カタメルロワイヤル第11話「咲夜の世界」

作:七月


圧倒的だった。
一瞬の隙を突いた完全なる不意打ち、死角からの多人数攻撃、それにもかかわらずハルヒは驚異的な身のこなしで自身に向かって放たれた攻撃、さらには私と魅音の放った銃弾や沙都子の放った数々のトラップをよけると、フィーナ、早苗、レイミに足蹴りや手刀を食らわせ叩き落した。
3人がハルヒと相対している間にハルヒに肉薄した、咲夜の放ったナイフによる一撃も軽くかわされ、咲夜はその喉元をハルヒに鷲掴みにされた。
「あら?こんなものだったの?」
にやりと笑みを浮かべてハルヒが言った。
「ぐ・・が・・。」
咲夜が左腕で喉元を押さえながら苦しそうに呻く。
咲夜の右手にはナイフが依然握られてはいたが、手首を掴まれているためそれによる反撃は困難だと思われた。
しかし咲夜は苦悶の表情を浮かべながらもハルヒに向かって言う。
「いえ・・まだ・・ですよ・・・」
「ん?」
ハルヒが首をかしげた。
「あなたには・・奇襲も・・多人数での襲撃も・・・両方同時ですら・・意味は無い・・。」
「そうね、実際このざまね。」
ハルヒはあたりに倒れているフィーナたちに目をやりながら言う。
遠くの方から異変を察したみゆきにリディア、ヤミが近づいてくるのが見えた。
あの3人は彼女達に任せればいいだろう。
「でも・・団長・・・」
再び咲夜に目をやったハルヒに、咲夜は声を振り絞って話し続ける。
「もう一つ・・追加があるんですよ。」
「あら、それは何かしら?」
ハルヒが問い返すと、咲夜の顔に微かな笑みが浮かんだ。
まともに身動きできないはずの咲夜。だが、その顔に浮かぶ笑みを見たときハルヒな何か薄ら寒いものを覚えた。
そして咲夜は言う。
「超能力です。」
「え?」
ドスッ
とハルヒの胸の辺りで何かが突き刺さるような音がした。
ハルヒが自分の胸を見るとそこには一本のナイフが深々と刺さっている。
「え・・・。」
ハルヒの握力が緩み、咲夜は地面に倒れこんだ。
「げほっ・・・がはっ・・」
胸を押さえて苦しむ咲夜の姿をハルヒは見た。
その手にナイフは握られてはいない。
「なによ・・これ・・・」
パキ・・パキ・・とハルヒは胸の辺りから凍結してゆく。
ハルヒの体を氷の膜が包み込んで行った。
「まさか・・・」
突然咲夜の手の中のナイフが消え、気がつけば自分の胸に刺さっていた。
ハルヒは今時分に起きた現象について考えた。
いつも以上に早くめぐる思考のおかげか、ハルヒは一つの可能性にたどり着く。
「ふざけんじゃないわよ!私はまだまだ遊び足りないのよ!」
「いえ、もう十分お遊びになりました・・・」
ぜぃ・・・ぜぃ・・・依然息を切らしながら咲夜は言った。
「主の情操教育は従者の務めです。お遊びになった後はお昼寝の時間なのですよ。」
「このっ・・」
ハルヒの四肢が氷に包まれた。肩から指先、太腿からつま先までも青白く染まり、その動きを止めて行った。
最早体の自由すら奪われたハルヒに先ほどまでの余裕の表情は見られない。
焦り、恨み、悔しさ。
咲夜に向けられる有りっ丈の負の感情だ。
「どうぞ、快適なお休みを・・・」
「咲・・夜・・・あんたの・・能力は・・・」
やがて凍結は顔にまで及ぶ。
何かを言いかけたハルヒの口は固まり、最早声を発する事はできなくなった。
やがて、その耳も、鼻も、髪の毛の一本に至るまでも氷に包まれる。
最後に咲夜を睨み付けていた目も氷に包まれ、白くにごって言った。
ピシィッ
ハルヒは、完全に凍結してしまった。



静寂を風が吹きぬけて行く。
ティアナたちも、そしてSOS団の団員達も誰一人身動きすらとれずに茫然自失とている。
その視線の先は一人の少女の氷像へと集まっていた。
涼宮ハルヒの氷像
かつてその桁外れの能力で何人もの参加者を圧倒した少女が、今はただの氷の塊として氷原に立ち尽くしている。
つい先ほどまで暴虐の限りを尽くしていた少女。ほとんど棒立ちで氷像として佇むさまは、普通の女子高生のように弱弱しく見えた。
一体今何が起こったのか。
その事を今の一瞬で理解できたものは、咲夜のみだった。
やがて沈黙した空気を打ち破るように咲夜が立ち上がった。
ハルヒの氷像を見つめる咲夜はいつものすまし顔だ。
「これで・・・お終いですね・・。」
咲夜は氷像と化したハルヒに語りかける。
「あなたのようなものに仕えるなんて反吐が出る思いでしたわ。
私の本当の主は未来永劫レミリアお嬢様ただ一人なのですよ。」
でも・・・と咲夜は続ける。
「あなたの人を寄せ集める力には愛敬の意を敬しますわ。」
そう言って咲夜はスカートの端をつかみ少し引き上げながら、ハルヒに向かって深々と礼をした。
「お別れです。マイロード。」
別れの挨拶に、ハルヒは答える事はなかった。



「どうやらうまく言ったみたいだねえ。」
私同様しばらく放心していた魅音が言葉を発した。
「一体何がおきたって言うの?」
私が問いかけると
「さあねえ・・・おじさんにも分からないよ。」
と魅音も把握してはいないようだった。
「咲夜が何をしようとしていたのか、ってのは聞いてないんでね。
でもまあ・・・」
瞬間私はその場から飛び退いた。
ガァン
戸けたたましい銃声が轟き、私がついさっきまで立っていた場所を銃弾が通過していく。
見れば魅音の左手には拳銃が握られており、その銃口からは硝煙立ち上っている。
魅音の視線はさっきと変わらないままに、その銃口はしっかりとティアナが立っていた場所を狙っていた。
「ありゃ?よけられちゃったか。」
魅音が頭をかきながら苦笑いしていた。
警戒はしていたので助かったが、本当に会話の流れのなかでの奇襲だった。
殺気を発さず。不穏な動きも一切無く。
不自然なまでに自然な攻撃。
そんなものを今魅音は繰り出してきたのだ。
「何?やっぱり騙してたわけ?」
飛び退き様に銃を構えた私は、その銃口を魅音へ向けて言った。
「いやいや、ハルヒを倒すとこまでは一切手出しはしなかったでしょ?もうハルヒはいないんだからその約束は終わりだよ。ほら、あっちの方も動き出したよ。」
という魅音の目線の先にいるのは咲夜を取り囲むSOS団の団員。
みゆき、リディア、金色の闇だった。
そして、その近くにはレイミ、フィーナもいる。
しかし早苗や、魅音の仲間だと言っていた沙都子の姿はそこには無い。
「あっちは咲夜が相手するとして、こっちも始めるとしようかね。」
魅音は空いていた右手に拳銃を握った。
両手に装備された二丁の拳銃。彼女も私同様のトゥーハンドだったようだ。
「楽しくやろうよ。当たったら負けの射撃ゲームだ。」
「私は遊びでこういうのやってるわけじゃないんだけどね・・・」
カチャリと私と魅音は互いに銃を構えた。



「どういうこと、咲夜!」
「説明しなさい・・・」
「私のほうもそうしていただけると・・」
咲夜を取り囲んでいたリディア、金色の闇、そしてみゆきが言った。
フィーナとレイミはそんな3人から一歩引いた位置にいる。
計5人に囲まれている咲夜。それでも咲夜は表情一つ変えることなく言った。
「終わったのですよ。SOS団は。そして、あなたたちの役目も。」
そう言いながら咲夜はナイフを構える。瞬間・・・
ザスッ
「え・・・?」
声を挙げたのはみゆきだ。
見れば咲夜の手からはナイフが消え、その消えたナイフはみゆきの胸に深々と突き刺さっている。
パキパキとみゆきの体が凍り付いていく。
「え・・え・・・。」
氷の侵食はすぐにみゆきの全身に及び
パキィ
と音を立てて、みゆきは完全に凍結してしまった。
「え・・!?」
「・・・!?」
リディアと闇が驚きの表情を浮かべる。
口元に寄せられた右手に、大きく開かれた目と口。
何が起きたのか分からない。と言った表情のまま固まってしまったみゆき。
その桃色の柔らかそうだった髪も、白い肌も青白く染められ、固く冷たい氷へと変質してしまっていた。
「何・・・今の・・。」
レイミも同様だった。
「・・・・」
ただ、フィーナだけが冷静な顔をして咲夜を見つめていた。
「さて、次は誰ですか。」
何時の間にかみゆきに刺さっていたナイフは再び咲夜の手元に戻っていた。
咲夜が再びナイフを構える。
「・・・っ!」
それと同時にヤミが咲夜へ飛び掛った。
両手に構えた拳銃を咲夜に向かって発砲する。
だが、
「!?」
フッ、と咲夜の姿が消えた。
同時にヤミのすぐ目の前に咲夜が現れる。
完全に懐に入られた状態だ。そして
ドッ
「ああっ・・」
ヤミの胸にナイフが突き刺さる。
そこからヤミの体が氷に覆われていった。
「そ・・・んな・・」
ヤミの体が青白く染められていく。
氷は瞬時にヤミの全身を包みこみ、やがてヤミの全てが凍結する。
パキィッ
ガシャン
と音を立てて、完全に凍りついたヤミの氷像が氷の地面に激突した。
氷の塊となったヤミは、そのまま氷の上をすべって行き、程なくして静止した。
まっすぐ前に伸ばされた両手に、くの字に曲がった腰。
みゆき同様、驚きに満ち溢れた表情・・・
地面に転がるヤミは、空中での不恰好なままの姿勢で凍結してしまっていた。
「あ・・ああ・・。」
立て続けに二人の仲間が凍結され、リディアは恐怖に襲われた。
やがて、咲夜の視線はリディアを捕らえた。
「次は・・あなたかしら。」
「いや・・・・。」
恐怖でその目に涙が浮かぶ。
だが、咲夜のナイフは真っ直ぐにリディアへと向けられた。
「いやあああっ!」
リディアは叫んだ。
オオオオオオオッ!
そんなリディアの叫びに同調して、スノーゴンが雄叫びを上げた。
びりびりと空気が振るえ、それは衝撃波となって咲夜やフィーナたちを襲う。
「くっ・・」
「きゃっ・・」
「これ・・は・・」
咲夜、フィーナ、そしてレイミは衝撃波に備え身を固めた。
振動の波が3人を駆け抜ける。
まるで台風の直撃を受けたかのような圧力。余りの力に大地に亀裂が走り、氷の壁もバキバキと音を立てて崩れ始めた。
氷像になっていたハルヒにみゆき、そしてヤミの服も振動でバラバラに崩れ、その裸体を露わにすることとなってしまった。
おおん、おおん。
駆け抜けた咆哮はやがて山彦のように木霊して消えていく。
ようやく咲夜たちが雄叫びから開放されると
「くらえっ!」
「くっ!」
スノーゴンの巨大な腕が咲夜に向かって振るわれた。
それをかろうじて横に飛びのく咲夜。
リディアとスノーゴンはそんな咲夜に目も暮れずに、フィーナとレイミに向かって突進した。
「みんな退けえーっ!」
横薙ぎに振るわれるスノーゴンの腕。
フィーナはうまく身を翻し回避に成功したが
「きゃあっ!」
レイミは回避が間に合わず、振るわれた腕の衝撃をうけ、宙に飛ばされた。
「このっ!」
だがうまく防御は出来ていたらしい。空中で体勢を立て直すとレイミはすぐさま弓を構えた。
「もうやめてよっ!」
恐怖で頭に血が上り、自暴自棄になってしまったリディアは全てを敵とみなしている。
そのまま空中に舞うレイミへと襲い掛かっていった。
「レイミさん!」
フィーナが叫ぶ。
「私は大丈夫です。それよりも・・くっ。」
スノーゴンの攻撃を再びうまくかわしながらレイミが言う。
あちらはもうレイミに任せるしかないようだった。
「皆いなくなってしまいましたね。」
「ええ・・・」
フィーナは目の前の人物へ向き直った。
十六夜咲夜。
先ほどから妙な力を使い、みゆき、ヤミ・・・さらにはハルヒまでも固めてしまった少女。
この娘相手は自分のようだった。
(それが一番妥当ね・・・)
フィーナは考える。
咲夜の不思議な力。フィーナにはその正体が少しだが掴めていた。
(それに・・)
フィーナにはキュアリングがある。これがあれば多少の攻撃は凌ぎきれる。
カッ・・・カッ・・・
咲夜が近づいてくる。
対するフィーナはその場で咲夜を見据えた。
「あなたたちには手伝っていただいた恩があるので、少し心苦しいですわ。」
「あら、少しでも思っていただけているのね。」
「ええ、梅干の種をそのままゴミ箱に捨てるくらいには。」
「それは心苦しいわ。もったいない、アレをお酒に落としておくといい感じの出汁が出るのよ?」
「ふふ、物知りですね。」
咲夜はニコリと笑いながらナイフの先端をフィーナへと向けた。
「お褒め頂きどうもありがとう、私は庶民派なもので。」
フィーナも何時でも切りかかれるよう、剣を構えた。
やがて二人の間に沈黙が訪れた。
二人の間に風が吹きぬける。
風は氷壁を撫で、スノーゴンの咆哮によってヒビの入った崖から氷が一欠片崩れ落ちた。
それはゆっくりと落下を続ける。

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

パキン
力の限り大地を蹴って咲夜が飛んだ。風を斬ってフィーナが駆けた。
「終わりよ、お姫様!」
「いいえ・・・負けません!」
二人の影が交錯する。

ザフッ―――――

刃が肉を絶つ音が聞こえた。



今回の被害者
高良みゆき:凍結
金色の闇:凍結


残り47人

つづく


戻る