作：Shadow Man
『とある学校の理科室で』
「それでは今日の授業は実験を行う。各自薬品の準備は出来たな？」
教師の声が理科室に響く。
「はぁ…今日は何事もないといいけどなぁ…」
生徒の一人が愚痴を漏らす。ちなみにこのクラス、調理実習でパンを爆発させてクラスメイトを粉まみれにし、
文化祭の出し物で出したプラモデルが勝手に動き出したことがあるような問題クラスなのであった。
で、その張本人たちと同じテーブルで実験することになったのがこの少年、アゼルである。
「シルヴィアもパティも実験で変な事はしないでよ。」
「何よ、その言い方。まるで私たちがトラブルメーカーみたいじゃない。」
『いや、その通りなんだけど…』
アゼルはそういいたい気持ちをぐっと抑えた。
「では、早速実験を始めようか。くれぐれも薬品の量には注意するように。」
『はーい。』
一人を除いて元気な声が理科室に響く。
「じゃあ、実験は基本的に僕がやるから君たちは見ていて…って、おい！」
アゼルが二人に注意しようとした矢先に、パティはどこから持ってきたのか得体の知れない薬品を持ち出して混ぜていた。
「でっきるっかな♪でっきるかな♪さてさてさて〜」
「…何をしているのかな？パティちゃん」
「で・き・ちゃ・っ・た〜」
「さすがパティ、もう出来たのね。」
パティが作った液体はビーカーの中で白く泡立っていた。そのビーカーをパティが持とうとしたとき、突然に液体が噴出し、隣の席にいたラクチェに降りかかった。
「熱っ！」
突然のことでラクチェは自分の身に何が起こったかわからなかった。しかし液体のかかったところから彼女の体の色が変わっているのがアゼルにはよく判った。
「もう、なにするの…」
言い終わらないうちにラクチェは全身真っ白に固められた。それを見たラクチェ班の生徒たちは驚いていたが、パティとシルヴィアは全く気づいていなかった。
「ちょっと失敗しちゃったかなあ。こうなったら連続調合！」
「あの…隣が大変なことになってるんですが、パティちゃん…」
しかしパティはアゼルの言葉に耳を貸すはずもなく、次から次へとビーカーに液体を調合していった。
そしてパティが調合したビーカーの液体はあるものは怪しげな色に光り、またあるものは虹色の煙を噴出し、また、ゲル状に固まっているものもあった。
それを見ていたクラスメイトは驚いて騒ぎ始めた。
「あれ、みんな慌ててどうしたの？」
全く事態を把握していないシルヴィアは片手にビーカーを持ったまま周りを見回した。
「シ…シルヴィアちゃん、そ、そのビーカー…」
「え？」
シルヴィアの持っていたビーカーは激しく沸騰して今にも爆発しそうだった。
「うわーっ！」
大げさに驚いたシルヴィアはビーカーを上空に放り投げてしまった。
そのビーカーは最高点に達したところで割れ、怪しげな色の液体が理科室中に降り注いだ。
「キャーッ！」
「なによこれ〜」
理科室は阿鼻叫喚の嵐となった。しかも液体がかかった生徒たちは体がガラスのように透明になっていった。
「いや〜！」
「誰か、助け…」
運よく逃げ出せた数人の生徒を除いて、先生を含めてみんなガラス状の体になるのに時間はかからなかった。
いや、まだアゼルとシルヴィアとパティだけは幸運にも難を逃れていた。
周囲の状況を見てさすがにパティもこの事実に気づいた。
「あれ？！みんなどうして固まっているの？」
『お前がやったんだよ…』
アゼルはそう突っ込みたかったが、とにかく今は脱出が先決と考えて２人を理科室から外へ出そうとした。
「どうしたのよ、そんなに慌てて〜」
「とにかく、今はその薬品を捨てて部屋から出て他の先生を呼ばないと！」
アゼルは２人の背中を押して無理にでも出ようとした。
と、そのとき足元でぐにゃっという音がした。
嫌な予感がしたアゼルが下を見ると、さっきパティが調合していたビーカーにあったはずのゲル状の物質が床に溢れていた。
「ま、ま、まさか〜っ！」
アゼルは足を上げようとしたがぴったりと張り付いて動けなかった。
「た、助けてくれ〜！」
しかしそのゲル状の物質はアゼルだけでなく、パティとシルヴィアの足元にも広がっていた。
「いやっ！何よこれ？」
「足が動かないよ〜」
もはや固まった生徒たちしか残っていない理科室で３人は必死にもがいていた。
「こうなったら一か八か！これでもくらえっ！！」
パティはビーカーに残っていた液体を足元の物質にぶっかけた。
「やった！足が動くよ！」
「よし、今のうちに逃げよう！」
３人が逃げようとした矢先、アゼルは背後に恐ろしい気配を感じて振り向いた。
そのとき既に大人の背丈ほどの大きさになったゲル状の物質が、まさにアゼルたちに覆いかぶさろうとしていた。
「え、え、えええええぇっ！！！」
アゼルたち３人は逃げる暇もなくそのゲルに飲み込まれ、その中で溶かされた。
３人とも同じように体が透明になっていったが意識は残っていた。
『だからパティと同じ班は嫌だったんだ〜』
アゼルはゲルとなった体で後悔していた。
それから１時間後…
「のよ〜！！…あれ？！」
「よかったー、ラクチェ。一時はどうなることかと思ったわ。」
「え？？いったい何があったの？？？」
何が起こったかわからず、目をきょろきょろとさせるラクチェ。同じくガラスになっていた他の生徒たちも同様にきょとんとしていた。
「みんな無事でよかったな。最初にこの部屋に入ったときはさすがの俺もビビったがな。」
実は逃げ出したクラスメイトたちがこの手のことに詳しいレヴィン先生に助けを求めていたのだった。
かくしてパティとシルヴィアの実験の巻き添えを食らった生徒たち＋先生はみんな元の状態に戻った。
「まったく、誰がこんなことを…うん？」
レヴィンは足元にゼリー状の塊が落ちているのに気がついた。
「おーい、誰かゴミ袋を用意してくれー」
そういって手袋をはめて床に固まっていた塊をすべてゴミ袋に押し込んだ。
そしてゴミ袋を自分の部屋に持ち帰るとその袋の中のゼリーに向かって独り言を話し始めた。
「またか…お前たちはつくづく人の言うことを聞かない奴らだよなあ。とはいえ、今回は自業自得だからしばらくその姿で反省するんだな。」
そう言うとレヴィンはゴミ袋を部屋の隅に置き、自分は理科室の後片付けをするためと一服するために部屋を離れた。
「いかんいかん、すっかり遅くなってしまった！」
レヴィンが自分の部屋に戻ったのは夕方になってからであった。授業は朝だったのでかれこれ５時間くらい放置しただろうか、
その間にいろいろと用事を頼まれてすっかり忘れてしまっていた。
しかし急いで戻ってきたとき、彼はまた慌てふためいてしまう。ゴミ袋がそこになかったのである。
レヴィンはちょうど部屋の掃除をしていた生徒にゴミ袋の事を聞くと、他のゴミといっしょに捨ててしまったらしい。
それを聞いた彼は風のような速さでゴミ捨て場に向かった。
幸いゴミはまだ処分されていなかったがレヴィンはゴミの山の中からさっきの袋を探す羽目になった。
そして日もすっかり暮れた頃、ようやく目当てのゴミ袋が見つかった。レヴィンはそれを見てほっとしたのもつかの間、彼はまた茫然としてしまう。
ゴミ袋の中にはレヴィンの部屋にあったゴミも混ざっていたのだった。
「はぁ…こりゃあひでえな…」
ゴミ袋に入れたときは透明だったゼリーはコーヒーがかかって茶色になっており、ここ数日分の昼飯の弁当の生ゴミが異臭を放っていた。
さすがにレヴィンも堪らずにゴミ袋を放り投げてしまったが、鼻を押さえながら近づき、ゴミ袋の中からゼリーを何とか取り出した。そのゼリーは心なしか小刻みに震えているようだった。
「ちょっと可哀相なことをしてしまったかな。今戻してやるから許せ。」
そう言ってレヴィンはポケットから粉を取り出し、ゼリーにふりかけるとなにやら呪文のようなものを唱えた。
『ドロドロネチャネチャ…フッカツ！』
するといきなり粉が爆発し、あたり一面煙に巻かれた。
「ゴホゴホッ、おい、活きてるかー？」
「…」
「おい、マジでくたばってるんじゃないだろうな？」
レヴィンは必死に煙を吹き飛ばすとまだ粉が大量に残っている地面を見渡した。
「ぶはっ！」
粉の山の中から最初に顔を出したのはパティだった。
そしてシルヴィアがそれに続く形で顔を出した。
「ファッ、ファックション！」
「おお、生きていたか！」
レヴィンの顔が一瞬緩んだが、すぐに厳しい顔になって言った。
「しかしお前たち、また無茶苦茶しやがって！今日みたいなことになったのは自業自得として反省するように！」
『は〜い』
２人はやややる気なさげに返事した。
「それにしても〜服ドロドロだし、臭いし、今日は踏んだり蹴ったりだよね〜。」
「そうよ！レヴィン先生も私たちを置いてどこかへ行っちゃった後、ゴミ袋の中で私たちずっと何も出来ずに大変だったのよ！」
だんだんパティの言葉が攻撃的になっていった。
「だいたい、私たちがあんな姿になっちゃったのを知っていてゴミ袋に入れて放置だなんてひどいわ！」
「しかもあの後、生ゴミと一緒にされた挙句にかなりもみくちゃにされたんだから！！」
「あんなことされてお嫁にいけなくなったら先生のせいだからね！！」
「はいはい判った。お風呂代とクリーニング代は出してやるから綺麗にして帰りなさい。」
『はいっ！』
さっきとは全然違う元気な声をあげて、パティとシルヴィアはレヴィンからお金を受け取るとさっさと帰っていった。
「…奴ら、反省してないだろうなあ。」
レヴィンは半ば呆れたような面持ちで再びゴミを片付けることにした。
さっきまでパティとシルヴィアがいた粉の塊を再びゴミ袋に戻そうとしたところで、レヴィンはまだ人間が残っていることに気づいた。
急いで粉を取り除くと、そこにはすっかり気絶したアゼルがいた。
「おい、アゼル君、しっかりしろ！」
「う…うん？あ、レヴィン先生…ぼく、生きてますか〜？」
「おお、大丈夫だ。お前も巻き添えを食っていたのか。」
アゼルはゼリーの中でパティとシルヴィアに下敷きされた格好になっていたため、元に戻った後も粉の下で気絶したままなのだった。
そしてゼリーになっていた間、女の子２人と一緒になってもみくちゃにされていたことを思い出したアゼルは思わず呟いた。
「意外と気持ちよかったな…女の子と一緒にゼリーになるのもいいかも。」
《バコッ！》
レヴィンの突込みがアゼルを襲った。
終わり