作:狂男爵、偽
「部長、やっぱりあれってガセネタじゃないですかね。」
「失礼なこというものじゃありません、あの転校生は信じていたかもしれないでしょう?」
深夜というにはまだ早い暗い森の中で、場違いな若い少女達が何かを探してうろうろしていた。
「でも転校生のこ、結局来てないじゃないじゃないですか?」
広場の外灯をきらりと反射させて、眼鏡の娘が不満を隠さずに返した。
「いきなり初日に、こんな課外活動に参加させることなんて出来ないでしょう、
本人は出たがっていたんだよ、いい子だよね。」
辺りの木々の陰や草原の暗がりを注意深く見回していた長い黒髪の背が高い少女は
おっとりとした様子で答えた。
「そうですかぁ、なぁーんか怪しいじゃないですか、やたら初対面でなれなれしいし、
あの緑っぽい黒髪とかエロエロな感じできもち悪かったですよ。」
最初からやる気がなかった眼鏡の少女はお下げを揺らして、
もう切り上げようと部長に熱く訴えた。
「もう、何が気に入らな、えっ。」
なにかを探すのを中断して黒髪の少女が眼鏡の少女に向かい合っていると、
背後から何かが光って、眼鏡の少女の様子が急変した。
「いっ…い……キ…ガ…ッ……クル……シ……ッ……。」
驚いた表情で立ち尽くした眼鏡の少女の体から急速に生気がなくなってゆく。
「どうしたの!!大丈夫っ!!!きゃあぁぁぁ。」
黒髪の少女があわてて様子を見ようと眼鏡の少女の肩に触れると冷たい石に
触ったような感覚がして悲鳴をあげる。暗いせいか判然としないが、
冷たい石のようにかたまった眼鏡の少女の体が、ピキピキと音を立てて、
冷たい灰色に染まってゆくように見えた。
「………チョ………イ……ダ………ゲ………テェ………。」
苦しげな部員のかすかな呟きが途絶えた。気のせいか最後の方は逃げてと言っていたような。
「ああ…ああ…ああ…ああ…。」
黒髪の少女は恐怖に震えながらも、冷たく固まった眼鏡の少女の体を消していたライトで照らした。
「ひぃぃぃぃ……いやぁぁぁぁ……。」
そこには、照らされた光を反射して艶やかな上級娼婦のような艶のある大理石で眼鏡の少女の石像が
あった。なぜかプラスチックのままの眼鏡からのぞく目は怯えと恐怖に染まっていて、
着ていた制服は冷たい灰色に凍りついて、かすかにこちらに伸ばされた手や何かに耐えるように内股に
なった足は幼い印象があでやかな大理石の艶に犯されつくして、ミスマッチの印象になっていた。
「クスクス…クスクス…、なによあなただってエロエロじゃない、気持ちワルーイ。」
背後の闇から悪意のタップリ籠もった嘲笑が沸いた。
「あなたっ!!!いったい裕香にいったッ…ナニ……ヲ………。」
振り向いたとたん、光が目に入って黒髪の少女は冷たい感覚に冒されて動けなくなった。
なびいた黒髪や制服は凍りついたかのように、固まっている。
「クゥ………ゥ………ゥァ…………ァァ……………ァ………」
手足の指先から迫るつめたい感覚がゆっくりとなぶるように少女の体を犯してゆく。だが、危機感が
起きず、ただ暖かいものに意識が覆われて眠りにとらわれるかのような感覚。本能的に二度と目覚められないと
感じて少女は必死に抵抗しようとする。だが驚きに見開いた目から色彩が失われ、少女の世界が冷たい灰色に染まる。
手足を冒す冷たい感覚はすでに少女の体の半ばを飲み込んで少女を冷たい灰色の世界にとじこめようとする。
なのに、指一本動かせず少女はただ絶望する。
「ああ、なぁーんだ、あなたもミコじゃないんだ、オカルト部なんて名乗るから誤解しちゃった、
でも安心してあなたはかわいいからつれて帰ってあげる。」
つめたい灰色に犯されて凍りついた少女の世界でうっすらと見える目の前の人影は何か言って、少女に
緑色の唾液を一滴たらしながら口付けした。
「…………ァ…………ァァ……………ァ………。」
おぞましい感覚に飲まれて黒髪の少女の意識が完全に冷たい灰色の世界で凍りついた。
「クスクス…クスクス……クスクス…。」
闇の中、二体の石になった少女の前で哂う人影。冷たい灰色の髪と制服をなびかせた少女の
石像は虚ろな冷たい灰色に染まってなお、怯えと恐怖が見て取れた。
「クスクスクスクスクスクス。」
人影のようなものは、笑いながら長い髪の少女の石像の冷たい頬へそっと手を伸ばした。
一章、
その日は休日だったが、昼間の公園はスーツ姿の刑事や制服姿の警官がうろついて異様な雰囲気となった。
「葉子さん、ナツ様こちらです。」
そんな中グレーのスーツ姿の刑事が、一人の美女と獣耳の幼い少女を先導して青いビニールで覆った森の中へ案内した。
「酷いわね。」
美女が中の石像を一瞥して一言つぶやく。苦しみと恐怖に染まった、まるで生きているかのような少女の石像。
だが、それが生きた人間であることは、この場にいる大半の人間が承知していた。
「葉子、治していい?」
美女の傍らの幼女が思いつめた表情で問いかける。
「はい、ナツ様よろしくお願いします。」
ちらりと傍らの刑事に目配せして確認をとって、美女が返事をすると少女は獣耳をピンと立てながら、
石化した少女の元にトテトテと駆け足で近づくと、石像に厄払いの塩をかけ始めた。
「塩は溶かすもの、だから石化も解ける。」
つたない口調で少女がつぶやくと少女の石像が淡い光を放ちだした。
「がはぁ……ごほっ…ごほっ…。」
徐々に石像は元の色彩を取り戻して、少女は不自由なからだで苦しげに咳きをした。
「大丈夫?ほら落ち着いて、ゆっくりと深呼吸をして。」
傍らの美女の葉子が冷たい灰色が抜けて生気を取り戻しだして、倒れそうな少女をやさしく抱きかかえて囁く。
傍らの刑事はなにかをそとの警官に指示した。
「で、あなたを襲った化け物どんなやつだったの?」
葉子は介抱しながら優しく問いかけた。
「それより、部長いませんでしたか?こう黒髪の長い綺麗なひとなんです。」
「いない、あなたひとりだけだった。」
獣耳の少女が答える傍ら、葉子は刑事に目で問いかけるが刑事は首をふる。
「あいつがつれってったんだ、やっぱり全部わなだったのかー。」
「あいつってどんなひと?」
「なんかへんにエロエロなかんじの緑がかった長い髪の女なんです、うちに転校生で来てて。あとなんでか目がピカァーって光って、そしたら
胸が苦しくなった動けなくなって……それから私苦しくて動けなくて…息が出来なくなって…本当に死ぬかと思いました。」
葉子は、特徴を聞いて顔が青ざめていくのが自分でもわかった。
「そいつなにか言ってなかった?たとえばどこへ行こうかとか?」
「それより部長は大丈夫なんですか?あいつの変な力でなにかされていたりしてませんよね?」
焦りと困惑で動揺するう裕香に獣耳の少女がはっきりといった。
「大丈夫、わたしたちがなんとかする、だからあなたも思い出して。」
年端も行かない小さな娘だが奇妙な威厳におされて裕香はかすかな記憶をたどった。
「そういえば、ミコがどうとか私たちはオカルト部の癖にとかつぶやいていた気がします。」
つぶやく裕香の顔色が優れない。青いシートのそばに立ち様子を伺っていた刑事が葉子に耳打ちした。葉子はうなづいた。
「じゃあなたはもう休んでいて、ご苦労様。」
外に待機していた担架に裕香が乗せられてゆく。獣耳の娘がその手を握ってそっと囁いた。
「あとは私たちにまかせて、あなたはゆっくり休んで。」
裕香はいろいろ言いたいことがあったが、安堵とやさしい感覚に包まれて眠りに落ちていく。
最後に部長をお願いしますとつぶやいた。
「まかせてっか、でもナツ様戦えましたっけ?」
担架を見送っていた葉子が意地悪な笑みを浮かべて聞くと、ナツは葉子を見上げながら無邪気な笑みで返した。
「木島が近くに来てる、だからわたしは戦わなくても大丈夫。」