マジカルヒロインズ 石化館の罠 第五章

作:狂男爵、偽


 豪華なシャンデリアが照らす洋館の優雅な雰囲気のエントランスで、女神像のように凛々しく立ったまま石像に変えられた美しい女生徒の無数の石像の乗せられた無数の台座が、自分の名を刻んだ空の台座を中心にして円を描いて並べられた場所で舞う江梨香の舞が終わった。
 その舞は、幻像破壊だけではなかった。
 その証拠に先ほど江梨香の頭に響いていた無数の声が消えた。
「あの鋼鉄の乙女が弱音なんて吐くものですか!この程度の幻惑の術に惑わされるなんて!?私もまだまだ未熟者ですわね…。」
 幻術破壊は魔力の消耗はわずかだが、何度も連続して魔法を使ったため端正な顔立ちから普段の凛々しさが青白く擦れた江梨香は、俯いて同じ年頃の少女のように弱音を吐いていた。
「いえいえご謙遜を、並みの魔法少女では正気を保つことも難しいこの結界を破壊できるなんて、さすが江梨香様、私が目を付けただけのことはありますよ。」
 上からの声に、江梨香がうつむいていた顔を上げて洋館の奥を見ると、エントランスを抜けた裸婦像に変えられた女生徒の像が並んだ通路の奥の階段から足音が近づいてきた。
「彼女たちの辱めや侮辱の惑わしで飽き足らず、今度は私を褒め殺しですか、 貴方の幻惑の技はもう見きっていますわ。」
 江梨香は、怒りに任せた挑発を叫びながら、裸婦像が並ぶ通路を怪人が降りてくる階段に向けてかけ出した。
 だが、蓄積した疲労と幻惑の精神的ダメージのせいで、江梨香の走り方からは優雅さが失われ、怪人との対決より美咲との合流を優先する意図が透けて見えていた。
「貴方に見せたいものがあるんですよ、私としては満足出来る作品になったので、 是非貴方に称賛していただきたくてね。」
 そう言って、曲がりくねった階段から降りてくる怪人の唱える呪文は、確かに幻影魔法ではなく、江梨香にとってはありふれた遠くの風景をここに映し出す魔術だった。
「貴方の作品はもう見飽きましたわ、それに評価でしたら後でして差し上げますわ、美咲さんと二人で存分に!」
 容姿や体つきの美しさは、エントランスの石像と同じくらい美しい衣装が全て奪われ石に変えられた少女達の独特の艶やかな肌をした大理石の裸婦像の並んだ通路を、江梨香は駆け抜けながら、社交的な笑顔とは裏腹に底冷えする声で怪人に返事をした。
「今度はとっておきの新作なんです、かなり良い出来になったので、是非貴方に見せたいと年甲斐もなく自慢したくなりまして。」
 遠見の呪文が完成して、異様な風景が映し出された。
 漆黒の闇の中、奇妙な形をした灯りをもった魔法少女の大理石の像が何体も並んでいた。遠見の魔法の視界が徐々に動くと、杖の代わりに骨の腕の形をした灯りを構えたイブニングドレス風の魔法少女の大理石像や、二本の角の生えた骸骨の形をした灯りを掲げた聖女のような清らかなコスチュームの魔法少女の石像が見えた。
 そして遠見の魔法の視点が動くと、邪悪な輝きの歪んだ刀身の魔剣の形の灯りを支えにしてひざをついたビキニ鎧風のコスチュームのショートの魔法少女の彫刻の向こうに、見慣れた人影が見えた。
「美咲さん!?貴方まで…嘘よ…!?こんなくだらない幻覚なんて信じませんわ!!!」
 そして、遠見の魔法に美咲が愛らしい顔を虚ろな表情で凍りつかせて、魔法少女に変身したワンピース風のコスチュームで立ち尽くしている姿で、体を美しい大理石に変えられ、異形の形をした灯りを掲げた燭台と化した姿が大きく映った。
それを見た江梨香は、顔を動揺に歪めて必死に目の前の光景を否定しようと叫んだ。
「貴方がそうお思いになるのでしたら、どうぞご自由に幻術破壊でも浄化でお好きになされたらいかがですか?」
 階段を降り終えた怪人は、江梨香の目の前で仮面の模様の顔に見え透いた戸惑いの形に変えて言った。
 その目の前に美咲の大理石の像の幻像を映し出した。
 江梨香は凛々しい顔を屈辱と動揺に歪めて、ギリッと奥歯を噛みしめた。
「……貴方を……滅ぼして差し上げますわ……、微塵の欠片も残さずに!!」
江梨香は黄金色の飾り小太刀を腰の袴に刺すと、長い袖から大量の呪符を取り出して、両手に扇のように広げて構えた。
「おおー恐ろしい、恐ろしい、ですが、そんなことなさってはこの方々に当たってしまうかもしれませんよ。」
 怪人が追い詰められた小悪党のように、わざとらしく内股になって情けない風に手で顔を庇いながら、その隙間から仮面の顔が狡猾な笑みを浮かべた。
 すると、ズズズッと重々しい音を立てて江梨香を隔てるように、フカフカの絨毯を踏み荒らして、沢山の裸婦像を乗せた台座が怪人の前へ移動を始めた。
「御心配は無用ですわ、貴方の方こそ本体に当たらないようご用心なさいませ。ハッア!!」
 江梨香の裂ぱくの気合とともに、構えた符を投げナイフのように怪人に投げつけた。
 それらは未だ動いている、全てが艶やかな大理石に変えられた、茫然としていたり恥じらいにうつむいていた冷たい石の顔や、サイズはそれぞれだが揃って美しい形をした胸や、引き締まったくびれや、桃を思わせるお尻等の裸婦像の隙間を縫って、怪人を目指して飛んでゆく。
「江梨香様はここがどこなのか忘れていませんか、あなたがいったいどこに立っているのかということを。」
 怪人の仮面の模様が明るい笑みになって、目前に迫る無数の符の前で先程美咲が戦っていた部屋に埋まっていた顔や姿を苦しみや恐怖に歪め捩じらせた石像が怪人の前に重なり合って突然現れ、大きな盾になった。
「残念ながら、その程度はお見通しですわ、御機嫌よう。」
 だが、そのときすでに大量の符に紛れ、カメレオンのように光を操って半ば透明になった裸婦像の隙間を通り抜けた江梨香が怪人の傍を通り過ぎた。
 そして放たれた符が石にされた犠牲者の体に当たると、全て怪人以外には全く害のない清らかな光になった。
 さすがに、江梨香がこのような無謀なことをするとは思っていなかった怪人は、慌てて仮面の目の模様をカラクリ細工のように開けて江梨香の肉つきのいい脚元を石に変えようとした。
 だが、白銀の具足に僅かに灰色の染みが一瞬浮かんだだけで、すぐに元に戻った。
「かかりましたわね、お喰らいなさい。」
 浄化と防御を得意とする属性故に耐性のある江梨香は、顔色一つ変えることなく一枚だけ残していた符を素早く出して両目を塞ぐように仮面に張りつけた。
 符には目がないため"石に変わらない"。そして、符を石に変えようにも先ほどの大量の石像転位で十分な魔力が残っていない。
「クッ、こんな姑息な手を……!頭の悪い友達の影響ですか……!!」
 怪人は気がついて仮面を閉じようとしたが、先ほど美咲が禁呪によってつけた傷が仇となって、すぐには閉じきれず符を挟み込んでしまった。
 江梨香は問いには答えず、印を組んで目を閉じて符術を発動させた。大きな静電気みたいな音と光がして、仮面に張り付いた符が弾けた。
「ぐぉぉぉおぉぉー!ぎやぁぁぁぁー!」
 怪人は奇怪な声を上げて、ひび割れた仮面の張り付いた煙を上げる顔を押さえて、うずくまった。
「クッ、これで終わりにさせて貰います。」
 先程の攻撃でも、未だ周りの石化された少女の呪縛が解けていないことに焦りを覚えながら、江梨香は身にまとった清浄な魔力を全て、辺りに解き放った。
 洋館の一階が清浄な光に覆われる。
「うがあぁぁぁっ!!私の体がぁぁぁー!ごぼアァァァー!とっ溶けるぅ−!?」
 途端に、怪人は体が火にあぶられたみたいに白い煙を上げながら端々が焦げたように黒く変色して崩れながら、無様にもがき出した。
 だが、すべての魔力を解放したせいで江梨香の纏う白き衣はその輝きを失う。
 だが、臆することなく江梨香は清浄な輝きに包まれのたうちまわる怪人を睨みつけ、必殺の技を繰り出した。
「貴方の漆黒の魂を白く染め上げて差し上げます、我が盟約せしものよ、清浄なる輝きをもって邪悪なる存在を大いなる御元にて召上げ、悠久の時をかけ完全浄化させたまえ!!」
 取り出した黄金の飾り小太刀をシャランと楽器のように鳴らしながら、鞘ごと振り回して、江梨香はシャンデリアの輝きに辟易しながら天を仰いで怪人の周りを神楽舞のような厳かに舞った。
 洋館の一階は、まともに正視すら出来なくなるほど清浄なる光が爆発的に強さを増した。
 そして、何かが砕け散る音が甲高く鳴り響き江梨香は勝利を確信した。
「嗚呼……、美咲……!今回のことで…どうか…この町を…!護ること……、御嫌に…ならないで……。」
 そして魔力が尽き疲れ果てたため変身が解けた江梨香は、後ろを振り向く余裕もなく、懸念を呟いていることすら自分で気付かないまま、階段に向かって足を引きずるようにして歩きだした。
 その肩を、ベチャリと緑色の言葉に表現できないほど醜い何かの手のようなものが掴んだ。
「力尽きてなお、ご友人の心配とは貴方らしい、ですが、私の用事は済んでいませんよ。」
 江梨香は、肩に張り付いたおぞましい感覚と必殺の技が利かなかったことで、動揺のあまり、反射的に振り返ってしまった。
「ひぃ!?……ぃゃ……!!ぅっ………!ぁぁっ!??」
 全身の表面が緑色の人の形をした、言葉にできないほど醜い不気味な何かが立っていた。
 江梨香はおぞましさに悲鳴をあげようとしたが、冷たく硬いおぞましい感覚に全身を犯されてかすかな呟きにしかならなかった。
「貴方がか弱い小娘に怯える姿が拝めるとは、あの方に頂いた"仮面"を犠牲にしたかいがあるというものです。」
 嫌悪と恐怖に凛々しい顔を歪めたまま、全身を冷たい艶に覆われて凍りついたように動かなくなった江梨香を正面から見ながら、緑色の怪人は言葉にできないほど醜い顔を歓喜に歪めた。
 そうしているうちに、茫然と立ち尽くしたままの江梨香の美しい浅黄色の髪と制服は振り返った時になびいた時の凍りついたまま大理石の彫刻になり、冷たい艶に覆われていた肉つきのいい手や足や襟元からのぞく豊かな谷間が、瑞々しい艶が徐々に美しい大理石の冷たい色に染まり始める。
「………ぅ………ァァッ!………ぃ……ゃ……っ!?………」
 そして、悲鳴をあげようとわずかに開いた可憐な唇が大理石の色に犯され始めると、洩らしていた微かに呟きさえ、途切れた。
「ウフフフ、小鳥のように怯える貴方の姿を永遠に飾ってあげますよ、先ほどの宣言どおり偽善の仮面が剥がれた本当の貴方を。」
 茫然と立ち尽くしたまま、首から下が完全に大理石に変わりすでに意志の輝きすら失せたガラス玉のような虚ろな江梨香の目を怪人はキスでも強要するかのように覗き込む。
 だが、嫌悪と恐怖に歪んだままの江梨香の体は目を残して美しい艶を放つ大理石の像のような姿に変わり果て、返事をすることも身をよじることもできはしなかった。
 肉つきのいい足はか弱い少女のように内またになって、冷たく硬い艶を放つ美しい大理石の彫刻と化していた。
 振り向いたときにプリーツのスカートは靡いたまま冷たい彫刻と化していて、石と化した清楚なデザインのショーツが見えた。
 美しい形のブレザーの膨らみは柔らかな曲線のまま冷たい大理石の塊と化していて、胸元の可愛いデザインの石のリボンがラッピングのようにも見えた。
 清楚さと艶やかさを併せ持った腕は振り払おうと半端に降り上げたまま、石になって固まっていて、妙な躍動感を感じさせる。
 美しい長い髪も靡いたまま一本一本が深い青みを帯びた独特の艶を放つ大理石と化していた。
 凛々しい表情は嫌悪と恐怖に歪んだまま凍りつき、怯えを浮かべた冷たい艶に覆われ虚ろな石の色に染まりかけた切れ長の目の色には独特の味わいがあった。
「さあ、魂の欠片も残さず石と化してください、この私が滅びたとしても貴方の美しい姿が永遠に変わらないようぬっ!!…ガゲ、ギャアッ!!!?!」
 虚ろな江梨香の瞳が完全に大理石の色に変わり果てようとしたその時、怪人の胸の中央から蠢く腐肉を掴んだ石の手が生えた。
「そりゃ江梨香ちゃんは可愛いけど、だからって下級怪人がいつまでも本体さらしてはしゃいでちゃ、 ダ、メ、ヨ!怪人ゴルゴナチャン。」
 いつの間にか、怪人の背後に立っていた全身汗まみれで身体の半ばが石化したとびぬけて可愛い容姿をしている癖に妙に印象の残らない少女の大理石の手が、何か蠢く腐肉の塊のようなものを掴んで怪人の身体を突き抜けていた。
 そして、怪人に突き刺した肩口までなぜか石になっている手を生身のように蠢く腐肉の塊の塊を生々しい音を立てて握りつぶす。
「ゲッギッ、ギヤアァー、ハガァアァァァーー!!!。」
 醜い怪人はひと際聞くに堪えないおぞましい声をあげると、四肢から力が失われ江梨香を覗き込んでいた醜い顔がだらりと下がった。
 途端、背後や周りにある大理石の像に変えられていた女学生たちが、呪縛から解かれ台座や床に崩れ落ちた。
 深い絨毯に覆われているとはいえ、台座から落ちようとした女学生達の身体を柔らかな光が包んで、緩やかに床に下ろした。と同時に怪人の体は砂のように崩れて消えた。
「あんた本当にその性格をなんとかしなさいよ、そのおかげでどれだけ私が苦労したか…。」
 床にへたり込んだまま何とか上半身を起こして、守護の印を構えている江梨香を少女は呆れた顔で見下ろした。
「……さま……、わたしの……、ことよ……り…、美咲…こと………おねが……。」
 そう呟くと、かすかに残った体力まで魔力に変えて真っ白に燃え尽きた江梨香は、床に倒れこんだ。
「今回はまだ息はあるわね、でもいつかきっとその性格があんたや周りの人間に災いするわよ、江梨香。」
 冷たい言葉と裏腹に、やさしい笑みを浮かべた少女が江梨香をそっと抱きあげてから、ソファーに寝かせると、同時に天井で轟音が響いた。
「さて、次はじゃじゃ馬ならしか…、連戦はこたえるなぁ〜、年かなぁ…。」
 倒れ伏した女学生達のだれか一人でも意識があったなら、苦笑いか鋭い突っ込みを入れそうになるようなことを少女は呟くと、曲がりくねった階段を昇りだした。

蛇足
「いやああああーー、やめてぇぇぇぇーー!」
 そこは戦場かと見間違うほど、轟音と破壊が荒れ狂っていた。
「落ち着きなさい、もう終わったのよ。」
「やめなよ!!これ以上するとこの建物が持たないッ!」
 口々にいいながら、彼女を囲んだ魔法少女達は必死に防御魔法で包み込みながらなだめの言葉をかける。
「嘘よぉー、また私を弄ぶつもなんでしょー、もう騙されないわよー。」
 轟音と破壊の中心で美咲は叫びながら、思いつくままに破壊の魔法を放っていた。それらが炎となり、嵐となり、濁流となり、この部屋に破壊をまき散らしていた。
「どうして聞いてくれないの、もうおわったのよ。」
「このバカ、いい加減にしてよ。」
 だが、皮肉にもこの部屋にいたのが魔法少女だけであったため、細かい傷を除けば犠牲者は皆無だった。
 だが、それもいつまで続くか分からない。
 囲む魔法少女の中の観測と探索が得意な一人が、ここが屋敷の中心だと云っていた。
 ならば、救援部隊の気配がない以上、破壊を続けさせるわけにはいかなかった。
「仕方ないわね、あの子にはしばらく頭を冷やしてもらいましょう。」
 様々な輝石を体中に身に付けたひと際華やかな魔法少女がそう言うと、怪人と関わりの深い連中が中心となって禁断の決断が素早く下された。
 魔法少女達の様子が一変したのを肌で感じた美咲からも、恐怖と憎悪に踊らされながらもどこか狂った冷静さで再び必殺の技を放とうとする。
 お互いの均衡した緊張感あふれる時間は、パンパンという小さな手で途切れた。
「はいはい、そこまで、そこまで、美咲ちゃんだっけ、帰るわよ。」
 いつの間にか美咲の傍にいた、飛びぬけて可愛い容姿をしているのに妙に印象の残らない少女が魔力あふれる美咲の手をつかんだ。
「はっ、離してよ。あんたが怪人じゃないっていう証拠がどこにあるのよ。」
 美咲は魔力で触れるものを火傷させる魔法を、すぐさま発動させた、が一瞬ジュッと嫌な音がなったが、それっきりだった。
「はぁー、なんでこんなやつを野放しにしているのよ、江梨香のやつは!あんたもいい加減にしなさい。」
 その少女は罪悪感に立ち尽くす美咲を掴んだまま軽く焦げた手で、ふざけて友達同士でじゃれるようにこぶしをこめかみにぶつけた。
 妙に軽い音がなって、美咲はペタンとへたり倒れこんで意識を失った。

続く(嘘です、続きません。)


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