作:幻影
決意を見せた海潮だったが、ランガのいない彼女は、深潮とクロティアの前には無力だった。
右手から時を凍てつかせる光が収束されていく。
その右手に、火花が数発弾ける。溜めていた光が一瞬にして消える。深潮が自分の意思で消したのだ。
彼女と海潮が振り向くと、巨大なロボットが両手の機関砲の銃口から煙を吹かせていた。
ASE(エース)。
クロティアの半分ほどしかない全長だが、自衛隊に正式配備されている戦闘ロボットである。2本の鉄の腕と装備された機関砲で敵に立ち向かう。
そのエースに搭乗しているのは、普段は警官を務めている鉄隼人と天城エリナである。彼らはエースの正式パイロットである。
「あれはエース・・・鉄さん!」
海潮がエースに向かって叫ぶ。するとスピーカーによる声が返ってくる。
「海潮ちゃん、もうすぐここにランガが到着する!」
「えっ!?ランガが!?」
鉄の言葉に驚く海潮。今度はエリナの声が響く。
「反バロウ議会が運営している特別施設に飛来して、夕姫ちゃんと少年1人を連れて飛んでったそうよ!」
「ゆうぴーが・・・ゆうぴーが呼んだのね、ランガを。」
胸中で納得する海潮。
「とにかく、ここはオレたちが食い止める!その間にランガのところに行くんだ!」
「でも、それじゃ鉄さんたちが・・!」
「この町を守るっていう正義は、お前だけのものじゃないんだぜ。」
鉄の優しい言葉に、海潮は一瞬言葉に失う。自分たちのいるこの町を守る。それが彼らの願いであり使命である。
町や人々の時間を凍てつかせるこの巨大な敵に、エースを駆る鉄とエリナが完全と立ち向かう。
一方、彼らに向いたまま、深潮とクロティアは動かない。
(ランガがこっちに向かってくる・・・丁度いいわ。クロティアとどっちが強いのか、ここで見せるのもいいね。)
胸中でランガとの対決に喜びを浮かべる深潮。
「ランガが来るまで、このロボットの相手をしてあげるね。」
視線をエースに向ける深潮。クロティアが右手をエースに向ける。
「たしか、その腕からの光で、みんな止まっちまったらしいな。」
「あれを受けたら、あたしたちも止められてしまうわよ。気をつけて。」
「分かってるさ。」
鉄はエースを操り、左手の機関砲でクロティアの右手を砲撃した。光を集めていた右手が大きく上にそれ、その拍子で閃光が空に放たれる。
「これでどうだ!」
さらにそこから前進を開始し、機関砲をクロティアに向けて連射するエース。
「おあああぁぁぁぁーーーー!!」
雄叫びを上げながらクロティアに向かっていく鉄。しかし、無数の弾丸を受けても、クロティアは微動だにしない。着弾して火花が散るだけだった。
「これじゃ、暇つぶしにもならないよ。」
深潮はひとつため息をつき、右手を伸ばした。クロティアも同様に、エースに右手を伸ばした。
「もういいよ・・・止まって。」
呟いた直後、クロティアの右手から閃光が放射される。その光に飲み込まれるエース。
時間凍結の光は、この場から町の半分を包み込んだ。無邪気に笑う深潮の眼の前で、次々とその被害が広がっていく。
やがて光が治まったその町は、完全に色と生気を失くしたゴーストタウンへと化していた。
エースが連射させていた弾丸が、時間凍結の影響で宙に浮いたまま静止して動かなくなっていた。
そしてそのエースも、クロティアの光を受けて色を失っていた。コックピットにいる鉄もエリナも、光にくらんで眼を閉じた状態で固まっていた。
深潮とクロティアが引き起こした広範囲の時間凍結に、反バロウ議会の議員たちは唖然となっていた。それは彼女の力を目の当たりにしたわけではなく、自分たちの意思から外れた行動を取っていたからだった。
「これは、いったいどういうことだ・・・!?」
「独立領以外の町にまで被害を及ぼしてしまっている・・・!」
「バカな・・・我々が排除すべきなのは、バロウの領土とランガのみのはず・・!」
クロティアの姿を映し出す画面に、議員たちは様々な心境で釘付けになっていた
「僕たちの考えですよ、みなさん。」
そのとき、会議室の入り口のほうで声がかかり、議員たちがいっせいに振り向く。そこには英次がドアにもたれかかって微笑んでいた。
「彼女は争いのない世界を望んでいる。あなたたちの考えている、バロウやランガを滅ぼす策略は、平和を願う彼女にはあってはならないことなんですよ。」
「何だとっ!?」
英次の言葉に、議員たちが憤慨して席を立つ。
「そんな敵対心をむき出しにしていたら、彼女を苦しめることになりますよ。」
「何をバカなことを!」
「お前は自分の立場が分かっていないようだな!お前はあの少女の情報分析役で、それい以外に何の権限は持ってはいな・・・うぐっ!?」
罵声をあびせようとした議員の1人が、突然苦しみ悶えはじめた。それに続いて、他の議員たちも同様に苦しみ倒れてうずくまる。
激痛にあえぎ、痙攣しながら意識を失っていく議会の老人たち。その朽ち果てる姿を見下ろす英次。
彼は事前に議員たちに配布したお茶やコーヒーの中に、特殊な毒を入れていた。すぐには効果が現れない上に、現れた途端に激痛に襲われ手遅れとなる。
その猛毒に襲われ、議員たちは息絶えた。
「あなたたちは永遠の時の世界に長らえる資格はありません。」
事切れた老人たちを、英次は冷ややかな笑みを見せて見下ろす。
「ここで朽ち果てなさい。あなたたちが思い通りにできる時代は、もう終わっていますよ。」
反バロウの切望は、陥れの挙句に果てたのだった。
「おーい、ランガー!ゆうぴー!」
ランガを発見した海潮が、大きく手を振る。
「あれは・・!」
「う、海潮姉ちゃん!」
ランガの手の上にいる和真と、ランガの体内にいる夕姫がその姿を発見する。
彼女の待つ公園の広場に、翼をはためかせて降下していくランガ。そして差し出された和真の手を、海潮はしっかりとつかむ。
海潮を乗せて、ランガは再び空に空に飛翔した。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「う、うん。それより、深潮が・・・」
頷いた後、沈痛の表情になる海潮。
「姉ちゃん・・・」
「ゴメン・・・わたし、友達を失くしたくなかった・・・だから、ゆうぴーやみんなを・・・」
「別に気にしてないわ、海潮。」
夕姫が呆れたようにため息をつく。
「そんなことより、早くこっちに来なさい。友達なら、これ以上勝手にさせとくわけにいかないでしょ。」
夕姫に促され、海潮は町の真ん中に立ちはだかるクロティアを見据え、ランガの中に入り込んだ。それを真剣に見つめる和真。
深潮の操る時のバンガの前に、ランガが轟音を上げながら着地した。
対立する2体の巨人。その2つの姿を、近くのビルの屋上から英次は見下ろしていた。
そんな彼の横に、魅波が急いで駆けつけてきた。息を荒げながら、クロティアとランガの姿を見つめる。
「待っていましたよ、先輩。丁度いいところでした。」
「英次くん、あれは・・・」
「見てください。あれが僕が保護したキュリオテスの操る時のバンガ、クロティアです。時間を操るクロティアの力は、ランガの力さえも凌駕する。」
英次の顔に、不気味とも思える勝気の笑みが浮かび上がっていた。
紅に彩られた空間。その空間の壁から、一糸まとわぬ姿の海潮が現れた。
彼女は、別の壁に同様に埋められている夕姫の姿を発見する。
「海潮、分かってるわよね!?」
夕姫の言葉に、海潮は戸惑いを振り払おうとしながら、小さく頷いた。
「深潮、これ以上みんなを傷つけるのはやめて!」
海潮はクロティアの足元にいる深潮に呼びかけた。深潮がランガを見上げて、小さく微笑む。
「ダメだよ、海潮。こうでもしないと世界は平和にならないよ。永遠の時間の中でみんなすごせば、争いはなくなるんだよ!」
「違う!そんなのはただ、みんなを時間という鎖で縛り付けてるだけ!」
「それでも争いはなくなる!そうなれば人殺しだってなくなる!海潮の思い描いている楽園も、これで実現する!」
「それじゃ時間に支配されちゃう!それじゃ楽園にならないよ!たとえ争いがなくなったって!」
「海潮!」
深潮が悲痛の叫びを上げると、クロティアが時間凍結の光を放つ。
「くっ!」
海潮は舌打ちしながら、意識を集中する。ランガが翼を広げ、飛翔して閃光から回避する。
「海潮、戦うのよ!でないとやられるわよ!」
「分かってる!まずはあのバンガを壊す!」
海潮は顔を上げてくるクロティアを見据える。ランガの胸の紋様が輝き、そこから剣が出現する。
クロティアが再び光を放射する。ランガはそれをかわし、間合いを詰めて手に持った剣を振り抜く。
後退してこれをかわし、着地したランガを見据えるクロティア。
「なかなかの動きだね。やっぱりランガは、速くて強いね。でも、クロティアだって負けないんだから。」
深潮が歓喜の笑顔を見せながら、地面に足をつけたクロティアに近づく。するとクロティアは右手を差し出し、深潮がその手のひらに乗る。
「これから見せてあげる!私の、クロティアのホントの力を!」
そう叫ぶと、深潮はクロティアに体を預ける。すると、海潮たちがランガに入り込んだように、深潮の体がクロティアに入り込んでいった。
「深潮!?」
それを目の当たりにした海潮が声を荒げる。深潮は時のバンガとの同化を果たしたのである。
「おーい!魅波姉ちゃん!」
ランガから離れていた和真が、戦況を見つめる魅波と英次のもとへ駆けてきた。その声を聞いて、魅波が振り返る。
「か、和真くん!?」
「姉ちゃん、ランガの中に海潮姉ちゃんと夕姫が・・!」
「分かってる。ランガの中に海潮と夕姫がいるのね。」
魅波は頷いて、再びランガに視線を向ける。彼女もランガとの同化を果たした経験があるのだ。
呼吸を整えようとしている和真が視線を移すと、そこには自分を閉じ込めた青年の姿があった。
「お前は・・・!」
「君も無事だったようだね。君もじっくり見ておくといいよ。この時のバンガ、クロティアの本当の力を。」
そういって英次もクロティアを見つめる。時のバンガは再び浮遊し、全身に光を宿し始めていた。
「僕から離れないほうがいいですよ。でないと、確実に時間凍結に巻き込まれますから。今固まってしまったら、クロティアのすばらしさの実感が難しくなりますから。」
クロティアの力の集中を、ランガの中にいた海潮と夕姫は気付いていた。その驚異的な力に、思わず身構えていた。
そんな中で、海潮は戦うことにためらいを抱いていた。親友として認めている深潮が、自分の操るバンガの中にいるからである。
迂闊に攻撃を加えれば、彼女にまで危害を及ぼすことになる。海潮はそのことに対して、迷いを振り切れないでいた。
「海潮、見て。クロティアが全力を出せば、世界を一気に止めることだってできるんだよ。」
「止める!?・・・ダメ、深潮!」
深潮の歓喜に湧いた言葉に、海潮はかつてない不安を感じ、思わず叫んでいた。同時に、クロティアが両手を広げ、集中させていた光を解放する。
「あはぁ!」
「キャッ!」
その光の力を受けて、海潮と夕姫があえぐ。クロティアと同様、時間の流れを操る能力を持つランガは、その光で時間凍結にかかることはなかったが、激しい衝撃は免れなかった。
閃光はさらに広がり、次々と町や人々を固めていく。クロティアの時間凍結は、武蔵野、関東、さらには日本列島を包み、最後には全世界を覆いつくした。
深潮が同化したクロティアの力は、世界中の全ての時間を凍てつかせた。
痛みのあまり体が悲鳴を上げている海潮と夕姫。肌に汗をかいて大きく息をついている。
しかしその荒げた呼吸がすぐに途絶える。2人は眼の前に広がる光景に息をのんだ。
少し前まで活気と穏やかさを漂わせていた町々が、完全に固まって静かになっていた。生気の全くない死の世界だけが広がっていた。
「こんな・・・こんなことって・・・!?」
全てが停止した世界を目の当たりにして、海潮は驚愕に体を震わせる。夕姫も眼を疑う気持ちで、町々を見つめている。
力を落ち着かせ、ゆっくりと着地するクロティア。
「これがクロティアの力・・・全力を出せば、世界の全ての時間を止めることだってできるんだよ。」
そこから深潮の声が発せられる。しかし活気にあふれていた彼女の声と歓喜の中には、狂気にも似た敵意が込められていた。
「これでも、ランガを止めることはできなかったみたい・・だったら、もっと力を集中すれば大丈夫かな。」
争いのない世界を願う深潮から妖しさを感じる海潮。驚愕が恐怖へとつながり、冷静さを失いつつあった。
「いくよ、海潮!ランガの動きを止めたら、海潮だけを連れ出して、私のものにするから!」
叫び声を上げる深潮、高らかと咆哮を上げるクロティアが、ランガに向かって飛び出した。