永遠の檻(4)

作:日常の混沌


「これでいいんでしょう……」
 舞姫は言いながら、大きな袋を地面に落とした。
 ――ドサッ
 重そうな音が殺風景な部屋に響く。錬金術師と呼ばれるには、おおよそ似つかわしくないほどに“ありきたり”の部屋に……
「あら……その腕……あの子にやられましたの?」
 女は、舞姫の冷たくなった左腕を見ながら、開口一番そんなことを言う。
「……そんなことはどうでもいいでしょう。中身をさっさと確認して頂戴」
「ふふふ……そんなに慌てないでくださいな。わたくし、そんな目で見られると怖いですわ……」
 などと言う錬金術師の顔には、妖しい笑みがあるのは決して気のせいではあるまい。
(本当に怖い存在はあなたでしょうに……)
「いいから、確認を――」
「するまでもないですわ。その袋の中からとても強い波動を感じますもの」
「……波動、ね……」
 袋をちらりと見てみるが、何を感じるでもなかった。
(相変わらず面妖なことね……)
 袋に入っているのは、化け物鶏と戦った場所の近くにあった洞窟の壁を手当たり次第に掘り起こしたもの。はたから見ればただの“土”だ。
「指示通りに掘り起こした私が言うのもなんだけど、本当にこれが“希少石”なの? とてもじゃないけど、鉱物にはとても見えない」
「……それはそうなのです。これは、“オリハルコン”を作るための原材料に過ぎませんの。この土くずは、これから素晴らしい鉱石に生まれ変わるのですわ……」
 女はよいしょなどと言いながら袋をひっくり返す
 ドザーーー
 少し茶こけた感じの土が、床に散らばる。
 その光景を、錬金術師はうっとりと眺めた。
「……何度も言わせないで欲しいのだけど……」
 舞姫のその言葉に、はっとするでもなく顔をあげる。
「もう一度、最後に確認いたしますわ」
 妙に冷たい声。舞姫は、言葉もなく頷く。
「わたくしが叶えられるのは、貴女に『死なない体』を与えるだけ。それ以上は色んな制約がでますわ。苦しみだってある。それに貴女は耐えられますか?」
「何度も同じことを言うのは好きじゃないと、言わなかったかしら?」
「ふふふ……そうでしたわね……。それでは始めましょうか……」
 女は、妖しく笑いながら足元の土塊を拾い上げる。
 そして……
 ――消えた。

 女が消えたのを知覚するのが先か後かは分からない。
 私は半ば反射的に横に跳んだ。
 それとほぼ同時、今まで私がいた場所を殺気が薙いでいく。
「あら……?」
 惚けたような声が室内に響く。
「やっぱり、あなたは私を殺す気だったみたいね……」
 振り返りながら、言葉を放つ。
 帰ってくるのは冷たい声。
「殺す……? 心外ですわね……」
「あなたがなんと言おうと、殺そうとしたのは事実は確かよ」
 今の殺気が物語っていた。
「……いつから、そう?」
「自分の中で確信に変わったのは、ここに帰ってきてからね。あなた気づいてた? あの化け物のこと、『あの子』って呼んだのよ。欲しいものの入手を阻む輩に、普通はそんな物言いはしない」
「……ああ、いつものクセが出てしまいましたのね……」
 などと言う女の表情は、相も変わらず慌てた様子もない。
「どうせ、あなたの使い魔か何かでしょう?」
「ええ、そうですわ。だって、折角素敵な肉体を手に入れられるのに、試練のひとつもなければ有難みもないでしょう? それに、わたくし自身も貴女の力を見たかったというのもありましたし」
「で、合格なんでしょう?」
「……もちろんですわ」
「なら、何故殺そうとするの?」
 ――沈黙。
「……逆にお聞きしてよろしいかですか? 貴女はなぜ、“避けられた”のです?」
「そうね……。簡単に言うと、“同じ手はそう食わない”というところかしら」
「以前にも、わたくしが同じ手を使ったと?」
「しらばっくれても無駄よ。私はさっきと同じ現象を二度経験した。一度目ははじめてここに来たとき……あなたは何の気配もなしに私の背後にたっていた。そして、二度目は化け物鶏に遭遇したとき……あれだけ荒れた気質を持ったものなのにも関わらず、近づく気配を感じなかったのよ。この二つは、私にとってはあまりにも不自然だったの」
「だから、今回も“その手”を使ってくると?」
「そう。そして、その予想は見事にあたったわ」
「……ならば、どうしてまたここにいらしたんですの? わたくしは貴女の望みを叶える相手ではない。そう判断したのでしょう?」
 私は女のその質問に軽くため息をつき、硬くなった左手をコンコンと叩く。
「さすがにこいつをこのままにしておくのは不便なの。無理矢理にでも治してもらわないと、ね」
「……ふふ」
 と、女の声から笑い声がもれる。
「いいですわ……貴女……本当にいいですわ……」
「……ありがとう、とでも言えばいいかしら」
「その実力の完全に伴った自信。何者にも負けない強い心。大切なものを守り抜くという真直ぐな意思……まさしく極上品ですわ……」
 上気した表情で言葉を紡ぐ女に、私はもう一度ため息を吐きかけた。
「正直、私はもうあなたとウンチクやるつもりはないわ。さっさと左手を治すか……」
 鞘を口に咥える。
 ――キンッ
 薄暗い室内に、細い銀光が映える。
「死を垣間見て、治すか。どちらかを選びなさい」
 私は、板張りの地を蹴った。

 気づくと、月が見えた。
 一瞬呆けるが、あたりの様子で正確な思考が甦る。
 ――ここは……外……森の中……
「家を壊したくありませんの……」
 ――声。
 視線を移す。
 そこには、いつもどおりの妖しい笑みを浮かべた女が立っていた。月に照らされ、一層危険な何かを感じた。
「“空間転移”ですわ……貴女の警戒した。……どうでしたか?」
「……最悪ね」
 感覚など、なかった。
 女に斬りかかり、気づいたらここにいた。
 どちらかというと薄ら寒さを感じないでもない。
「あら……残念。気に入っていただけると思いましたのに……」
「……私はあなたのすべてが――」
 ――タッ
 一気に間合いを詰める。
「気に喰わない!!」
 ――フォンっ
 空を切る白銀。
「ちいっ」
 舌打ちが、妙にはっきりと宵闇に響いた。

 ――フォンっ
 何度目かの空撃。
 汗が月光を反射して光った。
 そして地を蹴り、再び駆け出す。
「ふふふ……凄いですわ……あれからもう数十分も経っているのに、まだ動きが鈍らないのですもの……」
「だまれっ!!」
 ――フォンッ
 またもや空を切り裂く剣戟。
 ――何か、法則性でもないのか!!
 向こうは何も仕掛けてはこない。
 いや、仕掛けられないのであろう。
 理由は明白。常に動きを止めないこちらの動きに追いつけないからであろう。
 ――このまま持久戦になれば、明らかにこっちが不利!!
 動きを止めれば、錬金術師の必殺の時が始まる。
 ――フォンッ
 空振り。
 そして、地を蹴る。
「……?」
 一瞬、視界に違和感を覚えた。
 が、移動はやめない。
 ――何かが赤く、ぼんやりと光ったような気がする。
 ――フォンッ
 今度は、注意を回りに強めてみる。
 地を蹴る。
 ――足元が……
 一瞬、ぼんやりと光っていた。
 何かを掴んだ気がした。
 駆ける。
 女に近づく。
 剣を振りかぶった。
 剣を横合いに振りながら、私は周囲に注意を払っていた。
 地に光る“何か”を探っていた。
 ――光った!!
 剣はまだ、女の影を捉えるまでの軌跡を描いてはいない。
 けれど私は、それを無視して光に向かって駆け出した。
 そして――
 ――ギイイイイィィィィン
 刃の共鳴音が、夜空に響き渡る。
「……くっ」
 女の苦悶に似た声が聞こえてくる。獲物は短刀だった。
 ギチギチと悲鳴を上げる互いの意地。
「こうなったら、あなたに勝ち目はないんじゃないの?」
 少しずつ力押しで錬金術師を追い詰めていく。
「ふ、ふふ……よく……見破りましたね……」
「この後に及んで、まだ余裕ぶるの……大したもんね……」
 完全に優勢のこちらからだと、相手の隙など丸見えだ。
 私は、剣を片手に右足を一線させた。
 ――パシッ……ドサッ
 女が地面に転ぶ。
 そして、私の必殺の時が始まる。
 ……はずだった。
 しかし、実際に響いた音は……
 ――ぐずっ
 何かが崩れるような音。
 私の足応えは、妙に無機質なもの。
 そして……
 ――ぐじゃっ
 泥のようなものが……土のようなものが、私にもたれかかってくるかのように崩れてきた。
「……え?」
 口から紡がれる疑問符。
 ……気づく。
 自分の下半身を覆った物質が、先ほど私が取ってきた土であることに……
 ――背後に気配。
「チェックメイトですわ……」
 女の妖しい声が、鼓膜をくすぐった。
 悪寒が、全身を駆け巡った……。

 下半身が、よく分からないことになっていた。
 ――動かない。
 右手で触ってみると、妙に不思議な感触がした。
 艶がある金属のようなものだが、手にまとわりつくような、奇妙な感じ。
 わずかの間雲に隠れていた月が顔を出し、下界を照らし出した。
 私も、その恩恵を預かる。
 下肢が、金色に光っていた。
 よく見ると、少し透明感のある、見たことのない色。
「あ……」
 ようやく理解する。
 動けない自分は、もう終わったのだと。
「ふふふ……綺麗ですわ……」
「な、なにを……」
「貴女の自慢の足を“オリハルコン”に変えたのですわ」
「これ……が……」
「そうですわ。貴女に持ってきていただいた鉱石と、貴女の素晴らしい肉体を使って、“不朽の体”を作り出したのです」
 ――思考が止まる。
「不朽の……からだ?」
「そうです。“オリハルコン”こそ、“不朽の体”ですのよ。決して朽ちない壊れない。もちろん溶けることだってない。まさに、貴女が望んだ体ですわ。こうして、わたくしは貴女との契約を果たすことができるのですわ」
「な……!!」
「あら……今更契約違反だとかは言わないでくださらない? わたくしが与えるといったのは、飽くまで“死なない体”。“肉体”と言った覚えはないですわよ。それに、貴女が承諾したのは苦しみに耐えられるということだけです。それ以上は貴女は聞いてこなかったから、答えなかっただけ。わたくしは別に嘘などついてはいませんわ……」
 くすくすと笑う。
「くそ……姑息な……」
「あら……お褒め預かって恐縮ですわ。自分のためならなんだってする。だから錬金術師を魔女っていうんですのよ。覚えておいていただけると光栄です」
「く……下衆が……」
「ふふふ……そういう憎悪に満ちたお顔も素敵ですのね……一体、完全に“オリハルコン”となった貴女はどんな表情を見せていただけるのかしら……」

 “何か”が、私を犯していく。
 私の体を、犯していく。
 下半身はもう、私のものではない。
 腹を、胸を、腕を、順々に、ゆっくりと犯していく。
 ――苦しい。
 “何か”が、私を犯していく。
 私の心を、犯していく。
 守るべき君主を想った……。
 どんな苦しみにも負けない……そう誓った。
 お嬢様のためだけに生きる……そう誓った。
 ――辛い。
 守るべき、二人目の人物を想った……。
 大好きだった……。
 私のもたれることのできる壁になってくれるといってくれた。
 嬉しかった……。
 守ろうと、誓った。
 ――切ない。
 だから、今自分はこうして“不朽の体”を手に入れにきた。
 そして、手に入れた……。
 けど、今自分は生きたままにして自由のない檻の中。
 ――悲しい。
 いつかこの苦しみに落ちてしまうときが来るのだろうか……。
 はは……約束のひとつでも……しておけばよかったかも……ね……
 そうすれば、もう少し強くなれたかも知れない。
 そうしていれば、帰ろうという強い意志が生まれたのかも知れない。
 けれど、今となってはそれは“後悔”という負の感情にしか過ぎない。
 ――楽になりたい。
 負の感情に押しつぶされそうになりながら、自我を必死に保つ。
 悲鳴を上げるのも、助けを請うのも、恐怖に支配されるのも簡単なことだった。とても楽なことだった。
 でも私は、それらに屈するわけにはいかなかった。
 その思いは今だけなのかも知れない。けれど、今だけは強気でいたい。この世の肉体である限りは、彼らの剣でありたい……。
 “何か”が、遂に私の顔を犯し始める。
 私は、自然に笑顔を作っていた。
 君主を……愛する人を……想った……最期の笑みを……。
 …………
 もう、表情は変わらない。変えられない。
 今の……いや、これからの私は、永遠の檻の中でただただ時を刻まず、見守るだけ……。
 ……私は……二人を……守れたのか……

「ふふふ……最期の最期まで、なんて気丈な方だったのかしら……」
 女は、上気した体をできたての“不朽の体”に擦り付ける。
 感情の全てを吸い込まれそうな感覚が、女を襲う。
「この世でたった二人しかいない愛すべき人のため、“人”であった最期の時まで彼らを想い続ける……本当に素敵な方……」
 その“オリハルコン像”の表情は、『戦場を舞う風』というよりも、『自愛に満ちた戦場の女神』といった風なものだ。
「正直、石のままの左手が少々気にはなりますが……仕方ありませんわ……こればっかりはどうしようもないですものね……」
 優れた肉体でこそ、“オリハルコン”になりえる。一度低級化してしまった体では、再練成は無理である。
「貴女がわたくしのところに来たときは、早々に主人たちのもとに送ろうかとも想いましたが、気が変わりましてよ……。貴女のその素敵な表情が崩れたときこそ、主人のもとへと送って差し上げますわ……」
 魔女の妖しい笑い声が、深遠の森に響く。
 次の瞬間には、彼女らの姿はその場から消えていた。
 そこには、月さえも嘲るような笑い声が残るだけだった……。

あとがき
 ながっ!!
 前回の予告と反して、シリーズ最長?
 ながっ!!
 さらに、前の話上げてから10日ってなんやねん!?
 あっさりとか言ってたのはいずこ!?
 しかも随分雑な仕上がりになってしまった感が……
 一応、この『永遠の檻』シリーズの完結編です。
 書き始めから最後のシーンを構想に入れてしまう私としては、随分長くなった気がします……
 ここまで付き合っていただいた方々。本当にありがとうございました!!(いるのか?)
 もしよろしければ、駄目だし文のひとつでもくださいまし。
 そうすれば、きっと混沌はもっと強くなれそうです……
 ……ああ。自分はなんてあつかましいことを!!
 すみません。読んでいただけるだけでも光栄の限りでございますぅ〜
 今後ともよろしくお願いしますー!!


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