ガルヴォルスinデビルマンレディー 第1話「怪物」

作:幻影


 青々と淡く光るカプセルの中には、1人の少女の姿があった。横たわったそれは、まるで近代的な棺を思わせていた。
 短い髪をしたその少女は、一糸まとわぬ姿で眠りについていた。
 彼女は医学に精通している科学者たちによる蘇生実験を受けていた。そう、彼女は命を失っている身である。
 科学者たちの悲願を込めて、少女は再生に向けて眠りつづけていた。

 夕暮れ時の道を走る1台の車。その運転席には茶髪の少女が、助手席には黒髪の少年が座っていた。
 不動(ふどう)たくみと長田和海(おさだかずみ)。
 彼らは忌まわしき進化を遂げた存在、ガルヴォルスである。誤った進化を遂げた人類は、普通の人間の能力を超えた存在となる。
 しかし、ガルヴォルスの死は、完全な消滅を意味している。死を迎えた体は固まった直後、砂のように崩れ去って跡形もなく消えてしまうのである。
 そんな過酷な運命を背負い、親しかった人々の死を目の当たりにしながら、2人は今を生きていた。
「それにしても、まさか和海が免許を取れたなんてな。」
 たくみが笑みを見せると、和海は視線を前に向けたままふくれっ面になる。
「それって何気にバカにしてるでしょ?」
「いや。オレたち、一緒に教習受けただろ?はじめはお前、危なっかしい運転してたから、オレも横目で見てて冷や冷やしちまったよ。」
 苦笑いしながら頭をかくたくみ。
「まぁ。お前も免許取ってくれたおかげで、オレの運転労力も半分で済んじまってるからな。」
 安堵するたくみに対し、和海も思わず笑みを浮かべる。
 2人だけになってしまったたくみと和海は、彼の親戚の家で住み込み、バイトを重ねつつ普通自動車の教習を受けていた。順調に覚えていくたくみに対し、和海はどこか落ち着かない運転を見せていた。乗り合わせていた教官はもちろん、たくみもその様子に呆れるしかなかった。
 教習を受け始めてから約半年、2人とも無事に免許取得に成功した。たくみの運転での労働は、単純に考えて半減したといえる。
 やがて赤信号のため、和海は車を停止させる。
「それにしても、この街、何かおかしくないか?」
「え?」
 たくみの突然の言葉に、和海は周囲を見回してみた。
 この街に入ってから、ところどころで異様な光景を目の当たりにしていた。街の人の中に、動物のものと思しき耳や尻尾を生やした人が見受けられる。
「普通の人じゃない何かは感じるんだけど、ガルヴォルスのものとは違うんだよね。」
「ああ。まるで何とかの惑星って感じだぜ。」
 猫耳の生えた少女2人を眺めて、たくみがひとつため息をつく。
 やがて信号が青になり、和海は車を発信させた。擬人の姿を何人か眼に入れながら、たくみたちは引越し先のビルを見つめていた。屋上からは街並みが一望できる場所である。
 そのビルまでもう少しという距離に差しかかったとき、
「あっ!」
 和海は驚きの声を上げ、急ブレーキをかけた。
「うわっ!」
 その反動がたくみに伝わる。シートベルトをかけてはいるが、それでも前のめりになる。
「ど、どうしたんだよ、いきなり!?」
 ぶっきらぼうに聞くたくみだが、和海は前を見たままである。たくみも視線を前に移すと、車のライトに照らされながら、1人の女性が倒れていた。
 長い黒髪の女性は、一糸まとわぬ体に傷やあざをつけて、疲れきった様子で脱力していた。
「こりゃ、大変だ・・・!」
 たくみは慌てて車から飛び出し、その女性に駆け寄った。和海も続いて車から降りる。
「おいっ!しっかりしろ、アンタ!」
 たくみが呼びかけるが、女性はうなだれるだけだった。
「和海、急いで救急車だ!」
「う、うんっ!」
「ま、待って・・・」
 やり取りを交わすたくみと和海に、女性が力を振り絞って呼びかける。
「大丈夫だから・・・このくらい・・・」
「だけど・・・!」
 小さく笑みを見せてくる女性に、たくみは困惑してしまう。
「と、とりあえず運ぼう。引越し先のビル、もうすぐそこだし。」
「あ、ああ。そうだな。」
 たくみは女性をひとまず後部座席に横たわらせて、助手席にかけてあったジャンバーをかけた。そして和海に代わってビルに向けて車を発信させた。
(それにしても、なんで何も着てないで道に倒れてたんだ・・・?)
(この人、どっかで見たような・・・)
 それぞれ考え込むたくみと和海。女性は安堵したのか、そのまま車に揺られながら意識を失った。

 引越し先のビルの一室。
 たくみと和海は女性を抱えて、新品のベッドに寝かせた。
「ふう。とりあえずここで寝かせるしかないな。」
 ひと段落して、たくみは安堵の吐息をつく。
 部屋はすでに引越し屋や知り合いの人たちによって、大きなものはあらかじめ整理されていた。あとは未だにダンボールに入れられている荷物の整理と設置だけである。
「それにしてもどうしよう・・」
「え?どうしたんだ?」
「私の服じゃ、この人に合いそうにない・・・」
 本当に困った顔をしている和海。
 いくらなんでも、裸のままにしておけないのだが、たくみと和海の衣服では、この女性に合いそうもなかった。
「そんなことも言ってられないだろ。とりあえずオレのシャツでも着させておかないと。」
 たくみはダンボールの中にある自分の衣服からシャツを探す。和海もそわそわしながら、女性の容態を見ようとかけられているシーツをめくり上げた。
「えっ!?」
 すると和海は驚きの声を上げた。痛々しく思えた女性の傷やあざがほとんど消えていたのである。
「たくみ、傷が・・消えてるよ・・」
「何!?」
 たくみが疑念を抱きながら、和海たちに近寄ろうとした。
「あっ!」
 突然和海が大声を上げ、たくみが驚く。
「今度は何だよ!?」
「思い出した!この人、不動ジュンさんだよ!」
「え?不動ジュン?」
 和海の歓喜の声に、たくみが眉をひそめる。
「ビックリしたぁ!まさかあんなところでジュンさんに会えるなんて!あのトップモデルの!そして私が調理関係以外での初めてのバイト先なのよ。」
 和海の喜びが増していく。
「カメラの補助役を任されたんだけど、そこでも失敗して、結局クビになっちゃったんだよねぇ。でもジュンさんを生で見れたのは感激だったなぁ。」
 舞い上がっている和海。ふと視線を移すと、たくみが沈痛な面持ちになっていることに気づく。
 その視線に気づいて、たくみも我に返る。
「いや、ワリィ。ちょっと、思い出しちまったからさ・・・」
「あっ・・・」
 作り笑顔を見せるたくみの言葉に、和海も胸を締め付けられる気分に陥った。
 橘(たちばな)ジュン。
 たくみの幼馴染であり、ガルヴォルスに対する嫌悪を抱いていた和海の心を支えとなってくれた。しかしガルヴォルスであった彼女は、2人を守るためにその命を閉じた。
 たくみと和海は、心の奥にしまっていたその悲しみをかみ締めていた。
 そんな中、気を失っていた女性、不動ジュンがゆっくりと眼を覚ました。傷の消えたその体を起こし、視線を向けてきたたくみと和海に振り向く。
「あっ、気がついたようだな。」
 ジュンの無事にたくみが安堵の笑みを見せる。
「ここは・・・?」
「オレとこいつの新しい住所(いえ)だ。」
 ジュンのつぶやきに、たくみは和海を指し示して答える。
 しばし呆然とした後、ジュンは思い出したかのように突然立ち上がろうとした。しかし疲れきった体は思うように前に進まない。
「お、おい、ムチャしないでくれよ。アンタはさっきまで傷だからだったんだぞ。」
「そうですよ、ジュンさん。」
 たくみと和海が慌しくジュンを呼び止めるが、彼女は止まろうとしない。
「大丈夫。私なら・・」
 弱々しく声を出しながら、ジュンは近くにあったたくみのジャンバーを羽織り、玄関のドアを開けた。そこで彼女の足が止まる。
「ここって・・・!?」
「ど、どうしたんだ?」
 驚きの声をあげるジュン。たくみが心配の意をこめて声をかける。
「私の部屋・・・」
「えっ?」
 ジュンがもらした言葉に、和海が一瞬きょとんとなる。
 たくみと和海が引っ越してきた部屋は、ジュンの向かいの部屋に位置していた。

 翌日。
 結局、ジュンはたくみたちの介抱を受けることになった。
 彼女が安静になったところを見計らって、たくみと和海は部屋と荷物の整理と配置に取りかかった。しかしそれをほとんど終わらせるのに時間がかかり、落ち着くところまでには夕暮れになっていた。
「お待たせ。今日は忙しかったから、カレーで我慢してくれ。」
 苦笑いを浮かべて、たくみがカレーを入れた鍋をおぼんと併せて運んできた。自分と和海、そしてジュンの分のご飯とカレーが皿に盛られる。
 ジュンは困惑した表情を未だに浮かべていた。
「アンタ、もしかしてカレー、ダメか?」
「う、ううん、そんなことないわ。」
 不安になりかけたたくみの言葉に、ジュンは首を横に振った。
 昨晩、彼女の部屋から衣服を取りに戻ったものの、たくみと和海に心配されて、2人の部屋で休息を取ることとなった。彼女の傷は治り、回復したようだった。
「よかったぁ。元気になったみたいで。わたし、ジュンさんのファンなんです!サ、サイン、もらえますか・・・?」
 そこへ和海が緊張しながら、ジュンに声をかける。和海の様子にたくみは苦笑するしかなかった。
「そういえば、オレたちの紹介をしてなかったな。オレは不動たくみ。奇遇なモンだなぁ。同じ不動って苗字なんてさ。ハハ・・」
「私は和海。長田和海です。」
 たくみと和海がそれぞれ自己紹介をする。
「かず・・み・・・?」
 そこでジュンが眉をひそめる。今度はジュンが沈痛の表情を浮かべる。
「ど、どうかしましたか・・・?」
「えっ!?・・ううん、何でもない・・ごめんなさいね。あなたと同じ名前の子を思い出して・・」
「私と同じ名前・・・ジュンさん、“かずみ”という人と知り合いなんですか?」
 和海がたずねると、ジュンは小さな笑みを見せてうなずく。
「よかったら、教えてもらえないでしょうか?何だか、分かり合える気がするんです。」
「名前が同じだけでか?」
 たくみが茶化すと、和海はムッとして彼をにらむ。するとジュンが笑いをもらす。
「いいわ。これも何かの縁なのかもね。」
「ホントですか?」
 ふくれっ面を一変させて満面の笑みを見せる和海。ジュンはしばし間を置いて続ける。
「・・・滝浦和美(たきうらかずみ)ちゃんよ・・・」
「えっ!?あのタッキーですか!?」
 名前を聞いた瞬間、和海が驚きの声をあげる。たくみとジュンも彼女の声に驚く。
「ウソみたい。ジュンさんとタッキ−が知り合いだったなんて。」
 和海の歓喜に、たくみもジュンを押し黙ってしまう。その空気に、和海ははっとなって顔を赤らめる。
「実はモデル撮影のバイトをしてたときに、タッキ−と知り合って。それで話していくうちに意気投合しちゃって、周りからWカズなんて言われるようになっちゃって。でもそれからすぐにクビになっちゃいましたけど。」
「なるほど。で、和海は何て呼ばれてたんだ?同じ“かずみ”なんだから、タッキ−なんて呼んでたんだろ?」
 たくみがふと問いを投げかけると、和海は少し押し黙ってから口を開いた。
「・・・おーちゃん・・・」
「えっ?おーちゃん?」
 オウム返しに口走ると、たくみは笑いを浮かべた。すると和海が再びふくれっ面になって、
「もう、笑わないでよ。」
「いや、ワリィ、ワリィ。」
 たくみが笑いをこらえると、和海は再びジュンに向き直る。
「それで、タッキーはどうしてるんですか?」
 和海がたずねると、ジュンが悲しい顔をする。
「死んだわ・・・和美ちゃんは・・・」
「・・死んだ・・・?」
 ジュンの言葉に、和海は耳を疑った。
「ウソよ・・・タッキーが・・・そんな・・・!」
 和海はうずくまって泣き崩れた。
 仕事上の立場があったものの、和海と和美は仲をよくしていた。そこには確かな友情が芽生えていた。
 親友の死に、和海は涙を流すしかなかった。
「キャーーーー!!」
 そのとき、窓の外から女性の悲鳴が聞こえてきた。たくみは立ち上がり、窓から外をのぞきこんだ。
 この部屋の窓からは、ビルの正面入り口に面した道路が見渡せる。その道には奇妙な怪物と、真っ白に染まった人の姿があった。
 その人は悲鳴をあげたままの格好で白く固まり、動かなくなっていた。
(な、何だ、こいつは!?ガルヴォルスなのか!?・・いや、違う!気配が違う!)
 怪物を目の当たりにしたたくみが胸中でうめく。ガルヴォルスである彼は、トカゲを思わせる姿のこの怪物から、同種の気配を感じ取れなかった。
「あれは・・!」
 横からジュンもうめく。そして歯を食いしばり、全身に力を込める。
「お、おい、アンタ・・!?」
 その様子に眼を見開くたくみ。彼と和海の眼の前で、ジュンの眼が金色に光り出し、長い黒髪がふわりと広がる。
 体がひしめき合い、着ていた衣服が引き裂かれる。髪が鋭い鎌のような形状になり、歯と爪が鋭くなる。
 その姿はまさに悪魔だった。獲物を狙う悪魔以外に他ならなかった。
「ジ、ジュンさん・・・!?」
 ジュンの変化に動揺する和海。憧れの女性が、不気味な姿への変貌を遂げたのだった。
 ジュンはベランダから飛び出し、怪物に向かって飛びかかった。組み合い、怪物に対して牙を光らす。
(いったいどういうことなんだ!?ジュンさんもヘンな姿になっちまった・・・しかもガルヴォルスとは違う・・・!)
「たくみ、早くジュンさんを助けないと!」
 困惑しかかっていたたくみだが、和海に呼びかけられて我に返る。
「そ、そうだった!」
 たくみはジュンと怪物を見据え、ベランダから飛び降りた。同時に、全身に力を込めた彼の顔に、異様な文様が浮かび上がる。
 そして着地する直前、たくみの姿が一変。牙と爪を不気味に光らせる悪魔に変わった。
「えっ・・!?」
 彼の変身を目の当たりにしたジュンは、驚きを隠せなかった。
「たくみくんも・・・デビルマン・・・!?」
 驚愕のあまり、つぶやくジュン。和海は困惑しながら、ベランダから3人を見下ろしていた。
 悪魔に変身したたくみは、その紅い眼光を怪物に向けながら、右手に剣を出現させる。
 様々な疑念を抱きながら、たくみは臨戦態勢に入っていた。


次回予告
第2話「変身」

突如、悪魔へと姿を変えた女性、不動ジュン。
彼女と怪物の対峙に参戦するたくみ。
ガルヴォルスへの変身を遂げる。
デビルビーストとガルヴォルス。
2つの人類の進化が今、対峙する。

「どっちにしても、人間の進化系に変わりないか・・」

つづく


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