作:七月
「今日から働く事になりました、入江遊佐です。よろしくお願いします。」
そこには1人のメイドがいた。茶色く長い髪は後ろで一括りにまとめられている。
黒と白を基準とした典型的なメイド服に、頭にはしっかりとフリルのついたメイドキャップを装着していた。
年は15、6ほどだろうか。背丈は少し高めではあるが、まだまだ幼さは残った顔立ちだった。
「ええ、お願いね。」
と、そんな彼女の目の前のメイド長が言う。
齢は40台くらいだろうか、物腰の落ち着いた優しそうな女性だった。
「我らが仕える春日崎家は日本で有数の富豪よ。この屋敷も人手が常に足らなくてね、助かるわ。」
廊下を歩きながらメイド長は言った。
「さて、入江さん。ここがお嬢様のお部屋です。しっかりとお仕えしてくださいね。」
「はい。」
「それじゃあ頑張ってね。」
そう言ってメイド長はその場を後にする。その顔が少し冷ややかに笑っていた気がした。
「失礼します、優奈お嬢様。今日からお仕えさせていただきます、入江と申します。よろしくお願いいたします。」
入江は部屋のドアを開けると深々とお辞儀をした。
「顔を上げなさい。」
部屋の奥から声がする。
入江はその声に顔を上げた。
そこにいたのは入江と同じくらいの年齢の少女だ。
雪のような白い肌に桃色の唇が映えている。輝くような金色の髪は白いレースのリボンで左右でまとめられていた。春日崎家の令嬢、春日崎優奈だ。
少し小柄な体型に身に付けた宝石や金細工の施された白いドレスを翻し。優奈は入江の前へ歩み寄った。
「ふふ、綺麗な給仕さんね。」
「あ・・・ありがとうございます。」
入江は頬を赤く染めながら言った。
同時に入江は部屋を見渡した。するとそこには何体もの石像が並んでいた。
(優奈お嬢様の趣味が石像集めだとは聞いていましたが・・・)
石像は全て女の子の形をしていた。その全てが一糸纏わぬ姿で、その石像はどれも驚愕や恐怖の感情をその顔に浮かべていた。
「さて、早速お仕事を頼みましょうか。まずは服を脱ぎなさい。」
「はい、分かりました。」
入江は素直に従い、その衣服を脱ぎ去った。
入江の綺麗な肌が露わになる。今、入江が身に付けているのは黒いメイド特有の下着だけだった。
「あら、やっぱり綺麗だわ。さあ、その下着も脱ぎ去りなさい。」
「はい。」
入江は下着をスッと脱ぎ去った。
今度こそ入江は一糸纏わぬ姿だ。
「うんうん、いいわね。さて、それじゃあ・・・・」
「私を・・・・石にするのですか?」
「!?」
優奈の顔に困惑が浮かんだ。
「お嬢様、あなたは石化能力者ですね。ここに並ぶ石像も元は私みたいなメイドとしてこちらに仕えることになった女性たちでしょう。」
「・・・・」
優奈は静かに入江の話に耳を傾ける。
「使用人が常に足りないのも当たり前ですよね。採用した女性はあなたが根こそぎ石にしてしまっているのですから。」
「・・・へえ、良く分かっているじゃない。だったらどうするの?おとなしく私がここから帰すなんて思ってないわよね?」
「ええ、もちろんです。」
入江は静かに言った・
「じゃあとっとと石になりなさい。」
優奈の右目が怪しく光る。その光が入江へと浴びせられた時
「そのつもりだよ。ゆうちゃん。」
「え!?」
優奈は驚きのあまり光を止めてしまった。優奈のことをそう呼ぶ人物なんて世界中でただ1人しかいない。
「遊佐・・・ちゃん・・?」
しかし、十分な量の光を浴びた入江の体は足元からパキパキと音を立てて石へと変わっていく。
「久しぶりだね、ゆうちゃん。約束どうり・・・」
入江は告げた。
「あなたの、モノのなりに来たよ。」
それは何時だっただろうか、遠い昔のことだ。
出会いは簡単、苛められていた入江を優奈が助けただけだ。
それ以来二人は親友だった。とは言え、それは入江が引っ越してしまうまでのわずかな間であったが。
「いい、あなたは私のモノなのよ。」
これは、そのときの優奈の口癖だ。
「だから、あなたはずっと私のそばにいるの!」
「うん!」
と、その言葉に入江も笑顔で返していた。
それは、たった一つの永遠の約束だった。
だが、結局その誓いは親の都合という、子供にとっては抗えない力でたやすく壊されてしまう事となる。
「ずっと一緒って言ったのに・・・・」
優奈は泣いた。どうしようもないことだとは言え理不尽だと思えて仕方なかった。
何より大事だった親友がいなくなった優奈の心は闇に犯されていく。
「そうだ、この力を使えば・・・」
それは代々魔術師としての力を受け継ぐ春日崎家の娘としての力。
「石にしちゃえば、ずっと一緒にいられるよね?」
「これで、今度はずっと一緒だよ・・・」
「遊佐ちゃん!」
優奈は石へと変化していく入江の体にすがった。
「どうしよう!どうしよう!」
石化の止め方なんか知らない。私が出来るのは、ただ人を石にするだけだ。
「せっかくまた会えたのに・・・話したい事たくさんあるのに!」
優奈の目から涙が溢れ出す。
「ねえ、ゆうちゃん、最後に・・・」
入江が言う。
「ギュってしてくれるとうれしいな。」
瞬間、優奈は入江を抱きしめた。そして
「んっ」
「あっ」
その唇を自らのそれでふさいだ。
ぱきぱきぱき
石化の進行は止まらない。
(ああ・・・)
入江は感じる。
(やっぱり・・ゆうちゃんはあったかいな。)
パキン
と音を立てて、入江は完全な石像になってしまった。
優奈は固くなった入江の唇から自分の唇を離した。
目を開けると、目の前には石になった親友の姿があった。
優しげに目を開き、立ち尽くす石像。
私は、たった一人の親友を自らの手で石に変えてしまったのだ。
「遊佐ちゃん・・・・」
優奈は自らの衣服を全て脱ぎ去った。
「私も、今行くから。」
そうして優奈は固く、冷たくなってしまった遊佐の石の体を抱きしめる。
そして、最後の力を使うのだ。
「ずっと・・・一緒だよ。」
優奈の目から一粒の涙が零れ落ちる。
そして、優奈の身体が眩い光に包まれた。
「さて、そろそろ終わっているでしょうか。」
メイド長はそんなことを言いながら優奈の部屋へと向う。
きっとそこには新たな石像が一つ出来上がっている事だろう。
「お嬢様、失礼いたしま・・・」
だが、扉をあけてメイド長がみたものは、
「お嬢様・・・」
入江の石像、そして、入江に寄りすがりながら石になっている優奈の姿だった。
一糸纏わぬ姿で抱き合う二人の石像。それはひとつのオブジェと化していた。
メイド長はそんな優奈と入江の石像を見ると、部屋へと入り静かにドアを閉めた。
「もう、お嬢様は大丈夫ですね。」
メイド長は携帯を取り出すとどこかへ連絡を取った。
「ええ・・至急石化解除能力を持つ魔術師へ連絡を取りなさい。それと、もう使用人の募集はいらないわ。」
そう言ってメイド長は電話を切った。
どうやらお嬢様はずっと探していたものを見つけたらしい。
ならばもう、この屋敷に石像が立ち並ぶことはないだろう。
「さて、これから少し忙しくなりそうですね。」
石化されてしまった女性たちの後始末。石化を解き、記憶を消して、それとなくもとの生活へ戻させないといけない。
それをアレだけの人数行うのは骨が折れそうだ。
「そこはメイド長の腕の見せ所ですね。」
だから、全てが終わるまでは優奈と入江は石像のまま眠っていてもらおう。
石像となり、繋がりあった二人の少女は幸せな夢を見る。
そして、その夢は二人が元に戻った後も続くだろう。
「しばしお休みなさいませ、お嬢様。」
そう言ってメイド長は部屋を後にした。
「待ってください、お嬢様ーっ」
「嫌よ!早く来なさい。」
空は快晴。暖かい春の日。小高い緑の生い茂った丘に2つの影があった。
ドレス姿の優奈と・・そしてメイド姿の入江だ。
「ほら、見て見なさい。」
「はあ・・はあ・・・お嬢様、早すぎ・・・うわあ・・」
入江は感嘆した。
丘から見渡せたのは一面の花畑。赤、白、黄色。鮮やかな色たちが織り成す海原だ。
「さあ、あそこまで行くわよ。」
「ちょ・・・ちょっと休憩を・・お嬢様。」
「お嬢様じゃないでしょ!『ゆう』でしょ!」
「いや、でも私たちは一応主従関係なわけで・・」
「『ゆ・う』って呼びなさい。」
「・・・はい、ゆうちゃん。」
「そうそれでいいの。さ、行くわよ!」
「わあ、だからちょっと休憩を・・・ゆうちゃんってば!」
入江の手を掴んで満面の笑みで走りだす優奈。
それを少し困った顔で、でもうれしそうな表情で引っ張られていく入江。
あの日見た夢の続き。これから始まる物語。
今度こそ、終わらせたりはしない。
「いい、あなたは私のモノなのよ。」
優奈は有りっ丈の思いを込めて言う。
「だから、あなたはずっと私のそばにいるの!」
入江も有りっ丈の思いで返す。
「うん!ずっと・・ずっと・・・」
それはたったひとつの
永遠の約束
――――― 一緒だよ。―――――