白神の巫女 第五話「邪鬼の謀略」

作:幻影


 大地の瞬鬼連殺によって、海奈はうつ伏せに倒れる。あまりのダメージに、彼女はもはや自力で立ち上がることさえできなくなっていた。
「まだ息があるか。だが、もはや抵抗する力も残ってはいない。実の妹を葬るのは忍びないが、白神に成り下がった以上、その命、今度こそ絶つ!」
 大地が倒れたまま小さくうめく海奈に近寄り、とどめを刺そうと右手を構えた。
「ぐっ!」
 その瞬間、不快感を与えるような邪悪な気を感じ取り、大地は手を止めた。
「なんだ、この悪しき気は!?」
「これは、黒神の霊気!?」
 同じく邪気を感知した海奈が、傷ついて重くなった体を必死に起こそうとする。
「どうして・・分家の、黒神の一族は、白神の一族によって壊滅したはずなのに!?」
 何とか立ち上がることはできたのだが、彼女はまだ足元がおぼつかずふらついている。
「それにその方向、天乃たちのいる道場のほうだわ!」
「まだ立ち上がるか。」
 海奈の姿に気付き、大地が再び彼女を睨み据える。
「大地、今はそんなことをしてるときではないわ。早く、早く天乃を助けないと、取り返しの付かないことになってしまう!」
 もうろうとした意識を保ちながら、海奈は道場のある方向へと歩き始めた。しかし、大地は彼女を見逃しはしなかった。
「逃がしはしないぞ。白神の巫女として生きるお前は、もはやオレの敵でしかない。」
 大地に声をかけられて、海奈は振り返らずに語りかけた。
「思い出したのよ。白神家の暗殺者が手にかけた赤ん坊と私が助けた赤ん坊、同じ天乃だったのよ。」
「何っ!?」
「その証拠に、天乃の胸には傷がある。それは赤ん坊が刺されたものと同じものだわ。天乃は、黒神の力も受け継いでしまった、白神の呪われた巫女なのよ!」
 海奈の言葉に、大地は驚愕を覚えて言葉を返せなくなる。海奈はさらに言葉を続ける。
「今はあなたと戦っているときではないわ!もしも黒神の一族の生き残りがいて、天乃の中にある黒神の力を狙っているとしたら・・!」
 海奈が言い放ってそのまま歩き出そうとする。しかし、突然足がもつれ、前のめりに倒れかかる。
「私は・・こんなところで倒れるわけには、いかないのに・・・」
 思うように動かない自分の体に、海奈は歯がゆい思いを感じていた。そんな彼女に近づいて、大地は声をかけた。
「お前はそこにいろ。あの娘はオレが助ける。」
 突然の大地の申し出に、今度は海奈が言葉が出なくなる。
「勘違いするな。オレはもしもその娘が、あのときオレが守ろうとした赤ん坊ならば、オレはなんとしてでも助け出さなければならない。そして白神家の因果から、オレの手で彼女を救い出す。」
 そう言って大地は道場に向かって飛び出していった。
「大地、待って!・・うぐっ!」
 海奈が後を追おうとするが、激痛に襲われて再びうずくまってしまう。
「天乃・・大地・・」
 海奈はもはや祈るしかなかった。大地の安否を。天乃の無事を。

 ひなたに引っ張られながら、天乃は道場のほうに視線を向けながら夜道を歩いていた。
「ひなた離して!このままじゃみなみが、みんなが・・!」
「ダメだよ、天乃ちゃん!今戻ったら、みんなの思いが全部ムダになっちゃうよ!」
 ゆかりたちのところに戻ろうとする天乃を、ひなたは必死に止める。
「ゆかりちゃんたちだって、強い白神の巫女なんだよ!天乃が信じてあげないと・・」
 ひなたに説得され、天乃は悲痛して脱力する。自分が生き残って、黒神の一族の野望を阻止しなければならないと、腑に落ちないながらも認識しなければならなかった。
「さぁ、いこう、天乃ちゃん。」
 ひなたに付き添われて、天乃は立ち上がって、こぼれていた涙を拭いた。
 その直後、2人は強い邪気を感じ取った。
「この気って・・」
 天乃、ひなたが驚愕と恐怖を覚える。2人の視線の先には、悠然と近づいてくる涼平の姿があった。
 天乃たちが動揺を隠せないまま、涼平は2人の眼前で足を止めた。
「逃がしはしないよ、白神天乃。黒神復活にはお前が欠かせないんだから。」
「みなみは、ゆかりたちはどうしたの!?」
 不敵に笑う涼平に、天乃が悲痛の思いで訊ねる。
「あの力の強い子なら、石に変えて魂を奪った。あとの2人はさっきの場所で気を失って倒れているよ。」
 そう言って涼平が、ジャケットのポケットから水晶のような球を取り出した。中にはみなみが裸で閉じ込められて眠っていた。
「みなみ!?」
 天乃が驚愕して身を乗り出しそうになるところをひなたに止められる。
「白神の力にあやかっている巫女の魂には、強い霊気が宿っている。彼女も黒神復活の生贄としてやろう。」
 涼平の哄笑が夜の闇に響き渡る。
 天乃は構えをとり臨戦態勢をとった。3人の巫女を簡単に退けてしまうような相手に、逃げてもすぐに追いつかれてしまうに違いないと思ったのだ。
「天乃!?」
「ほう、逃げずに戦うというのか?だが、いくら2つの神の力を持っているといっても、お前はまだ完全にその力を扱いきれてはいない。つまり、私の敵ではないということだ。」
 困惑を押し殺して見据える天乃に、涼平が余裕の態度をとる。
「現にお前は、私の念力に何の抵抗もできなかったではないか。」
「そうよ、天乃。ゆかりたちが勝てない相手に、私たちが勝てるはずないよ。ここは海奈さんのところに急いで・・」
「そうはいかないよ。」
 ひなたが引きとめようとするが、天乃は聞かなかった。
「逃げたって、あんな相手じゃすぐに追いつかれちゃうよ。それにお姉さまだって、今も必死に戦っているはずだよ。だから私も頑張らないと!」
 天乃はいつでも霊力を放出できるように身構えて、悠然としている涼平を見据える。
「分かった。私も戦うわ!」
「ひなた!?」
「私は天乃に誘われて、白神の巫女として頑張ってきた。天乃がきっかけを作ってくれたから、うじうじしていた自分を変えることができた!だから感謝の気持ちも込めて、私も戦う!」
 ひなたが身構え、天乃も彼女から涼平に視線を戻す。
「その勇ましさには敬服するよ。このくらい抵抗してくれないとつまらないのも正直な気持ちだ。見せてもらおう。お前たちのムダなあがきを。」
 不敵に笑う涼平から黒い霊気がほとばしる。その力に圧倒され、天乃とひなたが後ずさりする。
「私も戦闘としての力を解放するのは久しぶりだ。」
 涼平が勢いよく飛び出し、天乃とひなたの間に割って入ってきた。
「黒神衝波弾(こくしんしょうはだん)。」
 振り返った2人に向けて、涼平が両手を広げて衝撃波を放った。
「わっ!」
「キャッ!」
 うめき声を上げて、2人がそれぞれ反対の方向に吹き飛ばされる。
 いったん構えを解いた涼平が、頭に手を当てて立ち上がろうとしている天乃に視線を向けて振り返る。
「あまり悠長に時間を費やすのは好きではない。だが、久々に力を解放できてよかったと思ってる。」
「まだだよ・・勝負はこれからだよ!」
 天乃は言い放って、右手を地面に突きつけた。
「白神地裂刃(はくしんちれつじん)!」
 天乃の右手から閃光がほとばしり、稲妻のように地面を削りながら涼平に向かっていく。
「あまいぞ!黒神烈風(こくしんれっぷう)!」
 しかし涼平は、それを気を込めた払いでかき消した。
「その程度では私には遠く及ばんよ。」
 余裕の態度を取る涼平に、動揺を隠せなくなる天乃。
「さて、今度はこちらからいくぞ。」
「白神封魔陣!」
 涼平が構えをとった瞬間、彼を取り囲むように光の陣が出現した。
 彼の背後から、ひなたが霊気を放出させて、相手の力を封じ込める結界を張ったのである。
「これは取り込んだ標的の霊力を押さえ込むための結界陣よ!これであなたは力を使うことはできない!今だよ、天乃ちゃん!」
 ひなたに促され、天乃が再び構えて霊気を両手に集中させる。しかし、涼平は危機的状況に追い込まれているにも関わらず、余裕の態度を崩してはいなかった。
「白神気光弾!」
 霊気を込めた弾を涼平目がけて放つ天乃。
「この程度で私を封じたつもりか?」
 突然、涼平が封じられているはずの霊気を放出し、ひなたの張った陣を吹き飛ばした。
「えっ!?」
「何っ!?」
 霊気の球をも弾き飛ばし、驚愕の声を上げる天乃とひなたを再び吹き飛ばす。
 強烈な衝撃波が広がって夜道を揺るがし、砂煙を巻き起こした。
 力を治めた涼平が、うずくまっている2人の巫女を悠然と見下ろす。
「確かにこれは霊力を封じる結界。私のような人間でも効果はあるが、力の差が現れたようだな。」
「そ、そんなことって・・」
 まざまざと力の差を見せ付けられたひなたが小さくうめく。
 涼平は不敵に笑いながら、足を進める。しかし彼が近寄ったのは、最大の標的である天乃ではなくひなただった。
「だが、私の力をここまで押さえ込んだお前の霊力は評価に値する。その魂、黒神復活のために使わせてもらおう。」
 危機感を覚えて構えようとしたひなたの首を掴み、そのまま彼女を持ち上げる涼平。
「やめて!ひなたを放して!」
 天乃が立ち上がって悲痛の声を上げる。しかし、涼平は息苦しさにうめき声を漏らすひなたを放そうとしない。
「せっかくの強き魂だ。それに、弱気な性格の少女を石に変えるのも、また私の一興でもあるんだよ。」
「お願い!ひなたを返して!」
 天乃が怒りを込めて涼平に叫ぶ。しかし、それこそが彼の思惑だった。
(いいぞ。仲間が危機に陥ることによって、怒りが込み上がり感情がむき出しになる。これが力の制御を外す結果となり、黒神の力が解放される。今はそれを確認するまでにとどめておく。後は天乃を連れて行き、同じことをさせて黒神を復活させる。)
「さぁ、石像になり魂を捧げ、黒神復活の栄えある人柱となるんだ。」
 涼平が首を掴む手から、みなみを石に変えた淡い光でひなたを包み込んだ。
「やめてよーーー!!!」
(来た!)
 天乃が怒りと悲痛を爆発させて、持てる霊気の全てを放出させた。それを待っていたとばかりに、涼平が不敵な笑みを浮かべて、彼女に視線を向ける。
「何っ!?」
 直後、涼平が驚愕の声を上げる。
 彼の思惑とは違い、怒りによって引き出された天乃の力には邪気が含まれてなく、白神の巫女としての力しか存在していなかった。
「バカな・・!?」
「ひなたを放してーー!!」
 天乃がありったけの力を涼平に向けて放った。彼はひなたの首から手を離し、後方に跳躍して閃光から回避する。
 体勢を立て直す涼平がひどく動揺する。
(こんなことがあるはずは・・彼女が黒神の力を発動したのは、私と同等の強さを持つ者と交戦したときだとミーナは報告していた。今のとは感情の高まらせ方が違うのか!?どちらにしても、私の知り得る最大の方法で・・)
 歯軋りする涼平が天乃を睨み据える。彼女は脱力しかかったひなたに駆け寄る。ひなたの両足は灰色の石に変わっていて、今の天乃の霊気でも解除することはできなかった。
「ひなた、しっかりして、ひなた!」
 天乃の悲痛の叫びに、ひなたがうっすらと笑みを浮かべる。
「ゴメンね、天乃ちゃん・・私、何もできなかった・・それに比べて、天乃ちゃんはあんなすごい力を・・」
「そんなことないよ!ひなたがいなかったら、何もできなかったのは私だよ!」
 ひなたの励ましに、天乃は首を横に振る。
 ひなたの石化が進行し、彼女の袴が石に変わっていった。
「天乃、早くここから逃げて・・」
「ひなた・・・!?」
 力なく言うひなたの言葉に、天乃は困惑する。
「今あなたが捕まっちゃったら、何か恐ろしいことが起きる気がするの。だから、黒神の人たちから何とか逃げ延びてほしいの・・」
「ダメだよ!ひなたやみんなを放って逃げるなんて・・!」
「私たちには構わないで!」
 戸惑う天乃に、逃げるように必死に呼びかけるひなた。
 徐々に石化していく彼女の体から、天乃の手が離れる。
 本来ある暖かさと石化による冷たさが入り混じり、ひなたは不快感を覚えて顔を歪める。
「天乃、あなたが無事でいることが、今の私の1番の願いなの。それに、天乃なら何とかしてくれると信じている。だから、今は逃げて!お願いだから・・」
 作り笑顔を悲しげに見つめてくる天乃に向けたまま、ひなたの石化が彼女の顔を覆う。
 天乃に全てを託し、ひなたは完全な石像に変わった。
(ひなた、ゴメンね。私が何とかして元に戻すから!)
 視線を一瞬涼平に向けてから、その場を離れようとする。
「このまま逃げてもいいのかな?」
 涼平に呼ばれて、天乃が足を止める。
「今ここから逃げれば、お前の友達がとんでもないことになるよ。」
 その言葉に、天乃が振り返る。涼平が右手に水晶の球を2つ握っていた。中には一糸まとわぬ姿のみなみとひなたが、うずくまって閉じ込められていた。
「みなみ!ひなた!」
「もしもこの魂を封印した球が粉々になったら、その魂も消滅し、私の力が失われても石にされた体も元には戻らないぞ。」
 天乃が苛立ちながら体を震わせた。
 もしも自分が逃げたことをきっかけとして、涼平がみなみたちを封じ込めた水晶を破壊したとしたら、彼女たちは助からない。
 ひなたの必死の思いは、涼平の策略によって撃ち砕かれた。
「もうお前には、逃げることさえできなくなった。」
 そう言って涼平が右手を伸ばして念力を放ち、天乃の神経に刺激を与えた。
 彼の力の影響で、天乃は視界がぼやけるような感覚に陥り、ふらついてその場に崩れ落ちた。
 倒れて動かなくなった彼女の姿を、涼平は不敵な笑みを浮かべながら見下ろしていた。

「これは・・」
 大地はこの場の状況に驚愕した。
 以前に戦った天乃の気を感じ取りながら、彼は彼女を追い求めて駆け出していた。
 しかし、そこには物悲しげな笑みを浮かべている白神の巫女の石像があるだけで、天乃も邪気を放っていた者もそこにはなかった。
 大地は人の気配と草木の揺れる音を察知して振り返った。その先には、体力を使い果たしてふらついているゆかりと紅葉が姿を現した。
「あ、あなたは・・!?」
 異様な雰囲気を放っている男を目の当たりにして、ゆかりが思わず声を漏らす。紅葉に何とか声を振り絞って大地に訊ねた。
「あ、あなた、天乃は、あの黒神の男はどこなんですか!?それに、海奈さんは・・!?」
「それはオレが聞きたいことだ!あの天乃という娘はどこに行った!?」
 紅葉の問いに、大地は怒号を浴びせて返した。
「ひなたがこんな姿に・・てことは、まさか!?」
 ゆかりの中に恐怖と不安が込み上げてきた。
 ひなたは涼平に石にされて魂を奪われ、天乃共々連れ去られたことを。
 そのとき、大地はこの場にかすかに残った邪気から、涼平が向かった先を探った。
(感じる。黒神の邪気と天乃の気を。)
「あっ!待って!」
 涼平の邪気を頼りに、天乃を助け出そうと飛び出そうとした大地を、ゆかりが呼び止めた。
「お願い!天乃を助けて!」
「何!?」
 突然のゆかりの言葉に、大地が眉をひそめる。
「あんなすごい相手じゃ、あたしたちじゃとても敵わないの!だから・・もしもあなたが白神大地さんなら・・」
「確かにオレは大地だ。だが、オレは白神の一族を憎んでいる。お前たちとて例外ではない。そんなオレに全てを託すつもりか?」
「あなたなら、天乃を助けてくれるって信じる!」
 鋭く言い放つ大地に、ゆかりが決意と信頼の程を見せる。
 まじまじと見つめるゆかりと紅葉。彼女らに何も答えないまま、大地は夜道を進んでいった。

つづく


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