Asfre 第14話「想い」

作:幻影


 気がつけば、私は黒い世界に立っていた。
 暗闇ではない。周囲が完全に黒く塗りつぶされていた。
 自分の手を見てみる。周囲と違い、はっきりと自分の手が見える。
 そこで私は、自分が裸になっていることに気付く。何も着ていない。何も身に付けていない私だった。
 周りを見渡してみると、1人の女の子の姿があった。1人座り込んで泣いていた。
「私だ・・・」
 その子は幼い頃の私だった。
 そのときの私は、自分のやることが報われず、度々ああいうふうに涙を流していた。
 そんな私をなぐさめ励ましてくれたのが、姉さんだった。
 姉さんは私の考えは間違ってないと言ってくれた。こうして姉さんの優しさに触れていることが、私は嬉しかった。
 姉さんと子供の私は、一緒にこの黒い世界の先へと行ってしまった。その後、私は足から地面を踏んでいる感触を失い、そのまま宙に放り出された。

 私は石になった。姉さんを奪ったあのアスファーに石にされた。
 服を引き裂かれる効果を備えた石化にかかり、裸になっていくところで体をいじられ、全てを失って石になった。
 全てあのアスファー、メデュースが原因かと思われるが、そうではない。
 全ては中途半端になった私の弱さが招いたことだ。非情にも断固にもなれず、迷ったり躊躇したりした結果だ。
 だけど、もしかしたら、私はこれを望んでいたのかもしれない。
 姉さんを失った私は、その復讐に全てを賭けてきた。そんな戒めをかけていた中で、私の中の何かの欲求が次第に膨れていたのかもしれない。
 心の奥にしまっていたその欲求をヤツに見抜かれ、石化していく体を弄ばれた。
 なのに私はそれにたまらなくなっていた。無意識に望むことさえあった。
 このまま石のままでもかまわないかもしれない。
 これで私の心が満たされ、なお私の犯した罪の償いになるのなら、これほど都合のいいことはないな。

 石化した童夢にすがりつき、涙を流す夕菜。
 衣服を剥がされ、持てる全てを奪われた彼女は、白い裸のオブジェとして、神楽の部屋に立ち尽くしていた。
「童夢、ゴメンね・・・私が・・私が弱かったから・・・簡単にあのアスファーに取り込まれちゃうから・・・」
 メデュースに引き込まれた自分を責める夕菜。しかし童夢が反応するはずもなかった。
「何とかしたい・・・私に何かできるなら・・・そのための力があるなら・・・」
 打開の糸口を必死に探す夕菜。彼女自身の責任が、彼女を突き動かしていた。
「私は・・・童夢を助けたい・・・メデュースにかけられた石化を解きたい・・・」
 夕菜は願った。ひたすら切望した。
 彼女の眼には童夢は、亜季を殺した憎い人ではなく、かけがえのない人となっていた。
 また、彼女はメデュースのしたことを、自分のしたことと認識し始めていた。童夢や神楽が石化されたのは、自分がやったこととも思えた。
 その償いをするためにも、夕菜は童夢を助けたかった。
 悲痛にあえいでいるうち、夕菜は脳裏に感じるものがあり、伏せかけていた眼を開いた。
 彼女の中に記憶が漂っていた。濁っていた水が綺麗になったように、頭の中が鮮明になっていた。
「そうよ・・・私は、メデュースの中にいた影・・・」
 失われていた夕菜の記憶。
「体の一部が抜け出てたから、私は記憶がなかったのよ・・」
 その真意が明確になっていく。
「私は記憶喪失だったんじゃない。はじめから記憶がなかったのよ。あの人の体しか、私にはそれだけしかなかったのよ。」
 夕菜はあふれていた涙を拭い、童夢の白い胸にそっと手を当てる。
「でも、今は違う・・・!」
 夕菜はその手に力を注ぐ。
「私はメデュースとひとつに戻り、また分かれたことで、メデュースの記憶が流れ込んできている。今ならあの人のことが半分分かる。」
 その手から淡い光が灯る。
「あの人と一緒になったことで、今の私は、あの人のことを理解できる。もちろん、そのアスファー能力、石化の力も。」
 その光が、童夢の石の体を駆け抜けていく。
「だから私は、童夢にかけられたこの石化を解くことができる!」
 そして光がその全身を包み込んだ瞬間、童夢を覆っていた石の殻が弾け飛んだ。そこから彼女の、人としての肌が現れる。
 夕菜の長い白髪、童夢の短髪が大きく揺らめく。石化の呪縛から解放された童夢が脱力し、夕菜にもたれかかる。
 全体重がかかり、夕菜はそのまま床に倒される。
「・・・ぁ・・・」
 童夢の意識が鮮明になっていき、閉じていた彼女の眼がゆっくりと開かれる。そこに映ったのは、唖然となっている夕菜の顔だった。
「・・ゆう、な・・・?」
「童夢・・・」
 童夢も呆然と呟き、夕菜の顔に笑みが浮かび上がる。
「童夢!」
 夕菜は歓喜の涙を浮かべて、童夢を抱きしめた。
「私は・・いったい・・・?」
 童夢は何がどうなっているのか分からない心境だった。ただ、夕菜が泣きついてくるだけだった。
 その中で、揺らいでいる記憶を辿り、思い返してみる。自分の身に起こったことが再び脳裏に映し出される。
「そうか・・・私はメデュースを撃てず、そのまま石にされたんだ・・・」
 童夢の脳裏に、石化させられ、白く固まった体を弄ばれた記憶がよみがえる。
「しかし・・・元に戻ってる・・・?」
 自分の手、自分の体を確かめると、人としての体だった。肌色をしていて、自分の意思できちんと動く。
「童夢・・・よかった・・・本当に・・よかったよ・・・」
 そんな彼女に泣きつく夕菜。白髪の少女のぬくもりが、童夢の肌に伝わる。
「まさか・・お前が元に戻したというのか・・・!?」
 童夢が疑うような気持ちで聞くと、夕菜は涙ながらに頷いた。
「こんなことが・・・いくらヤツの影だからって、そんなすぐに力を使いこなすなんて・・・」
「わたし、メデュースとひとつになったとき、彼女の記憶や力が流れ込んできたの。だから、体で覚えていたアスファー能力を使うことができたんだよ。」
「そうか・・・それで私にかけられた石化が解けたのか・・」
 童夢は安堵して、そのまま仰向けに倒れる。
「ち、ちょっと、童夢!?」
「大丈夫だ。横になりたかっただけだ。」
 慌てる夕菜を言いとがめる童夢。石化からの解放感で、彼女は体を一時休ませたかったのである。
「皮肉だな・・倒すべき敵を倒せず、石にされ体を弄ばれ、挙句の果てに助けられるなんて・・・」
「童夢は何も悪くないよ・・・悪いのは・・・」
「言うな。」
 自分を責めようとした夕菜を、童夢は再び言いとがめた。
「私はお前を責めるつもりは毛頭ない。私の姉さんを奪ったのはメデュースであってお前ではない。そして、敵を憎みきれなかった私の弱さのせい・・・」
 童夢はため息をつき、自分を情けなく思い責めた。
「好きにしろ・・」
「えっ・・?」
 童夢の言葉に、夕菜が疑問符を浮かべる。
「もしもお前が助けてくれなかったら、私はずっと石にされたままだった。本当なら、私はアイツに弄ばれ続けたはずだ。そんな私をお前は助けた。だから、私はお前のものになるんだ。」
「そんな、童夢・・!」
「助かろうとは思ってなかった私をお前は助けたんだ。気にするな。」
 あくまで夕菜に体を委ねようとする童夢。そんな彼女に夕菜は動揺する。
 自分が人ひとり掌握できるような存在ではないと思っていた。たとえ相手が望んでいても。
 しかしそれで、相手を救うことができるなら。
「分かったよ、童夢・・・でも・・・」
「でも?」
「今夜だけだよ・・後はあなたを自由にする・・・」
 小さく微笑む夕菜に、童夢は何も言わずに頷いた。

 夜に入り、神楽の部屋には一切明かりがついていなかった。
 夕菜との死闘の後、童夢が眠っていた部屋。そのベットに童夢と夕菜は横たわっていた。
 夕菜も着ていた服を脱ぎ、童夢と同様に裸になっていた。彼女は戸惑いながら、頬をかすかに赤らめている童夢を見つめていた。
「それじゃ、いくよ、童夢・・」
「ああ・・・」
 童夢が頷くと、夕菜はゆっくりと彼女に手を伸ばした。その右手が、童夢の左胸に触れる。
「ぅ・・うぅ・・・」
 童夢が顔を歪める。メデュースから与えられた快楽が、今度は夕菜から伝わってきていた。
 再び自分の体を触られ弄ばれていこうとしている。童夢自身がそれを望んだ。
 しかし彼女は、違和感や不快感を感じていなかった。悪くない気分だった。
「そうだ・・・もっと・・もっとやってくれ・・・」
 弱々しく語りかける童夢。夕菜はさらに彼女の胸を揉み解していく。
 夕菜も肌に触れることを求め始めていた。
 亜季を失い、神楽を奪われ、自分自身の罪を焼き付けた彼女は、強く打ちひしがれて動揺していた。何かにすがりたい面持ちで満たされ、精一杯の心境だった。
 揉んでいるその胸に顔を近づけ、その乳房を口に含む。
「ぁぁ・・ぁはぁ・・・」
 さらなる快楽が、童夢の中に押し寄せる。気持ちがものすごい勢いで駆け上っていく。
 復讐によって戒められていた体がその拘束から解き放たれ、刺激を追い求めるようになっていた。
 夕菜が童夢の股に手を伸ばし、まさぐる。メデュースと同化したことで、彼女の記憶が伝達していたため、その行動を自然と身に付けてしまっていた。
「ぅはぁ・・・ぁぁぁ・・・」
 童夢の上げる声がさらに大きく高くなる。
 それを気にしながら、夕菜は手元を確かめる。その手には滑らかなものが張り付いていた。
「ぬれてる・・・もれてる・・・」
 童夢の秘所からもれ出している愛液のついた指を見つめて呟く夕菜。童夢の高まりが心身ともに極まってきていることを悟る。
 夕菜は体を起こし、童夢の下腹部に視線を向ける。童夢は快楽に身を委ねて大きく息をついている。
「童夢・・私はあなたのことを知りたい・・・もっと知りたいよ・・・」
 童夢に向けて小さく語りかけ、夕菜は彼女の下腹部に顔を近づけ、秘所に舌を入れる。
「ああ・・あはあぁぁ・・・!!」
 強烈な刺激を受けて、童夢が叫ぶ。しかし夕菜の行為に抵抗はしない。
 彼女はそれを望んでいた。メデュースに石化される際に体を弄ばれ、その感触が深く心身に刻まれていた。
 少なくとも、彼女の体は快楽を強く欲していた。
 さらに彼女の秘所を舐め続ける夕菜。
 秘所は女の、人の全てがあふれ出る部位。童夢のそこを刺激すれば、彼女の全てを感じ取ることができると思っていた。
「もっと・・・もっと伝えて!・・・私に・・童夢・・!」
 夕菜も快感を覚えて顔を歪める。
 2人は互いに強い快楽を感じあっていた。内に秘めていた思いも全て、外にさらけ出すつもりで。
「あっ・・!」
 やがて快感が最高潮に達した童夢。彼女の秘所から愛液があふれ、舐め続けていた夕菜の顔にかかる。
「わぁ・・!」
 夕菜がその愛液に顔を背ける。すぐに顔を拭い、その手と童夢の様子を見つめる。
 手には愛液が滴り、童夢は全ての拘束から解放されたように体の力を抜いていた。
 それが生。生きているということだった。愛の抱擁を体感することで、その生を強く実感できる。
 今回は生身の体による抱擁。メデュースのときのように、石化されながら弄ばれるのは、あまり生が感じられない。
 石像として、ものとしての実感へとつながる快楽でしかない。
 夕菜は再び童夢の秘所を舐め始めた。
「うはああぁぁ・・・うぐ・・ぅぅぅぅ・・・!」
 部屋に響き渡る童夢の声。夕菜の行為を忠実に感じ取っている叫びだった。
 自分の全てを包み隠さず、外に出し切って解放されたい。性欲に囚われた彼女はそう思っていた。
 しばらく秘所と愛液を舐めきった後、夕菜は顔を上げた。
「童夢・・今度は、童夢が私のことを知る番だよ・・・」
 夕菜は小さく微笑みながら、童夢の頭に手を回す。そして彼女の頭を自分の胸の谷間に押しやる。
 夕菜のあたたかさが直接顔を包み込み、童夢は息を荒げる。その息遣いが、今度は夕菜に快楽を与えていた。
「あはぁ・・はぁ・・・」
 夕菜の呼吸も荒くなっていく。童夢のかすかな吐息が、彼女の気持ちを昇らせていた。
 胸に押し付けられるあまり、童夢は夕菜の肌を舌で撫で始めていた。
「あぅぅぅ・・・」
 さらにうめき悶える夕菜。
 彼女の中に淀んでいた迷いや悲しみが、快感によって薄らいでいく。
 脱力した夕菜の体がゆっくりと仰向けに倒れる。その拍子で、胸にうずくまっていた童夢の顔が、夕菜の下腹部にうずもれる。
 刺激をもたらしていた童夢の吐息が、夕菜の秘所に刺激を与える。
「あはぁ・・ぁぁああぁぁぁ・・・!!」
 その荒々しい心地に、夕菜の上げる声が悲鳴染みたものになる。童夢と同様に、秘所から愛液があふれ出し、童夢の顔に降りかかる。
 その直後、童夢の体から力が抜ける。夕菜は大きく呼吸をしている。
「・・夕菜・・・」
「はぁ・・はぁ・・ど、どう・・む・・はぁ・・・」
 夕菜は体を起こし、童夢の顔を持ち上げる。虚ろな表情をしている童夢の顔には、夕菜の愛液がかかっていた。
 互いの愛を被った2人。夕菜はゆっくりと、童夢の唇に自分の唇を重ねる。
 今までの刺激とは違った、安楽へと導く快楽が、2人の心身を包み込んでいく。
(何なんだ、これは・・・夕菜とこうしていると、体が楽になっていく・・・)
(童夢・・お姉さんを思っているあなたなら、また“人”に戻れるはずだよね・・・)
 快楽に委ねながら、思考を巡らせる童夢と夕菜。2人は安堵感を感じ、口付けを交わしたままベットに横たわった。

 自分の部屋に音もなく戻ってきたメデュース。しかし普段の悠然とした態度を取る余裕が、今の彼女にはなかった。
 彼女は焦りの色を浮かべ、大きく息をついていた。頬を伝う汗が、冷たい床に滴り落ちる。
「こんな・・こんなことが・・・」
 メデュースはひどく動揺していた。
 自分の影の存在であったはずの夕菜が、本体である彼女の意思に反して分離、敵対を見せたのである。
 彼女にとってこのことは、絶対にありえない予想外だった。
「夕菜が・・私の影が・・私に逆らって体から出て行くなんてね・・・」
 苦笑をもらしながら、メデュースは足を進めていく。その先にある1人の女性の石像に手を伸ばす。
「でも、あなたの妹は私がちゃんとオブジェに変えたから。」
 童夢の姉の石の体を撫でるメデュース。何とか笑みを作って落ち着きを取り戻そうとする。
「さっきは驚いて連れてくるまではできなかったけど、まぁ近いうちに連れてくることにするよ。そしたら、離れ離れになっていた姉と妹の再会が実現するってわけね。」
 優しく抱き寄せ、石像の丸みを帯びたお尻を撫で回す。メデュースの顔には妖しい笑みが戻っていた。
「でもその前に、私にやらなくちゃいけないことができたのよ。」
 しかしすぐにその笑みが消える。
「私から完全に離れた影は、もう私の一部じゃない。消してやるわ。」
 石の唇に自分の唇を重ねる。そして相手の唇を舌で舐め回す。
「“私”は、私ひとりでいいのよ・・・」
 一通り舐め切ってから、メデュースは石の体を離す。鋭い眼つきで、石に触れた口元を拭う。
「速水夕菜を消し、童夢をここに連れてくる。これで私の中にある溝は埋まる・・・」
 メデュースの中に、生まれるはずもなかった憎悪が芽生え始めていた。

つづくつづく


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