宝石教授の脅威

作:狂男爵、偽


「私のこといいから、逃げてー」
 大広間に少女の叫びが響いた。紺のセーラー服で黒髪を腰まで伸ばした地味なかわいい少女が金の十字架に縛られていた。
 その良く似た双子の妹の香奈は、大広間の柱の影に隠れて、姉の杖を抱えて様子を窺っていた。
「ハァハァハァハァ」
 先に翼の飾りのついた杖をぎゅっと握って、黒髪を揺らして姉と同じ制服姿で息を切らせていた。
「クックックックッ、早くしないと大切な亜紀さんが大変なことになりますよ、香奈さん。」
 亜紀の隣に立っている黒いスーツ姿でサングラスをつけた細身の中年の男”宝石教授”は意味ありげに、香奈と反対側の大広間の入り口の脇の部屋の隅に顔を向けた。
 そこには、大き目の眼鏡をかけて、ボブカットの香奈たちと同じデザインの制服の、今にも悲鳴が聞えてきそうな躍動感溢れる、
 恐怖の表情で立ちすくんだ少女のオパール像があった。
「紗枝、巻き込んじゃってごめんね。」
 香奈は後悔と悲しみのため、一瞬頭上の敵のことを忘れた。
「駄目ー香奈ー、逃げてー」
 亜紀の悲痛な叫びは、少し遅すぎた。香奈の両足は上から降ってきた黄金色の雫にしろいシューズごとトパーズの塊に変えられていた。
「くぅぅぅぅ、足が動かない。」
 足元から、ぞっとする冷たさとともに美しい半透明の黄色の宝石に変わってゆく。黄金色の雫は動けない香奈の細い肩や杖を抱えた腕や頭に次々と降り注いだ。当たったところから制服ごとトパーズの彫刻に変わってゆく。
「はぁぁぁぁぁ。」
 体中、いろんなところから、じわじわ冷たく輝く宝石に変えられる苦しみに香奈は言葉を失った。細い足を完全にトパーズに変えた広がる変化の波は、白い下着ごと下腹部を嬲るように冷たく美しい宝石の彫刻に変えてゆく。
「いやー、香奈、香奈、返事をしてー。」
 全身を犯してゆく宝石化の苦しみに、かすかにうめき声あげる香奈。細い肩から広がるトパーズのしみは、胸のちいさなふくらみを目指して容赦なく香奈の体を制服ごと冷たく輝くオパールの彫刻に変えてゆく。冷たく輝く腕を伝ってトパーズの広がる染みが白い杖がトパーズのオブジェに変えてゆく。苦痛と驚きの表情は苦しみの瞳をのこして頭の上から広がったトパーズの染みが小さな唇に迫っていた。腰まで伸びた黒髪はすでに一本残らずトパーズに変えられていた。
 不意に香奈の正面におおきな鏡が現れた。半ばトパーズの色に染まりつつあった瞳を除いて香奈の体はほとんどつめたく輝く半透明の黄色に染められていた。抱えた杖は翼の飾りまで変えられようとしていた。
「どうです、いい出来でしょう、香奈さん。」
 鏡の上から宝石教授の黒いサングラスをつけた顔が現れた。香奈の瞳が怒りと憎しみに染まった瞬間、完全にトパーズに変わった。
 そして、杖の先の翼の飾りの先まで塗り変えられて、トパーズの香奈像は完成した。
「香奈、香奈、香奈、」
 半狂乱になって叫ぶ亜紀、香奈の像のつるつるした触覚を味わっていた教授は、肩をすくめると手を三回叩いた。すると、枝のようなものが天井から何本も伸びてきて、亜紀の目の前に香奈のトパーズ像を運んだ。
 亜紀は香奈の変わり果てた姿に呆然とした。教授が、香奈の像との間をさえぎって、目の前に立っても亜紀は反応しない。気にした風もなく、明るい声で教授は黒いサングラスを外しながら言った。
「さぁて、次は亜紀さんの番ですよ。」
 教授のおおきなダイヤの目から浴びせられた、全身を犯す冷たい輝きに亜紀は恐怖の悲鳴をあげた。
「いやぁぁぁぁぁぁ。」
 手足の先やスカートや上着のふちや腰まで伸びた黒髪の先などの
 体の端々が一斉にダイヤモンドに変わった。心が冷たい鉱石に犯されてゆく。何の苦痛もことが自分がじわじわ異質なものに変えられていく恐怖に拍車をかけた。
「誰か、誰か助けて。」
 原始的な恐怖にだらしなく悲鳴をあげる亜紀、なめるようにダイヤモンドの変化が体の端から亜紀の体を冷たく美しく染めてゆく。
 綺麗な素足を半透明の美しい彫刻にかえた輝きは膝を這い上がって太ももにせまる。力なくひらいた手を冷たい半透明の塊に変えた結晶化は、腕を包む長い袖ごと薄い体を目指して広がってゆく。僅かにもがく体は制服ごと下からゆっくりと、亜紀が恐怖を味わえるようにダイヤモンドの彫刻に変わっていった。そして、ただ壊れないように意識はそのままに、心が書き換えられていく。身も心も襲う容赦ない変化をいやおうなく、亜紀は感じさせられる。
「そんなに、感動してくれるなんて私としてもうれしいですね、もちろんあなたは、永遠に私がかわいがってあげますから。」
 容赦なく冷たい邪悪な輝きを亜紀に浴びせながら、にたりと教授は笑う。亜紀の手足は付け根まで美しいダイヤモンドの彫刻に変わった。スカートをダイヤモンドに変えながら這い登った、冷たい輝きは下腹部を嬲るように下着や制服ごと半透明の冷たい塊に変えていった。腕や腰から這ってきたダイヤモンド化の輝きは胸のふくらみをゆっくり亜紀の恐怖を味わうように犯してゆく。腰まである黒髪が一本残らずダイヤモンドに変わってゆくのが、亜紀の体から透けて見えた。恐怖と絶望を極限まで感じているのに、気絶も許されない。
「いやぁ、いやぁ、いやぁ。」
 拒絶のつぶやきは、ゆっくり消えてゆく。首から下を冷たい美しい彫刻にかえたダイヤモンド化の輝きがゆっくり首を上って絶望の亜紀の顔を這い上がってゆく。そして亜紀の体は全てダイヤモンドに変わった。亜紀の魂が、教授のためだけに永遠に狂気と絶望に染まりきらないように苦しみ続けるように意識がそのままに固定された。
 加工が完了したことを確認して、教授はサングラスをかけた。
「完成だ、亜紀さんあなたは、宝石人間として永遠に生き続けるのです。」
 ただのトパーズ像になった香奈の冷たい目から、何故か涙がひとつ落ちた。
 そして、ダイヤモンドの彫刻に変えられた体のなか、恐怖と苦痛の叫びをあげる亜紀の苦しみをもっと味わおうと教授の手が亜紀に伸びる。

 その少し前、香奈たちから少し手前の部屋で。
ギィィィィィ
 重い音を立てて、分厚い扉が勝手に開いた。
 大きな洋館を彷徨っていた三人のセーラー服の少女は、戸惑ったように暗い部屋の中を覗き込んだ。その一人、小柄なショートの活発そうな娘の早苗が、中に向かって叫んだ。
「亜紀、香奈、いないのか〜。」
 暗闇の中にかすかに人影のようなものが、不規則に並んでいた。
 早苗の呼びかけにはまるで反応しなかった。
 「あれ、さらわれた女の子達じゃないでしょうか、暗闇の中で怯えているんです、助けてあげないと。」
 長い黒髪を一本にまとめて前に垂らした、上品そうな娘さんがあわてて部屋の中に飛び込んだ。よほど急いでいるのか、持っている鞄から弓矢の先が、少しはみ出していた。
「待ちなさい、どう見ても罠でしょう、コラー、さやかー。」
 最後の一人、カールの掛かったロングの金髪の豊かな体付きの娘のリアが、流暢な日本語で、叫んだ。片手で長い楽器のケースののようなものを軽々と持っていた。
「ここまできて、引く訳には行かないだろ、あたしも行くよ。」
 早苗は、リアの手を振りきってさやかに遅れて部屋に入った。
ギィィィィィ、
 扉がゆっくり閉まり始める。
「仕方が無い、虎穴にいらずんば、か。」
 意を決して長い大剣をケースから出して、担いで部屋に飛び込んだ。そして扉は完全に閉じた。部屋の暗闇の中小さな青白い輝きが二つ灯った。そいつはさっきの獲物の、ツインテールの少女の像にケースをかぶせると、気配をけして一番近くのさやかに忍び寄った。
 ドンドンドンドン、何かガラスのようなものを叩きながらさやかは、中の人影に向かって呼びかけた。
「助けにきました、もう大丈夫です。」その硬いガラスの壁に囲まれた、少女の影はじっと怯えて立ちすくんだまま、全く動かなかった。
「彫像とはなしがしたいなら、君もちゃんと仲間になってあげないといけないよね。」
 さやかの後ろに生臭い何かが現れた。
「キャーーー」
 さやかは、絹を裂くような悲鳴をあげながら、振り向きながら、思わず鞄をぶつけた。べチャ、水かきと吸盤がついた手でそいつは、さやかの鞄を受け止めた。そいつは人間ぐらいの大きさの二本足で立った緑色のトカゲのような姿をしていた。そいつはニタリと嘲りと分かる形に大きな口を歪めた。
「それじゃあ、お返しだよ。」
 驚きで、立ちすくんださやかにトカゲ人間は大きな口をあけて大量の青白く光る粘液をかけた。
 さやかの叫びを頼りに走ってきた早苗が駆けつけたときさやかは全身粘液まみれで、闇の中青白く光っていた。
 ぶるぶると震えながら、空ろな目で自分をきつく抱きしめていて。隣にはトカゲ人間が立っていた。
「さやかをはなせ、この化け物。」
 早苗は、小さな胸元から符を出してトトカゲ人間に向かって叫んだ。
「離せだって、もうこの娘は僕のものさ。」
 トカゲ人間がさやかの鞄を早苗に向かって投げた。かまわず早苗は符を投げた。早苗の符はトカゲ人間に命中して火花を出した。
「こら、ちゃんとよけなさい。」
 その早苗の肩をやっと追いついたリアが引っ張ったので鞄ははずれて床に落ちた。べチャ、中に入っていた粘液まみれの弓矢が床にひろがる。大切な道具が散々な目にあっているのに、さやかは空ろな目でぶつぶつとつぶやいていた。
「寒い、寒いです、このままでは凍え死んでしまいます。」
 自分の二の腕の辺りをさする指先が青く輝く美しい宝石に変わっていた。震える黒い革靴は半透明の青に染められ、中の足がサファイアの彫刻に変わってゆく様子が見えた。そして制服や垂らした黒髪は、ほとんど青く透けていた。
「どうだい綺麗だろ、でも心配しないで、君達もあとでちゃんと同じにしてあげるから。」
 さやかの輝きで辺りの様子が分かってきた。様々な制服姿の少女達が、苦しんだり恐怖に染まっりした姿で色とりどりの宝石の彫刻に変えられてガラスのケースに飾られていた。
「クッ、外道が、さやかを元に戻せ。」
 再び、トカゲ人間に迫ろうとする早苗をリアは無言で抑える。
「ああ、ああ、体が凍ってしまいます。」
 さやかが自分の二の腕をさすっていた腕は、その形のまま美しい宝石に完全に変わった。細い足は下から冷たい青い宝石に変わってゆく。すり合わせていた太ももは一度カチッと音が鳴ったきり、動かなくなった。すでに完全にサファイア化した制服から、白い肌が青く透けてゆく様子が見えた。小さめだが形のいい胸の頂を目指して、じわじわ宝石化の変化が嬲るように迫っていた。ほっそりした下腹部はなめるようにゆっくりと冷たい宝石に変わってゆく。
「はぁはぁはぁ。」
 さやかのくるしげな息遣いにトカゲ人間の注意がそれた。その瞬間リアは早苗を突き飛ばして、疾風のように大剣をかまえてトカゲ人間に突撃した。さやかの半ば宝石化した苦しげな顔に、トカゲ人間がリアの大剣に貫かれた姿が写った。その様子に一瞬さやかは笑み
 を浮かべるが、リアの様子に気が付いてすぐに恐怖に染まった。そのちいさな顔が冷たく空ろに青く染まってゆく。
そして凍えた体に恐怖の表情をした制服姿のさやかのサファイア像は完成した。
「何で、さやかは元に戻らない、どうなっているんだリア。」
 いまだ大剣を突き出した姿で、ピクリとも動かないリアに早苗は後ろから正面に回りこんだ。
「いやぁぁぁぁ、なんだよこれは、リアー」
 リアの大剣に貫かれたトカゲ人間はどろどろに溶けていた。そしてその液体が大剣を伝ってリアの大柄な体を汚していた。まだトカゲ人間の頭の形が残った部分が、リアの肩に落ちて何かささやいてニタリと笑って崩れて、リアの右の大きな胸に覆いかぶさった。リアの腕をつたうどろどろの液体は制服ごと体と綺麗な金髪を容赦なく飲み込んでゆく。リアの顔色は白く体はかすかに震えていた。
「あっちに、みんないるって、こいつがさっき言ったわ。」
 かすかに唇を震わせて囁きながらリアは視線で入ってきた方向から右の方を示した。早苗は、悲しみと悔しさでいっぱいになった。
「私のせいだ、あの時香奈をとめていれば。」
 早苗のうつむいた顔から涙がこぼれていた。
 リアの足元の先までどろどろの液体がつつみこんだ。
「そのとおりよ、だから全力で戦いなさい、誰も怒ってないけどね。」
 早苗は力ないリアのはげましに目を上げると口元まで液体に迫られながら、暖かい笑みをリアは早苗に向けていた。
「分かった、行って来るよ、あの馬鹿どもを連れ戻してくるよ。」
 早苗は目元まで液体に飲み込まれたリアに、力強い笑みで返すとその方向に向かって走っていった。早苗が走っていったすぐあとリアは完全に液体に飲み込まれた。バキ、そのあとすぐに液体は、固まって、さらさらと崩れた。あとには、大剣を勇ましく突き出して笑みをうかべたリアの冷たく輝くエメラルドの彫像が残った。

 宝石教授の手は宝石人間の亜紀のセーラー服のささやかな胸のふくらみの上を撫で回し、やたら長い舌を冷たい首筋に這わせていた。
〜イヤイヤイヤ、ヤメテ、キモチワルイ〜
 亜紀は体が宝石にされたので、意識と感覚はそのままに身動きは全くできないまま、教授のされるがままに嬲られ続けた。その嫌悪感も、教授が気分次第で、快楽に何時書き換えられるかしれなかった。
「くっくっくっくっ、聞えますよ、私の大いなる愛に感動のあまり、喜びの声を上げるあなたの魂の叫びが。」
 教授は、亜紀の心を再び書き換えようとサングラスに指をかけた瞬間、大広間の分厚い扉が紅く燃え上がった。幸い炎は一瞬で消えたが、扉も真っ白な灰になって崩れた。
「宝石教授お前を倒して、みんなを元に戻す。」
 大きく開いた入り口に早苗が立っていた。
 早苗は、とっておきの赤く輝く大きな符を出して、おもいっきり教授に向けて、投げた。
「頭の悪い人は、迷信ばかり信じちゃって困ったものです。」
 亜紀とのお楽しみを邪魔されて、教授は不機嫌なのを隠そうとせづに、手を二回叩いた。ざざざざ、大量の枝のようなものが天井から伸びてきて、教授の前で壁になった。赤く輝く符は、その壁に激突した。そして、何事も無く受け止めた。
「残念でしたね、それは伝説の神々の都に生えている木ですから、 並大抵の魔法は、跳ね返すんですよ。」
 分厚い壁の向こうから、教授のつまらなそうな声が明瞭に大広間いっぱいに響いた。だが、符の当たったところから、紅い血の色に似た輝きが広がっていた。その隙に早苗は、香奈の冷たい宝石の像に走っていった。枝のようなものをそめて、広がる染みが内側まで、届いてないのか、教授は嘲りとともに言った。
「早苗さんはずいぶんお友達思いですね、いいでしょう香奈さんと
 同じ色の宝石にしておなじケースにセットで飾ってあげましょう。」
「そいつをあてにしているんだったら、さっきのところでやるべきだったんだよ。」
 早苗は教授の相手を適当にしながら、胸の隠しポケットの一番底にしまってあるものを取り出した。
 紅い染みは枝のようなものを伝って天井まで上って、本体の天井にさかさまに生えた黄色い身をたくさんつけた怪樹にたどり着いていた。
「なんですか、この輝きは、一体あなたは何をしたんです。」
 ついに分厚い壁の内側まで染みが広がったのか、教授の声にかすかに狼狽していた。怪樹は血に輝きに完全に覆われた。早苗に向かってたらした黄金色の雫は途中で紅い光に絡めとられて、蒸発した。
 そして、怪樹をのみこんだ、紅い光が一斉に強く輝いた。
「きいたことはないかい、かつて、世界中の人間を奴隷にした、
 邪悪な神々にたった一人で立ち向かった巨人の話を?」
 強い輝きに満ちた大広間で、早苗は冷たい鉱石の塊と化した親友に預かり物を返した。それは、香奈が抱えている杖のミニチュア版が、ついた首飾りだった。ただし、色は対照的に黒だった。
「小娘ー、一度ならず、二度までも亜紀の前で恥をかかせたなー」
 輝きを収まると、怪樹は綺麗さっぱり、消滅していた。
 そして分厚い壁が崩れた途端、赤い光が早苗を真っ直ぐ貫いた。
「ギャァァァァァ。」
 悲鳴はすぐに、小さくなった。
 全身を襲う焼け付く痛みに力なく倒れた早苗。だらしなく伸びた早苗の手足の先からマグマのように赤く輝くルビーに侵食されていた。
「くっくっくっくっく、お前には永遠に死ねない体と極上の苦痛を与えてやる、世界が滅びるまで後悔してろ。」
 じわじわ赤い色が早苗の手足を犯してゆく。再び香奈の冷たいトパーズの瞳から涙が、ひとつこぼれ、冷たく輝く宝石のほほを伝っていく。
「あぁぁぁぁぁぁ。」
 魂すら締め上げる、狂気の力に早苗の心は壊れようとしていた。
 赤い色は早苗の手足を、冷たい輝きを放つ彫刻に変えながら、胴体に容赦なく迫っていた。そして、香奈の涙が首飾りに触れた。
 その瞬間、瞬きの時間で大広間が漆黒の闇に包まれた。
 香奈は白いワンピースを着て抜けるような大きな青空と、何処までも広がる草原に立っていることに気が付いた。吹き渡る風を全身で受ける感覚を楽しんでいると、草原からひょっこり顔を出した大切な人たちが、こちらに向かって叫んだ。
「香奈、早くこいよ。」「香奈さん、日が暮れてしまいますよ。」
「そうだよ、時間がもったいないじゃない。」
「香奈ー、早くー。」香奈は微笑んで走り出した。
 闇はすぐに晴れた。そして、赤の侵食から開放された、早苗がぐったりと倒れていて、教授のおおきなルビーの目は、砕け散っていた。教授の目の辺りには底の見えない穴が開いていた。
「馬鹿な、か弱な人間が私の完璧な力を無効化しただと、ありえない。」
 対峙している、香奈は赤いリボンで飾った黒いドレスを身に纏い、
 ドラゴンの飾りのついた杖を構えていた。
「これで終わりよ、プリティファントムアタック。」
 香奈は黒い影絵のようなドラゴンに変身すると、呆然とたたずんでいる教授にむかって、突撃した。だが、教授はニタリといやらしい笑みを浮かべると、懐から大きなダイヤのような塊を出して、香奈のドラゴンに向かってぶつけた。
キィィィィィン
 そのダイヤは大きくなって香奈を内側に飲み込んだ。
 こちらに向かって杖を突き出して、黒いドレスと赤いリボンを振り乱して怒りの表情で、香奈は大きなダイヤモンドの中で凍り付いていた。かすかに青くそまりカッティングでゆがんだ香奈の姿をみながら教授つぶやいた。
「切り札は取っておくものですよ、香奈さん。」
「そうね、プリティファイナルスラッシュ。」
 亜紀の凍り付くような、声とともに、教授の体の中心におおきな剣の切っ先が唐突に生えた。
「がぁぁぁぁぁぁぁ。」
 口から青い血を吐きながら何とか剣を抜こうとする教授。
 教授のすぐ後ろで、人形のような表情で、香奈と同じ赤いリボンで飾りつけた、返り血でところどころ青く染まっている白いドレス姿の亜紀が立っていた。亜紀が手に持った香奈が抱えていた杖の翼は大きく開いていて、その先からは車ぐらい両断できそうな光の剣が生えていた。
「さよなら教授、神の牢獄でそれこそ世界が滅びるまで、後悔しててね。」
 教授がなにか言おうとしたが、光の剣から急速に広がる輝きにつつまれて、この地上から消滅した。カシャン、香奈を封じていた、宝石は砕けて、消えた。香奈はぱたりと倒れた。
「香奈大丈夫。」
 亜紀が駆け寄ると、香奈はふらふらしながら、なんとか杖を頼りに立ち上がった。
「私なら大丈夫よ、お姉ちゃん、だってこれからみんなを解呪しなくちゃなら無いんだもん。」
 香奈はけなげな妹的な笑みをうかべる。こめかみを伝う汗がなければ、満点だろう。
「そのことなら心配いらないわ、第一級浄化奇跡の光を発動したもの、もうあなたも気づいているでしょう。」
 せりふの後半で、口元が邪悪な三日月の形になっているのは、確信犯説の有力な証拠として十分ではないのか、と香奈は思った。
 空から、降ってくる、強大な光の気配に香奈はいままで一番の戦慄を感じた。



ps:本文は実在の個人および団体および宗教伝説民話と全く関係がありません。あと、宝石化宝石封印及びクリーチャーに人を襲わせる行為及び誘拐監禁婦女暴行、許可なき刀剣の所持は、犯罪です。は、犯罪です。決してまねをしないように。


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