封印演義・第3話『怒りと塊と』

作:Shadow Man


デネブを氷の中に封じ込めたキグナスとデルフィナはその日のうちに村からかなり離れた道端の小屋まで達した。
小屋の入り口のところでキグナスは透視の魔法を使い、中に人がいることを確かめるとドアをノックした。
「石化。」
「凍結!」
「封印。」
「同化!」
「よし。」
扉が開いた。
「やはりお前のほうが早かったか、アキラ。」
「当然だろ。お前のほうが早かったら作戦失敗したも同然じゃないか。」
「それもそうだな。」
アキラと呼ばれた目つきの鋭い男のほかに小屋の中には一人の美少女がいた。彼女はドアのところまで来ると2人の会話に割って入った。
「ま、私がいればこそだけどね。」
「ライエラよ、確かにお前の捜索能力は大したものだとは思うが誰がこの羅針盤を地中深くから掘り出したと思っているんだ?」
「だって、力仕事なんてやったら私の綺麗なボディが汚れるじゃない〜」
肩まで伸びた髪をかき上げながらライエラはたるそうに喋った。

予定通りに事が運んだキグナスたち4人はまず、今までの行動をそれぞれ報告した。
「アキラよ、俺の囮作戦は正しかったわけだな。」
「まあ、お前が村人をひきつけてくれたおかげでこちらもやりやすかったのは事実だな。
しかしまさかこの羅針盤があそこまで地中深く埋まっていたとは…掘るのもそうだが元に戻すのも大変だったぞ。」
「でも、元に戻す魔法使ったのは私だけどね。」
ライエラの発言を気にすることもなくアキラは続けた。
「ときにキグナス、俺と連絡を取ったときに誰かに見られたといっていたが秘密を知られたわけではあるまいな。」
「ああ、その点は大丈夫だ。そいつならここにいる。」
そう言ってキグナスは袋から氷漬けのデネブを取り出した。
「おい、キグナス。そんなことしたら却って怪しまれるじゃないか!」
「あんな小さな村だ、すぐには外には広がるまいて。それにダミーを置いていっているし当分はばれないよ。」
涼しい顔で答えるキグナスだったが、アキラはあまり信用していない様子であった。
「それはともかく、羅針盤は取れたわけだし早く本隊に合流せねば。」
「ああ、しかし今日はここで休まないか?魔法使い過ぎてクタクタなんだ。」
「それは俺も同感だ。見張りはデルフィナに任せて寝るとするか。」
「え〜ちょっとなんで私だけ?!」
デルフィナは反論するが、結局他の3人に押し切られて夜の見張りをすることになった。

翌朝、キグナスは寒気がして目を覚ました。周りを見ると扉が開け放しになっていてデルフィナがあられもない格好で寝ていた。
『全く、だらしのない奴だ…ん?!』
キグナスは一瞬血の気が引いた。部屋の中にあったはずの持ってきた荷物がすべてなくなっていたのである。
すぐに他の皆を起こすと事情を説明した。アキラは寝ていたデルフィナに対して今にも殴りそうな勢いであったが、ライエラに止められた。
キグナスはライエラに追跡をするように頼んだ。彼女は得意の探索の魔法を使い、取られた荷物を追いかける。
さすがに彼女の魔法の正確性は素晴しく、盗人を見つけるまでさほど時間は掛からなかった。
しかしその盗人も追いかけてくる気配を感じて急いで逃げる。なかなかすばしっこく簡単には捕まえられないと思ったキグナスは
アキラたちに逃げ道を塞がせ、相手を追い込むと自分は魔法を使うことにした。
「≪母なる大地よ、動くものを優しく包み込め!≫マッドホールド!!」
すると地面から手のような土の塊が伸びてその盗人の足を取った。
「うわっ!」
盗人が派手に転ぶ。起き上がって走ろうとしたが足が動かなかった。キグナスはその盗人に追いつくと髪の毛を掴んで顔を見た。
「何するんだ!この野郎!!」
キグナスは少し驚いた。盗人はぼさぼさの髪の毛で服装もボロだったが胸の膨らみは明らかに少女だった。
「人のものを盗んでおいていい度胸だ。しかし相手が悪かったな。」
そう言って背中に括りつけていた羅針盤の入った包み袋を剥ぎ取った。
『活きのいい娘がこうも私のもとに現れてくれるとは…いい手土産が増えたな。』
そう思ったとき、キグナスはふとデネブのことを思い出した。彼女を入れた袋も盗られていたのである。
「おい、娘!氷の入った袋はどうした!!」
「氷が入っていたかどうか知らないが、袋ならあたいが転んだときに崖の下に吹っ飛んじまったぜ。」
キグナスは目を遥か先にやった。確かに先は崖になっている。慌てて崖まで駆けていった彼は愕然とした。
崖の下は滝壷であった。周りを見たが袋も氷も見当たらない。

落ち込んだキグナスだったが、まだ転んでいる少女のもとに歩み寄ると突如として目を見開いた。
「おまえにはあの女の代わりになってもらう。喜べ!」
「?!」
少女には何のことか理解できなかったが、身に危険が迫っていることは理解できた。
しかし逃げようにも足元が固まっていて動けない。
「≪大地よ、この女の身体を全て包み込め!≫マッドラップ!!」
キグナスはさらに魔法を唱えた。今度は少女の足元を捕らえていた土が徐々に膝から太腿へと上がっていく。
「や、やめて〜」
少女は大声で叫ぶが、駆けつけてきたのはアキラたちだけであった。
「おやおやキグナス、随分と気合が入っているな〜」
からかうアキラだったがキグナスの耳には入っていなかった。

そうこうしている内に少女の下半身は完全に土塊と化していた。
少女は必死の形相で上半身をばたつかせるが全く無駄な抵抗であり、身体が土に覆われるのを止める事は出来なかった。
デルフィナはその姿を見て目を背けていたがライエラやアキラは少女の苦しむ姿を楽しんでいた。
「ひ、酷い…助けて…」
首の辺りまで土に覆われた少女は声を出すことも敵わなくなってきた。そしてキグナスは涙の流れた少女の頬を拭う。
「ここから先は一瞬にしてやる。ありがたく思え!」
そういって気合をかけた。すると一瞬にして少女の首から上も土になった。
「このままじゃあ運びにくいな。」
物言わぬ土の塊となった少女を前にキグナスは冷笑し、軽く指を鳴らした。
すると突然火がつき、土の塊は炎に包まれる。その時間は僅かであったが、後には素焼きになった少女の像が出来ていた。
さらにキグナスはそれを手のひらサイズに小さくした。その姿はまるでリアルな人間の埴輪のようであった。
「また手土産を増やしたのか。羨ましいな。」
アキラがまたからかった。だがキグナスはそれに反応せず、デルフィナに向かって怒るように言い放った。
「お前が眠っていたからこうなったんだ。責任は取ってもらうぞ!」
「ええっ、そんなー、冗談はやめてよ〜」
デルフィナは冗談かと思って軽く答えたが、キグナスの目は真剣だった。
「とりあえず本体に合流するまで反省してもらう。
 ≪この者の厚みを奪い去れ≫、シンボディ!」
そう魔法を唱えてデルフィナの額に指を当てた。すると見る見るうちにデルフィナの身体が紙のように薄くなり、支えきれずにひらひらと地面に舞い降りた。
キグナスはペラペラのデルフィナを丸めて巻き取ると手品用の筒の中にしまいこんだ。
アキラはそんなキグナスを見て何を怒っているのかと聞こうとしたが、君子危うきに近寄らずと思い何も言わなかった。

そしてさらに丸2日かけてキグナスは本隊との待ち合わせ地点に合流した。そこでは一人の小男が待っていた。
「キグナス様、アキラ様、ライエラ様、お待ちしておりました。」
「おお、サジか。他の連中はどうした。」
「われらは既に新たな本拠地を手に入れましたのでご案内いたします。そういえば、デルフィナは…?」
「それは後で話そう。今はゆっくり休みたいのでな。」
するとサジと呼ばれた小男はキグナスたちを大きな鳥に乗せて飛び立った。

さて、氷漬けのデネブ、
『まだこの中から出られないのかな…』
とまだ滝壷に落ちたことさえも知らないのであります。

続く


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