作:幻影
常備している銃をかまえ、童夢はメデュースを睨みつける。しかしメデュースは全く動じず、笑みさえも消してはいなかった。
「ホントに久しぶりだよね、芝童夢。私は待ってたよ。」
「ああ。私もずい分と待ったさ。」
銃を握る童夢の手に力がこもる。
「お前を倒し、姉さんを取り戻す!」
童夢は叫びを上げながら、引き金を引いた。しかし放たれた弾丸は、メデュースの眼前の床を叩くだけだった。
発砲が途絶え、倉庫内に再び静寂が訪れる。弾を受けて焼け焦げた床を見下ろし、メデュースは微笑をもらす。
「どこを狙ってるのかな?あの街の凍結事件以前のほうが、もっとうまく撃ってたと思うんだけど?」
メデュースの指摘どおり、童夢は的確に彼女を狙うことができなかった。
メデュースは街を凍てつかせるほどの被害を及ぼした、童夢と夕菜の戦いを拝見していた。そのときと比べ、今の童夢の狙いはおろそかだった。
童夢は腕が鈍っているわけではなかった。ただ、メデュースのそばに神楽がいたため、迂闊に攻撃することができなかった。
無意識のうちに狙いが外れ、童夢は舌打ちしてうめいた。
「まぁいいわ。こうしてあなたが来てくれて、私は嬉しいよ。」
「嬉しいだとっ!?・・ふざけるな!お前は私の姉さんを石に変え奪った!お前だけは・・絶対に許せるものか!」
憤慨する童夢に対し、メデュースが哄笑を浮かべる。
「あのとき最後に言ったよね?必ずあなたを手にするためにまた来るって。いつまでも姉さんと妹が離れ離れにしておくわけにはいかないからね。」
「お前・・どこまでふざけたことを・・!」
「それに、いつもそんなコワい顔してたら、お姉さんが可愛そうだよ。後で私がとっても気持ちよくしてあげるから。」
「きさまぁぁーーーー!!!」
あまりの怒りに絶叫を上げる童夢が、メデュースに向かって駆け出す。するとメデュースは右手を思い切り振り抜いた。
かまいたちを思わせる衝撃波が童夢の行く手をさえぎり、周囲に置かれていたマネキンを数体半壊させる。
「悪いんだけど、今はあなたの相手はできないんだ。まずはこの人をオブジェにして、持ち帰らなくちゃいけないから。それに、あなたの他にも手にしたい人がいるから。」
「・・速水夕菜か・・・あれはどういうことなんだ!?・・お前とアイツは同じ姿だ・・!」
「それはまた今度、ゆっくり話してあげるから。でもちょっとだけ言っとくね。」
パキッ ピキッ
メデュースが微笑をもらしている間も、神楽にかけられた石化は進行し、指の先まで石に変わっていた。そしてそれは首に及び始めていた。
「あの子は私の影。私から離れていったもうひとりの私・・・」
ピキッ パキッ
唇まで固まり、頬まで石化される神楽。その眼から涙がこぼれ、ひび割れた頬を伝う。
フッ
その瞳さえもヒビが入り、神楽は完全な石像になった。流れていた涙が瞳の中で弾け、頬に引かれていた涙腺が途切れる。
「ほうら。この人も私に簡単にオブジェにされちゃったよ。あなたの姉さんみたいに。」
メデュースは微笑みながら、神楽に寄り添い、その石の胸を撫で始めた。神楽は依然と歯がゆい思いを隠し切れないでいた。
同じように石化され、その体を弄ばれた姉の姿が、彼女の脳裏に蘇ってくる。メデュースに対する憎悪がさらに強まる。
「今日は帰らせてもらうよ。あなたを手に入れるのはまた後でネ。あっ、でもあの子を手に入れるのが先かな?どっちにしても、私は嬉しいけど。」
神楽を優しく抱くメデュース。そしてそのまま音もなく姿を消す。
「待て!逃げるな!」
叫びながら手を伸ばす童夢。しかし2人の姿は消えてしまった。
(メデュース・・・私の姉さんを奪ったアスファーの名・・・!)
胸中で大敵の名を刻み付ける童夢。銃をしまい、マネキンだけが無造作に置かれたこの倉庫を後にした。
白い裸の石像と化した女性たちが並ぶ部屋。そこに瞬間移動してきたメデュースが、音もなく姿を現した。
石化した神楽から体を離し、近くにある部屋の明かりのスイッチを入れる。漆黒に塗りつぶされていた部屋に光が灯り、白い石の肌をした裸の女性たちが照らされる。
「また1人、私のオブジェが増えたね。」
妖しい微笑を浮かべながら、メデュースは神楽を運び、肩まである髪をした女性の隣に置いた。
「ここでいろいろ心の会話を楽しむといいよ。童夢のお姉さんが相手なら、話も弾むと思うよ。」
2人の女性の石の頬を滑らかに撫でて、メデュースが囁く。無反応の石像たちの中で、彼女はきびすを返しつつ、瞬間移動で姿を消した。
「えっ!?神楽さんが!?」
神楽の部屋に戻ってきた童夢の話に、待っていた夕菜は驚愕する。
「そんな・・・神楽さんが・・・私のために石にされちゃうなんて・・」
「ヤツは私とお前を狙っている。私には姉さんと同じように石に変えようとしている。だが、ヤツがお前を狙う意図がよく見えない。」
「えっ?」
「分からない・・ヤツはお前を自分の影だと言っていた。姿かたちが同じだということが関係しているのか・・・それともただ、同じように石にして奪い去ろうとしてるだけなのか・・・」
童夢の疑念は深まるばかりだった。
美女を石化し、白く固まった肌を弄ぶ。それがメデュースの欲情であり快楽である。童夢には、夕菜を狙う目的が確信に結びつかなかった。
「もしかしたら、私のせいかもしれない・・」
「え?」
夕菜が沈痛な面持ちで言葉をもらし、童夢が眉をひそめる。
「私がいなければ、亜季さんや真紀さんが死ぬこともなかったし、神楽さんが連れ去られることもなかった・・・私がいなければ、みんな何事もなかったはずなのに・・・」
「お前・・・」
自分を責める夕菜に童夢がうめく。ここまで自分を責めることは、逆に自分を陥れていることになると童夢は考えていた。
「お願い、童夢・・私を殺して!」
「なっ!?」
夕菜の突然の言葉に、童夢は意表を突かれて驚く。
「私が死ねば、真紀さんが言ってた最悪の事態はなくなるかもしれない。亜季さんや真紀さん、神楽さんのためにも死んじゃいけないとも思うけど・・」
夕菜が涙ながらの悲しい笑みを見せる。
「私のせいでみんなが傷つくのは、やっぱりよくないよね・・・」
「お前・・本気なのか・・・!?」
「あなたは私を憎んでた。私があなたのお姉さんを奪ったアスファーと思ったから。」
満面の笑顔を見せる夕菜。その頬に涙腺が描かれる。
「あなたなら・・迷わずに私を殺してくれると思うから・・・」
夕菜は死を覚悟し受け入れていた。
自分がメデュースにとって絶対優位の存在であることは、彼女は薄々感じていた。死への願望は、自分を支えてくれた人たちを思えばこそだった。
「後戻りはできないぞ。それでもお前は死を選ぶのか?」
童夢が念を押すと、夕菜はひとつ息をのんで頷いた。童夢はひとつ息をついて、常備している銃を取り出し、銃口を夕菜に向ける。
(コイツはあのアスファーと深い関係にある。コイツを殺せば、私の復讐は大きく前進する。)
内にある復讐心をかき立て、童夢は銃を握る手に力を込める。瞳を閉じた夕菜に狙いを定め、引き金に指をかける。
そしてその引き金を引こうとする。イメージが先行し、それに現実が追いつくはずだった。
だが、銃は発砲しない。童夢の意思に反して、銃口から弾丸が放たれない。
彼女は引き金を引いてはいなかった。引き金を引かなければ、弾は発射されるはずもない。
(なぜだ・・・!?)
童夢は胸中でうめいた。指が言うことを聞かなかった。
なぜ殺せない。
なぜ殺さない。
なぜ今になってためらう。
(これは、どういうことなんだ・・・引き金が・・引けない・・・!?)
童夢の中に動揺が広がる。覚悟を決めていた夕菜も、ゆっくりと眼を開く。
童夢は知らず知らずのうちに、夕菜に感情移入してしまっていた。神楽との生活を強いられてから、夕菜に対する情が芽生えてしまったのである。
頭の中では殺そうと思っても、体はそれを拒絶していた。だから、彼女は引き金を引くことができなかったのだ。
「私は・・・お前を殺したいと思っていた・・・今もそう思って、銃を持ったはずだった・・・」
「童夢・・・」
「なのに・・・どうして・・・!」
童夢の銃を持った手が唐突に下がる。
「どうして今になって、殺すことをためらうんだ・・・!?」
童夢はその場に座り込み、うなだれた。彼女の眼から涙があふれ、床にこぼれ落ちていく。
「童夢、あなた・・・」
「なぜ・・・!」
童夢はひたすら苛立った。非情を装っていた自分が、久しぶりに泣いた気がしていた。
姉を助けるため、姉の仇を討つために、全てを捨て、敵となる全てのものを撃ち抜いてきた。しかしそれは、憂い慕う姉を裏切ることと同じだった。
姉を思えばこそ、復讐はできなかった。夕菜を殺せなかった。
童夢の中で、様々な思いが交錯していた。
「すまない・・・私は、お前を殺すことは・・・」
「いいよ、童夢・・・」
うずくまり泣き崩れている童夢に、夕菜が優しく声をかける。その言動に、童夢は思わず眼を見開いた。
「あなたは姉さんのことを思っている。あなたが私を殺さないのは、間違いじゃないと思う。」
「お前・・・」
「でも、私は死んじゃったほうがいいとも思うけど・・・」
夕菜は物悲しい笑顔を見せて、童夢の手からこぼれ落ちた銃を取り上げ、銃口を自分の胸に向ける。
「これで、みんなが救われるんだね・・・亜季さん、今行くね・・・」
「夕菜!」
引き金を引こうとする夕菜を、童夢は銃を叩き落とすことで止める。銃は弾を放つことなく、鈍い音を立てて床に落ちる。
何が起こったのか一瞬分からず、夕菜は呆然となりながら、童夢に振り向く。
「童夢・・・?」
おもむろに童夢の名を呟くように口にする夕菜。童夢は呼吸を荒くして、夕菜を見つめていた。
「お前は、そう簡単に死ぬことを選んでいいのかよ・・・お前にも、支えてくれるヤツ、支えてくれたヤツがいるんだろ!?速水夕菜!」
「・・・どう、む・・・」
必死に呼びかけてくる童夢に、夕菜はただただ唖然となっていた。まさか童夢がこうも心配してくれるとは思わなかったからだった。
「そいつらのために、自分が何をしなければいけないのか、よく考えてみろ!お前はまだ、生きなくちゃいけないんだぞ!」
さらに叫ぶ童夢。彼女の眼には涙があふれていた。
「童夢・・あなた・・・」
夕菜が言いかけた直後、童夢は何かを感じ取り、顔を強張らせる。かがませていた体を起こし、周囲を見回す。
「この気配は・・・!」
「童夢・・?」
夕菜が眉をひそめているのに気付いて、童夢は彼女に振り向く。
「夕菜、お前はここにいろ。何があってもここから出るな。」
「えっ?でも・・」
「・・・ヤツがいる・・・」
「えっ・・?」
「メデュース・・・姉さんと神楽を奪ったアスファーが・・・」
童夢の言葉に夕菜は押し黙り息をのむ。自分と同じ姿をしたアスファーが、この近くにいる。
「いいな。ここから出るなよ。」
そういって童夢は銃を拾い、部屋を飛び出した。その去り行く姿を、夕菜は黙って見送るしかなかった。
困惑が拭えないまま、夕菜はリビングに戻っていった。
「あのとき童夢・・私を名前で・・・」
今まで名前で呼んでくれなかった童夢。しかし今、確かに夕菜を名前で呼んでくれた。
童夢は復讐によって凍てつかせていた心に、再び暖かさをよみがえらせていた。姉を思うばかり、夕菜に対する殺意を貫くことができなかった。
心ある少女に、彼女は戻りつつあったのだ。そのことを確信し、夕菜は瞳を閉じて安堵した。
「フフフ・・行っちゃったね、童夢。」
そこへ、突然手が伸びてきて、夕菜はその場に立ち尽くした。恐る恐る視線を背後に向けると、もうひとりの自分が妖しい笑みを浮かべて寄り添っていた。
「あ、あなたは・・・!?」
「お久しぶりだね。また会えて嬉しいわ、夕菜。」
夕菜の困惑ぶりを見て微笑むアスファー、メデュース。あまりに突然のことに、夕菜は体を動かすことができなかった。
「ああ、あの人ね、私がちゃんと預かってるから安心して。」
「あの人・・・神楽さん!?」
夕菜が驚くと、メデュースはさらに笑みを強めた。
「いろいろ楽しませてもらったよ。今はオブジェとして心地よくなってるから。童夢のお姉さんと一緒に。」
「童夢の・・!?」
「今度はかわいい妹を手に入れようと思ってね・・でも、こうしてあなたが一緒にいてくれたことには、とっても嬉しいわ。」
メデュースは夕菜を抱き寄せ、彼女の胸を撫で回す。困惑が消えず、夕菜は動けないままだ。
「これはどういうことなの・・どうしてあなたは、私と同じ姿なの・・・!?」
何とか声を振り絞り、メデュースに問いかける夕菜。
「言わなくても分かることなんだけど、一応言っておくね。」
満面の笑みを見せるメデュースが、夕菜を強く抱きしめる。夕菜はその腕と、緊迫と胸を締め付けられる束縛に押さえられ、微動だにできなくなる。
「あなたは私。私はあなた。つまりあなたはもうひとりの私。離れ離れになっていたあなたと私が、またひとつになるのよ。」
(童夢!)
夕菜が悲鳴を上げようとした瞬間、彼女とメデュースの体からまばゆい光が放たれた。
「あの光は!?」
突然発せられた閃光に、外に出ていた童夢も気付いた。その発生源が、彼女の背後の神楽の部屋であることにも。
「まさか、ヤツが・・!?」
童夢は不安を感じ、振り返って神楽の部屋に戻った。玄関の扉を開け放ち、その勢いのまま中に駆け込む。
そしてリビングに駆け込んだ直後、童夢は足を止めて眼を疑った。
「これは・・・」
そこには白髪の少女が、淡い光を身にまといながら立っていた。しかしその格好は夕菜のものとは違う。
「メデュース・・・!?」
童夢は眼の前にいる少女が、夕菜ではなくメデュースであることを悟った。感じられる雰囲気が全く違っていた。
「久しぶりだね、童夢。約束どおり、やってきたよ。」
メデュースが満面の笑顔を、動揺を隠せない童夢に見せる。
「お前・・・夕菜は・・ヤツはどうしたんだ!?」
童夢は困惑を振り切って、メデュースに問いつめる。メデュースはその荒げた様子をあざ笑うように微笑んだ。
「フフフ・・簡単だよ。あの子は私の中に還ったんだよ。」
「かえった・・だと!?」
「あの子は元々は私の一部。でもある日突然、私から離れていっちゃってね。みんなをオブジェにして集めながら探してたのよ。」
「バカな・・・こんなバカなことが・・・」
「でもやっと忘れ物を見つけられて、こうして私に戻ってきた。だからどうってことでもないんだけど、とりあえず忘れたものは取り戻しておかないとね。」
メデュースは童夢に向けて右手を伸ばす。
「さぁ、今度はあなたの番だよ。これからお姉さんに会わせてあげるね。」
愕然となっている童夢に、メデュースの鋭い視線が突き刺さる。
「あなたを、私のオブジェに変えてね・・・」