作:狂男爵、偽
突然、江梨香の背後に現れた怪人の伸びてきた魔手を美咲が払いのけると、道化じみた仮面がカラクリ細工みたいに開いて露出した不気味な目が光った。
同時に美咲の右手がぞっとする冷たい感覚に包まれ、美咲は一瞬視界が白く染まった。
そして、洋館の二階に飛ばされた美咲の目に入ってきたのは、大きく手を広げ怯えを押し殺した表情で虚ろな石の瞳で前を睨みつける、見知らぬ制服姿の小柄な少女の石像。
だが、石の手にはなかば襤褸切れと化したコートがかけられ、何か言いたげな口元には虫除けが吊られていた。
美咲は目の前の光景が一瞬理解できず、辺りに漂う埃に辟易しながら周りを見回した。
次に目に入ったのは、四つん這いになって大粒の石の涙を頬に幾つも流しながら長い髪を垂らして、床にうずくまる少女の石像。その背にはガラクタが積まれていた。
そして、床に平行に右半身が半ばを壁に埋め込まれた、呆然とした立ち尽くしたポーズの短いお下げの少女の石像は、虚ろな石の瞳で床を見させられたまま、後頭部や背中や肉つきのいい脚は古い箱が幾つか積まれていた。
美咲は、やっとここが使われなくなって久しい物置だと理解した。だが、棚に使われているのは生きたまま石にされた少女達の冷たいオブジェばかり。
怒りと嫌悪に震える部分石化されたままの美咲の手が、カチッと音をたて何かに当たった。
美咲が振り返ると、そこには半ば扉に埋め込まれた短い髪の石の少女の今の自分と同じく憤怒の表情で凍りついた虚ろな顔があった。
呆然と見下ろすと、石の右手がまるで握手するかのようにノブとなった壁埋めされた少女の石の手に触れていた。
まるで、自分がこの狂った空間に同化したかのように感じた美咲は大きな悲鳴を上げた。
「きゃあああああ!!」
感情の爆発のままに恐怖に震える左手で、ジャケットの内ポケットに入っていた鉛筆のようなサイズの小さなステッキを、取り落としそうになりながら出した。
「ま…負けないぞ!ぼくが…!あいつをやっつけてみんなを助けてやるんだぁー!?」
半泣きになりながら、アイテムを天高く掲げ変身する。
「チェンジ=ハイドランジア!」
ステッキから大輪のアジサイの形をした大きな輝きが溢れ、花びらの形をした光が少女の身体に降り注ぐ。
光が美咲の身体に触れると、祝福するかのように小さな無数の光になって包み込んでゆく。
そして光に包まれた美咲のブレザーを着たスレンダーな体が、魔法少女の姿に変わってゆく。
飾り気のないポニーテールの紐は大きな白いリボンに変わり、赤茶色の髪は鮮やかな夕日のような赤に染まる。赤みがかかった茶色の瞳は燃えるような鮮やかな赤に変わる。
控え目なサイズの胸元に無数の花びらが集まり、小さなハート型ペンダントになる。
そして、美咲の身体が小さな輝きに包まれ可愛いデザインのブレザーが、腰元の大きなリボンが愛らしい青と白と赤の彩り鮮やかなワンピースタイプのコスチュームに変わる。
部分石化された右手は輝きに包まれ元に戻り、シルクのような白い手袋に変わる。ステッキをかざした左手も同じ手袋に包まれた。
そして、すらりとした足はひざもとまであるハイソックスに包まれ足元はリボンのついたシューズに変わる。
そして、紫陽花の形をした輝きがひときわ強く辺り一帯を照らした。
輝きが収まると、美咲の手には見る方向によって色が変わる輝石で出来た星の飾りがついたファンシーなデザインのステッキがあった。
パチパチパチパチ。
奇妙なテンポの拍手に変身を終えた美咲が振り向くと、少女の像の埋め込まれた扉が大きく開いて、その向こうの部屋に怪人が立っていた。
「僕が変身するまで待ってるなんて、随分自信家だな、それじゃあ正々堂々勝負しようか!」
怪人に向かって杖を構え、強気の表情で言いつつ美咲はじわりじわりと擦り足で距離を詰める。
「いえいえ、変身する前の貴方では地味過ぎてあまり私の好みに合わないので、
放置していたのですよ、後少し変身が遅いようでしたら石に変えてそちらの窓際の小物置きの台にしてしまうところでしたよ。」
言いながら怪人が指差した方には、枠がやはり石化した少女で出来た窓があり、まだそんなに時間は経っていないのか、外は薄暗くなっていた。
「それは危なかったわね、それで貴方から見てどうなの?今の僕の姿は!」
ようやく怪人の正面に立つことが出来た美咲の杖の先から、危険な紅蓮の輝きを放っていた。
「おやおや、こんなところでそんな烈火の魔法なんて使われたら、また新しい家具を調達しなければならなくなりますね、どうしましょうか?」
強くなる美咲の杖の輝きをよそに、石化した様々な服装とポーズをとった少女達の姿が意匠として薄く浮き上がる奇怪な大きなテーブルに、行儀悪く腰かけた怪人の付けた仮面の模様の顔は妖しい笑いの形を浮かべる。
「はったりは利かないわよ、お前たちのように人の姿を変えて集めている連中は、
わざわざ風化しないように壊れないように、相手を魔力で縛っているそうじゃない。」
遂に烈火の魔法が完成しようとしたその時、怪人が指先から灰色の小さな円盤状の光を出して、その隣の部屋の椅子の背もたれにされているセーラー服の石化した少女の襟元目掛けて投げた。
「ちょっ!?なにしてるのよ!?やめなさい!!!」
幸い砕けたのは石化したセーラー服だけで、ささやかな膨らみしかない平坦な少女の繊細な印象の石の裸身が露わになった。
「私の魔力はそんなに強くないので、このように魔法だと普通に壊れちゃうんですよ、
嗚呼〜心配しないでください、この制服の襟はあまり背もたれに向いていないので最初からこうするつもりでしたから。」
言いながら、怪人は先ほどの少女の石像を背もたれにして埋め込まれた椅子を盾にするように美咲との間において身をかがめた。
「くっ、女の子を盾にするなんて、この卑怯者!そこを動くな!」
杖の輝きを収め、魔力で杖本体を覆って美咲は屈んだせいですぐには立ち上がれない怪人の背後に回った。
そして、強度が上がりと怪人に対する攻撃力がつく魔法を込めた杖を振り上げた。
だが、怪人の首が人形のようにくるりと回り、既に開いていた仮面の中の不気味な目がすぐそばにいる美咲の瞳を真正面から見た。
「うくっ…、手がぁっ、くぅぅ…、このぉぉぉー!」
途端杖を振り上げたままの今度は右手が石に変わり動かなくない、美咲は杖を振り降ろせなくなった。
美咲が立ち尽くしたまま魔力で部分石化を解いている隙に、怪人は悠然と美咲の傍を通り過ぎた。ノブになっている石化した手を引いてそして悔しげにこちらを見つめている勝気そうなセミロングの他校のブレザー姿の少女の石像が埋め込まれた別のドアを開いて次の部屋でゆっくり出て行った。
「てぇやぁー!とっ、解けたぁ〜、ってこら待てぇー!」
杖に回した魔力をうでに循環させて部分石化をなんとか解いた美咲は、何かを求めるかのように伸ばされた石の手を愛らしい顔をしかめて掴んだ。
そして、扉を開いた美咲の目の前には驚愕の風景があった。
「なっ…なんなのよー!これは……、いったいなにが…あったの…よ!」
その部屋の中央には何も置いていない小さな普通の木製のテーブル。
だが、その周りには鎖や縄や革でできた卑猥な道具で壁につながれた、美咲と同じ年代の少女たちの全員が例外なく髪を振り乱し、必死に懇願していたり力尽き絶望した表情で、そのテーブルに届かない手を伸ばしたままの凄惨な姿で石化していた。
身に付けている制服は乱れたまま形そのまま大理石と化したため、複雑で繊細な彫刻とかしていた。そして、拘束から逃れようとした時に出来た細かな傷が残ったまま限界まで伸ばされて石化した手足と、必死の表情で冷たい石に固まった顔と、無理によじっていたり限界まで伸ばし切っていたりする、石の乱れた服から覗く石の肌の肢体が見る者に痛々しさを感じさせた。
「ここに…いった…い、なにが、あった…よ。」
無数の伸ばされた石の手の真ん中にある木製のテーブルに、恐る恐る近づいた美咲がそっとなにも載っていない表面を薄く撫でると、白手袋の指先が埃でかすかに汚れただけだった。
「そうですか、あなたにはまだ見えませんか?迂闊で未熟な術しか使えない癖に魔力だけは豊富なんですね、やれやれ…厄介なお嬢さんだ。」
先程の部分石化で警戒した美咲は背後の声に振り返ろうとせず、声の方向に閃光の魔法をかけた。
「もうその手は飽き飽きなのよ、あいにく、しつこい奴は私の趣味じゃないの。」
不意を突いたと思った美咲が振り返ると、閃光の魔法の中で怪人の演劇のようにおどけた様子で肩をすくめた姿が影絵のような姿になって立っていた。
かまわず、再び魔力で強化した杖で美咲が殴りかかろうとすると、術者には眩しくない閃光の魔法で白く染まった世界で、なぜかはっきりとカラクリ細工のように開く仮面とそこからのぞく不気味な目だけははっきり見えてしまった。
「ああぁぁ、あっ足が、くぅ〜、このー、正々堂々…勝負しなさいよ!」
踏み込んだ右足が可愛いデザインのシューズごと足首まで石に変わり、あと一歩で動けなくなって悔しがる美咲を余所に、怪人はやはり扉に体を張り付けにされて、逃れようと必死に体中を傷だらけにしてもがいたまま石像と化した人形のような可愛い容姿の少女の手をノブのように引いて、次の部屋へ入って行った。
そして、その部屋の真中でくるりと振り返り仮面の模様を明るい笑顔に変えていった。
「こちらで戦ってくれるのでしたら、存分にどうぞ、私としても使い道がない石像ばかりなので、置き場所に困ってこうしちゃってるんですよ。」
その怪人の奇妙な靴は両方とも、石の少女の顔を踏みつけていた。
床に埋め込まれた石像はそこだけではなかった。そして、怪人の背後の壁や床に両手両足を壁に埋め込まれた少女の石像で埋め尽くされていた。
あまりの異常さに美咲の顔が青ざめた。