作:七月
俺の名前は高坂京介という。
どこにでもいるような極々普通の高校生だ。所属している部活はないし、特にコレといって趣味も無い。
まあ今は俺のことはどうでもいい。それより問題なのは俺の妹、高坂桐乃のことだ。
桐乃はとにかく美人で、スポーツ万能、勉強も出来るし、読者モデルだってやっている。
まるでどこか漫画やゲームに出てくるような無駄にスペックの高い14歳の女子中学生だ。
そんな極々平凡な俺とは似ても似つかない妹と俺はずっと長い間仲が悪かった……というかそれ以前にお互いの事を無視しあっていたような冷め切った仲だったのだ。
それがどうして……
「おい、桐乃。何なんだよそれは……?」
「何って? ゲームじゃない。見て分からないの?」
夜の10時。今俺がいるのは桐乃の部屋だ。
そして、今何故か俺はパソコンに向かって椅子に座っている桐乃の横に立ち、一緒にパソコンの画面を覗くという奇妙な行動を取っている。
「いや、ゲームなのは見れば分かるんだよ。このやたら萌え萌えな キャラが石になってるタイトル画面は一体何なんだよ……」
「何って……石ゲーよ」
なんだよ石ゲーって。
「もちろん美少女を石像に変えて楽しむゲームのことよ。SO3とかVPシリーズなんかは有名よ。ちなみにコレは石ゲーの傑作と飛ばれている『妹を石にしよっ!』の続編なのよ! 可愛い妹達をじわじわと石に変えていくのがもう……うはあ、やば、はなぢでてきた……」
「石に変えるって……」
要するにRPGによくあるバッドステータスの石化のことだろ?
「何でそんなのに萌えるんだよ」
「はあ?」
あんたばかじゃないの? と言ったような絶対零度の視線で桐乃に睨まれた。
「カラフルな衣装があっという間に灰色一色に染まるや否や、さっきまで元気に動き回っていた女の子がまるで時を止められたかのようにピクリとも動かなくなって、冷たく硬いただの石ころに変わっていくのを見つめる事によってこの胸の奥深くから沸きあがってくる何とも言えない気持ちをあんたは理解できないわけ!?」
「出来るわけねえだ……」
ろ! と言い切る前に取り合えず想像してみた。
黒髪ロングの美少女が一瞬で石に変えられるシチュエーション。
涙目になって助けを求めていた女の子がメデューサの目で見つめられた途端に、恐怖の表情のまま物言わぬ石像に……
…………
…………
…………アリか?
「イヤ、ねえよ!!」
危ない危ない。
危うく道を踏み外すところだった。
「でね、『妹を石にしよっ!』だと石化した妹をその後服を壊して裸にしたり、露わになった肌を思う存分触ったり、そのまま石像と一緒にベットに入って云々……」
俺の葛藤も無視して桐乃はうっとりとした表情で石ゲーについて語りまくる。
まあコイツが以下に石ゲーが好きかは分かったよ、うん。
「という訳でやるわよ!」
「……は?」
今何か言ったかコイツ。
「今からコレをやるの! もちろんあんたも一緒にね。石ゲーのよさを理解するまで帰さないからね」
「…………はあ……」
マジかよ……
そんなわけで今俺は桐乃と一緒に石ゲーをやっている。
そしてついに妹を石化させる場面が来た。
『お兄ちゃん、りんこを石にするの……?』
ベットの上にちょこんと座ったヒロインのりんこがこんなセリフを言いながら、涙目でこちらを覗きこんでいる。
そしてここで選択肢だ。
1.石化させる
2.可愛そうなのでやめる
妹大好き桐乃のことだからどうせ止めるに決まって
「もちろん1!」
「マジかよ!?」
妹をいじめる事を断固として許さない桐乃が1を選ぶなんて……ドンだけ好きなんだよ!? 石化シチュ!?
「と、早速1を選びたいけれど……」
「ん? どうした?」
急に桐乃がマウスから手を離した。
「りんこを石にする前に私もシャワー浴びてこないと♪」
「ドンだけ準備万端で望む気だよ!?」
何この濡れ場の前に自分までシャワーを浴びて身を清める妹!?
「じゃああたしはシャワー浴びてくるから、動かさないでしょね」
「おいコラ待て桐乃!」
バタン。
こうして俺は一人桐乃の部屋に残された。
「動かさないでって、なあ……」
仕方ないので俺は椅子に座ってパソコンの画面をじっと見つめていた。
相変わらず画面の中ではりんこが涙目になっており、「石化する」の選択肢にマウスカーソルが重ねられている。
「石化シチュねえ……」
きっとこの1番を選んだ瞬間、画面の中のりんこは主人公が手に入れていた石化邪眼(なんとも黒猫が喜びそうな能力だ)によって石に変えられてしまうのだろう。
「それにしても」
俺は画面の中のりんこを見て思う。
「コイツやたら桐乃に似ているなあ」
茶色いロングの髪に強気そうな目もそっくりだ(性格は桐乃と違ってとてもかわいらしいが。兄貴をきちんと慕ってくれているしな!)
「それに何故か主人公が俺に似ている気がする……」
設定画にちらりと描かれていた主人公の絵が俺そっくりに見えたのだ。
つまり今このシチュは俺が桐乃を石像に変えようとしているシチュにそっくりに見えるのだ。
「はあ、くだらね……」
そんなことを思いながら、俺は画面をじっと見続ける。
「戻ったわよ」
しばらくしてきりのが帰って来た。
「ああ、おかえり……って!?」
だが、そこにいたのは全裸にタオルを巻いただけの姿の妹だった。
風呂から出たばかりなので全身から湯気が立ち上り、まだ乾ききっていない髪は艶やかに光って、いつもと違った色気を出している。
「お……お前なんて格好してるんだよ!?」
「は? 何言ってるの?」
桐乃は慌てふためく俺に目も暮れずにベッドに向かって歩いていく。そしてベッドにポスン、腰を下ろすと。
「ほら、あんた。私をその……石にするんでしょ?」
頬を染めながらいきなりそんなことを言ってきた。
「はあ? 何言って……」
馬鹿なことを言う桐乃に文句を言ってやろうとしたが
「あれ? そういえば……」
何かを思い出した。
そうだ、確か俺はある日突然悪魔のルシファーから見たものを石化させてしまう石化邪眼を貰ったんだった。
そんでもってディアブロ能力者『漆黒』となって世界中の美少女を石像にして愛でるのが俺の使命だ。
「ああ、そうだ。今から俺はお前を石に変える」
使命は速やかに遂行しないとな。
俺はベッドの上に座り覚悟を決めたような表情の桐乃に俺の右目を向け
「さあ桐乃、物言わぬオブジェになれ!」
発動した。
瞬間、桐乃の体がビクン、と震えた。そして変化は始まった。
「ん……ああっ!」
桐乃の足元が石へと変化していた。そして、石化は徐々に上へと進行する。
「何……この感覚……」
やがて太腿に至り、腰にまで進む。
桐乃は顔を上気させ、目には涙も浮かんでいた。
「ああっ……だめっ……そんな……」
胴、胸……石化が進むにつれて桐乃の息が荒くなる。
まるで快楽に耐えるかのような表情。そんなものを浮かべながら桐乃の体は冷たく硬く変化していく。
「あんた……さあ……」
やがて両手も石化してしまい、残すところは首から上だけになってしまった。
「あたしが石像になったら……優しく扱ってくれる……?」
「ああ、いいぞ」
俺はそんなこと言う桐乃にぶっきらぼうに言った。
「そう……よか……」
やがて石化は桐乃の顔も包み込み……
「た……」
スウッ、と最後に桐乃の目が焦点を失った。
ベッドの上に座り込んだ石像が一つ。
高坂桐乃の石像が完成したのだ。
俺はそんな石像に歩み寄ると、唯一その身に纏われていたバスタオルを取った。桐乃の石の肌が露わになり、全裸の石像となった。
「安心しろ、俺はシスコンだからな」
俺はそんな桐乃の石像を抱きしめ、その冷たく硬い無機的な感触を堪能した。
「大事に大事に愛でてやるよ」
なんたって俺の妹の石像だ。
世界で最高の石像に決まっている。
そうして桐乃の石像をゆっくりベッドに倒すと、その上にゆっくりと自分の体を……
「どこのエロゲーだあああああああっ!?」
「うひゃああっ!?」
はっ! と目が覚めた。
気がつくと俺は椅子から立ち上がっていた。
そして横には尻餅をついている桐乃。
「あれ、お前戻っていたのか?」
「い……今戻ったところよ。っていうかあんた寝てたでしょ!」
桐乃が怒ったような顔でいう。
どうやら俺は画面をじっと見ている間に寝ていたらしい。
つまりはバスタオルの桐乃も、謎の能力を手に入れた俺も、石化云々の下りも全部夢だったという事だ。(ってか黒猫も真っ青な超展開だったな……)
俺の妹の石像があんなに可愛いわけないのだ。
実際桐乃は普通のパジャマを着ているし、体から湯気も立ち上ってはいない。髪ももう完全に乾いているようだ。
「ん、ああ、悪い悪い」
取り合えず謝っておくと、桐乃は
「もういいからそこどいて、早速続きやるわよ」
そう言って俺をどかすとゲームに戻った。
「さーってそれじゃあ」
「ほら、どうせ1だろ。早く選べよ」
桐乃がマウスを操作し、1の選択肢を
「あ…………」
ザッ! とマウスを動かし2の選択肢を選んだ。結果
『お兄ちゃんの意気地なし!』
りんこが突然怒り出し、BADENDの文字が……
「ってお前何やってるの!?」
「あー……あはは、なんか急に恥ずかしくなっちゃって……」
何故か顔が真っ赤になっている桐乃は俺のほうを向くと
「ねえ、あんた……ある日突然ルシファーからなんか貰った?」
「はあ?」
「いや、ごめん、嘘、忘れて!」
やっぱり風呂場でうとうとすると変な幻覚を見るから危ないわよね! と桐乃は乾いた笑いをする。
いきなり厨ニ病みたいな発言するなんて、黒猫にでも影響されたのかね?
とそんなことを考えながらふと時計を見ると
「ん?」
午前1時。
桐乃が風呂に行ってから2時間はたっている。
「なんだ、2時間も俺は寝ていたのか?」
と呟くと
「え? あたし30分くらいでシャワー浴びて風呂場から出たはずだけど?」
あれ? そういえばその後の記憶が……と桐乃が頭を抱え始めた。そんな時、俺と桐乃は同時にあるものを見つける。桐乃のベッドの下。そこには1枚のバスタオルが……
「…………」
「…………」
俺と桐乃は顔を見合わせる。
「はは……」
「あははははっ……」
まさか……ねえ?
俺たちは何とも言えない顔で笑いあうのだった。
まあ世の中には不思議な事もあるのかもしれない。
どう考えても非現実的で、日常を生きる俺たちにとってはあまりに無理があるような展開。
例えばとってつけたように謎の使命と石化能力に目覚めた俺が妹を石にしてそれをベッドで愛でて、そのことを夢だと思い込んでまた何事も無かったかのように日常に戻っていく。
そんな事だってあるのかもしれない。
もちろん理由なんて分からない。
神様のいたずらか、黒猫がよく描くような超展開が俺の世界にも起こったのか……
そんなことは分からない。
だけどそう言う非現実的なこともこの世界には起こりうるのかもしれない。
まあそう言う風に思うだけなら……勝手だろ?
おわり