マジカルヒロインズ 石化館の罠 プロローグ

作:狂男爵、偽


「それじゃあ、貴方がたは全校生徒対象の次の購入の本のアンケートの中から、図書部の希望を決めておいて下さい。私はこれから美咲さんと個人的に用事があるので、よろしければ、その課題は自宅の方でなさって下さいな!」
 図書室で部活が始まったとたん、最低限の課題を出されたあと部長が双子に帰宅を命じた。
 落ち着いた雰囲気の姉の方は、昨日入ったばかりの新人につかかっている双子の妹の手を引いて出口の方を歩いていってから、頭を下げた。
「わかりました、じゃあ今日のところは私たち帰りますね。」
「って、待ってよ、真由!新入りさん!今日は話はこれでお終いだけど、部長に気に入られたからって、調子に乗るんじゃないわよ、それじゃあねっ!」
 先程の部長の指示に従って帰ろうとする大人しそうな双子の姉の手を掴んで、菜柚は姉と反対の勝気な表情で悪役みたいな捨て台詞を吐いて図書室から出て行った。
 出口で肩まであるウェーブした髪がさっとなびいた後、バタンと扉が勢いよく閉じられた。
「おい江梨香、別に真由達をつまみ出さなくったてよかったんじゃないのか?今日する事は怪人の事件の記事を集めて調べるだけだろう?」
 先ほど菜柚に新入り呼ばわりされた飾り気のない紐でくくったポニーテールの少女は、ため息をつきながら愚痴った。
「はぁー、美咲さんは、本当に怪人の怖さがお分かりになってないんですね!
 いいですか、あいつらの正体も目的も居場所も何もかも不明なんですの、ですから…。」
「こうやって記事を集めて調べているだけで、狙われるかもしれないっていうのか?そんなにやばい連中が相手だってなら、なんであいつらだけで帰らせるんだよ?」
 気品溢れる顔をあきれた風に崩して長々と説教を垂れようとする江梨香の言葉を遮って、美咲は愛らしい顔を反発の表情を浮かべながら、ひらひらと十年前の記事の切り抜きをつまみ上げた。
「で、す、か、ら!!その怪人のお目目がどちらを向いてらっしゃるかを、いまから過去の記事をあらいざらい調べて予測をするんで、す、の、よ!!」
 ヘアバンドで止めた前髪からのぞく江梨香の白皙の額に浮かんだ血管を見た、美咲はひきつった顔でうなずいて記事に取り掛かった。
「分かった!分かった!やるよ!調べればいいんだろう、さっさと片付けようぜ。」
「それが終わったら、美咲さんには防御呪文の復習をしてもらいますわ!」
「ええっーー!昨日あんなにやったじゃないか、江梨香が人の身体を好き放題いじりまくるから、跡がまだたくさん残ってるのにぃー。」
「貴方には絶大な魔力がありますのに、わたくしの符術程度で突き抜ける方がおかしいんですの!いいですか?貴方が一昨日前に滅ぼしになられた怪人は、たまたま相性がよろしかったから、相手の攻撃を受けずに勝てたんですのよ!」
 言いながら江梨香は恨めしげに、切れ長の目を美咲の少々控えめなブレザーの膨らみのところにある内ポケットに向けた。
「だから、貴方は分かってらっしゃらない、怪人の呪いというものがどれだけ恐ろしいものなのかと……、」
 何回目かの長い説教を退屈そうな顔で聞き流していた美咲は、江梨香の顔から、いつもの威厳が崩れ、深い悲しみとかすかな恐怖に目を潤ませているのに気付いてはっとした。
「分かったよ、真面目にやるよ、だから泣くなって、なっ!」
 立ち上がって、美咲は新しく出来た友人の肩を軽く叩いた。
「フン、べっ別に泣いてなどいませんわ、貴方が怪人に簡単に倒されたら私に迷惑がかかるから、それで困ってただけですわ!?」
「はい、はい、分かってるって、僕はせいぜい江梨香先輩の足を引っ張らないように気をつけるよ!」
 などと、図書室では心温まる会話がされていたころ、真由達が遭遇していた。
 怪人という名の脅威に!

 日の傾きかけた通学路になっている道路の傍らでそいつが突然曲がり角から現れた。
「やあ、お嬢さん、貴方がたにお願いがあるんだけどいいかな。」
 突然も目の前に現れた仮面のスーツ姿の男性にブレザーの制服姿の双子の少女達は、恐怖に息をのんで凍りついた。
 語りかけられた落ち着いた雰囲気の双子の姉のほうの真由が、肩まであるウェーブがかった髪と細い肩を震わせながら怯えた表情で凍りついていると、隣のよく似た双子の勝気な妹が代りに震える声で問い詰める。
「い…いきなり……あっ…あらわ…れて、勝手な言い草ね!?なっ なんで、私たちが…顔も見せられない奴の言うことなんかっ!きっ聞かなきゃ…なんないのよぉっ!!」
「なっ菜柚ちゃん落ち着いて、変な恰好してるけど、本当に困ってる人かもしれないじゃない?」
 菜柚がこれだけ警戒するのも仕方のない話だった。彼女達がすむK県では散発的に同じ年代の女子学生達が姿を消す事件が起きていた。その容疑者の内の一人は仮面をつけた男だという未確認情報がワイドショーやオカルト雑誌でまことしやかに報じられていた。
 それでも律儀な真由は菜柚を遮るように前に立って、怪人の仮面を怯えを押し殺して見上げながら聞いた。
「あっあのぉー、わ…私たちに、い…いったいなんの用なんですか!?」
 正面から見つめた真由になぜか道化師のような仮面の模様の口が、ニタリと嗤ったように見えた。
「ひぃ…っ…!!……。」
 悲鳴を上げようとした真由の瞳を、道化の仮面がからくり細工のように開いて露出した不気味な目が射抜いた。
 その瞬間、真由は全身が冷たい石の塊に包まれ全身の血が凍りついたように感じて悲鳴を上げようとしたがすぐに途切れ、指一本動けなくなっていた。反射的に逃れようと顔をそむけようとしたが、不気味な目が一瞬光ったのが見えたと思った瞬間、真由の視界は硬質な灰色に覆われ、心は絶対的な恐怖に冒されて冷たい石だけの世界に閉じ込められ凍りついた。
「真由、どうし………えっ……な…に……こ、れ。」
 立ちすくんだまま凍りついたように動かなくなった真由の身体が、足元から冷たい艶を放つ美しい大理石の色に上から落ちてくる水のような勢いで染まってゆく。とっさに菜柚が掴んだ真由の肩はまだ大理石の色には染まっていなかったが、冷たい石の彫刻を触ったような感触だった。
「ひぃっ!?…なっ、……いったい……なにが起こってるのー!?。」
 混乱のあまり菜柚が言葉にならない呟きを洩らしながら、驚いて反射的に手を離したすきに真由のほっそりした体は身にまとったブレザーごと、姿そのままに大理石に成分の全てを変えられた。
「あぁ……、あぁ……、真由……ま…ゆ…返事……し……て、よ。」
 菜柚は固く冷たい石の腕に呼びかけるように引っ張ろうとして結果的に恐怖に崩れそうな身体を支えながら、大理石の真由の像の正面に回り込んだ。
 真由の穏やかそうな顔は幾分か脅えを含んだ驚きに凍りついていた、見開いた目やかすかに開いた口元や、少し乱れた肩まであるウェーブがかかった髪の一本一本のすべてに至るまで真由の顔の何もかもすべてが冷たい艶を放つ大理石の彫刻に変えられて。
「ひぃっ!?なっ、なんなのよ……いったい……いっ、いやあああああああああぁぁーー?」
 辺り一帯に菜柚の悲鳴が響き渡った。その前で仮面の怪人が戸惑ったように、呟いた。
「すこし焦り過ぎましたね、この可愛い顔をもう少し恐怖と絶望に染まってもらわないと私の広間を飾るのには少々クォリティが足りませんよ。」
 その言葉に、菜柚は顔を真っ赤に染めて制服のブレザーが少し崩れるのもかまわず、髪を振り乱しながら怪人に素早く振り向いた。
「あんたが真由をこんな姿にしたのか!!?……元に戻せ!今すぐ元に戻してよー!!」
 菜柚は怪人の胸元のシャツに乱暴に掴み上げて揺すりながら、大きな声で叫んだ。
「私のお願いを聞いてくださったお礼に、お姉さんを苦しめずに石にしてあげた私の優しさが理解できないとは?同じ顔なのに中身がここまで違うとは素晴らしい!!あなた達を置く場所がいま決まりました。」
 だが、仮面の男は胸倉をつかみ上げ身体を揺さぶる菜柚を、まるで美術品を損得で鑑定する強欲な質屋のような仮面に描かれた模様のはずの目で、冷たく見下した。
「あんたいったい何言ってるのよ、私たちを置くとかどうとか、頭おかしいの!!?なんでもいいから真由を戻しなさ…えっ!?」
 その視線のおぞましさにぞっとしていた菜柚が必死につかんでいたはずのシャツが、いつの間にか手から抜けると、怪人の姿が瞬く間に消えた。
 振り返ると、真由の像を後ろから抱擁するようにまた突然怪人が現れた。
「再び真由さんに会いたければ、この手紙に記した場所に来なさいと魔女達に伝えなさい、そこで雌雄を決すると、特に白い巫女タイプの魔女が私の好みであることを伝えるのはお忘れなきように。では!」
 呆然と見守る菜柚の目の前で、怪人の腕の中の石化された真由の身体は消え去り、そのあと、優雅に怪人が別れの挨拶をして頭を下げたままその姿が周りの景色に溶け込むようにすぅーと消えた。
「えっ……、なにぃ!?……いったい、なんなのよぉー!」
 あまりの状況の異常さに菜柚は混乱に陥り、辺りに喚き散らした。その手にいつの間にか手紙が握らされていることに気がつかないまま。

「菜柚さん、しっかりしてください!菜柚さん、菜柚さん!」
 しばらくして菜柚が目を覚ますと、保健室のベッドに寝かされていることに気づいた。時間もそんなに立っていないのか、日はまだあまり傾いていなかった。菜柚がぼぉーとした意識がハッキリしてくると、目の前には尊敬してやまない気品溢れる部長の顔があった。
途端、菜柚の目からボロボロと涙が流れた。
「真由がぁー、真由がぁー、へんなやつに身体をカチカチにされて、消されちゃってぇー、部長―、部長―!」
「大丈夫、大丈夫ですから、またいつものようにあの方達がなんとかしてくださいますわ、ですから…」
 抱きついてくる後輩の身体をやさしく抱きしめながら、江梨香はどこか冷たい目で後輩が落ち着くのを待った。保健室の出入り口で焦れている美咲は何か言いたげな表情をしてから、気まずそうに黙りこんだ。
 菜柚が落ち着くのにそう時間はかからなかった。
「仮面の男なんです、なんでか知らないけど真由が仮面の男の前に立ったら真由の身体が石になっちゃって、で急に姿をけしたり現れたり、それで真由まで消しちゃって、で魔女達を呼べって、でもあの人たちの番号も住所もしらないし
私はこの手紙をいったいどうしたらいいんでしょうか?」
「菜柚さんのお話はしっかりわかりましたわ、我が神社の神主様があの方達と時々連絡を取っていらっしゃるようなので、きっと私が真由さんのことをなんとか致しますわ、ですからどうかそのお手紙を私に預けていただけないでしょうか?」
 言われて、菜柚は手が真っ青になるほど怪人から一方的に渡された手紙をきつく握りしめていることに気が付いた。
 まるで、これをなくすと二度と双子の姉が戻らないと知っているかのように。
「あっ…はい…部長…どうかよろしくお願いします。」
止めようとする江梨香の手を払いながら、菜柚はどこか力の入らない身体でベッドから立ち上がって、皺くちゃにした手紙を揃えた両手の平に乗せて頭を下げて差し出した。
「ああ、あたしら任せておきな、ちゃんと届けてやるよ、お前の思いをあいつらに!」
入口の脇に立っていて新入りの言葉に、菜柚の表情は一変させて美咲の方へ振り返った。
「調子に乗るなって、何度も言わせないでよ新入りさん!馬鹿なことして部長の足を引っ張ったら覚えておきなさいよ。」
「フフフフ、その元気があるのでしたら大丈夫みたいですわね、お家の方には連絡は済んでいるから、心配せずにゆっくり休んでらっしゃい。」
 美咲に掴みかからんばかりに、言い返した菜柚の華奢な体を江梨香はそっとベッドに座らせた。
「それじゃあ、あの方達にキチンとこれを届けさせてもらいますわ、ごきげんよう。」
 そのまま、軽く会釈して江梨香は出て行った。それを新入りが追いかけてゆく。言葉は丁寧ながら、江梨香のいつもより急いた様子に菜柚はかすかな違和感を感じた。だが、さっき起きたことの異常さを考えれば当然のことと、菜柚は
思った、
 しかし。
「やはり白い巫女タイプの魔女の正体は江梨香様でしたか、はずれでもあなたの次に回収するつもりでしたので、手間が省けて助かりました。」
 しばらく考え事に耽っていた菜柚の目の前に、いつの間にかあの仮面の怪人が現れていた。
「お前っ!いったいどうやって…ここに入ってこれたのよ!」
 反射的にベッドから立ち上がった菜柚は、まだ聞こえる部長の足音に向かって叫ぶことも忘れ、怪人に問い詰めた。
「私はずっとここにいましたよ、この仮面のおかげであの魔女共に悟られることなく。」
 言いながら怪人の手が仮面を外そうとした。
 その動作に、生理的におぞましい感覚に菜柚の身体が凍りついた。
 菜柚は顔をそむけようとしたが、掴んだ仮面の模様の目から見つめたまま、動けなかった。トラに睨まれたネズミみたいに震える菜柚の耳に、まだ校舎からでていない部長達の足音がかすかに響く。
「そして、貴方は…」
 言葉を続けながら、怪人は仮面を外した。
 表面が毒々しい緑色の言葉では言い表せない醜い顔が、仮面の魔力で縛られ立ち尽くした菜柚の前にさらされた。
「ひぃっ!……。」
 そのおぞましさと突然足もとが一瞬で強烈な固く冷たい感覚に冒され、血の通った暖かさが消え去った苦しさに悲鳴を上げようとしたが、一瞬で菜柚は意識が途絶えた。

「おい待てよ、江梨香!僕にもそれの中身をみせろよ!」
 廊下をカツカツといつになく焦った様子で早足で進む江梨香の肩を美咲が掴んだ。その手を振り払って、振り返りもせず江梨香は玄関に来るとさっさと外履きに変えると校庭へ走りだした。
 いくら幼いころから厳しく鍛えていたとしても、元陸上部のエースの運動能力にかなうはずもなく、追いついた美咲は江梨香の前に立ちふさがった。
「美咲さん、そこをどいて頂けませんか!私急いでいるんですの!」
 あくまで気品ある顔を崩さないままの鬼気迫る表情で、状況の深刻さの理解できない目の前の未熟者を江梨香は睨みつける。
「じゃあ、その手紙の中身を見せろよ、そしたらどこでも好きな所へ行けよ!」
 菜柚とはあまり交友はないが真由とは親友の中である美咲は、江梨香をただで通すわけにはいかなかった。
 まだ日が傾き始めたばかりの校庭で睨みあう二人の美しい少女達の姿に、運動部の連中の視線が集まり始めた。
 できるだけ無関係の人を巻き込むのを嫌う江梨香は、溜息をついて目くばせをして美咲の傍をすれ違うように校門に向かってゆっくり歩きだした。美咲もあわてて並んで歩きだす。
 江梨香の在籍する神社へ向かう通学路の途中、周りに人の気配がない林の傍の道で江梨香は隣の美咲に語りかけた。
「見せないとは言っていません、ですが我が神社で怪人の正体の分析を済ませておかないことには、うかつにこちらからは下手な行動するわけにはまいりません。」
「そんな悠長なことをしてたら、次の犠牲者が出るかもしれないだろう、だからその前に僕がとっとと仮面の野郎を滅ぼしてやる!」
 あまりに美咲の向こう見ずな発言に江梨香が呆然としていると、その手から美咲が素早く手紙を奪い取って中身を開いた。
「なんだ、そこの林の中じゃないか、ミステリーフラワーショップってのも案外間抜けなんだね、すぐそばに怪人の本拠地があるのに気がつかないなんて。」
 そう言って、美咲は林の中に駆け込んだ。
「美咲さん、待ちなさい、支部とはいえすぐ近くに本拠地を置くなんて明らかに罠よ、お待ちになって。」
 必死の江梨香の叫びもむなしく美咲が林の中に駆け込んだ。すると、林は鬱蒼とした森に姿を変えた。
「あの未熟者!!後できちんと躾をしてあげますわ、覚えておきなさい!」
 底冷えするような冷たい声で江梨香は呟くと、美咲の後を追いかけて鬱蒼とした森の中へはいって行った。

「…ここにいることになる。」
 下の方から聞こえてくる怪人の声に、鬱蒼とした森の中に立つ高い柱の上で一瞬で目を覚ました菜柚は下半身を冒すおぞましいほど強烈な固く冷たい感覚に、足元を見下ろした。
「あっ!……あぁぁ、……な…に……こ……れ……ぁぁ…いったい…なん、なの。」
 見慣れた自分の足が姿かたちそのままに美しい大理石に変わっていた。ほっそりとした足は起立したようにまっすぐ伸ばされ、プリーツのスカートも石になって凍りついたまま菜柚が必死に身体をよじっても全く動かない。
「あっ、あぁぁっ、なに……これぇー!いっいゃぁぁ…。」
 下半身から根を伸ばすように身体の芯から固く冷たい感触が広がってくるのを感じて、上着のブレザーが脱げかけシャツが乱れ美しい肌が露出するのもかまわず菜柚は必死に身体をよじった。
 だが、菜柚の苦痛をまるで怪人が楽しむように、乱れた上着やシャツの裾の隅から灰色の固い染みがジワリジワリと湧き出して、のぞく肌から生気がうしなわれ徐々に下から瑞々しさが失われ変わりに冷たい艶に染まっててゆく。
「…あっ……ああっ!!…まっ真由ぅー、なっ……なんで…こん…な…いやあ!!」
 徐々に下から石に変わる変化から逃れようと必死に身体をよじっていた菜柚の目に、同じように隣の高い柱の上に石に変えられて置かれた真由の石像が立っていた。
 その柱と柱の間には分厚い扉があった。自分たち双子が門柱を飾るひと組の彫刻に変えられようとしている。
 菜柚は、自分達の存在全てがおぞましい形で蹂躙されようとしていることに気づいた。
 だがすでに乱れたまま上着やシャツはもうほとんど石化して半ば肌をさらし、中からのぞく肌は胸のあたりまで大理石に変わっていて、菜柚の腰は真由に向けてよじったまま固まっている。振り乱された髪は先から一本一本が石に変わりはじめる。
 徐々に冷たく固まってゆく身体で菜柚は必死に驚いたまま石になって動かない真由の像に向って、助けを求めるように必死に手を伸ばした。
「そっ…そん……な……ぃや…よぉ!い…ん……だっ……ら!…え……真…ゆ………しょ!……だれかぁ……たす……てぇー!」
 身体のほとんどが石になったため途切れ途切れになった痛ましい悲鳴を上げながら、必死に双子の姉に向かって伸ばした菜柚の指先のすべてがいきなり美しい大理石に変わった。
 だが、首の下まで真由に向かって上半身を捩じらせたまま身体を石に変えられ冷たくおぞましい感覚に冒されたためか、菜柚は指先の変化を振り払おうとすることもせずに、指先から肩へと美しい大理石の彫刻に変わってゆく手を隣の石像に向かって伸ばす。
 そして、振り乱された髪は中空に凍りついたまま一本一本が姿そのままに繊細で複雑な彫刻になった。
「……あぁ……ああぁ…ま…、ゆ……あぁ……ま……ゆ……いま……。」
 首から下が全て石化して、半ば虚ろな色に瞳を染められた菜柚は自分がもう何を考え何を呟いているのかすら分からなくなっていた。ただ、とても冷たくおぞましい灰色の闇の世界に心が閉じ込められ、体が冷たく固まってゆく感覚だけは明確に理解できた。
 だが、それがどれほど異質なことか、魂すらも石化しつつある菜柚にはもう理解することは出来なかった。
 だが、真由さえそばにいれば。その思いだけは残っていたのかギギギと重々しい音を立てて半ば石になった首を灰色にかすむ視界で真由と分かる人影に向け、冷たい艶に包まれた顔を向けた。
そしてもう一度真由の名を叫ぼうとした瞬間、ピキッと異音が鳴り響き菜柚の身体の全てが美しい大理石に変えられた。
「ほぅー、これは全体としてなかなか素晴らしい出来になりました、私のシャツに皺を付けた貴方の罪を許して差し上げますよ、菜柚さん。」
ひと組の双子の石像を見上げながら、怪人が感嘆の息を洩らしながら呟いていると門の前の鬱蒼とした森の中から騒がしい音が響いてきた。

続く


戻る