぇ。
あんまりぃ、気にぃ、しすぎるとぉ、白髪が生えてぇ、禿げちゃってぇ、過労死しちゃってぇ、ゾンビにぃ、なっちゃってぇ。
あらあらぁ、ゾンビにぃ、なっちゃったらぁ、埋葬するのもぉ、大変ですねぇ。
ゾンビ化はぁ、治すのがぁ、面倒なんですよぉ。あれはぁ――」
「ぬっっっっっがあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
聞・い・ちゃ・いねえ!!!!!!!!!この酔っ払いどもがぁぁぁぁ!!!!!
「たいだい雪香に優舞!お前等酒飲める年じゃねえだろうが!」
「もう、やあねえ律輝ったらぁ。私達もうにじゅ――」
「人間年齢でいったらお前達は14、5だ!
『お酒は20歳から』、常識だよな!知らないとは言わせねえぞ!」
「大丈夫ぅ、ですよぉ。
保護者であるぅ、私がぁ、いますからぁ、保護者同伴って事でぇ、飲酒もぉ、全然オッケーでぇ――」
「飲酒は保護者同伴関係ねぇだろうが!日本文化どころか法律まで汚すつもりかアンタは!!!」
ハァ・・・ハァ・・・・
ダメだ・・・酔っ払い相手にまともに会話しようってのが間違いだった・・・
(どうする?このままこの屋敷ごと吹き飛ばしてなかったことに・・・しかしそれだと周りの石像達が・・・
こいつ等だけ吹き飛ばせる範囲だけ発動させて・・・いや、そもそも・・・)
「律輝さんはぁ、考えすぎぃ、なんですよぉ」
頭の中で、俺が『いかに効率よくこの場をなかったことにするかプラン』を画策してるなど知る由も無く。
いつの間にか、音々羽先生が俺のそばまで近寄っていた。
「考えすぎなのはぁ、やっぱりぃ、お酒が入ってぇ、ないからぁ、ですねぇ。
やっぱりぃ、ここはぁ」
ドン!
派手な音をたてながら、彼女は一升瓶をそばに下ろし・・・オイ、待て。
「これをぉ、一気にコクコクゥってぇ、飲んでぇ、もらいましょうねぇ。
2人ともぉ、準備はぁ、いいですかぁ」
「「はーーい」」
景気よく、うちの妹達が返事をかえす。
刹那――
ガシッ!
(何ぃ!!こいつ等!)
俺が気づく前に回りこんでいただと!
両脇に並んだうちの妹達は、俺の両手を掴むと全体重をかけ、一気に地面へと引っ張り倒す。
「ぬぉわ!!!」
思わぬ行動に対処が遅れ、俺は抵抗する間もなく地面に尻をついてしまった。
「クッ!お前等離せっ!」
なんとか起き上がろうともがく。
が――
(な、なん・・・これ・・・くら、いいっ?!!)
奴等の力は俺の想像を遥かに超えて強靭だった。
必死の抵抗空しく、起き上がるどころかジタバタあがく事すらできない。
「ではぁ、いきますよぉ」
そんな俺に、音々羽先生がフタを外した酒瓶をゆらぁりと持ち上げ、徐々に口へと近づけていく。
「って待てアンタ!日本酒一升瓶での一気飲みって・・・んなもんまるごと飲ませる気か!!」
「いえいえぇ、一本ではぁ、ないですよぉ」
「・・・・は、い?」
恐る恐る、彼女の周りを見回すとそこには・・・
いつの間に作り出したのか、ずらりと立ち並ぶ、10本は下らない酒瓶が――
(こ・・・これを全部ってかぁ?!!!)
じょ、冗談だよな、と問いかけようと振り向いた俺を、彼女はニコニコと眺めており・・・
うっひゃあやっばいぜぇ、本気だよこのお人は。いやあ参ったねえ――
「なんて悠長に構えてる場合じゃねえよ!オイ離せ!は・な・し・やがれよぉ!!!」
俺の持ちうる限りの力で、再度必死に抵抗する。
しかしなぜだ?・・・妹達の羽交い絞めから、俺は一向に逃れられる気配すらない。
くそ!!こいつ等はよぉ!なんでこんな時に限って信じられないような力出せるんだ!
「それぇ、いっきぃ、いっきぃ」
「ま、待て!まずはビールから・・・じゃなくて一気飲みは危険だから止めま――ごぐぉがぁぁぁ!!」
注:一気飲みは危険ですので行ってはいけません。日本酒を一升瓶でなど論外です。
お酒は正しく飲みましょう。