おもかげ〜Love is heart〜 vol.4.「過ぎ去りし罪」

作:幻影


「くるみちゃん、これから話すことは、ハルカにも言ってないことなんだ。ハルカも、落ち着いて聞いてくれ。」
 真剣な表情になる章。その口調に、ハルカもくるみも真剣に耳を傾ける。
「ハルカに会う前、オレは1人の女性と付き合ってたんだ。」
「女性・・」
「そいつはオレにはいつも優しくて、いい相談役になってくれた。今でもいいヤツだったと思うよ。」
 章が物悲しい笑みを浮かべる。しかしその直後、その笑みさえも消える。
「けど、アイツは・・魔女だったんだ・・」
「魔女?」
 その言葉に疑問符を浮かべるハルカ。
「日に日に時間をすごしていくに連れて、アイツはオレのことしか考えられなくなっていた。そしてそれが、アイツの持っていた力を本格的に引き出すきっかけでもあったんだ。」
「いったい何があったの・・?」
「アイツは・・・周囲にいる女性たちを次々と石にして回ったんだ。丁度、くるみちゃんがやられたみたいに・・・」
 章が言うに、その女性は章を思って、周囲の美女たちを石化していった。
「多分、オレが他の女にひかれないように思ったんだろう。オレがもっとアイツにオレの気持ちを言ってやれば、こんなことにならなかったのかもしれない・・」
「そんな・・・」
 自分を責める章にハルカが弁解しようとするが、章は打ちひしがれるままだった。
「オレはアイツのやっていることに気付いて、オレはアイツを呼び止めた。けど、アイツはオレの言うことも聞かなくなっていた。」
「それで、その人は・・?」
「力ずくで止めようとしたのがいけなかったんだ・・必死に止めようとした結果、オレはアイツを崖から突き落としてしまったんだ。」
「えっ・・!?」
 驚きを感じるハルカとくるみ。
「前の日が大雨だったせいで、崖下は波が激しくなっていた。助かるはずがなかった。」
 苛立ちと後悔にうなだれる章。強く握り締める彼の右手から血があふれ出る。
「オレはすぐに警察に自首した。けど、証拠不十分ということでオレの罪は認められず釈放された。」
 その後、章は当時住んでいた町を離れたという。そしてそのとき石化されていた女性たちは元に戻らず、その女性の家で今でも立ち尽くしているだろうと言った。
 彼女がまだ生きているからなのか、それとも彼女が死んでも石化が解けないのか。石化した女性たちは棒立ちのままだという。
「そうだったの・・・でもその人とくるみたちが被害にあったこの事件とどういう関係にあるの?」
 納得したハルカが章に問いかける。
「くるみちゃんがかけられた石化・・アイツがかけてたものと同じなんだ。誰もが力が抜けたみたいに腕を下げて、無表情のまま石にされていた。」
「それじゃ、その犯人は・・・」
「断定はできない。あの崖下から生きて帰ってこれるはずもないし。けどあんな力を持っているのは、アイツ以外考えられない。」
 章の苦悩は深まるばかりだった。そんな彼に対して、ハルカは声をかけることができなかった。

 落ち着きを取り戻した章の自宅内。
 章は精神的疲労を紛らわすため、昼寝を勧められてベットで横になっている。ハルカはくるみの石の体を拭いていた。
(ありがとう、ハルカ。私のためにこんなことまで・・)
「いいのよ、くるみ。くるみは石にされて動けないんだから。」
(あの後、一雨来ちゃって、動けない私はあのままぬれるしかなくて・・ホント、ハルカたちが来てくれて助かったよ。)

 影の少女を傷つけたことで、くるみは石化されて広場に放置されてしまった。あの後通り雨に降られ、自分で動くこともできず、石の体はずぶぬれになってしまった。
(あぁ・・ぬれちゃうよ〜・・こんなに雨に降られるって気分を感じるのは初めてだよ〜・・でも、今わたしは裸なんだよね・・誰かがここにやってきたら、私のこんな姿を見られちゃうよ〜・・・)
 白く固い体に雨が降り注ぎ、くるみが心の声を上げる。石になったことを痛感していた。
 そして雨はすぐにやみ、それからしばらくたってから、章がこの場に駆けつけたのだった。

「でも、これからどうしたらいいのかな・・・犯人を見つけ出さないことには、くるみを元に戻すこともできないし・・・」
 タオルを洗い終えて、ハルカは沈痛の面持ちになった。石化の力を備えている影の少女を見つけ出さないことには、くるみは石像のままである。
 くるみは自分の身を案じながら、さらわれた七瀬のことも気にかけていた。おそらく彼女も影の少女に石にされているだろう。
(私たちが見た犯人は、全身黒ずくめだった。それ以外は全くと言っていいほど分からなかったよ。)
 影の少女の詳細は分からないまま。ハルカたちは具体的な打開策を見出せずにいた。
「とにかく、犯人がこの街にまた現れる可能性があるなら、まだ何とかなるかもしれない。」
(え?)
 そういってハルカは、くるみに触れていた手を離し、章の休んでいる部屋に入っていった。
(ハルカ・・・)
 くるみはハルカの後ろ姿を見送るしかできなかった。石像の彼女には、もはや見守ることしかできなかった。

 影の少女に連れ去られた七瀬は、暗闇に満ちた部屋で意識を取り戻した。
「んん・・・」
 わずかな頭痛のために頭に手を当てながら、ゆっくりと立ち上がる。そして恐怖を振り切って、誰かいないか周囲を見回す。
 その光景に七瀬は驚愕した。裸の女性の白い石像が、部屋を満たすほどに並べられていたのである。
 いずれも腕をだらりと下げ、無表情だった。まるで力を奪われたみたいだった。
「これって、まさかみんな、さらわれた女性たち・・!?」
「そのとおりよ。」
 七瀬の驚愕の声に答えてきた別の声。それは七瀬を連れ去った影の少女だった。
「どう?きれいでしょ?みんな私が連れてきた女の子たちよ。」
 影の少女は周囲の石像たちを満面の笑みで見渡し、そして七瀬に視線を戻す。
「みんなきれいなオブジェになれて、満足しているはずよ。私もいい気分だわ。」
 影の少女の言葉に、七瀬は言葉が出なくなってしまった。影の少女はさらに話を続ける。
「大丈夫よ。あの子は死ぬことはないわ。私の石化は決して壊れない。ずっとあの場所で立ち尽くしてることになると思うわ。誰かに助けられてるかもしれないけど。」
 くるみのことを指摘する影の少女。くるみは自分の眼の前で石化されたことを、七瀬は受け入れるしかなかった。
 そして影の少女は力を抜き、安堵の吐息をついた。すると暗くかげっていた彼女の肌に人の色が戻る。
「あ、あなたは・・・?」
「これを続けていれば、必ずあの人は振り向いてくれる。私だけを思ってくれる。」
 困惑する七瀬の前で、好感に浸る少女。そして七瀬の頬を手で触れる。
「さぁ、今度はあなたの番よ。あなたも私のきれいなオブジェになるのよ。」
 困惑しきった七瀬は怯えて体を震わせている。少女に促されて、無意識に立たされる。
「あなたの力、もらうからね。そしてあなたのきれいな体も、見せてもらうわよ。」
 妖しい笑みを浮かべて、少女は手から光を放った。くるみを石に変えた光である。
 七瀬は全身の力を抜き取られていく感覚に襲われた。緊迫していた体が緩む。
 光の衝撃によって制服が引き裂かれ、ツインテールをかたどっていた髪もふわりと広がっていた。
 やがて光が治まり、七瀬は脱力して腕を下げた。少女が満面の笑みを浮かべて彼女を見つめている。
「これであなたもきれいなオブジェ。私のものよ。」
 七瀬の体は白く固くなっていた。制服も石の殻になって剥がれ落ち、髪もさらりと下がっていった。。
「ち・・ちから・・が・・入らない・・・」
 もらす声も弱々しくなっていた。少女に力を奪われ、力を失ったその体は徐々に石へと近づいていった。
「あなたにも感じさせてあげるわ。あの子も感じた、人と石の狭間を。」
 少女がさらけ出された七瀬の胸に手を当てた。あたたかい感触が七瀬に伝わる。
「ん・・・んく・・・」
 七瀬があえぎ声を上げる。しかしその声さえも力がなかった。
「そう、もっと感じなさい。あなたは最高の気分のままオブジェになるんだから。」
 優しく七瀬の胸を揉んでいく少女。七瀬に感じたことのない感覚が押し寄せる。
 力を失い変化していく体は、まだ人のぬくもりとその感触が残っていた。しかし固まったかのように、自力で動かすことができない。
(どうして・・・触られて、とってもいい気持ちになってる・・・)
 少女の接触に歓喜を感じている自分を不思議に思う七瀬。しかしそれを否定しようとはしなかった。
 快楽に身を沈めて、小さく笑みを浮かべていた。
「いい気分でしょ?人は触れられることで喜びを感じ、ずっとそれを感じていたいとさえ思うようになる。でも、こうしたらもっといい気分になれると思うわ。」
 少女は七瀬の秘所に触れ始めた。七瀬に今までにない刺激が押し寄せる。
「ぃゃ・・・イヤ・・・」
 あまりに刺激が強すぎて、七瀬は今度は抵抗の意を示した。体の中から大きくこみ上げてくる快感に、彼女は耐えられなかったのである。
「ちょっと効き目がありすぎたのかな?でもこうされることが、女の子にとって1番気分がよくなるのよ。」
 少女は笑みを消さずに、さらに七瀬の秘所に触れてくる。七瀬の秘所と少女の触れる手には、愛液が染み付いていた。
「ウフフ・・いいわよ。その調子よ。あなたの愛情があふれ出ているわ。」
 微笑をもらす少女に見守られて、七瀬が快楽に顔を歪める。もはや彼女の心は、少女の抱擁に流されるしかなかった。
 七瀬の秘所から手を離した少女。手についた愛液を舐め回し、さらに快感を覚える。
 七瀬は眼から涙をこぼしていた。自分の体を弄ばれた悲しみなのか、この刺激に歓喜を抱いているのか。
 今の七瀬に、その答えを見出すことはできなかった。
「さぁ、そろそろいいわね。その快楽を胸に秘めて、きれいなオブジェになるときよ。」
 少女が七瀬から離れた直後、七瀬の石化が勢いを増した。ぬくもりを宿した体が固くなっていく。
(くるみ・・・私もあなたと同じ・・・石になっちゃうよ・・・でも・・何だかいい気分だよ・・・)
 心の声を発する七瀬。彼女の体は完全に石化に包まれた。
 周囲の女性と同じように、七瀬も白い石像に変えられた。彼女の一糸まとわぬ姿を見て微笑む少女。
「また1人、私のコレクションが増えたわ。そして、彼にまた一歩近づいたし。」
 少女はきびすを返して、部屋の闇に姿を消した。部屋の中は裸の白い女性たちが立ち並んでいた。

 ハルカは章が眼を覚ますのをずっと待っていた。彼女は彼の気持ちがしっかりするまで、同じ寝室で待ち続けていた。
 章と付き合っていた女性との関係。それが今回の事件に深い関わりを持っていた。
 自分がしっかりしなければ、章もしっかりするはずもない。ハルカはそう思い、気を引き締めていた。
 そしてしばらく待つうちに、章が眼を覚ました。章はハルカの沈痛な表情を見て、深刻な顔になる。
 沈黙してしまう章。ハルカが先に口を開いた。
「章があの人に対して罪を感じているのは分かる。でも、今はくるみたちを助けなくちゃいけないんだよ。たとえ犯人が、その人だったとしても。」
「ああ・・・分かってる・・・」
 心のわだかまりを拭い去ろうと、何とか決意を見せようとする章。しかしそう考えるようにしても、かえって困惑は深まるばかりだった。
「もしも生きていて、今回もみんなを石化しているなら、今度こそ止めなくちゃいけない・・」
 ベットから起き上がって、1人部屋を出ようとする章。
「待って。」
 そんな彼を呼び止めるハルカ。
「私の先輩にも協力してもらおうよ。」
「先輩?」
 ハルカの提案に章は振り向く。
「先輩って、お前の大学の先輩か?」
「うん。よく相談を聞いてもらえるから、今回のことも協力してくれると思う。」
「けど、あんまり他人を危険に巻き込みたくない気もするんだけど・・」
「大丈夫だよ。先輩はしっかりしてるから、いい知恵を貸してくれるよ。だから・・」
 頼み込む気持ちで頭を下げるハルカ。その言動に対し、章は受け入れがたい気持ちを抱えながら、
「分かった。とりあえず、その先輩に話してみよう。」
 章が了承するとハルカが満面の笑みを浮かべる。そこまで信じられる先輩なのだと章は納得した。
 ハルカは章より先に部屋を飛び出し、くるみに近づいた。そしてその石の体に触れた。心への疎通をするために。
「くるみ、これから千影さんのところに行くね。千影さんなら力になってくれるはずだから。」
(え?千影さんに?)
 ハルカの言葉にくるみが声を返す。
(そう。千影さんなら何とかしてくれるかもね。でも、くれぐれもムチャはしないでね。)
「うん。分かってる。」
 ハルカはくるみに対して笑みを見せる。石になっているくるみは虚ろな表情のままだが、ハルカは彼女が喜びを秘めていることを感じ取っていた。
「それじゃ、行くね。」
 ハルカはくるみから手を離して、章の待つ玄関に向かった。
 2人の愛に対する悲劇が、新たな局面を迎えようとしていた。

つづく


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