夜明け前より瑠璃色な〜石化した月の王女〜 第4話

作:七月


ターミナルと呼ばれる場所があった。
次元の狭間に存在するその場所は、本来空間跳躍の中継点としての機関だったのだが、今は全く別の役割を果たしている。
そう、それは美術館だ。
美しい美術品をただ納めているだけ。ターミナルはそのような場所になっていた
そこに音は無い。不気味なほどの静寂がそこにはあった。
当たり前だ、今ターミナルにあるのはただの石像郡であって、動くものなど何一つ無いのだから。
飾られているのは十体の石像だ。
それぞれきちんと台座の上に置かれ、ご丁寧にプレートまで用意されていた。
一つ一つ見てみよう。 

まずは一体目フィーナ・ファム・アーシュライトの石像だ。
月の王女である彼女の石像はこの美術館の目玉だ。恐ろしいほどに整った顔立ちとスタイル。それを有りの侭に表したこの石像は美しいという他無い。その驚きに満ち溢れながら固まっている表情もそれはそれで味わい深いだろう。この石像は月の宝だといえよう。

二体目エステル・フリージアの石像だ。
月人居住区の教会の司祭である彼女の石像はフィーナに負けず劣らずの美しさだ。その姿は本来彼女達が崇めるべき女神像のようだ。教会に飾られていてもなんら違和感は無いだろう。

三体目シンシア・マルグリットの石像。
膝立ちで慌てた表情という、一転して少々間抜けな格好の石像では合ったが、彼女の愛らしさを一層引き立てているような格好でもあると思われた。

四体目穂積さやかの石像。
普段は柔らかな、優しい雰囲気を放つ彼女も、今はただ冷たく固い石像だ。
誰かを迎え入れるような格好で石になっている。玄関口にこの石像を置けば玄関が一期い華やかになりそうな……そんな石像だった。

五体目は朝霧麻衣の石像だ。
何かから逃げ出している最中だったのか、片足立ちで顔も後ろを振り返っている最中というなんともバランスの悪い格好で固まっている。だが、そのおかげで躍動感溢れる少女の石像ができていた。

六体目は遠山翠の石像だ。
彼女はその恥ずかしい部分を隠さんとすべく、胸と秘所に手をやった状態で石像となっていた。だが、残念ながら損な小さな手の平では隠し切れてはいない。近くで覗けばしっかりと彼女の恥ずかしい部分は目に入ってしまうだろう。

七体目はミア・クレメンティスの石像だ。
その手は何かを持っていたか、大事そうに両手を皿にして突き出しているミアの石像。その表情には驚きが浮かんでいる。きっとその手に大事に持っていたものにこのような石像にされるとは露知らなかったと見られた。

八体目は鷹見沢菜月の石像。
彼女も少々アンバランスな格好であった。
何かを必死に止めようと右手を突き出し、叫んでいる最中に石像になったのだろう。大きく見開いた目も口もそのままに固まっていた。

九体目はカレン・クラヴィウスの石像。
今回一番の被害者は彼女だろう。何が起きたか分からないままに石にされてしまったのだ。彼女は知らない。なぜ突然目の前に指名手配の少女は現れたのか。なぜいきなり目の前の宝石が光りだしたのか。なぜ自分は石になっているのか。

十体目はフィアッカ・マルグリット(リースリット・ノエル)の石像。
最後の最後で詰を誤った。
自ら石になる事を望んだ彼女だったが、まさかそれが永遠に成るとは思わなかっただろう。凹凸の少ないスレンダーな体で、その小さな胸をはって石になっている彼女が動き出す事は無い。



石像となった彼女達は今日も石像としてターミナルに佇み続けることとなる。
フィアッカまでもが石化された今、彼女達が救われる手立てはなくなったのだ。
このまま彼女達は何時までもただの石の塊として過ごし続けるだろう。そう永遠に。



だが、突然変化は訪れた。
まず変化が訪れたのはフィアッカの石像だ。
フィアッカの石像が一瞬光に包まれたかと思うと、スッ、と色を取り戻していったのだ。
「む、これは……」
体も自由になった。そう、石化が解かれたのだ。
その変化は次第に広がっていく。一体……また一体と石像たちは本来の色を取り戻していった。
限界以上に石化させれば良い、というフィアッカの考えは正しかったのかと思ったが、目の前にはMedusaは無い。
「どういうことだ……?」
この状況を疑問に思うフィアッカだったが、今はそれどころではない事にすぐに気がついた。
「あら……ここは……」
と呟いたのは石化が解けたフィーナだ。そう、彼女達も意識を取り戻しつつあったのだ。
(まずい!)
ここ、ターミナルの存在が知られてしまう。
とっさにフィアッカはシンシアに目配せした。同じく石化が解けたばかりのシンシアはフィアッカの視線の意味をすぐさま感じ行動した。
「おっとー! なんでかしら無いけど都合よくこんなところにロストテクノロジー(笑)がー!? 食らえ、タイムフリーズ!」
都合よく出現した時計型のロストテクノロジー(笑)のスイッチを押すシンシア、その瞬間ピタッ、とフィーナたちの動きが止まった。そう、彼女たちの時を止められたのだ。
「ふう、危なかった。」
「ああ、全くだ。」
「で、これは何だ?」
「ターミナルの中に保管してあったロストテクノロジーよ。時間跳躍が出来るんだから、時間停止が出来る装置があっても良いじゃない。」
「後付だな。」
「深くは突っ込まないで……」
フィアッカはあたりを見渡した。
そこには動きを止められた全裸の少女達がいる。ピクリとも動く事の無い少女達。先ほどまでと違うのは石になっているわけではなく、あくまで生身のまま動きを止められているということか。
「さて、何故石化が解けたかは分からないが、取り合えずこの子達を元の場所に戻さないとな。シンシア、手伝ってくれ。」
「はーい。お姉ちゃん。」
フィアッカは近くにあったフィーナの体に手をやり持ち上げる。時間をとめられたフィーナの体は柔らかそうに見えてもやはり硬かった。
フィアッカはフィーナを持ち上げたままデバイスを手に取った。
「ではいってくる。」
「いってらっしゃい、お姉ちゃん。」
こうしてフィアッカとシンシアは最後の仕事に取り掛かって行った。



後日談。というか今回の話のオチ。
ターミナルから消えたMedusaを追っているフィアッカ(リース)の姿は今、朝霧家の前にあった。
(ここにあるらしいのだが……)
「……いって見る。」
ちなみに今の主人格はリースだ。
リースは朝霧家のインターホンを押すと
「いらっしゃいリース。」
この家の少年、朝霧達也に迎え入れられてリースは朝霧家の中へと入る。そして
「……これ。」
(こ……これは!?)
リースが目にしたのは玄関に飾られていたMedusaの姿だ。どうやら今は機能が停止しているらしく、ただの置物と化していた。
「ああこれ? 実は部屋の中に落ちててね。せっかくだから飾ったんだよ。」
と達也は言う。
「実はこれに関してへんな夢も見ちゃったんだよね。」
「……どんな?」
リースが聞き返した。
以下は達也の話した内容である。
誰もいないリビングに入った達也はこの宝石が宙に浮いているのを発見した。不思議に思い近づくと、ふらふら飛んで宝石は逃げようとしていた。
だが、その時達也の足が床に落ちていたリモコンを踏んづけた。テレビのスイッチがつく。そこに映されていたのは子供向けアニメ『石化魔法少女シニカルくくり』そしてどうやら盛り上がりは最高潮だったらしく、彼女の決め台詞「いしになぁれ〜♪」が流れていた。
その瞬間、
パアッ
とMedusaが光だし、達也の体が硬直した。次第にその肌は灰色へと変化していき……
何が起きたか知る間も無く、達也は石に変えられてしまったのだ。
「という夢を見たんだ。しかも目覚めたら全裸だったし……なんだったんだろう。」
現実だよ!? しかも男まで脱がせたのかよ!?
と色々突っ込みたかったがややこしくなりそうなのでやめた。
なるほど、つまりフィアッカを石化した時点ではまだ限界ではなかったMedusaはたまたま立ち寄った朝霧家で達也を石化させてしまったことにより限界を迎えてしまった。ということだろう。
なんと言う偶然か……
というかテレビの声で能力が発動しちゃうとは……開発者よ、もっとセキュリティ面をきをつけろ……
まあとにかくMedusaの場所は分かったのだ。もう目的は達した。
リースは達也をつつくと
「あまり……気にしちゃ駄目……」
「うん、そうだね。」
「じゃ、帰る。」
「あれ? もう?」
目的を果たしたリースはきびすを返すと朝霧家を後にした。
(まあ誰かに起動させられない限り、しばらくMedusaも動き出す事は無いだろうからな……あとでこっそりと回収すればおしまいだ。)
長い事件だったように感じる。
だけど、それももう終わったのだ。
フィアッカは安堵に包まれていた。
と、
「玄関……」
(ん?)
「玄関から……テレビの声が聞こえた……」
(それが……どうかしたか?)
「『石化魔法少女ククリちゃん☆』は月〜金の夕方4:50から10分間やる……」
(ああ、丁度今頃だな。)
「決め台詞も……毎回言う……」
(…………)
「いしになぁれ〜……」
(あー……)
フィアッカの頬を冷汗が伝う(イメージ)
そして
「きゃー」
「麻衣ちゃんどうしたの……きゃー。」
「さやか、どうしたの……きゃあっ。」
「姫様どうし……きゃあっ!?」
「みんな、どうしたんだ……うわあっ!?」
朝霧家からいくつもの悲鳴が聞こえてきた。
リースとフィアッカは
「行く……?」
(……仕方あるまい。)
再び朝霧家目指して走り出した。
「きっとみんな裸で固くなってる……」
(ああ、そうだろうな。)
「達也も裸で固くなってる……」
(がっちり目の保養としよう。)
そんなやり取りをしながらリースとフィアッカは事件現場へと飛び込んでいく。
まだまだ、フィアッカの仕事は終わりそうには無かった。




〜終わり。〜




超おまけ


そのころターミナルでは
(ひーん)
一体の石像が佇んでいた。
(何で私まで……)
それはシンシアの石像だった。実はシンシアは画面で朝霧家の様子を見ていたのだが、運悪くMedusaの光を画面越しに浴びてしまったのだ。
そのため体は石になってしまったが意識は残っているという中途半端な感じになってしまっていた。
(お姉ちゃん助けてー!!)
彼女が助けだされるのはもう少し先の事である。



〜今度こそ終わり。〜


戻る