作:狂男爵、偽
「――――――、―――――――――。」
町中に響く、―――の声。
その日も空き地で一緒に遊んでいた友人と彼はいつものように苦笑いを浮かべた。
うっとうしく思ったことも一度ではない。
だが、この国に生きている人々にとって、家族の人形のように容姿の整った金髪の美少年が夕食にわずかな時間でも遅れたら、この程度騒ぐのは当たり前の反応である。
そして、建物の隙間にある路地の暗がりや人ごみの中には若い女性や子供が大好きな魔物が住んでいて、隙を見せると連れ去ろうとすることは、この街の住民にとっては常識であり帰って来たものは誰もいなかった。
「――――――――、―――――――――――。」
声にせかされるように少年は友人たちに断ってから、夜の色に徐々に染まり始めた街の中を駈け出した。
行く先に、温かい家族の団らんがあることを信じて……。
「ゴォー、ゴォー、久方ぶりの我が身体を溢れんばかりの強大な魔力の感覚よ、ゴォー、ゴォー、これが、あの未熟な小娘の魔力か。」
校舎の屋上で大きな雄たけびを上げながら膨れ上がっていく白い冷気の人型の化け物の姿は、白く凍りついた学校の数倍の巨体に膨れ上がった。
「ゴォー、ゴォー、何たる美味、何たる甘さ、そなたは戦を知らぬか、その手が汚れたことがないのか、ゴォー、ゴォー、我が教えてやろう、我が汚してやろう、そなたの故郷の民の絶望とともになぁ。」
歓喜に染まる化け物の骸骨のように痩せていた身体は、隆々たる筋肉に覆われ、飢えは歓喜にとって変わった。
そして、その身体から溢れた冷気が校庭を超え、観測を続けていた周囲を包囲する司法局の隊員に迫ろうとしたその時、光で構成された無数の文字と図形が学校そのもの立体的に包み込み冷気を遮断した。
「ここまでは補佐の範囲内ですが、外に被害が出た場合はこの魔人に対する権限は私に自動的に委譲され、この留学は中止となります、ルーナ様、そのことをどうかお忘れなきように。」
校門に集まった見物人の人垣が割れ、宝石で華美に飾り立てられ白く輝く魔法銀で出来た大きな盾のようなものをかざしたメイドがゆっくりと白く凍りついた学校に歩み寄ってきた。
「ゴォー、ゴォー、そのような小細工が我に通用するものか、ゴォー、ゴォー、思い知れ、王族でもない家来風情がぁー。」
冷気の巨人は小さな家ほどもある巨大なこぶしを振り上げ、散ってゆく見物人に目もくれず冷たく巨体を見上げるメイドに振り下ろそうとしたその時、巨人の体は灰色に固まり魔法文字が縛り付けるように全身に浮き上がった。
固めマン第六話「白銀の魔獣」
氷漬けにされた瞬間、恐ろしい夢を見ていた気がしてリオは怯えたようにあたりを見回した。
だが、夢の中身は手のひらをすり抜けた水のように不快な感覚だけを残してリオの頭から消え去り、周りにはあの生意気なお姫様も不気味な骸骨の化け物の姿も見えなかった。
「ここはどこなんだ、あいつらは一体どこへいったんだ。」
リオが周りを見回すと辺りは白い冷気に包まれていた。
足元からは冷たい感覚が伝わり、地面か床が氷だとわかった。
リオの体はいつの間にか人間の姿になっていて、儚げな白くほっそりした身体で震えながら、バリバリと凍りつき始めた銀色の髪を揺らしながらあたりを見回した。
「氷漬けにされたと思ったら変な世界に飛ばされて、朝は雷撃を仕掛けてくるし、あの馬鹿姫を任されてからろくなことがないよ、外の世界ってこんな困難ばっかりなのかな。」
「馬鹿姫っていうな、この無礼者がー。」
つい、愚痴をこぼしたリオの頭にルーナの声が響いて鈍い衝撃が与えられた。
「ってぇー、なんなんだよ、いちいちやりすぎなんだよなぁ、」
とっさに頭にぶつけられた物を素早くつかんだリオは、なにか違和感がして中身をまじまじと見つめた。
その透明なブロック状の氷の中には頭身が低くなった、デフォルメされたルーナにそっくりの銀色の髪のツインテールの裸の光の羽が生えた妖精が封じられていた。
「きゃああああー、このエロガキ!じろじろ見ないでよ~!」
その氷は悲鳴を上げながら、リオの手から弾かれたように離れた。
「なにがだよ、こんなちっちゃいのなんて趣味じゃないよ、そんなことよりこんなわけのわからないところはさっさとって…イタッ、おい、やめろよ、いたいって。」
つい、元の姿のことを忘れたリオの心ない言葉に氷の中の妖精のような姿のルーナは、氷の中で器用に目を潤ませながら自分を封じた氷でリオの頭をゴツンゴツンと叩いた。
「どうせ私は戦争も知らない馬鹿な子供よ、それが何だって言うのよ、みんなみんな馬鹿にして!」
なんだか知らないが罪悪感を覚えたリオは、頭に何度もたたきつけてくる氷を掴むと顔の正面に持っていて、頭を深く下げた。
「落ち着けって、馬鹿って言ったのは謝るから、誰でもあんな化け物みたら焦るのは当たり前だよ、
まあ、当たりかまわず物を壊したのは悪いんだけど、その魔法の力で直せばいいとぼくは思うよ。」
必死に語りかけるリオに、ルーナは拗ねたように器用に封じられた氷の向きを変えて顔をそらした。
「フンだ、どうせあんたは私のこと理屈馬鹿とか思ってんでしょう、いいわよ別に、どうせ私は沢山の兵隊や召し使いがいないと何もできない金ぴか狸なんだから。」
とりつく島もない少女の様子にリオが困り果てていると、辺りに漂う白い霧が急にまるで生き物のようにリオとルーナを中心にして集まって渦のような形を作り始めた。
「ビュー、ビュー、貴様ら一体何をした、どうしてこんなことができる、ビュー、ビュー、答えろ、死にたくなければさっさと教えろー。」
少年達を取り囲んだ白い冷気からいくつかの顔が浮かび上がり、先ほどとは打って変わって困惑した様子で問い詰めた。
「フフン、お前がこの世界でフラフラしている間も私たち王族はずっと魔人に対抗できる新しい術を編んでいたのよ、これで気がすんだらさっさと尻尾をまいて逃げなさいよ。」
氷の中の少女の口をふさぐすべを持たないため、得意げにルーナがべらべらと手のうちを明かしてしまったので、リオは頭を軽く押さえてしまった。
「なによ、どうせあんたは役に立ってないんだから、文句なんか言う権利はないわよ、そのことはちゃんとわかってんの?」
隣のリオの様子に気づいて氷ごと振り返ったルーナは、リオの顔より幾分か高く浮いて見下ろすように言った。
「ビョー、ビョー、我の知らぬ新しい術か、我らを脅かす術なのか、ビュー、ビュー、我は興味があるぞ、じっくりと調べてやるぞー。」
白い無数の顔が言いながら、お互いぶつかり合いながらあたりに漂う白い冷気と一緒に集まって巨大な顔になってゆく。
「なんだよこれは、お前いったい何をやったんだよ。」
いつも親切に教えてくれるミサがいないためか、状況の変化についていけずリオはルーナに向かって叫んだ。
「しっ知らないわよ、とにかく私の体にいろいろ仕掛けがしてあるけど、私自身はわからないのよ。」
きちんと何度も兄に説明は受けているが理解を超えているため、ルーナははっきりとは説明できるはずがなかった。
そして、戸惑う二人をよそに白い冷気がひと固まりになり、周りの様子がはっきり見えるようになり、二人の前にあったものが、姿を現した。
「ゴー、ゴー、汝の身体に直接聞いてやる、厳しく問い詰めてやる、ゴー、ゴー、さすればすべて明らかとなり、我は更なる力を手にするのだ。」
巨大な顔の形になった白い冷気の目の前に、まるで華やかな氷中花のようなトカゲ人間と魔法少女の姿になったルーナの氷漬けが現れた。
「なんで、僕が二人いるんだ、おいお前あれはいったいなんなんだよ。」
無意識に感じた危機感に背筋が凍りついたリオは、茫然と二人を封じた氷を見つめる小さなルーナの氷を掴んで叫んだ。
青い氷に封じられたルーナの妖精のような愛らしい顔は恐怖と絶望に凍りつき、ほっそりとした手足は分厚い氷を通して見えるせいか繊細な彫刻のように見え、リボンとフリルに飾り立てられた華やかなワンピースが青く冷たい色に染まっているため、余計に中の少女の冷たさを印象付けた。
そして、その正面には儚げな裸体の銀髪の少年も一緒に氷に封じられていた。
「ゴー、ゴー、お前たちの力を頂くために意思などという余計なものを我が取り外してやったのだ。ゴー、ゴー、今のお前たちは全てを奪い去られた余計な残りかすでしかないのだ。」
「そんな、雑魚魔人が王族の魂を好き勝手に付けたり外したりできるなんて、わたしはしらないのよ、こんなに戦いが怖いなんて!」
ルーナの悲痛の叫びに、リオの顔が義憤に染まった。
「知らないからって、怖いからって、何もしないのは間違っている、僕たちには力があるんだから出来ることをしなきゃだめなんだ。」
「でもだからって、なにをすればいいのよ。」
言い争う二人を余所に巨大な顔から不吉な気配のようなものが伸びて、二人の体を封じた氷に迫り始めた。
「わざわざお前の心を氷漬けの体から抜いたのは何かあるからだろう、魔人ってのはいちいち無駄なことをしないってミサも言ってたし。」
「だからって、なんであんたの為にしてやらなきゃならないのよ、奥の手はいざというときに取っておかなきゃならないんだから。」
二人が言い合う間に触手のようなものが、氷漬けの二人の体に触れた。
「ひゃあっ、なに…これ……き、も、ち、……わる…い。」
「うぁ、からだ…じゅう……に…なんか…はい…まわ……てる。」
触手のような無数の白い何かが氷の中でつめたく凍りついた二人の体に触れると、そのおぞましい感覚に二人はのけぞった。
校舎の屋上で雄々しく立っていた化け物の筋骨隆々の石像のような姿から、ひび割れが起こった。
その隙間から白い蒸気のようなものが漏れ、暗い穴のような眼に再び光が戻り始めた。
「なんかおかしなことになってるみたいだけど、大丈夫なの?」
いつもの間にか、校門の前で一人立っているメイドのすぐ後ろに来ていた背中に何かを背負った地味なワンピース姿のミサが問いかけた。
「あまり二人の間で話し合いがうまく行ってないご様子ですね、今回は失敗かもしれません。」
「勿論、このあとの対処はしっかり任せて大丈夫なんだろうな、もし出来なかったらお前たちの処分は覚悟してもらうことになるぞ。」
メイドの返事にあまり誠意が感じられなかったため、ミサに背負われた黒い学生服の少女がよろよろと剣先をメイドに向けた。
「あまり無理をなさらない方がよろしいですよ御剣様、こちらの世界の人間は変化系の魔法に対して耐性がないのですから。」
白く細い喉元に近づく震える剣先に特に気分を害した様子もなく、メイドは御剣の体を気遣うようにそっと手を伸ばした。
先ほどの仕打ちを思い出したのか、御剣は重い身体を揺らして白い手から逃れようとしたが、ミサがずれた御剣の引き締まった体を背負い直しながらささやく。
「御剣さん心配ないわよ、今このメイドが私たちと敵対する理由がないわ、それにリオは馬鹿だけどしっかりしてるから大丈夫よ。」
だが、屋上の魔人の巨体を縛るように広がった文字は消え去り、石と化した体が崩れ中から白い何かが現れた。
「ビョー、ビョー、人間風情の小細工が我に通用するものか、ビョー、ビョー、さあ教えてもらうぞ、この術の正体を!」
氷の中、青く凍りついた魔法少女の体を白い冷気の触手で弄りながら、二人の頭上で白い顔が叫ぶ。
「うあぁっ、いやぁぁ、いやぁぁ、やめてぇぇぇぇ!」
ブロック状の氷の中に閉じ込められた妖精のような姿のルーナは、身体を這いまわるおぞましい感覚にもだえるように氷をでたらめあちこちにふらふらと飛ばした。
「ビョー、ビョー、王族の苦しみは我らの喜び、王族の恐怖は我らの励み、ビョー、ビョー、もっと苦しめ、もっと叫べ。」
さらに無数の触手が二人の体を封じた氷に伸びようとしたその時、全ての触手が石となって砕け散った。
茫然とその場にいるもう一人の人間を白い巨大な顔が見下ろした。
「僕の切り札はこれで……終わりだ、お姫…さ、ま、つぎは、……あん、たの番だ。」
おぞましい感覚から解放され放心して床へ落下してゆく氷をそっと受け止めたリオが、トカゲの顔でつぶやいた。
「でも、でも、わたしは……そんな……の、たの…んで…ない…のに。」
なにか理由があるのか、トカゲ怪人の顔からルーナは氷の向きを逸らしながら呟いた。
「ああ、もういいよ、ここは僕がなんとかするから、あんたはどこかに隠れてろ。」
そう言って、ルーナの心を閉じ込めた氷を床に置くと、半ば石になった巨大な顔に向かって飛びかかった。
「ビュー、ビュー、獣人ごときが我に歯向おうなどと愚かなり、無謀ななり、ビュー、ビュー、思い知らせてやる、すでに後悔すら無意味であることを!」
巨大な顔は少年の体を食い千切ろうとするように、口を大きく開けて向かってきた。
「くっ、身体が大きい分狙いは見え見えだよ、対した事ないね、うっ。」
転がる様に迫る大きな口を避けて呻くリオの顔はすでに少年の形に変わり、整った顔を焦りと恐怖に歪んだ様子がよくわかった。
巨大な顔はわざと少年が立ち直すのを待って再び巨大な口を開けて襲いかかる。
リオは、すぐジャンプすればいいものを、背後のルーナの心を閉じ込めた氷を庇って魔人を引きつけてから、身体をねじってなんとか避けた。
「ビュー、ビュー、怖いか、苦しいか、言わなくとも分かるぞ、ビュー、ビュー、我に喰われれば汝の恐怖も苦痛も永遠に続くことになるぞ。」
「弱い奴はよくほえる、今のあんたじゃとても怖がる気になれないね。」
「ビュー、ビュー、やたら饒舌なのはお前だ、我は付き合ってやっているだけに過ぎぬ、ビュー、ビュー、お前は何を恐れている、何がそこまでお前を追い詰める。」
悠然と見下ろした巨大な顔は弱者を痛めつける独特の傲慢に満ちた表情を浮かべ、ただ震えるだけの少女を後ろにかばった少年の背中は寒さと恐怖に震えいかにも情けない。
だが、ルーナの恐怖と絶望に凍りついた心を溶かすだけの効果はあった。
「ビュー、ビュー、もっと我を楽しませよ、もっと無様に踊って見せよ。」
ニタニタといやらしい笑みを浮かべた大きな顔が、わざと狙いを逸らしたり、攻撃の挙動をみせてからリオの方へ大きな口を開けて飲み込もうと迫る。
リオはそのたび小柄な体を無理によじったり、床に飛び込むように転がりながら避けていくが、徐々に疲労と体への負担がたまり始める。
そして、リオが巨大な顔に至近距離で追い詰められたその時、後ろにかばったルーナの声がした。
「私の切り札が見たいの?」
その呼びかけは、まるでリオの心を読んだかのようにタイミングが合っていた。
「うん、ここですぐに見せてくれるなら何でもするよ、どうすればいいの。」
反射的に返事をしてしまったリオは、何故かうすら寒い予感がして急いで振り返ろうとして果たせなかった。
何故なら、背後の氷から溢れた光がリオの体を飲み込みそのまま、上にある二人の体を閉じ込めた氷に飛び込んだ。
途端に、氷に閉じ込められた青く冷たい色に染められたルーナの体が華やかな光が灯った。
「ビョー、ビョー、いったい何をしたのだ、我の結界に小娘如きが干渉したとでも言うのか?」
一瞬の出来事に魔人は何もできずに茫然としたまま呟くと、二人を封じた氷から輝き辺り一帯を覆った。
「そういえばリオ様の家族は現在消息不明でしたね。」
いきなりメイドが言ったあまりに唐突な内容に、ミサが不審げな視線で返答するとメイドは何やら思わせぶりな笑みを浮かべた。
「残念ながら今のあいつの姉は私なの、書類上もそうなっているよ、リオに何かする気なの?」
「承知しております、ですが、お姉様といえどリオ様の将来の選択を縛る権利はないはずです。」
「……ええ……、そうね……、うん、そのとおり、でも、それはあなたたちだって…。」
不意に顔をしかめ一瞬言葉を詰まらせながらミサがメイドに問いかけようとした時、全身を覆う文字の大半が消え去ったため解放されようとした魔人の巨体がひび割れ崩れた。
そして、中から現れたその姿にミサは凍りついた。
「わははははは、見よ、この美しき俺様の姿を、もはやキサマごときは敵ではないわ!」
その姿は毒々しい鱗の色はエメラルドのような華やかな輝きに覆われ、身体と手足には白銀の光り輝く武具に覆われ、その背中には蝙蝠のような翼が生えていた。そして不気味だったトカゲの顔はいかめしい鰐のような形に変貌していた。
「ビュー、ビュー、魔法のマの字も知らぬ獣人が王族の力を手にしたとて自滅するが落ちだ、ビュー、ビュー、その不快な大言壮語を我が後悔させてやるぞ。」
そして、崩れた身体から蒸気のように湧きあがった人間のような形をした濃密な白い冷気が上空で大きな笑い声を上げる鎧姿のトカゲ怪人に向かって飛びあがった。
「くくくくくくっ、雑魚如きが吠えるわ、見せてやろう本当の力というものをなぁ!」
下から迫る白い冷気の化け物にトカゲ怪人は甲高い声で叫びながら、無造作に白銀のガントレットをつけた手を広げた。
その手から無数の魔方陣が重なり合いながら現れ、至近距離に迫った敵を取り囲んだ。
「ビュー、ビュー、馬鹿な、ニンゲンごときが我を捕える魔法だと、貴様は一体何者だ。」
「勘違いするな、そして雑魚ごときと交わす言葉など俺様には知る必要もねぇ、消え去れ。」
冷たい視線で見下しながら無造作に呟いたトカゲ怪人の言葉とともに、取り囲んだ魔方陣から広がる空間を紙のように燃やす炎に飲み込まれ魔人の体が崩れてゆく。
「ヒュー、ヒュー、この力、まさか、お前なのか、ならばなぜニンゲンごときにおまえが……。」
まるで火にあぶられた紙のようにぐずぐずと崩れ去った魔人が滅びる寸前に呟いた言葉は、トカゲ怪人の耳にしか届かなかった。
「人間どもよ、恐怖せよ、そして崇めるがいい、新たなこの街の主の降臨を、わははははは。」
トカゲ怪人の声は不意に途切れ、その姿は幻のように消え去った。
「あれはなんだ、あいつのあの姿はいったいなんなんだ、お前らまた私を騙していたのか?」
狼狽した様子の御剣の声にハッとなったミサは問いかける御剣の体を地面に投げ出して、唖然と空を見上げていた司法局の隊員の隙間を抜けて、霜の解け始めた校舎の中にいる愛しい弟の元へ駈け出した。
「…オ、……オ、リオ、早く起……さい、リオ!」
極度の疲労で意識が朦朧としていた人形のように容姿の整った銀髪の少年は、その言葉が自分に呼びかける声だと最初は気づかなかった。
何故なら、その声はあまり聞き慣れないし、呼びかけるている相手が自分と名前が違っているように……。
「あのね、ミサチャン、リオクンは私と合体していたから疲れているのよ、もう少し休ませてあげようよ、ねっお姉さんのお願いだから。」
聞き捨てならない内容にリオの目がはっと覚めた。
「待てルーナ、誤解されるようなこと言ってるんじゃない、それにあれはルーナが無理やり自分からやったんじゃ……。」
自分を見つめる絶対零度の視線にリオの言葉は途中で途切れた。
変身の後の裸は慣れているつもりだが、冷たいタイル張りの床に寝かされていたせいか、何故か寒気を感じた。
「リオ、私にわかるように説明してもらえるかな、いったいなにがあったの?あんたは何をしたの?」
ここにいないはずの冷たい視線を送る地味なワンピースを着た少女の目は、いつもと違って好奇心にくるくる回ってなどおらず、真剣な様子はあの女にやたら似ていた。
「いやっ、それより早く制服に着替えて教室に戻らないとクラスのみんなが心配シチャウヨ?ソレニボクノショウタイガバレチャウカモシレナイシ?」
何故か、殺気立ったミサの緊迫した様子に焦りながらリオはこの場を逃れようと必死に言った。
「リオクンこういうことは最初が肝心なんだから、きちんと妹さんに説明してあげないとね。」
さっきとは打って変わってやたらべたべたとくっついてくるルーナの態度に、リオは何故か突き放せなかった。
「ふーん、そういうことなの、レナちゃんが知ったら悲しむね、でも最初が肝心なんだし、きちんと伝えてあげないとね。」
「いや待て、なんでレナの名前が出てくるんだよ。」
彼女の鋭い牙と刃物のような爪が自分を刻む映像がありありと浮かんでリオがひどくうろたえると、隣のルーナの機嫌が悪くなってリオの胸倉を掴んで問い詰めた。
「レナって誰、ねぇリオクン、教えて誰なの。」
「ハーイ、私がレナでーす、義姉さま、お久しぶり。」
声に一同が階段の下を見下ろすと、ラフな格好の長い金髪をぼさぼさにした見事なプロポーションの整った身体付きの女が立っていた。
続く