作:闇鵺 イラスト:mou
それから数ヶ月。わたしは人目を避けて森の中で暮らすようになった。
こんな不条理にも慣れというものはあるようで、
わたしはこの相変わらず好き勝手にウネウネとしている蛇の髪に対しても
いつの間にか恐怖やおぞましさを感じなくなっていた。
そうして独り森の奥で過ごす内、
わたしは神がもたらしたもう一つの呪いの存在を知った。
そして図らずも、それがわたしに新たな愉しみを与えることになる。
湖に一人の少女が訪れる。年はわたしと同じぐらいだろうか。
その少女は周りに誰もいないのをいいことに
服を脱ぎ、下着の一枚までも下ろして、生まれたままの姿を解き放った。
幼い顔付きに対し、胸は手の平に収めるのに丁度良い大きさと形を誇っているのが少し悔しい。
裸の少女は脱いだ服を濡らさないように離れた木の陰に置き、
そして人目をはばかることもなく楽しげに水浴びを始めた。
弾ける飛沫の音と陽気にはしゃぐ少女の声が森の中にこだまする。
肩口まで伸ばした栗色の髪を水に濡らし、
茜色の瞳から零れるあどけない笑みはまるで太陽のように
舞い散る水の飛沫にまで輝きを与えていて…
その姿は――今のわたしだから思うのかも知れないけれど――
かつてのわたしと同じぐらい美しかった。
決めた。今日はこの子にしよう。
わたしは水遊びに夢中になっている少女に声を掛ける。
「ねぇ」
「……!?」
誰もいないと思っていたところを急に声を掛けられて
驚いた少女はとっさにその場に屈み込んで両手で体を隠す。
「…別に女同士だし、隠す必要も無いのに。
あなた、こんな所で一人でいたってつまらないでしょう?
それよりもわたし達と一緒に遊びましょう。
この子達も…あなたと遊びたがってる」
声を掛けたのが自分と同じ女の子であると気付いてホッとしかけたのも束の間。
その女の子というのは蛇の髪をした異形のものであったのだから
少女は一層驚いて「ひっ」と小さく息を飲み、身を竦ませる。
「ほら、また隠す。
そんな美しい躯をしているのに隠してしまうなんてもったいないわ。
思い切って全てさらけ出してしまえばいいのに。
こんな風に……」
「…え?!」
わたしは髪の蛇を少女の元へ向かわせる。
蛇は少女の手足に巻き付いて逃げられないように動きを封じる。
最初は忌々しいと思っていた蛇だけど、慣れてしまえば可愛いもの。
それに、蛇はわたしの言うことをよく聞いてくれる。
あの日の夜、切り落とした首がすぐに蘇った時のように
わたしが指示するとおりにどこまでも身を伸ばすことができる。
だからこうやって獲物の体を縛り、捕らえることもできるのだ。
蛇は巻きついた手足を伸ばして少女の体を開かせる。
胸を隠そうとする両腕をそのまま上に伸ばし、
膝を折り曲げたまま、両脚を左右に大きく開いて…。
「いやあぁぁ!!
やめてええぇぇぇ!!」
女たらしめる部位をあらわにされて、少女は羞恥の悲鳴を上げる。
わたしはそんな彼女に近付いて、涙で潤んだ茜色の瞳を覗き込む。
「わたしの目を見て」
「……ぁ…」
わたしと少女の目が合わさる。
少女は目を離そうとするけれど、一度合わせてしまったらもう手遅れ。
まるで磁石で引き合うように、視線を外すことができなくなる。
少女の目に映るのは蛇の目をしたわたしの姿。
わたしの目に映るのは蛇に怯える少女の姿。
互いの目が互いの姿を映し出す。そしてそれが合わせ鏡のように無限に連なっていく。
“かがみ”という言葉が蛇の目を表すように、目とはものを映す鏡なのだ。
その鏡の中で、しなやかな少女の手足が
ピシッと凍て付くような音を響かせて白い塊に変化していく。
それは決して鏡の中だけのことではなくて、
蛇に絡まれた少女は脚を大きく開いた恥知らずの格好のまま、
少しずつ…その躯を薄緑掛かった半透明の石に変えていく。
これが、神がわたしに掛けたもう一つの呪い。
わたしの姿を見た者はその身を石に変えられる。
もしもこの蛇の髪をどうにかして、めかし込むなり着飾るなりしたとしても
目を合わせた者は全て石になってしまうのだから、
わたしはもう二度と誰かに美しいと言われることは無い。
誰にもわたしを称えることはできない。
孤独で虚しい自己満足の美。
それがわたしのもう一つの呪い。
ところが、このもう一つの呪いこそがわたしの新たな生き甲斐となったのだ。
この呪いの力に気付いて以来、わたしは森を訪れた美しい少女を見かけるたびに
それを石に変えることを楽しむようになっていった。
石に変えるといっても、それが完成するにはいくらかの時を要する。
その僅かな時間の間にわたしは捕らえた獲物でお遊びをするのだ。
少女はわたしの目に映る悪夢の光景が
現実に自分の身にも起きているだろう事を察して
必死に身じろぎ泣き叫ぶ。
「そんな!?
体が石に…!」
「ただの石じゃないわ。サーペンティン。
蛇の名を冠する美しい宝石よ。
ほら…、おみ足が固まってしまったわ。これでもう逃げられない」
「いやぁ!!
だれか…たす、助けてぇ!!」
「無駄よ。だって蛇は捕らえた獲物を逃がしたりはしないもの。
絡めて、縛って、毒に侵して、そうして動けなくしてから丸呑みにしてしまうの。
そして…お腹の中でゆっくり溶かしてしまうのよ」
言いながらわたしは蛇の一匹を掴んで一撫でし、
そして少女の両脚の付け根の、彼女の躯の内に通じるその場所に…
蛇を差し込んだ。
「―――――――!!?」
声にならない少女の嬌声が響き渡る。
彼女の躯に差し込んだ蛇が中で動く度に艶めかしい声が溢れ出る。
「ひぁんっ!
…あ…やぁん……!
おねが…い……やめてぇ…!!」
いやよ。誰がやめるものですか。
これからが面白くなるところなのに。
そう。どんなに清純そうな娘でも、躯を開かれ、大事な所を弄り回されれば
快楽という毒に苛まれ…声を上げずにはいられない。
そんな苦痛と愉悦との間で歪んだ表情を見るのが、
そして躯の内から湧き出してくる淫靡な啼き声を聞くのが、わたしは何より楽しいのだ。
「ぁんっ…!
…わたっ…わたし…もう……だめぇぇ………!」
「あら、逝クにはまだ早いわよ」
蛇の一匹を少女の右胸に纏わり付かせ、左胸はわたしが直接手で触る。
あぁ、やっぱり。手の平に収まる丁度良い大きさだ。
揉むとふんわり柔らかくて、先端が少し硬くなっていて、そのコントラストが面白い。
そしてその胸の奥では彼女の心臓がけたたましく鳴り響いているのが感じられる。
「ひゃぁぁっ!?」
少女が一際大きな声を上げる。
見ると、右胸に纏わり付いた蛇がその二股に分かれた舌で
チロチロと彼女の乳首を弄っていた。
わたしも蛇のマネをして少女の左胸に吸い付く。
柔らかな膨らみを唇で覆い、その先端にある小さな突起を舌で舐めまわす。
…おいしい。
まさか母乳が出ているなんてことは無いだろうけど、
舌を通じて得たこの感覚をわたしはそう解釈する。
キャンディー…というよりはキャラメルかしら。
そんな、硬いけど柔らかくて舐めるほどに甘さが滲み出る最高のお菓子の味にわたしは夢中になる。
「…あぁ…ん……なめ…ないでぇ……。おねがい…もう…ゆるして……。
わた…し……とけ…ちゃう……」
「…はむ……んん……うん…?」
突然、キャラメルが硬い塊になった。
舐め過ぎて味が無くなってしまったのだろうか。
気付けば彼女の体はもう胸の辺りにまで石に変わっていた。
名残惜しいけれどもうすぐおしまいの時間。
わたしは好き勝手に遊ばせていた蛇達を元に収めて、
そして最後の楽しみにと残しておいた、とっておきのデザートを頂くことにする。
それは吐息を漏らすたびにふるふると震える、唇という名の桃色の果実。
わたしは少女の背に手を回し、ほんの少し顔を斜めに傾けて…
ちゅっ
「……んん…!」
唇を重ね合わせた瞬間、少女は息の詰まったような小さな呻きを漏らす。
わたしは唇の隙間に舌を押し込んで少女の舌に触れる。
思うがままに愛撫してあげるはずだったのだけど、彼女の方からも舌を動かしてきて…
絡まってしまいそうになるくらい激しくわたし達は触れ合い続けた。
柔らかくて甘くて…とても熱い。
「……っはぁ……」
ゆっくりと唇を離す。
細い露の糸がわたしと少女の間に引かれ、そしてすぐに融けて無くなった。
少女は唇の端から涎の筋を垂らしながら呂律の回らないか細い声で呟いた。
「……な…なんで……こんら…ことぉ………」
それはわたしに向けての言葉なのだろうけど
少女の目は焦点が合っていなくて、独り言のようにも見える。
「あなたが可愛いからよ…」
「………ぇ……?」
「あなたはとても美しいから、嫉妬深い神様がきっと醜い化け物に変えてしまう。
わたしみたいにね…」
少女はわたしの答えを理解し切れていないのか、
未だ焦点を取り戻していない目で人形のように押し黙っている。
わたしは構わず話を続ける。
「だから…、神様に見付かる前に、わたしがあなたを汚してあげるの。
そうすれば神の嫉妬を浴びることも無いでしょう?」
わたしは再び己の蛇の目に少女の姿を写す。
「ほら、見えるでしょう?
わたしの目の中にあなたの姿が」
「これが……わたし…なの……?」
両脚をはしたなく開いて、躯の内に繋がる大事な場所は
蛇を差し込んだ状態で固まってしまったために口が開いたまま。
水浴びをしたためか汗や涙に塗れたためか全身が濡れていて
纏わり付く水の滴が薄緑掛かった半透明の躯を光らせる。
両腕を天に捧げたその姿は、美しくも淫らなまるで一つのオブジェのよう。
「そうよ。とても綺麗で…とてもエッチな女の子…。それが今のあなたよ」
変わり果てた自分の姿を目の当たりにした少女は
もう考える力も無くなってしまったのか、頬を紅潮させ、目をいやらしく細めて
自らの体が変わっていく様を見届ける。
まるで蛇に飲み込まれていくように、
少女の顔を薄緑色の石が覆っていって…ついに少女は完全に蛇紋石の像と化した。
「ウフフフ……完成。これであなたは永遠にこのまま。
年を取って老いることも、神に化け物にされることも無い。
……羨ましいわね」
美しさとは脆いもの。
ほんの些細な事をしてやるだけで跡形も無く壊れてしまう。
髪の毛を蛇に変えるとか、はしたない格好で石にしてしまうとか……。
そんな儚くて壊し甲斐があるからこそ“美しさ”とは尊いのだろう。
そして…一度壊れてしまったものは二度と元には戻らない。
静かになったせいだろうか、わたしは何故だか淋しくなって、
動かなくなった少女の体を抱き寄せて
開いたまま固まってしまった秘密の入り口に指を入れてみる。
当然、少女は何の反応も示さない。
…また、次の獲物がやってくるまでこうして一人で遊んでいよう。
もう手にすることは無い、いつかの美しさに思いをはせながら…。