とある御坂の石化体験

作:七月


「何者なんですのっ!? このお方は……」
 風紀委員の一人、≪空間移動能力者≫である白井黒子は苦虫を噛み潰したような顔で立っていた。
 今、黒子は戦闘の真っ最中だ。
 目の前には全身フードに覆われた謎の能力者。そして、その周りには謎の攻撃を受け戦闘不能になった黒子の知り合いの姿だ。
 この敵は強い。おまけによく分からない能力を使ってくる。
「許しませんわよ!」
 だが、そんなもの引く理由にはならない。黒子は風紀委員なのだ。学園の平和を脅かす存在は見過ごすわけには行かない。
 黒子は跳んだ。それはただの跳躍ではない。空間跳躍だ。
 今まで謎の能力者の目の前にいた黒子は、瞬時にその真後ろへと転移し、鋭い鉄芯を構えた。
 能力者もすぐさまそれに気付き振り返る。そして、攻撃を防がんと盾を黒子に向かって構えた。
「貰いましたわ!」
 だが、黒子にとって盾なんて無いに等しい。
 なぜなら黒子は鉄芯を投げる必要なんて無いからだ。黒子は触れたものを転移させる力がある。つまり、黒子はその手に持つ鉄芯を、ただ単にそのまま敵の体内に転移させればすむのだ。
 よって、謎の能力者のした行為は全くの無駄な足掻き。このまま黒子の鉄芯が敵の四肢を傷つけ戦闘不能にする……そのはずだったのだが
「あら?」
 黒子の視線の先。男が構えた盾の模様。そこに画かれていたのは蛇の紋様。その蛇の目が赤く光っていた。
 そして黒子はその蛇の瞳と



 目があった。




「えっと……ここかしら」
 御坂美琴はとある廃墟の入り口に来ていた。
 何故今美琴がこんなところにいるのかというと、それは昨日の昼食時のこと……

「御坂さん。実は明日私たち廃墟探検に行くんですよー。御坂さんも一緒に行きませんか?」
「もしよかったら是非……」
 と、一緒に昼食をとっていた黒子の友人である佐天涙子と初春飾利に誘われたのが始まりだった。
「今噂になっている『マネーカード』が廃墟とかにもたくさん落ちているらしくてですね。それで私たちも探してみようかなーって思っているんです」
「『マネーカード』……ねえ……」
 それは最近起きている謎の事態だ。町のいたるところ……主に人気のないところに何故かマネーカードがばら撒かれている。といったものだ。
 その目的、理由などは一切不明なのだが、そのマネーカードをめぐって今この学園都市では大掛かりな所謂宝探しがブームになっていた。
「別に明日は暇だけれど……黒子は……」
 と、隣に座っていた黒子は
「うふふ……廃墟……人気のない……お姉さまと二人きり……うふ……うふふふふっ!」
 なにやら涎を垂らしながら背筋が凍るような事をぶつぶつと……
「うん、止めるわ」
「そ……そんなお姉さまああああっ!?」
 どう考えても貞操が危なかった。
「そんなこといわないでくださいよ御坂さん。もし来ていただけるのなら……」
 と、佐天は自分のポケットをまさぐると
「この限定版ゲコ太ストラップをあげますから」
「ゲコ太!!」
※ゲコ太とは、美琴が異常なまでに御執心なさっているマスコットキャラクターである!乗り物酔いしやすく、すぐにゲコゲコしてしまうのだ!
「行く! 行きます!」
「やったあ。じゃあ明日1時くらいにここに来てくださいねー。」



「ゲコ太に釣られてしまうなんて……不覚だわ。」
 そんな経緯で今、美琴は佐天に指定された廃墟に来ていたのだが
「しかもあのツンツン頭を追いかけていたら遅刻しちゃったし……」
 時刻は2時。一時間もの大遅刻だった。流石にもう黒子達は先に中に入ってしまっただろう。
「携帯も電波が悪くて繋がらないし……仕方がない、入って探そうか」
 と、美琴が廃墟の中に入ろうとしたとき
 ガランガランッ!
「ん?」
 なにか大きな音が廃墟の中から聞こえてきた。
「黒子達かしら……」
 黒子達が何か倒した音だろうか? と、美琴は音のした方角へと走った。
 美琴は誇りまみれの廊下を進む。廃墟の中は昼間だというのに薄暗く、足元など注意しないと障害物に足を捕られて転んでしまいそうだ。
「ここね……」
 美琴は音のした部屋に入った。そこは大きめの部屋だった。小さな体育館くらいの広さはあるだろうか? そこは窓が少なく、より一層暗い部屋になっていた。
暗くてよく見えないが、見渡せば何かごつごつしたものが立ち並んでいる。
 美琴はその中をおっかなびっくり歩いていった。そこで
「うわっ!?」
 何かに足を取られた。
 どさっ、と前のめりに倒れこむ美琴。
「痛いわね……何なのよーっ!」
 美琴は自分が躓いたものを確認した。するとそれは人のような形をしており……
「何これ? ……石像?」
 美琴は指先に電流を走らせ、それを明かり代わりにその石像を照らした。すると
「え? ……黒子?」
 それは美琴の良く知る人物そっくりの石像だった。
 仰向けに転がっている石像はツインテールの少女の石像だった。
 両手には鉄芯が握られ、顔つきも勇ましいものになっている。
 まるで何かと交戦中にそのまま動きを止められてかのような、躍動感溢れる石像。
 美琴は周りを見渡した。すると、そこにもやはり見知った顔の石像が立っていた。
「佐天さん? 初春さん?」
 そこには佐天、初春そっくりの石像が立っていた。
 美琴はその石像たちの前に立ってよく見つめている。
 髪の毛の一本にいたるまでの精巧な石像。その石像は2体とも驚きをその顔に浮かべていた。
 まるで何かに襲われ、石にされてしまったかのような。
「はは……まさかね」
 人間を石に変えれる能力なんて聞いたこともない。それこそ魔法ではないか。
 美琴がそんなことを考えていると
 ガタン
 と部屋の奥から音がした。
「誰!?」
 美琴が振り向く。そこには一人の全身フードに覆われた、黒ずくめの人物がいた。
 その人物は、美琴に気付くや否や美琴に向かって飛び掛ってきた。
「このっ!」
 バチイッ
 それは黒ずくめの人物に直撃すると、大きく吹き飛ばした。
 どさっ、とその身が床に落ちる。
「どう!」
 それなりに強い電撃を放ったつもりだ。直撃したのならただではすまないはずだ。
 だが、黒ずくめの人物は何事もなかったかのようにムクリと起き上がった。
「効いていない……なら……」
 美琴はポケットから一枚のコインを取り出した。それを手に乗せ、親指で……
「食らいなさい!」
 弾く!
 ゴアアアツ!!
 と巨大な光が走った。
 音速の3倍で放たれたコインは空気との摩擦による熱と光を帯びて破壊の砲弾と化す。
 美琴の必殺、超電磁砲だ。
 放たれた光は、辺りのコンクリートを溶かしながら一直線に黒ずくめの人物へと向う。そして……
 ガゴンッ
 超電磁砲が黒ずくめの人物へと直撃。だが……


 防がれた。


「なっ!?」
 美琴は信じられない、といった表情で黒ずくめの人物を見つめた。そこ見えたのは一枚の盾。そう、黒ずくめの人物はこの盾一枚で学園都市のレベル5の必殺技を防いだのだ。
「そんな……」
 と、驚愕の表情を浮かべる美琴に黒ずくめの人物はズッ、とその盾を向けた。
 そして、その盾に描かれた蛇の瞳が怪しく光る。
 美琴の視線はしっかりとそれを捕らえてしまい……

 ドクン

 と、一際心臓が大きく跳ねた気がした。
(な……何?)
 光を見た瞬間、美琴の体がえもいわれぬ感覚に支配された。
体が動かない。手、足、目や口でさえも。
 そして、徐々に体の感覚がなくなっていく。冷たい、無機的なものへと変化していくように感じられた。
(これってもしかして)
 美琴は思い出す。今、自分の周りに立っていた知り合いたちの石像を。
 やはりアレは美琴の知り合いが石に変えられたものだったのだ。
 そして、今は自分がそうなろうそしているのだ。
(そん……な……)

 パキィン

 一瞬だった。
 美琴が蛇の目を見た瞬間。その瞬間の格好のまま、美琴は一瞬で石へと変わってしまっていた。
 何が起きたのか分からないといったような、ぽかんとした表情を浮かべ、美琴は立ち尽くしている。
 その瞳に光は宿っておらず、全身灰色のざらざらとした石の質感に包まれた美琴の石像。
 黒ずくめの人物は、美琴が完全に石になったのを確認すると静かにその場を去っていった。
 後には、美琴や黒子達の石像が無様に放置されているだけだった。



 美琴は夢を見ていた。それはむなしい夢だ。
 石像になった美琴、黒子、佐天、そして初春が廃墟に立ち尽くしている。
 ただ、それだけの夢。
 日が落ち、夜になり、また日が昇り、明るくなっても変わらず美琴たちはそこに佇み続ける。
(そっか、私、石になっちゃったんだ……)
 悲しいが、石像が涙を流すはずもない。ただ、ピクリとも動かずにそこに立ち続ける。
 人気の無い廃墟の中で、その身にほこりをかぶりながらいつまでも、いつまでも……
 この、冷たい石の体で……
 と、突然頭に暖かなぬくもりを感じた。大きな暖かい手の感触。
 その手に触れられて、美琴の体は元の姿を取り戻していく。
 その身に色が戻り、暖かさが宿っていく。石化が解けたのだ。
 そうして助かった美琴が見たものは、
(ああ……)
 いつものように笑っている。馬鹿で、ムカつくけれど、まるでヒーローみたいにピンチにやってきては救ってくれる。
 そんな少年の姿だった。



「ハッ!?」
 突然美琴の意識は覚醒した。
 場所は先ほどの廃墟。そして目の前には
「よ……よう……」
 ツンツン頭の少年がいた。
「な……なんであんたがここに!? というか私はどうして……」
「いやーなんかさ……」
 少年は話し続ける。
「急に廃墟からお前の超電磁砲がぶっ放されてきて、何かあったのかと思って来て見ればお前の石像が突っ立っていたからさ。何かと思って触って意味たらいきなりお前が……」
 やはり自分が石化したのは夢ではなかったのか。
 そして、少年のその美琴の超電磁砲ですら無効化してしまう右手で、美琴の石化を無効化してくれた……と。
「ぐ……あ、ありがと……」
 どうやら私はこの少年に救われてしまったらしい。石になっている間に見た夢の様に。
 恥ずかしさと悔しさ、そして一抹のうれしさを感じながら美琴は頬を赤らめつつソッポを向いた。
 だが、ここで何かの違和感に気付く。何故か先ほどから少年の顔が美琴からそらされているのだ。しかも頬も少し高潮しているような……
「ってきゃああああっつ!?」
 美琴は気がついた。今の自分が全裸になっていたことに。
「いや、その……お前の石像を触ったら石化が治ると一緒に服がこう……パリンッって……」
「あ……あんたはぁ……」
 バチバチバチッと美琴から電流が漏れ始めた。
「死ねえええええっ!」
「うわあああっ!? 助けたはずなのになんですかこの仕打ち!? っていうかほら、残りのお前の連れも元に戻さないと……」
「私があんたを殺した後に元に戻しなさい!」
「むちゃくちゃ言ってますよーーっ!? これがゆとり世代の弊害ぎゃああああっ!?」
 逃げ回る上条を、美琴が全裸で追い回しながら電撃を放ち続けた。
 結局それは美琴がくたくたになって倒れこむまで続いたのだった。


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