孤高のサウザンナイト 第三話『青空少女 ブルーウィンク』

作:闇鵺


 どうしてあたしは“正義”が嫌いなんだろう。
それは“正義”なんてものが実はとても曖昧で、薄っぺらで、
価値の無いものなんだと思っているから?
 そんなあたしの考えは間違ってる?
だったら正してみせなさい。あなた達の“正義”で。



 星降 千夜はどこのクラブにも所属していない。
一緒に帰るような友達もいない。だから帰りはいつも一人。
おかげで千夜は歩きながらもゆっくりと考えに耽る事が出来る。
 今は放課後の帰り道。そして彼女の頭の中にある事はやはり、つい先日の出来事だ。
突然現れた妖精。
突然現れた異次元生物。
突然変身した自分。そして……。

 あの後は確か、自分の部屋に戻って変身が解けた。
そしてあの奇怪な生物は満足そうに異次元の穴の中へ消えていった。
あれから約一週間。以来音沙汰無し。
夢だったんだろうか。全て。
 仮に夢だとしても誰かに話したくなるような内容じゃない。話す相手もいないけど。
魔法の物語のヒロインなんて、自分には一番似つかわしくない職業だ。
それとも自分にはあったんだろうか。「魔法を使ってみたい」なんて願望が。
魔法を使える“魔法少女”になってそれから何を? それは……。


「へへっ、待たせたな! 悪い子にしてたか? なんてなぁ!」


 千夜の目の前に突然、サメとモグラを足して割ったような生物が空間を突き破って現れやがった。
息を飲んで目を丸くする千夜。相変わらずリアクションは大きくないが本人としては結構驚いてる。
そしてすぐさま驚きは呆れの表情にグラデーションする。
 夢じゃなかったのか。やっぱりあれは。
それとも、考えに熱中し過ぎて幻覚でも見た?
どちらにしろこの展開はあまり喜ばしいものじゃない。


「なに白けてんだよ。このオレ、ダーティ様が戻ってきてやったんだぜ」


 …こういう時はどう反応すればいいんだろう? とりあえず無視?
次元とか重力とか軽く超越してそうな異生物をサッとかわして千夜は歩き出す。
 ダーティの脇を通り過ぎて間も無く、薄く氷の張った水溜まりを踏んづけたような感触がした。
でも、パキリというあの小気味良い音はしなかったし
第一今はまだ水溜まりに氷の張るような季節じゃない。それじゃあ一体……?
 考える暇も無く千夜の周りの景色が割れた鏡のように砕け落ち、辺りが黒で覆われた。
この光景には見覚えがある。そう、つい一週間ほど前にも同じ景色を見た。
あの時と同じ、全てが黒の空間。
 どこからか声が聞こえてくる。
底意地の悪そうな、サメを擬人化したような声。


「テメェ! 最短ルートで軽く無視しようとすんじゃねぇ!」

「あんた…、いいから早く元の場所に返しなさい」

「そうはいかねぇんだよ」


 千夜の周りを無数の稲妻の群れが纏わり付き、一瞬で千夜の衣服を霧散させる。
驚く暇も無く千夜の指先、そして足元が黒く染まりだす。


「あ…! …また……?!」


 千夜の体が変質を続ける間もダーティは勝手に話し続ける。


「確か名前は千夜とかいったよな?
 オメェはもうオレ達パンデモニウムのものだ。
 オレ達の野望の為に働いてもらうのが確定ルートなんだよ!」

「…パンデモ…ニウム……?」


 早くも千夜の体の七割以上が黒で染まり切っていた。もうすぐ心臓に達する…。
体中が周りの闇を吸収していく。
激しい頭痛がして頭を押さえたくなったが、黒ずんだ両腕はピクリとも動かす事が出来ない。
黒い高揚がどんどん高まってきて、今にも体が爆発しそう……。


「オレ達の目的は分かりやすいぜ。ずばり人間界、そして魔法界、両世界の征服だ!
 だがそれにはどうしても邪魔な連中がいる。
 オレ達みてぇな悪党を退治して回ってる“魔法少女”共だ。
 オメェの仕事はそんなうざってぇ“正義の味方”をぶっ倒す事! どうだ、楽しそうだろ?」


 まるで催眠術にでも掛けられたみたいに、ダーティの言葉が頭の中で何度も響く。
そして千夜は一つの幻想を見る。
 世界が黒い闇で覆われていく光景。
その中で色々な人間の姿が見える。
恐怖に駆られ逃げ惑う者。何が起こっているのかも分からず呆然とする者。
跪き救いを請う者。最後の最後まで抗おうとする者。
その全てを闇が覆う。握り潰す。喰らい尽くす。
闇に取り込まれた者は皆、石のように動かなくなっていく。
世界が凍り闇が広がる。
そして…闇の中心にいるのは……あたし。


「…う…ああぁぁぁ……!! ああああああぁぁぁぁ…!!!」


 心の中を無理矢理もぎ取られたように、次元も空間も引き裂くように、千夜は叫んだ。
そして叫び声と共に解き放たれた魔力が黒い装束となって千夜の体を取り巻く。
それと同時に無限に広がる闇が徐々に閉じていき、元の世界を復元していく。
千夜の叫び、変身の完了、世界の復元。それらは全て同時に終了した。
 黒い魔法使いと化した千夜は大きく深呼吸をした。
指を両目の間にやるが、いつもの感触が無い。…そうか。今、眼鏡してないんだ。


「あんた、一体どういうつもり? 勝手にいなくなってそれっきりかと思ったら
 突然現れてまたこんな格好に変身させて…」

「言っただろ。オメェはもうオレ達のものだってな。
 さぁ、さっさとターゲットの所へ行くぜ。最速ルートでな」


 千夜は不機嫌そうに辺りの様子を窺う。
知り合いに見られてやしないだろうか。
恥ずかしいというよりも面倒になるのが嫌だから。
 …でも、どうやら杞憂みたいだ。
ありふれた閑静な住宅街は本当に“閑静”で、周りに人はいない。
安心した訳じゃないけど「ふぅ」と小さく溜め息一つ。


「あたしに命令しないでくれる? …とは言っても、
 どうせそのどっかの魔法少女を倒しに行かないと解放してくれないんでしょうね」

「へっ、そういつまでも能面みてぇなツラしてねぇで思う存分狩りを楽しもうぜ。
 力の使い方は覚えてんだろ?」


 もちろん納得はしていない。
でも同時に、覚悟を決めなければならないという事も理解してしまうから困ったもの。
千夜は仏頂面のまま右手を前に差し出す。


「ザグオラ!」


 千夜の言葉に呼応して、細長いロッドが現れる。
先端にカボチャの飾りが付いたロッドを右手で掴み、左手を添える。


「言っとくけど、あたしはあんた達の目的だか野望だなんてどうでもいいわ。
 ただ…正義だ何だってうそぶくような連中が嫌いなだけよ」


 瞳を閉じて空を飛行するイメージを浮かべる。
千夜が「飛べ」と念じた瞬間、ザグオラは一瞬にして地上数百メートルの高さにまで急上昇した!
さながら逆バンジーかフリーフォールか、
果てはレールもシートベルトも無いジェットコースターと化すザグオラ。
 ロケットでも離陸する時は10カウントぐらいするわよ。
そんな突っ込みを入れる余裕は千夜には無かった。
本当に恐怖を感じている時というのはむしろ「キャーキャー」悲鳴を上げていられる状況ではないのだ。
必死でしがみ付く千夜を連れてザグオラは最高速でどこかへすっ飛んでいった!



 その頃、どこかの上空で背中に翼を生やした少女が巨大なカラスの怪物と
熾烈な空中戦を繰り広げていた。
怪獣のような雄叫びを上げながら、体長2〜3メートルはあろう化けガラスは
激しく翼を羽ばたかせて無数の黒い羽根を矢のように撃ち出してくる。


「そぉーれ!」


 青空のような薄青い色のコスチュームを身に纏った少女は
大きく旋回しながら黒い矢の乱射をかわしていく。
その表情に笑みが見られるあたり、まだまだ余裕がありそうだ。
彼女の名はブルーウインク。空を自由に飛ぶことのできる魔法少女の一人である。


「さぁ、そろそろ大人しくしてもらうよぉー!」


 ブルーウインクは羽をあしらった銀色の弓を構え、化けガラスに狙いを定める。


「エアブルー…リリーサー!!」


 化けガラスに向けてウインクし、同時に矢を放つ。
放たれた矢は風を纏いながら化けガラスの中心を見事撃ち抜いた!

 ガアアアァァァァァ!!!

 耳を裂くような悲鳴を上げる化けガラス。
風はさらに激しさを増し、化けガラスの黒い羽根を削ぎ取っていく。
どす黒い羽根が風に乗って雲の彼方へ舞い上がり、
化けガラスの悲鳴も弱々しいものになっていく。
 黒い羽根が全て吹き祓われた瞬間、風は静けさを取り戻し化けガラスの悲鳴は消え失せる。
そして、ゆっくり落ちていく黒い塊をブルーウインクはそっと抱き止める。
それはどこにでもいるような一羽のカラスだった。


「ふぅー、一件落着! もう大丈夫だよぉ」


 ブルーウインクは腕の中で眠るカラスにもう一度ウインクを送る。
すると、カラスの瞳がゆっくりと開く。
そしてブルーウインクの腕から離れると
彼女に礼を言うように元気良く「カー」と鳴き、どこかへ飛び去っていった。
 邪悪な魔力を帯びた黒い羽根に魅入られ、怪物化してしまった鳥達を浄化するのが
彼女、ブルーウインクの役目である。
そして今日も一羽の鳥を助け出し、役目を果たしたブルーウインクが帰路に付こうとした時…、
遥か彼方から黒い矢のようなものが猛スピードで突撃してくるのが目に映った。


「どきなさいっ!!」

「んぇ? 何?!」


 ブルーウインクは間一髪、自分の身長ほどに大きいその黒い矢を回避する。
それは矢ではなく魔女であった。
鍔が広くて先端の折れ曲がった三角帽子に黒い扮装。
先端に小振りのカボチャのような飾りが付いた長いロッドにしがみ付いている。
 魔女を乗せたロッドはブルーウインクの真横をすれ違って急停止する。
その勢いで振り落とされそうになる魔女は小さく悲鳴を上げながら
抱きしめるようにして必死にロッドを握り締める。
 帽子の鍔からチラリと覗く素顔は鷲鼻の老婆ではなく、
恐らくブルーウインクと同じ年頃の女の子だった。
呼吸は荒く、顔中冷や汗を掻きながら「何が起こったの」と言わんばかりに目を大きく見開いている。
その鬼気迫る表情にいささか気圧されながらも、ブルーウインクはこの飛び入り魔女娘に抗議した。


「…な、何なの突然?! 危ないじゃないのー!」

「文句はこのロケットロッドに言ってくれない?」


 魔女は額の汗を手で拭うと淡々とした口調で答えた。
その冷静な表情は、暴れ足りないロッドにしがみ付き必死に押さえ込もうとする仕種と釣り合いが取れていない。


「君、一体誰なの? もしかしてボクと同じ魔法少女?」

「あたしは…」


 その魔女、星降 千夜は返答に戸惑った。
どう名乗るべきなのか。今の自分はどこにでもいる一中学生ではなく魔法少女。
本名を名乗っても良いものなんだろうか。
だからと言って例えば“魔女っ子 チヨリン”とか“魔法少女 マジカルチヨ”みたいな
痛くて寒い字(あざな)を名乗らなければいけないのだとしたら
このまま成層圏突き破って流星になった方がマシだ。
 そんな千夜の戸惑いを胸の水晶玉から発せられる濁声があっさり解消しやがった。


「こいつの名前は“サウザンナイト”だ。
 千の言霊を操り千の夜の訪れを導く邪悪の巫女。覚えときな」


 サウザンナイト…、あたしの名前“千夜”から取ったのね。
まぁこの手の名前なんてどう転んでもあまり良い方向には進みようがない。
少なくともチヨリンとかマジカルチヨとかよりはマシと思うことにしよう。


「千夜、アイツが今日のターゲット“青空少女 ブルーウインク”だ。
 ヤツの持ってる弓に気を付けろよ。当たっても体は傷付かねぇが魔力が一気に奪われちまうぜ」


 星屑のような粒子が渦を巻く胸の水晶玉に宿るもの、ダーティの言葉に耳を貸すと
千夜はブルーウインクの手元に光る銀色の弓に目を向けた。
あれに注意すれば良いのね。
…ところで今、さりげなく本名呼んだけど良いの?
 突然飛び込んできた謎の魔法少女に困惑するブルーウインクだが
彼女達の様子や口振りからどうやら自分に敵意を向けているらしい事は分かる。
でも一体何故?


「もしかして君も黒い羽根に魅入られて…? でも、人間に取り憑くことなんて今まで無かったし……。
 ううん、そんなことよりも…。待ってて、今ボクが元に戻してあげるから!」

「まるであたしが操られてるみたいな言い振りね。
 確かにこの姿は無理矢理変身させられたものだけど、
 あなたと戦うのはこいつに命令されてるからじゃないわよ!」


 千夜はブルーウインクに突撃を仕掛ける!
弓を構え掛けたブルーウインクは慌てて回避に専念する。
まだザグオラを制御し切れていないようで、いつ振り落とされるかも分からない飛び方だが
逆にそれさえも利用して蹴りを放ったりザグオラを振り回したりと
千夜は予測不可能な攻撃を滅茶苦茶に繰り出していく。


「わ、わぁ?! ちょっと待ってよ?!
 命令されてないってどういう事!? じゃあ…自分の意思で戦ってるっていうの!?」

「そうよ! あたしはあんた達みたいな“正義の味方”っていうの?
 そういうのが大嫌いなのよ。だから戦うの!」


 千夜の大振りなキックをかわすとブルーウインクは距離を取る。
一方、振りが大き過ぎてそのまま二〜三度回転してしまう千夜だが
それで目を回すことなど無く何とかバランスを保とうとする。


「本当に…それが理由なの?」

「え…?」


 千夜の動きが止まった。

 …そういえば、流されるままにこんな所にまで来ているけど
あたしは何で戦っているんだろう?
“正義”だとか“愛”だとか…胡散臭いものだって思ってるし
そんなものをありがたがる連中なんて大嫌い。
…でも、だからあたしは戦うの?
嫌いだから戦う? あたし、そんな短絡的な人間だった?
 ……違う。
何かもっと他にあるはず。
あたしが戦う理由。あたしが戦いたいと思った訳。
そう、ただ上手く言葉に出来ないだけだわ。
だって…じゃなかったらこの、胸の中でこびりつくような湧き立つようなこの感情は何なの?!


「今だ!」


 ブルーウインクはこの隙を見逃さず、素早い動きで弓を構え矢を放つ!


「エアブルーリリーサー!!」


 ブルーウインクの放った矢が千夜の体の中心に向かって進んでいく!
空中で無防備状態の千夜はハッと我に返るが時既に遅し。
風を纏った一筋の矢が千夜の胸に光る水晶玉を狙い……

ドォーーーーーン!!

 空間を突き破って現れた巨大な爪がすんでの所で矢を食い止める!


「オラァッ!! ボーっとしてんなっ!
 …ってぇかテメェ…オレ狙ってんじゃねぇよ!!」

「狙うよ! だって君がその子に取り憑いてるんでしょ!?」


 ダーティの爪が必死に風の矢を押さえ込むがその力はほぼ互角。
風の矢の勢いは収まる気配を見せず、力の拮抗は続いている。
 千夜はほんの少しだけ脱力感を覚えた。
そういえば、この矢は魔力を奪うって言ってたわね。
でもまだ喰らった訳じゃないみたいだけど?


「いいか千夜、オメェの魔力はまだまだ弱ぇ。だからオレの魔力を分けてやってんだ。
 オレが直接手ぇ出すとその分オメェの魔力は弱まっちまうんだよ!
 分かったらさっさと解決ルートを考えやがれ!」


 ブルーウインクは再び矢を構える。
次に矢を放たれれば、ダーティのガードも持ち堪えられない。
そうなれば魔力を奪われて打つ手無しだ。
 千夜はブルーウインクと目を合わせる。
まるで友達を助け出すかのような、真剣でそしてどこか優しそうな眼差しだ。


「もう少しだよ…。もう少しで助け出せるから…」


 何、その眼。
人が考え込んでるのを何もかも分かったような顔して。
あたしをそんな哀れむみたいな眼で見ないで。
冗談じゃないわ。
そんなだからあたしは“正義”なんてものが嫌いなのよ。
反発したくなるのよ。

逆らいたくなるのよ。


「…あ、……今何か浮かんだわ」


 突然浮かんだイメージ。それは未来の幻視のようでもあり…
ただ一人の少女に過ぎなかった彼女が手にした力……魔法。
風の矢の猛攻に耐え続ける異界のものが歓喜の声を上げた。


「来やがったな! いいか、サウザンナイトは千の言霊を操る最強の魔法戦士だ!
 だがいつでも好き勝手な魔法が使える訳じゃねぇ。
 オメェの中に眠る魔法の力が目覚めた時初めて…オメェの願望が、イメージが、言霊となって現れる!
 さぁ、唱えてみろよ! オメェはどんな光景を思い浮かべたのか、
 オメェは何を望んだのか…見せ付けてやろうじゃねぇか!!」


 ……前置きが長いわよ。
要は今頭に浮かんだ呪文を言えば良いんでしょう?
急に思い付いたような前から知っていたような魔法の言葉。
こうなってくれればいいという願いを形にする、幻想と現実を繋ぐ道。

 千夜はザグオラを真上に掲げてゆっくりと手前に降ろす。
そしてまるでバトンを回すように軽やかにザグオラを回転させる。
胸元に迫る風の矢を冷たく睨み、命令を下すように高らかに言葉を発した。


「ステル・ヘディンド!!」


 回転するザグオラから突風が放たれる!
突然の向かい風にブルーウインクの放った矢は徐々に勢いを失っていき、ついには消失した。
漆黒を帯びた風は大きな渦を描きながらブルーウインクに迫っていく!


「そ、そんな?! 何なのこれ!?」


 エアブルーリリーサーが敗れた事に動揺を隠せないブルーウインクは
逃げる暇も無く千夜の放った突風に飲み込まれる!
黒い竜巻がブルーウインクの周りを取り囲み、もはや脱出は不可能だ。
 それでもどこかに逃れる術は無いかと必死に周囲を見回すブルーウインクの体にも
少しずつ変化が起こり始めた。


「あれ…? なんだか…背中が重い……」


 だんだん飛ぶことが辛くなってくる。
一体どうしたんだろうと背中の翼に目を向けると……自慢の翼が黒銀色に染まり出していた。


「うわぁぁ!? なにこれ?!
 ボクの翼がどんどん鉄になってくぅ!?」

「これはただの風じゃないわ。あなたの操る風の持つ
 対象の魔力を奪いつつ浄化するっていう性質を逆転させて、
 魔力を奪うと同時にあたしの魔力を注ぎ込んで鋼鉄化させる魔法の風に変化させたのよ」


 ブルーウインクの体が地面に向かって降下していく。
翼が鋼鉄になっていくばかりか全身からも魔力が抜けてきている。
 もはや落下の衝撃を少しでも抑えるのが精一杯で
地面に降り立ったブルーウインクはそのままうつ伏せに倒れ込んだ。
翼は完全に鋼鉄の塊に変わり果てて重りのようにブルーウインクの体を抑え付ける。


「体が…重い……。……もう……ダ…メ………」


 漆黒の風が収まる。フワリと着地する千夜。
そこにあるのは翼の生えた少女の形をした鉄の塊が一体のみ。


「やったのね」

「へへっ、いい様だぜ。…っつぅかオメェ、やれんならもっと早く仕留めろよな。あー爪痛ぇ」

「人を巻き込んでおいて随分偉そうね。そんな立派な爪があるんなら自分で戦えば良いんじゃないの?」

「オレもそうしてぇって言いてぇとこだがな、こっちにも都合ってもんがあんだよ。
 …っつうことで仕上げだぜ千夜。ザグオラを使ってパンデモニウムへのルートを開きな」

「え、えぇ」


 千夜は無意識の内にザグオラを真正面に構え、軽く地面を突いた。
するとブルーウインクの影からまるで黒い穴のような異界への扉が開かれ、
ブルーウインクを飲み込んでいく。
 何でこんなこと知ってたの?
さっきの魔法と同じでとっさに思い付いたのかしら?
 ブルーウインクの体が完全に異界の穴に飲み込まれると
そこにはまるで初めから何も無かったかのように異界の穴は音も無く消えた。
その様子を眺めていた千夜は一つの疑問を口に出す。


「ねぇ、あの子これからどうなるの?」

「なんだぁ? 今更良心の呵責がどうとか言うつもりじゃねぇだろうな」

「そんなんじゃないわよ。ただ気になっただけだわ」

「へへっ、まぁ殺しはしねぇな。あれにはまだまだ使い道があるからな」

「…そう」


 明確な答えという訳でもないが千夜は納得したことにしておいた。
というより彼女自身それほど深く関わるつもりは無い。
 胸の水晶玉が悪友と言葉を交わすように話し掛けてきた。


「どうだ、オメェはこれからも正義の魔法少女共相手に戦っていくんだ。楽しくなってくんだろ?」

「……帰るわ」

「………へっ、つれねぇな…」


 千夜は抱きしめるようにザグオラにしがみ付くと「ゆっくり飛べ」と心で念じた。
ザグオラがフワリと浮かび上がる。
 千夜の心の中に一つ芽生えた実感がある。

 あたしは今、この手で一人の魔法少女を倒した。

 頭の中で言葉にしてみると、その実感がますます強く感じられる。
それは静かな高揚とも言えるもので…。
楽しかったのかしら…あたし。
楽しんでいたのかしら…魔法少女を倒したあの瞬間を。

 ほんの少しザグオラのスピードを速めてみた。
ザグオラは暴走する事も無く思い通りのスピードで飛んだ。
ただ、ギュッとしがみ付いたその体勢だけは変わらなかった。


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