封印演義・第8話『祭りの甘い罠』

作:Shadow Man


 さて、師匠の下を去り自由になったデネブはまさに篭から逃げ出した鳥のように自由に空を飛びまわった。
空を飛ぶことが楽しくて仕方のない彼女は日が傾くまで空の旅を楽しんだ。
だが、さすがに魔力も尽き始めて疲れてきたのでどこかに休む場所を求めた。
そして山の上にぽつんと立っている祠を見つけた彼女はまっしぐらにそこへ飛ぶ。
「もしもし〜誰かいませんか〜
いなかったら勝手にお邪魔しますよ〜」
 しかし何の返事もないのでデネブは入り口の扉に手をかける。だが、その瞬間ビリッと軽いショックが走る。
『これは!?魔法で扉を閉めているの?』
 しかし他の場所を探すのも面倒だと考えた彼女は、魔法を解除して扉を開ける。中は意外と綺麗で、ひっそりとしていた。
デネブはこれ幸いとその場に寝転んだ。魔力の使いすぎで疲れていた彼女はすぐに眠りにつく。


 ガタゴトという音がしてデネブが目覚めたのは夜も明けようとしていた頃だった。
 寝起きの悪いデネブはだるそうに起き上がる。その一方で徐々に何かを叩く音が強くなってきていた。
『まずい!誰か来たかも?!』
 そう思ったデネブは魔法で蝶に変身して脱出する。だが、誰も外にはいなかった。
『あれ、聞き間違いかな?
まあいいわ。また今日も自由に飛び回ろうっと。』
 そして今度は鳥に変身してまた飛んでいく。

 やがてまた日も傾きかけたところでデネブは小さな町でお祭りの準備をしているのを見かけた。
お祭りと聞いて心がうずうずしてきた彼女は人間の姿に戻って祭り見物をする。
町には灯篭が立ち並び、夜店も多く出ていた。彼女は輪投げやくじ引きを楽しんだり、りんご飴や綿菓子を買って食べた。
お金は師匠が密かに貯めていたものを持ち出していたので、数日は困らないほどの分を持っていた。

 そして一通り廻ってみたところでデネブは体に違和感を覚えた。時間が時間なので急いで飛び立とうとしていたのだが、
まるで誰かに操られているかのように足が違う方向へ歩き出す。ふと周りを見回すと、同じ方向に歩いている人が何人かいた。
これは何かあるなと直感したデネブは、敢えて抵抗せずに足の向くままに歩く。5分ほど進むと森の中の小屋にたどり着いた。
 小屋の入り口の前に着くと今度は足が動かなくなる。そして同じようにここまで歩かされてきた人たち―大半は子供だった―が
不安そうな顔をしながらただ立っていた。

「彼の者にかけられし魔の力を打ち破れ!アンチ・マジック!」
 デネブはそれを見て原因が魔法的なものだと察知し、魔法を使って子供たちにかけられた呪いを解いた。
「さあ、今のうちにお帰りなさい。」
 自由に動けるようになった子供たちに彼女はそう言って帰らせた。そして彼女自身にかけられた呪いを解くために
魔法を使おうとしたとき、不意に小屋の扉が開く。
「おや、もっと来ているかと思ったが……まあいい、この娘だけでも連れ込むか。」
 小屋から屈強な男が現れ、足を動かせないデネブを持ち上げて小屋の中に運ぶ。デネブは手をばたつかせて逃れようとするが、
彼女の力では男に対して全くの無力だった。


 デネブは小屋の中の殺風景な部屋に連れ込まれた。中にはいかにも魔道士風のフードを被った男が待ち構えていた。
「おや、たった一人とは……さっきはもう少し来ていたのですが。
まあ良いです。早速この娘を処理しましょう。」
「判りました。クレイター様。」
 そういうと屈強な男はデネブを部屋の中心にドスンと置く。
「ちょ、ちょっと、私をどうするの?!」
 だがクレイターと呼ばれた男は何も答えず、早速儀式を始める。
「アデメロ、アデメロ、アデメロ……」
 これはまずいと思ったデネブは動かせる上半身を使って魔法を使う。
「風よ、この者を吹き飛ばせ!ウインドストーム!!」
 しかし、デネブの魔法は閉ざされた部屋の中で十分な威力を発揮せず、被っていたフードを揺らす程度であった。
だが、そのフードの下に頭蓋骨が大きく陥没していた頭をしている男の姿が見えた。

「……貴様、魔法使いか!?」
 クレイターは低い声で喋りだす。
「そうよ。私は清く正しい乙女デネブ、悪い奴らはボコボコにしてあげるわよ♪」
 デネブはポーズを決めようとしたが、足が動けずにバランスを崩す。それを見たクレイターはやや呆れた感じで続ける。
「何かと思えば子供の遊びですか、脅かすんじゃありませんよ。
けれども、この私の素顔を見たからにはタダでは済ませませんよ。」
 そう言って再び儀式モードに移る。デネブは風魔法はまずいと踏んで唱える呪文を変える。
「光の槍よ、目の前を貫け!ライトニングッ……」
 だが、呪文を唱え終わらないうちにデネブは大男に羽交い絞めにされる
「おや、本当に魔法が使えるのですか?これはいけませんね。
では、あなたには私の大事なモノを見てもらいましょうか。」
 そう言ってクレイターは部屋の隅に無造作に置かれていた木箱の中に入っているものを魔法で取り出す。
それは空中をふわふわと飛び、デネブの目の前50cmくらいのところでぴたりと止まる。
デネブが目を凝らして見るとそれはちょっと大きめの飴だった。
いや、それだけではない。中に人間の子供が閉じ込められていた。
「こ、これは……?」
「普通の飴ですよ。そして、中に閉じ込められているのも普通の子供。まあ、小さくしていますがね。ククク……」
 クレイターは不気味に笑う。
『!』
「もし今度魔法を使ったらこの子達はどうなるのでしょうかね。」
 デネブの顔から血の気が引く。それを見たクレイターは大男に飴を持たせると再び儀式モードに入る。
人質を取られていては今度ばかりはデネブも魔法を使うことも出来なかった。

「アデメロ、アデメロ、アデメロ……ディンキャ!
 アデメロ、アデメロ、アデメロ……ディンキャ デヤッ!」
 意外と短い儀式魔法が終わると、デネブは体中むず痒くなるのをおぼえた。
『一体何が……あっ!』
 自分の手を見て異変に気づく。彼女の掌や腕から異常な量の赤い汗が出ていたのである。
それだけではない。その汗を拭こうとした彼女はやけに粘っこいことに気づく。
「な、なによこれ!」
「おやおや、まだ判りませんか?つい先ほどあなたが食べたりんご飴ではありませんか。
もちろん、それはただの飴ではなく私が呪いをかけて体を自由に操ったり、今のように体から噴き出させることもできるのですよ。」
 クレイターがそう言っている間にも、デネブの体の汗腺という汗腺から飴が噴き出してくる。
「いや、いや、、いやーーーっ!」
 体中から湧き出す飴に上半身の自由も奪われていくデネブ、そして外側だけでなく内部にも異変が起きる。
溢れた飴が内臓に染み渡り、ついに気管にまで入ってきたのである。
「や、ゴホッ、やめ……ゴホゴホッ!!」
 呼吸困難に襲われるデネブを見てクレイターは微笑み、魔法を使う。
「≪この者を呼吸から解放せよ≫フリーブリージング!」
 するとデネブの息苦しさが止む。意外に思った彼女だが今度は言葉を発することができなくなる。
「フフフ……何故私が貴方の息苦しさを消したのか疑問に思っているようですね。
別に私は貴方を助けたのではありません。ただ、私たちトレミー団は人殺しはしない主義でして、
人間は生きたまま保存するのが私たちのやり方なのですよ。」
『そ、そんなことはさせない……』
 声にならない声を出すデネブだが、飴は彼女の体を包み込んでいく。
しかし必死の抵抗も空しく1分ほどで少女の体をびっちりと赤い飴が覆い尽くした。

「さてと、ここから形を整えないといけませんね。」
 クレイターはそう言うと手袋をした手で飴に触れる。すると中のデネブごと軽々と飴が曲がっていく。
そしてもがくような姿勢で固まったデネブの体を動かして、直立させたり大の字にさせてみたりといろいろ飴の形を変えていく。
『何するのよ〜この親父も変態?』
 デネブはカノープスとの修行のことを思い出して、恥ずかしさよりむしろ腹が立っていた。
一方クレイターはいろいろと考えた末、デネブを屈ませて飴を丸くした。
「うむ、やはりこれがりんご飴っぽくてよいですね。では!
≪我が前にあるものを小さくせよ≫リダクション!」
 すると見る見るうちにデネブとそれを包み込む飴は小さくなり、まさにりんご飴のような形になる。
だが、りんご飴と違って中に入っているのはりんごではなく一人の少女であった。
クレイターは小さくなった飴を手に取ると軽く水で流し中にいるデネブをしげしげと眺める。
「う〜ん、見れば見るほどいい形ですね。ちょっと味見してみましょうか。」
 そういうと飴をペロペロと舐める。
『あ、や、止めて……舐めないで……』
 クレイターが飴を舐めると中のデネブも同じように舐められているように感じていた。
彼女は全く身動きもとれず、ただ舐められ続けるだけだった。

 しばらくして大男がまた新しい子供を連れて来た。
「おや、また一人だけですか。今日は売れ行きが悪いのですかね。」
 そう言うとクレイターはまた儀式を始める。
「アデメロ、アデメロ、アデメロ……ギャッ!!」
 デネブは儀式がいきなり止まったことを不思議に思ったが、身動きが取れない状況では何が起きているか判らなかった。
そのうちコツコツと足音が近づいてきて、デネブを包み込んでいる飴が持ち上げられる。
「おやおや、またやられちゃったんだ。
仕方ないなあ〜やっぱり君は僕がいないとダメなのかな?」
 デネブはその声に聞き覚えがあったが思い出せない。そうこうしているうちにデネブを包んでいる飴に何やら液体をかけられた。
彼女は束縛されていたすべての魔法から解放されて、元の姿に戻った。

「ハァ、ハァ……貴方が助けてくれたの?」
 そう言って振り返ったデネブだが、周りには子供しかいなかった。
「あれ?」
 狐に包まれたような顔をするデネブを見て一人だけクスクスと笑っている男の子がいた。
デネブはその顔に見覚えがあった。
「?、もしかして君、洞窟で会った?」
 少年は首を縦に振った。
「どうやってあの男を倒したの?というか、どこへ行ったの?それにどうやって私たちを助けたの?ついでに貴方何者?」
「ちょっと待って。そんなに一度に質問されても困るよ。
まずは自己紹介からね。僕の名前はアルビレオ。魔法はあまりうまくないけどちょっと違うものが扱えるんだ。
それと、あの男たちは一応追い払ったけど、多分戻ってくるから早いうちに逃げないと。」
 そう言ってアルビレオは外に出ていく。デネブも目を丸くしながらアルビレオの言うことに従って子供たちをつれて外へ出て行った。

「気をつけて帰るのよ〜」
「お姉ちゃんたち、ありがとう〜」
 子供たちを見送りながらデネブはクレイターの言葉を思い出していた。
「トレミー団……フォーマルハウトさんが調べていたわね。確か人間を物のように扱う酷い人たちとか。」
 そのとき、気配もないのに彼女たちの背後で突然声がした。
「見つけた!」
 その声に驚いたデネブとアルビレオは咄嗟に身構えた。だが、振り返った二人は意外なものを目にしたのである。

続く


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