作:闇鵺
くだらないものを持て囃し、くだらない事で盛り上がり、
くだらないものに「くだらない」と言って優越感を得る。
そんな枠組みから抜け出したい。
あたしはもっと面白いことがしたい。
千夜の通う中学校は昼食はお弁当である。
皆が皆、仲の良い友達同士で机を並べ、鮮やかに盛り付けられたお弁当を広げ、
賑やかに談笑しつつ時にはおかずを分け合ったりして思い思いに昼食を楽しんでいる。
そんな中、一人異彩を放つ存在が千夜である。
彼女だけは誰とも席を合わせようともせず、教室の窓際最前列の自分の席で
何の味付けも無い白米と適当な惣菜を詰め込んだだけの質素なお弁当を一人黙々と口に運ぶだけである。
時折、気を利かせたクラスメイトが声を掛けたとしても…、
「星降さん、一緒にお弁当食べよ!」
「いい」
この通り、逆パブロフの犬とでも言わんばかりの条件反射で拒否されるのだ。
クラスメイトの大半は、そんな千夜の性格故に積極的に関わろうとはしない。
そんな中、それでも懸命に千夜とコミニュケーションを図ろうとする健気にして稀有な人物、
赤辺
光(あかべ
ひかり)は再度千夜に話しかける。
「でも、みんなと一緒に食べた方がきっとおいしいよ!」
「変わらないわよ。そんな事で味の質が上がるのなら料理人の立場が無いわね」
実際、こんな口を開いても毒しか吐かないようなヤツが歓談の場に加わったところで
楽しく盛り上がる光景を思い浮かべることなどできそうにないんだが。
それでも孤立する千夜を放っておけない光はどうにか千夜を説得しようと試みるが
千夜にして見れば余計なお世話を通り越して迷惑と言ってもいいくらいである。
いっそ本当にそう口に出してしまえば、もう付きまとわれることもなくなるだろうか。
そんな二人の間にもう一人の女子が穏やかに入り込む。
「光さん、そっとしておいてあげましょう。
星降さんは静かに落ち着いて食べたいのよ。きっと」
彼女、羽鳥
菫(はとり
すみれ)もまた、近寄り難い千夜に気兼ね無く声を掛けることのできる一人である。
ただし菫の場合はあまり積極的に話し掛けたりはせず、あえて一定の距離を保とうとしている。
千夜にとってもその方がありがたかったりする。
菫になだめられつつもまだ納得のいかない様子の光を尻目に千夜は机の上を片付けて席を立つ。
元々量が少ないせいもあるが、千夜は人より幾分食べるのが早い。これにて昼食終了だ。
半ば逃げ出すようにして教室を後にする千夜の背中を光は残念そうに見送るしかなかった。
何か当てがある訳でもなく適当に廊下をふらつく千夜。
教室の脇を通り過ぎる度に、誰かとすれ違う度に、耳を澄まさずとも会話の声が入ってくる。
雑誌の受け売りのファッションや流行のタレントの話題。
批評家気取りのサブカル評論。教師や学校、家庭に対する不平不満。
――くだらない。
見ず知らずの生徒らの雑談を心の中で一蹴していく千夜。
憮然とした表情で千夜は安住の地を求めるように校舎のあちこちをさまよい歩く。
やがて屋上に出ることを思い付いた。あそこなら少しは気分も落ち着くだろうか。
屋上に来た千夜は飛び降り防止の金網に身を預けて目を閉じる。
なるほど。ここは確かに静かだ。
校庭でボールを追い回す生徒の声もどこか遠くの出来事のよう。
上を見上げると雲がゆっくり流れている。千夜はその雲の流れを目で追った。
よく「青い空を眺めていると自分の悩みがちっぽけに見える」などと言ったりするけれど
冗談じゃない。そんなことで悩みなんてものを誤魔化されたくない。
とにかく、この世界には本当にくだらないことが多過ぎる。
一人一人の個性なんてものをありがたがっておきながら
自分や周りの思考と異なるものがあればそれを異端と決め付け侮蔑する。
似たり寄ったりの価値観、そんなぬるま湯に浸かっているみたいな現状に飽き飽きしているはずなのに
打たれることを恐れて誰もそこから飛び出そうとしない。
なんて虚しいんだろう。
でも、一番虚しくて嫌なのは、そんなくだらない物事に一々反応しては
「くだらない」と不平を漏らす自分自身だ。
自分もまた、この“くだらない世界”の枠組みから抜け出せていない。
――あたしはもっと違う、誰も見たことの無い世界を見てみたいのに。
ふと、ある少女達のことを思い出した。
ブルーウインクと言っただろうか。黒い羽根に魅入られた鳥達を解放する為に戦う空の魔法少女。
突如現れた黒き魔女、サウザンナイトによって鉄の塊に変えられて
異界へ通じる穴の中へと消えていった哀れな少女。
さらに遡って、最初に自分の元へ現れたコルムという妖精。
助けを請うつもりが逆に黒い魔手に握り締められ、石の塊と成り果てた小さな命。
死んではいないみたいだけど、少なくともこの世界から消失してしまったという事実には相違無い。
そしてそれらを行ったのは…悪の魔法少女サウザンナイトというのは他ならぬ千夜。自分だ。
二人の少女を手に掛けたあの瞬間、千夜は自分の中の何かが変わっていくような気がした。
それが自分にとって良い事なのかそうでないのかは分からない。
でも、分からないからこそ考える。もう一度、あの感覚を…と……。
考えに耽る千夜の眼前で音も無く空間に黒い裂け目が生じ、裂け目は円く広がって穴となる。
穴の中から長い爪を伸ばしながらサメとモグラを合わせたような珍妙な生物が顔を出す。
これが三回目ともなればいいかげん驚く気持ちも失せるだろう。
「またこいつか」とばかりに千夜はその異次元生物の名を呟く。
「ダーティ…」
「おうオレ様だ。また魔法少女共の情報が手に入ったんでな。即行ルートで狩りに行くぜ!」
見るからに意地が悪そうで、それでいて何の悩みの無さそうな
この異次元の魔物の顔を見てると今度こそ悩みとかどうでもよくなってくる。
千夜は小さく溜め息をついた。
「分かったわ。で、また変身するのね?
今度は心の準備ぐらいさせて欲しいわね」
「お、随分物分かりが良いじゃねぇか。
オメェもようやく悪の魔法少女としての自覚が芽生えてきたか?」
「別に。ただ何となく気晴らしになりそうなことをしたいだけよ」
「へへっ、まぁ何でもいいぜ。それはそうとオメェ、
もう変身ぐらいはオメェ一人で出来んじゃねぇのか?」
そんなこと言われてもどうすればいいのよ。普通ならばそう返すところだが
千夜には一つ心当たりがあった。
「やっぱり…。一昨日あたりから頭に付いて離れない言葉があるんだけど、あれはそういう事なのね」
それは一つの詩を詠んでいるような言葉だった。
急に思い付いたというよりは、ずっと昔から知っていたものを思い出したように
その言葉は突然千夜の脳裏に浮かび上がった。
そしてそれが黒衣の魔法少女への変身の鍵となることも、千夜には何故か分かってしまったのだ。
ダーティが期待の眼差し(多分)を向ける中、千夜は頭に浮かんだ言葉を唱える。
「…今宵の夜は刹那の夜……
今宵の夜は千の夜……
千の言霊操りて…千の御魂をこの手に収めん…。
儚きこの身を黒に染め…闇に心を解き放たん…。
千の夜の訪れを導く我は孤高なり…!
…我が名は…サウザンナイト……」
呪文の結びとして、自分が化身する魔女の名を告げる。
その瞬間、周りの景色にヒビが入り、割れたガラスのように崩れ落ちる。そして辺りを闇が支配する。
いや、これは単なる暗闇とは違うものである。
確かに周りは全て黒で覆われていて、遥か遠くを見詰めても一切の光は見えてこない。
でも、下を向けば両足が何も無い空間で直立しているのがちゃんと見えるし
顔の前に手をかざせば手の形がはっきり見えている。
まるで自分だけが元の世界からそのままこの黒い世界に入り込んだかのよう。
そして、かざした手の指先が黒く染まりだし、石のように動かなくなる。
黒く染まる部分と連動して服が燃えカスのように霧散していく。
やっぱり脱がされるのねと冷静に突っ込みを入れられる自分に気付く。
以前は体が変化していくに連れて心臓がドクドクと鳴り出したり
頭が割れそうなくらい痛くなって叫び出したくなったりしたのに。
実際、一走りした後ぐらいには心臓の鼓動は早くなっているのだけど、
変身もこれまた三度目だから体が慣れてきたということなんだろうか。
だとしたらちょっとありがたい。変身の度に死にそうな気分を味わわなくて済む。
全身が黒く染まり果てても千夜は意識を保ったままだ。その為だろうか
黒い石の彫像となった自分の体に魔力とでも呼びそうな力が集まっていくのが分かる。
…正直、良い気分かも知れない。
自分が今石像にでもなっていなかったら
あまり他人には聞かれたくない声の一つでも漏らしてしまったかも知れない。
そりゃあこの空間には自分以外の誰もいやしないから声を出そうが聞かれようもないのだけど
これは自意識の問題だ。
そんな千夜の自問自答などお構い無しに
彼女の体を纏わり付くように周回する魔力が魔女の装いに具現化していく。
魔力の流れが治まると、千夜は自分の体を覆い尽くす黒曜石の殻を吹き飛ばすように魔力を放出する。
すると時間が巻き戻っていくように元の景色が復元していく。
全てが元に収まり、変身が完了した。
「……ふぅ。これで良いんでしょう?」
千夜はかざした状態のままにあった手を顔の前に寄せて眼鏡を直そうとする。
だがそこにあったのはいつもの眼鏡ではなく帽子の鍔だった。
「おっしゃ、それじゃあいくぜ!」
千夜の変身を見届けたダーティは首を引っ込めて穴を閉じる。
そして千夜の首に掛けられた水晶玉に星屑のような光が宿る。
千夜は右手を差し出して武器の名を告げる。
「ザグオラ!」
カボチャを模した飾りの付いた長いロッドが一瞬にして現れる。
千夜はそれを両腕でしっかりと抱きしめる。そして目を閉じて深呼吸を一つ。
「今度は暴走するんじゃないわよ」と切に祈りながら
自分が空を飛ぶイメージを思い浮かべ、両足で強く地を蹴った。
校舎の屋上を離れたザグオラは前回のようにいきなりすっ飛ぶようなことは無かったが
軌道がフラフラしたり、しがみ付く千夜を振り落とさん勢いでグルグル回転しだしたりと
あまり安定した飛び方とは言えない。
それでも何とか制御が効くようになった頃になって、
ようやく千夜は昼休みが終わろうとしていることに気付いた。
「…まぁいいわ。教師が教科書を朗読するのを聞かされるだけの授業なんて
受けなくても同じだもの」
何故だろう。千夜は今、気持ちが昂っているような気がしていた。
変身の余韻がまだ残っているんだろうか。
ただ一つ言えるのは、クラスメイトの雑談や教師の講義なんかよりも
魔法少女を倒しに行く…その事の方がよっぽど大事であるように思えるということだった。
青いセミロングと赤い短髪。対照的な髪をした二人の女の子が道を歩いている。
小学校高学年ぐらいに見えるこの二人、顔立ちは非常によく似ていることから双子であるらしい。
赤髪の方の少女は両腕を頭の後ろで組んで、退屈そうにしている。
「あー…何かどぉーんと派手な事件でも起こんないかなぁ。ねぇ、セルウ?」
「カリア、事件が起こらないってことは平和なんだから良い事なんだよ?」
「わかってるけどさぁー…」
公園に差し掛かったところで赤髪の少女、カリアがポイ捨てされている空き缶を見付ける。
それを拾い上げると公園内にあるゴミ箱目掛けて思い切り投げた!
放物線を描く空き缶は惜しくもゴミ箱の淵に当たって大きく跳ね返った。
「あ、おしいっ!」
青髪の少女、セルウが空を舞う空き缶に強い眼差しを向ける。すると…
空き缶は物理の法則を軽くファールして落下起動をグイーンと曲げ、見事ゴミ箱の中に納まった。
それを見届けた少女二人は軽快にハイタッチを決める。
「ナイスアシストぉ!」
「ふふ!」
そんな二人の微笑ましいやりとりを上空から眺める影がある。
長いロッドにしがみ付いた状態で宙に留まる黒装束の魔女は
仲の良い二人の姿を確認し、胸元の水晶に尋ねる。
「あの二人がターゲットのセルウとカリア?
魔法使いって言うより超能力者って感じだけど」
「へっ、どっちだっていいことだぜ。それよか、今回は余計な手間掛けさせんじゃねぇぜ」
言われなくても、こんな異次元のサメモグラに
自分から助けを申し出たりなんてしたくない。
そう心の中で呟き、その身を預けるロッドに「ゆっくり降りろ」と指示を送る。
公園を後にしようとする双子の少女は邪悪な気配を感じ取り、全く同じタイミングで上を向く。
二つの視線の先では、黒い魔女が獲物を狙う冷酷な狩猟者の眼でセルウとカリアを睨み付けながら
上空から妖しく舞い降りようとしていた。
その瞬間、二人は金縛りに掛かったかのように体の自由を奪われ、
同時に強烈なプレッシャーが襲い掛かってきて二人の少女は地面に倒れ伏した。
「わぁっ?!」
「きゃあっ!!」
倒れ込んだ二人は何とかして起き上がろうとするが重い圧力が容赦なく二人を地面に縛り付ける。
そんな二人を見詰めたまま、黒衣の魔法使いは音も無く降り立った。
セルウは自慢の超能力による反重力波でプレッシャーを中和し、辛うじて体を起こした。
だがそれでも立ち上がるのがやっとといった様子でその場から動くことは出来ない。
そして絞り出すような声で突然現れた魔女に問いただす。
「…あなた…一体、だれ…?
なんで…こんなこと……?」
「あたしはサウザンナイト。何でって言われても、
あなた達を倒すためだからに決まってるでしょう?」
感情を抑えながらも、高圧的な態度で答える千夜。
その響きは身震いがするほど冷たくて、
セルウもカリアも声を聞いただけで立ち上がろうとする気力を奪われていくような気がした。
千夜はまず自分に声を掛けたセルウに狙いを定めたようで、
ザグオラをセルウに向けて振り下ろし、呪文を唱えた。
「ゴルデ・レッサ!」
ザグオラから発せられた見えざる力がセルウを弾き飛ばす!
「いやぁ!?」
先程の空き缶のように、か細いセルウの体は宙を飛び、数メートル離れた位置に落ちた。
相変わらずプレッシャーから抜け出せないでいるカリアは
痛みを堪えるセルウの身に生じた体の異変に本人よりも先に気付き、悲痛な声を上げた。
「セルウ、足…!?」
「……え…?」
油の切れた歯車を回すように顔を自らの足先に向けるセルウ。
その視線の先では…セルウの足が黄金色に変色していた。
「い、いやああぁぁぁ!!?
何!?
何なのこれ!!?」
黄金色に変色した部分は完全に動かせなくなっているばかりか感覚まで失われている。
無理矢理動かそうとしても自分の体とは思えない程に重い。
そう、今まさにセルウの足は金の塊に変化しているのだ。
そしてそれは脚からモモへ徐々に広がっていく。
「いや、いやぁ…!
やめて…おねがい……助けてぇ!!」
「セルウ!
セルウー!!」
恐怖に侵されゆくセルウと、どうすることも出来ずただひたすらに名を呼び続けるカリア。
二人の少女の悲痛な叫びを聞きながら、千夜はポツリと呟いた。
「怖い?」
「ひくっ!」
心臓を刺す氷柱のような声にセルウは泣き声を怯ませる。
そんなセルウの元へ歩み寄りながら、千夜は独り言のように淡々と言葉を続ける。
「体が徐々に金の塊に変わっていくんだもの。怖いに決まってるわよね…?」
言葉の一つ一つがまるで呪詛を掛けているかのようで
セルウにはもはや悲鳴を上げる気力も無い。
カリアもまた、自分に背を向けてセルウに語り掛ける千夜の
例えようの無い威圧感に気おされて言葉をつぐんでしまっている。
「あたしはね…、あなたを痛め付けても少しも心が痛まなかった。
こうしてあなたを金に変えることにも何の抵抗も感じていないの。
あなたがどんなに苦しんで、泣き叫んでも…あたしはこの手を緩めようとしない。
自分が今何をしているのか分かっている筈なのに、それを止めようとしないのよ」
この人は何を言っているんだろう。
カリアは改めて、セルウを金の塊に変えようとしている黒衣の魔法少女を見た。
不気味な黒装束を除けば、自分達よりいくらか年上の普通の女の子だ。
それが何故、こんなにも恐ろしく感じてしまうのか。
それはきっとこの少女から発せられる邪悪な気が、
その不気味ないでたちからではなく少女自身から感じられるからなのだろう。
千夜は表情に乏しい冷たい視線をセルウに送り続ける。
その視線からは恨みや憎しみといったものは感じられず…それなのにますますセルウを怯えさせる。
「あたし…あまりそういう状態になったことが無いからよく分からないんだけど、
…こう言えば良いのかしら…?
あたし今…すごく興奮してる」
そう口に出した瞬間、千夜の表情に笑みが浮かんだように見えた。
「そうね、あたし楽しんでるんだわ。
あなたの体を金に変えて…あなたの泣き顔を見て…あなたの悲鳴を聞いて…
それがとても楽しい事のように感じているの。心の底から」
ここで一つ、狂喜に満ちた高笑いでも上げて見せれば一層迫力があるかも知れない。
でもそんな奇行を取れるほど我を失った覚えは無い。
千夜はあくまで理性的なのだ。
だから最後まで淡々と、そして心の奥底では愉しみを感じながら、
少女の体が金へと変わりゆく様を見届ける。
「……あ…あぁ……ぁ…ぁ………」
「セルウーーーーー!!!」
千夜の迫力に気おされていたカリアが我に返るが時既に遅く、
自らの片割れである青い髪の少女は金色に輝く像へと変えられてしまった。
カリアの叫ぶ声も、もうセルウには届かない。
千夜の注意がずっとセルウに向けられていた為か、
いつの間にかカリアに掛けられていた重力魔法も解けているのだが
カリアはその場から動こうとせず、ひざまずき瞳に涙を溜めている。
「…あたしのせい…?
あたしが…“事件が起きればいい”なんて言ったから…
セルウがこんな目に……?」
「それは仕方の無い事だと思うわ」
黄金像となったセルウには興味が失せたのか、千夜はカリアの方へと踵を返す。
「“退屈”は最も辛い苦行の一つだもの。
自分に何が出来るのか…自分は何がしたいのか……何故、ここにいるのか…。
それがはっきりしないまま漫然と時間を食い潰すなんて不快以外の何ものでもないわ」
慰めている訳ではない。当然の事ながら。
「事件が起きればいい」…そのカリアの言葉にこれまでの自分を重ね合わせているのだ。
クラスメイトとの談笑には興味が湧かず、空想世界の主人公に共感と羨望を抱き、
かといって自分が何をするべきなのかは分からず、ただ漠然とした不満を募らせるだけの日々。
そんな日常からの解放を願っていたのは他ならぬ千夜自身なのだ。
「それをすることで、あたしという存在がここにいることを証明できるのなら
あたしはどんな事でもやってみせる。だから…」
「……もどしてよ…」
千夜はザグオラをカリアに向け、カリアはゆっくりと立ち上がる。
双方ともお互いの声には耳を貸そうとしない。
初めから相容れない者同士なのだ。だから会話が噛み合わない。衝突するのだ。
「だからあたしは戦うわ!
あなたたち、正義の魔法少女と!」
「戻してよぉ!!
セルウを元に戻しなさいよおぉ!!!」
カリアの叫びに呼応して、彼女の全身から炎が燃え上がった!
セルウの超能力に対し、炎を操る技こそカリアの得意技である。
カリアの全身を覆う炎はカリア自信を傷付けることは無く、
突き出した両腕が千夜に狙いを定める。
千夜の胸元の水晶から焦りを感じさせる声が響いた。
「オイ、格好付けてる場合じゃねぇぜ!?
さっさと決めちまえ!
なんなら俺があんな炎なんざ消し飛ばして…!」
「余計な手出しは無用よ。あれはあたしが倒すの!
大丈夫。勝てるわ。…そんな気がするの」
何を思ったか千夜は構えを解いて棒立ちになる。そしてじっとカリアの動きに注目する。
カリアの全身で踊る炎が突き出した両腕から千夜に向かって放たれる!
「うああああぁぁぁぁぁ!!!」
「フラッタ・ザプライド…」
激しい炎が千夜に向かって突き進む!
それを千夜は背中のマントを翻し、正面から受け止める!
ジュオッ……
マントに被弾した炎はそれまでの勢いが嘘だったかのように一瞬にして鎮火した。
同時に千夜の姿もカリアの視界から消失した。
あまりにも呆気無い結末にカリアが異変を感じる暇も無く、彼女の背後から
それこそ、先程の炎が一瞬にして消え去ってしまう程の冷たい声が響いた…。
「終わりよ」
「……え………?」
マントで攻撃を防ぐと同時に姿を消し、瞬時に敵の背後に移動して奇襲を仕掛ける。
これが“フラッタ・ザプライド”の効果である。
卑怯?
当然である。サウザンナイトは悪者なのだから。
カリアが恐る恐る振り返ると、そこにはザグオラを彼女の胸元に突きつけた千夜がいた。
大きく翻るマントには若干の焦げ跡が残っていて、カリアにはそれが死神の装束のように見えた…。
「シルバ・レッサ!」
千夜の唇が呪文の名を告げる。
戦いはあまりに呆気無く、背後からの不意打ちという正当性に欠ける手段によって幕を閉じた。
弾かれたカリアの体は、先に金の像と化したセルウの近くに転がり落ちる。
そしてセルウと同じように、カリアの体が足元から徐々に銀に変化していく。
「…あたし……負けた……?」
手の平に力を籠めてももう火の粉すら起こらない。
カリアは銀の塊と化した自分の足を引きずりながらセルウの傍に身を寄せて、セルウの頬に手を添えた。
「…セルウ……ごめんね…ごめんね……」
――あなたが謝る必要は無いわ。だってそれをやったのはあたしだもの。
体が完全に銀に変わる最後の瞬間まで、カリアは涙を流し続けた。
頬を伝う涙は銀の輝きに反射してやけに美しく見えた。
ザグオラで地面を突き、セルウとカリアのいる真下に黒い穴が開く。
金と銀、二体の姉妹像が黒い穴に呑まれていく。
異界の穴が閉じ、全てが終わった後になってもまだ千夜の興奮は収まらなかった。
魔法少女と呼ばれる者達を倒すのも、これで三度目だ。
最初の時はまだこの感覚が何なのかは分からなかった。
二度目の時もまだ漠然としていて確証が得られなかった。
そして三度目。ここに来てついに千夜は己の中に芽生えたある感情を確信した。
思い描いた光景を魔法の力によって具現化すること。
少女の自由を奪い、悲しみと恐怖の泣き声を聞くこと。
悪に対抗する力を、更に大きな力をもって捻じ伏せること。
それら全てを千夜は…「楽しい」と感じていたのだ。
今度こそ笑いが込み上げて来そうになる千夜に向かって胸元の水晶が満足そうな声を上げた。
「へへっ、よくやったぜ!
どうやらオメェを千夜(せんや)の巫女に選んだのは大正解だったみてぇだ!
あのチビ妖精に感謝しねぇとな!」
「…そうね。あまり気が進まないけど……」
――あたしを選んだあんたにも、感謝するべきなのかしらね。
「あ?
何か言ったか、千夜?」
「別に。ただ“つまらない”なんて言ってる間は面白くなんかなりはしないのね…って」
そしてこの時、誰に告げる訳でもないが千夜は一つの決意をした。
世界を征する野望の為?
己の存在の証明?
単なる娯楽の追及?
理由は何だって構わない。
その道の果てにあるものが堕落や破滅だったとしても、それはそれで面白いかも。
どこまでだって堕ちてやる。
あたしはこれからも正義の魔法少女と戦っていく。サウザンナイトとして。
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